お巡りさん、迷子です!
このお話には交番やお巡りさんが登場します。
しかし小林は警察関係の知識がさっぱりありません。
関わった記憶も全然ないので、よく知らないままに書いています。
お巡りさんの言動その他に問題のある個所があっても、これは『非現実』だから、と流していただければ幸いです。
そこは、長く戦の絶えない世界。
荒涼とした大地の真ん中に、闇から顕現したかの様な威容を曝す。
黒き魔石の化粧板で覆われ、深淵の底で仄暗く煌く様はブラックダイヤモンドを削って作られた城なのではと錯覚を見る者にもたらした。
【黒曜城】。
またの名を【魔王城】。
この城は、人々にそう呼ばれていた。
【勇者】の最終到達地点、その最大の目的地である、と。
深い、深い迷宮の奥深く。
闇ばかりの世界ではっきりとその存在を示すのは、一人の偉丈夫であった。
堂々たる体躯はしっかりとした筋肉に覆われて逞しい。
それも見せる為の実用性に欠けたものではなく、実際に動くことを前提に鍛えられた肉体だ。
一部の無駄もない、戦士の体だった。
動きを阻害するような余計な肉は僅かもなく、研ぎ澄まされた剣のような体だった。
滑らかな黒い肌は、まさに『鋼のような』という形容詞が相応しい。
願望もまた、体躯に見合った立派なものといえた。
だが彼の威容の中で、特に突出して目立つものは、絞れば二つに集約される。
側頭部から鋭く突き出すのは、僅かに歪曲した黒い大角。
そして、瞳。
黒いばかりの姿の中で、瞳だけが爬虫類の如き金色の輝きを放っている。
その姿は暗闇の中で光る、黒豹の目の様にも見えた。
――【魔王】メルキーティアス。
それが、彼の名である。
偉大なるその姿を見て、正体を悟らずにいられる者はいない。
誰であろうが、一目見れば悟るだろう。
それは野生の力を失って久しい、感覚の鈍い『人間』であっても同様である。
いや、むしろ人間の弱者であればより鮮明な印象を持って事実を察するかもしれない。
力ない者、それはいつの世も、生存を賭けて聞き察知能力に長けざるを得ないのだから。
存在するだけで弱者を威圧する、闇の王。
邪神に仕える存在の中で、世界最高位の位を授けられた者。
そんな彼……魔王の瞳は、今、常よりも輝きを増して闇を睨み据えていた。
闇に覆われた…………暗い、道の先を。
もう一度、言おう。
魔王の瞳は今、常よりも輝きを増していた。
……それは、眼の縁に溜まった水滴の功績である。
魔王は半泣きだった。
半泣き、涙目、呼び方は多々あろう。
目を潤ませ、魔王はぷるぷると震えている。
彼は今、道の半ばで進むことも戻ることも出来ず、立ち往生していた。
自分の現在地を見失ってしまったのでは、移動のしようもない。
魔王は、迷子だった。
魔王は廊下の隅でうずくまり、必死に今後の方針について脳内で検討中だ。
そんな魔王様の隣を、時折スライムが行きつ戻りつしてはチラリと横目で見て過っていった。
一瞬、スライムに道を尋ねようかと思う。
しかし奴らは知能が低く、意思の疎通が出来ない。
しかも生活様式が大きく異なるので、ついて行っても文明と出会えるとは限らない。
スライムに縋っても、未来の展望は開きようがないのである。
魔王様は心底困っていた。
彼は御年362歳にして……立派な迷子にジョブチェンジしてしまったのだ。
それだけで彼の矜持は致命傷を負ってだくだくと流血している。
いや、魔王を辞めた訳ではないので兼業だろうか?
その職業からは、この暗い道から脱さぬ限り逃げられそうもない。
ダレカタスケテ。
心臓は、今まで感じたこともない焦燥でばくばくと過剰労働中。
魔王の心は悲鳴を上げていた。
このまま此処に立ち止まっていても、どうにもならない。
冷静に己の状況を鑑みた魔王が決断を下したのは、一時間後のこと。
一時間、冷たく寒い石造りの廊下の片隅でぷるぷると蹲って震えていた。
魔王の2mを超す立派な体躯が泣いているぞ!
己の矜持を見失ったまま、魔王は涙目で廊下の先に広がる闇をじっと見る。
引き返そう。
そう思った。
行く先は不明、戻り道も不明。
だが少なくとも、わかる範囲で引き返すことは出来る。
それもすぐに行き詰ってしまったとしても。
もしかしたら誰か、魔王を探しに来た者と出会えるかもしれない。
そんな一縷の希望に賭けて、魔王はゆっくり慎重に道を戻り始めた。
どうか、誰かに会えますように……魔王がそんなことを願っていたのは秘密だ。
そしてそんなささやか願いは……淡くも潰えた、何てこともなく。
お星様か何かが叶えてくれたのだろうか?
魔王のささやかな願いは、叶った。
ただし、望んでいたものとは違う方向性の『出会い』だったのだが。
暗く闇に閉ざされた道の先に、くっきりとした光が見えた。
それは妙に黄色いような、白いような。
魔王が今までに見た事のない種類の光だ。
誰かがいる……?
魔王は、思わず駆け足で光の元へと向かった。
迷いながらも同じ場所を歩いた時には、あんな光はなかった筈なのだが。
そんなことには思い至らぬほど、魔王は精神的に追い詰められていた。
未だかつてない孤独に、魔王は限界だったのだ。
果たして、未知の光に照らし出されたソレは。
魔王の視界に、飛び込んできたモノは。
「なんぞ、これ……」
それは、魔王の知らないナニか……先程は確かになかった、小屋の様な何かだった。
見た事のない、どことなく安っぽい材質の小さな小屋。
壁の様子を見るに、築年数はそれなりに経っていそうだ。
しかし先程までは、本当になかった筈なのだ。
得体の知れない謎の小屋を、魔王は疑心全開に見上げる。
彼には読めない文字の様な何かが、入口と思わしき場所に掲げられていた。
魔王は知らない。
そこに記されているモノが、異なる世界の文字だとは。
異なる世界の文字で、記されている内容を知り様もない。
魔王の眼前に建つ小屋には、この世界にはない文字でこう書かれていた。
――『交番』、と。
不思議な光(蛍光灯)が灯る、灰色の小屋。
自分から動かねば何も変わらないと、魔王は恐る恐る『交番』を覗きこむ。
そこには、なんと……!
お巡りさんがいた。
若くて健康そうな、肌の良く焼けたお巡りさんは、交番を取り囲む闇にも負けない爽やかな風貌をしている。
そこが交番である限り、お巡りさんがいるのは至極自然だ。
自然なのだが……この漂う違和感は何なのか。
見たこともない服装の、『人間』としか思えない容姿の男。
まさかそんな者がいるとは思わず、魔王はひゅっと息を呑んで硬直した。
ぎょっと見開いた目は、驚きに染まっている。
「……ん? 誰かいるんですか」
更に追い打ちをかけるように、魔王に声が掛けられた。
そりゃあ交番の入口に、でかくて黒くて怪しげな人物がうろうろと屯ってたら目について仕方がない。
目ざとく見つけたお巡りさんは、誰か入るのを躊躇ってるのかな、と。
親切な気持ち全開で、如何にも優しいお兄さんといった声で話しかける。
「遠慮しないで入って来て良いんですよ。何かお困りですか?」
その声音は、某子供向け教育番組に出てくる歌のお兄さん並に優しそうだった。
あまりに、その声が優しそうだったので。
声に促され、押されるようにしておずおずと……でかくて黒くて不審この上ない、魔王が交番に足を踏み入れた。
魔王の姿を見て、若いお巡りさんは動きを止めた。
呼吸すらも一瞬止まっていた。
動かない。
お巡りさんは動かない。
完璧に、思わぬ事態に遭遇して硬直している!
そんなお巡りさんの前に、堂々たる体躯を見せつけるようにして悠然と進み出る魔王。
先程まで半べそかいてうろうろと廊下の端っこで彷徨っていた姿が嘘のようだ!
現場には、何とも言えないシュールな光景が広がっていた。
魔王は謎の人物・お巡りさんを前に出方を窺っている。
暫しの沈黙を経て、お巡りさんが自分を取り戻すのに要した時間はぴったり三分!
カップラーメンが蘇生する程度の時間で、お巡りさんは動き始めた。
「え、えっとあ~…………お兄さん、どこかのイベント会場から来たのかな。そのコスプレ、凄いですね」
「イベント会場……? 何のことかは知らぬが、貴様は何者だ」
「……ああ、役になりきってるのかな。うん、クオリティ高いですねー。
でも、そんな恰好で表をうろうろしてたら、みんな驚きますよ。配慮した方が良いんじゃないですかね。
ここの商店街、戦前生まれのおじいちゃんやおばあちゃんが多いんだから、腰抜かしちゃうでしょ」
「商店街? 戦前? 何を言っておる。表も何も、此処は室内であろう」
「いやいや、交番の話じゃなくて。この交番の外ですよ。
田舎の商店街じゃお兄さんみたいな気合いの入ったコスプレイヤーは凄く目立ちますんで」
「何を言っておるのかわからぬが……この辺りには『商店街』などないぞ。『商業区画』は城外の南西方面を中心に整備されているからな」
「……は? あ、あ~……ええっと、その台詞はお兄さんのキャラ設定から来てるのかな。ちょっと困りましたね」
「困っているのは我の方だ」
「…………全然話が通じない。先輩、早く休憩から帰って来て」
堂々と困っている、と言い切る魔王。
確かに絶賛迷子中なので、困っているのは確かだろう。
しかも道を聞こうと一縷の望みをかけた相手とは話が噛み合わない。
本来、お巡りさんに道を聞くことは間違った行為ではない筈なのだが。
一方、お巡りさんはお巡りさんで困っていた。
交番に足を運んだ人を邪険には出来ない。
しかしあまりに話が噛み合わないし、何を言っているのかわからないし。
これはもしや新手のクレーマーか、と。
お巡りさんは内心で対応に困り果てていた。
彼は経験の浅い新米お巡りさんだったので、困ってしまうのも致し方ないこと。
しかし別にお巡りさんが新米だろうとベテランだろうと、このような案件に出会えば対応に苦慮することに違いはなさそうな気もする。
埒が明かぬ、と。
図らずも両者互いに同じことを考えていた。
やがて互いに意味の通じない意思疎通に痺れを切らしたのは、元より切羽詰っていた魔王の方が先だった。
「ええい、わからぬ奴よ。この交番とやら言う小屋の前に、商店街など広がっておらぬと言っておろうが!
この周囲に老爺も老婆も当然ながら一人として存在しておらぬわ!
そも、誰かおればこのように面妖な小屋にわざわざ足を踏み入れずとも、その誰かに声をかけていたわ!」
「ちょっと、うわ、腕引っ張らないで下さいよ!? いたたた……っ力強過ぎ! 腕が抜ける!?」
「その目で確と確かめよ! それでいてまだ世迷い事を申すようであれば、その目に節穴の認定をくれてやる」
「わ、あ、あ……!?」
苛々が募った魔王はお巡りさんの腕を強引に掴むと、交番から無理やり引きずり出した!
何事かと驚き、お巡りさんも抵抗した。
抵抗したが……魔王の力はあまりに強く、まさしく問答無用。
抵抗の甲斐なく、お巡りさんは交番から引きずり出されてしまう。
「ちょっと、お兄さ…………え゛」
魔王に文句を言おう、と。
そんなマジ勇者な試みに挑戦しようとしたお巡りさんは、先ほどの比ではなく固まった。
文句を言う為に上げられた顔は、愕然と交番の外に広がる景色を見ている。
目に焼きつくほど、まじまじと。
真顔で、闇がわだかまる暗い廊下を凝視している。
どこまでも、どこまでも続く暗い道。
見たこともない黒さで染まった、石の壁。
そして所々に掛けられた、精緻な絵画や甲冑飾り。
どこからどう見ても、お巡りさんの見慣れた『商店街』など存在しない。
「え、ここどこ。商店街は」
「商店街など、ここにはない。あるのは只、果しなく続く廊下のみ……よ」
哀愁を帯びた魔王の声が、突き付けられた現実にアッパー喰らったお巡りさんへと追い打ちをかける。
そこには覆しようのない、重たい事実が横たわるのみ。
お巡りさんは、頭を抱えた。
「本当にここ、どこですか。貴方、何者なんですか」
「我の名はメルキーティアス……魔王と言えばわかるか」
「魔王って、もうキャラ設定は良いから」
「何を訳の分らぬことを……キャラとは何のことか。古語か? 確か……潮騒という意味だったか?」
「全然違います……ああ。良く見たら交番も奥の部屋が消えてるし」
お巡りさんが魔王の存在を信じるのには、時間を要した。
ざっと、二時間くらいの時間を。
逆に言うとお巡りさんは、二時間で信じた。
自分が交番の一室ごと、知らない内に異世界へと転移していたことを。
中々得難い、珍しい体験であることは間違いない。
「ええと、それじゃあ情報を整理しますけど……メルキーティアスさんは魔王で、」
「遠慮することはない。こうなれば我と貴様は運命共同体……我のことはキティと愛称で呼ぶが良い」
「うっわ、ここにきて似合わない愛称きましたね。その立派な体格で、子猫ちゃん……」
「似合わぬとは聞き捨てならんな。これは我らが主神たる邪神様が授けて下さった愛称なるぞ」
「あ、邪神を信奉していらっしゃるんですか……っていうか今さりげなく実在が匂わされたような」
「邪神様は実在も何も、我らを常に見守って下さっているが。我の母方の祖父でもあるしな」
「あ、実在するんすね。それで御祖父様なんですね……それでこのお孫さんにつけた愛称が、『キティ』。何考えてるんだ、邪神。魔王さんも文句とかなかったんですか!」
「失礼な物言いは不愉快だ。我には分不相応と、そうもはっきり申すとは……『覇王』を意味する古語を由来とした愛称の、どこに文句をつけようと言うのだ!」
「覇王キティ!? 駄目だ、異文化理解できない! 言語の壁が厚過ぎる!」
彼らの相互理解には、更に多くの時間を必要とした。
今度はざっと、四時間くらい。
とりあえずこの世界の古語は厳つい言葉ほど愛らしい響が多いと知った辺りで、お巡りさんは理解力にバイバイした。
もう考えるのも半ば面倒になってきていた。
この辺でもう投げてしまおう、常識を捨てよう。
お巡りさんはゆとり世代だ。
長いモノに巻かれて空気に流されるのも、右にならえも得意な方だ。
流されることに不満はない。あるような気もしたが、ないと言ったらない。
何より現代日本とさよならしてしまった今、そして知的生命体が他に見つからない今。
どことも知れぬ廊下の真ん中で、不本意ながらも頼れる相手は目の前の魔王だけだった。
……魔王という肩書が自称か他称に関わらず、それだけで不穏な気がしたが、この際目を瞑ろう。
ほら、目を瞑れば魔王のバリバリ異形な姿なんて全然ちっとも目に入らない。
溺れる者は藁だろうと魔王の角だろうと掴むのである。
だって仕方ないじゃないか。命綱なんてどこにもないんだから。
お巡りさんはライフセーバーをお待ちしております。
「えっと、あー……魔王さんに名乗っていただいたのに、俺の名前を言ってませんでしたね」
「うむ。そう言えば聞いていないな」
「失礼しました。俺の名前は………………」
「名前は?」
「……………………………………――犬養 現八です(ぼそっ)」
「ふむ。いぬかいげんぱち……か」
「っ何ですか、物言いたげな今の間は!」
「む?」
「仕方ないでしょ! 仕方ないでしょ!? 子供は名前を選べないんすよ! 母親が『南総里見八犬伝(滝沢馬琴)』のファンだったんですよ、仕方ないでしょう!?」
「落ち着け。落ち着け。何を申しておるのか、さっぱりわからぬ」
「……はっ ここ、異世界だった! 八犬士とか通じない世界だった!」
姓は一字違うが、名の響きは江戸時代の名作小説の主要な登場人物と全く同じ「いぬかいげんぱち」。
重度の八犬伝ファンだったらしいお巡りさんのお母さんが、親族一同と戦って熱意を通した結果の名前である。
そもそもお母さんがお父さんとの結婚を決めた決め手も名字だったそうなので、彼女の熱意は底が知れない。
ただ一つ言えるとするのならば、そんな理由で名付けられた子供はいい迷惑ということくらいだろうか。
お巡りさんは、名前コンプレックスだった。
何となく文脈からそれを察した空気の読める魔王は、必要以上に名前に触れることを止めた。
「――何はともかく、我も一人で彷徨う孤独に心が折れかけていたところだ。『いぬかいげんぱち』も、人のいる場所に出た方がよかろう」
威厳たっぷり鷹揚に魔王は言うが、折れかけも何も完全にぽっきり心が折れまくっていたことは無かったことにしたらしい。
さっきみたいな「寂しくて死にそう」な状態に逆戻りするくらいなら、目の前のお巡りさんと行く道を選ぶ。そりゃもう熱心に。
相手が他に頼るよすがを持たないことを良いことに、迷子の生き道への道連れにするつもりだ。
「それも……そうですね。第一現地民にしてたった一人の頼りの綱が、絶賛迷子中とか俺も心が折れそうですが」
「ぐ……っ」
「それでもこの世界の常識なんて俺には分からないことだらけですし、自分で何とか出来るようになるまでは一緒に居させてもらえると助かります。
…………ここ、電気がどうなってるのか分かりませんけど、水と食料がないですし」
お巡りさんはお巡りさんで、さりげなく深刻な問題にさらされていた。
知らない内に餓死の危機とか、そりゃ焦るだろう。
窮地は、密やかにすぐ背後まで忍び寄ってきていた。
何しろ目の前の魔王に縋り付きたい程ですから。
「目的は同じですね」
「うむ。利害の一致を見たな」
「それじゃ…………迷子脱出まで、よろしくお願いします」
切羽詰っていた男二人は、がっしりと固い握手を交わす。
友情の結ばれた瞬間だ。
ここに、世界も立場も身分も種族さえも超えた迷コンビが結成されたのである。
広い意味で言えば二人とも迷子なので、二重の意味でも迷コンビだった。
「――ところでこの、やたらとブラックな廊下……魔王さんが迷子になるくらいなんですし、かなり広いんですよね」
「うむ。……恐らく、生きている内に全域を踏破したものなどおるまい」
「 え゛ 」
「だが案ずるな。知っている場所にさえ、出るか……誰か人に行き会いさえすれば、確実に助かると断言しよう」
「窓から外に助けを求めるとか出来ないんですか」
「窓。ふむ、窓か………………ここが、地下でさえなくば、な」
「地下だったんですか、ここ……」
「ああ。地下何階にまで下ったのか、思い出せればまだ少しはマシなのだが」
「ここ地下何階まであるんですか!?」
「……地下六百階、までは行かなかったと思うが。我らがいる現在地は恐らく地下百八十から二百五十階の間だろう。……確たることは言えぬが、な」
「 え゛ 」
「とにかく階段を見つけ、ひたすら上に上るしかあるまい。本来は最下層に用があったのだが……人命が優先だ。最下層には、またいずれ案内を連れて行くとしよう」
「地下最下層って、こんなけったいな場所の一番下に何があるっていうんですか」
「む? ああ、この城の防衛機能や警備システムの中枢を担う魔法陣が最下層にあってな。代替わりを経て我が魔王に就任した故、主の名前を書き換えに行かねばならんのだ。こうして我が迷うのも、そもそもは城の防衛システムに引っかかって行動を阻害されておる結果である故」
「えっ? ………………あの、今更なんですけど」
「うん? 何かあったか」
「その、この建物ってもしかして……」
「ああ、魔王城だが」
「なに自分の城で迷子やってんですか、この大間抜けーーーー!!」
お巡りさんは、思わず叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
しかしその叫びもスライムと魔王様の他には聞く人もなく。
ただ虚しく、廊下に反響してやがては消えた。
城の防衛システムに引っかかって迷子になった魔王様と、そもそも自分のあるべき世界を見失ったお巡りさん。
二人はいつか人に出会えるはず、という希望を抱え……
ただただ、ひたすら廊下を進むが宿命にある。
「魔王さん、アンタなんで丸腰なんですか! ここ、いわゆるダンジョンですよね!?」
「貴様は自分の家で常時武装しているのか?」
「……城の防衛システムに引っかかってる時点で丸腰は無謀過ぎだと思います」
「ふむ。しかし防衛システムとは言っても、このあたりの区画には……キメラやガーゴイルが配備されていたな、そういえば」
「武器! 何か、武器ー!」
お巡りさんは出発の前に、大慌てで交番の中を漁った。
何といっても警棒では頼りない。
もっと破壊力が欲しい一心で、漁りまくった。
しかし碌なものはない。
交番とはいっても、すぐに誰かが侵入できる場所に危ないモノがあるだろうか。
今や他の部屋と切り離された、詰所一室のみの交番を、それでもお巡りさんは必死に漁る。
「は……っ こ、これは!」
「ふむ。随分と剣呑な棍棒だな」
「……一昨日の夜にヤンキーから没収した、釘バットと鉄パイプ!」
魔王とお巡りさんは釘バットと鉄パイプを見つけた!
魔王は鉄パイプを装備した。
お巡りさんは釘バットを装備した。
……見た目の野蛮さが15上がった。
準備は万端である。
「ああ、せめて水と食料……500mlペットが一本だけなんて」
「案ずるな」
「いや、案じますよ。餓死は嫌です」
「何、食料ならば……」
「あるんですか?」
「その辺をうろうろしている、スライムを喰らえば良い」
「す●りん!? 食うんですか、す●りんを!? そもそも食えるんですか!」
「何を言う。スライムは世に知られた健康食品でも特に好まれているものの一つだぞ。栄養価も高い」
「スライムが!?」
「うむ。スライムは核さえ無事であれば幾らでも再生が可能。大きくなり過ぎると厄介な魔物故、飼い主は責任を持って成長し過ぎる前に核を抉り出してゼラチン質の部分と分離させる義務を課せられておる。国際スライム管理法によってな」
「国際スライム管理法……? っていうかえぐい! ペットの扱いがえぐすぎる」
「ペット?」
「……違うんですか」
「あれらは……何でも食べる雑食性を買われて、住宅を清潔に保つ為に利用されている例がほとんどだが」
「そんな物体を口にして、本当に健康になれるんですか? むしろ、不潔っぽいんですが」
「そのまま生食はされぬな。加熱せねば有毒だ」
「やはり、毒……」
「ああ。だが五千度を超える炎で一気に加熱すれば……」
「ストップ! ストップストップストーップ!! 五千度!? そんな炎が簡単に用意できますか! むしろここで用意されたら俺が焼け死ぬ!」
「問題はない」
「どこにないと!?」
「この城では万一の場合、餓死する可能性を回避する為、単独行動の折にはスライム調理器(マジックアイテム)の携帯が規則として掲げられておる。それは魔王たる我とて同じこと」
「さりげなく迷子になること前提にしてません、その規則……」
「スライムは過熱しても水分と栄養素を損なうことがない優秀な食材だ。餓え乾くことだけはあるまいよ」
「でも、スライム食、か……なんだかドキドキします。嫌な予感で」
「そら、丁度そこにスライムがおる。決して生では口にするでないぞ」
「え! スライム? どこどこ?」
「あそこだ」
そう言って、魔王様が指差した先。
そこにはいたいけなスライムが、もじもじと壁に懐いている。
「…………何アレ」
「スライムだが」
「あんなの……っあんなの、す●りんじゃない!?」
そこにいたのは、どことなくアメーバじみた風貌の、ゲル状の物体だった。
大きさがそこそこあり、割とショッキングな見た目をしている。
「いざという時は、アレを食べないとダメなのか……」
お巡りさんのテンションが、がくりと下降する。
だが、これで水と食料の心配はない。ない……らしい。
その手に鉄パイプと、釘バットを携えて。
漢二匹は上階を目指し、まずは階段を探して放浪するのだった。
散々彷徨った彼らが『魔王捜索隊』に救出されるのは、八か月後のことである。
最後まで読んで下さり、有難うございます!
迷子の迷子の子ネコちゃん、あなたのおうちはどこですか♪
魔王「元より、魔王城が家だが」
お巡りさん「むしろ俺の家はどこですか」
→犬のおまわりさんと迷子の子猫ちゃん
主人公二人の名前を付けた後で気づきました。
恐らく魔王の名前をキティにした時点で、こうなる運命だったのでしょう。
ちなみに「交番」の外国語表記は「KOBAN」で良いそうです。
交番自体が日本独特の制度なので、名称として国際的に確立した模様。
実際、交番に「KOBAN」って書いてありますしね!
魔王メルキーティアス 362歳・男
愛称キティ
お巡りさん
本名 犬養 現八 →母親が『南総里見八犬伝』のファン。
この世界の設定など、活動報告の方に書いています。
気になった方はご覧ください。