蘇る婚約破棄
『××××令嬢! 貴様との婚約は今日を持って破棄させてもらうっ!』
「博士。実験番号0332の動作、正常です。プログラム通りに開始直後で台詞を喋りました」
「ご苦労様。王子の再現も上手く進んでいるわね」
地表が大きく変わるほどの変革をもたらした世界大戦が終結して、どれほどの時が経っただろうか。
少なかった食料やエネルギーも安定へと向かい、人々は終戦直後よりは暗い顔をする事は無くなった。
……だが子供たちに笑顔などはない。何も感じていないかのような、無表情さばかりだ。
戦いは人間の生き方を変えてしまった。飽和した食糧は腐り、飽和した技術は戦いで壊れ、飽和した思考では生きていくにはままならない時代となった。
子供が遊ぶ姿など、どこにもない。あるのは、明日を生きるために働く者達の姿ばかりだ。
そんな時代ではあったが、飽和した生き方をする人間も少なからずいた。旧都市イーストKの廃墟にひっそりと住まう博士もその一人だった。
「古代文献には、『一行目から婚約破棄させるのが良い』と書いてある。これなら最低限の動作は出来るかもしれないわね」
「いえ、ヒロイン側が敗北した時の動作がまだ不完全です。文献には『ヒロインに「こんなはずじゃなかった!」と言わせましょう。場合によっては王子が言うパターンもあります』って書かれていますから、ヒロイン役が台詞を言い忘れた時に備えて王子が驚愕する動作も入れるべきです」
「あぁ、確かにその方がゲームとして良いわ。ちゃんと入れましょう」
博士たちは、旧時代に作られた遊具の研究を主に行っている。戦争によってほとんどの遊具の情報が失われてしまったこの時代、遊具は何も残っていない。だが彼女たちは偶然、西暦2016年頃に作られたデータバンクを手に入れたのだ。
そのデータバンクから解析できたのは二種類のフォルダだった。
一つはVRゲーム機に関する資料のフォルダ。装着すればリアルな遊びが可能な機械の詳細が描かれていた。かつての電脳戦争時代の産物と比べるとチープな作りではあるものの、必要な電力や機材がそれらより圧倒的に少ないのが利点だ。
もう一つのフォルダは、文章ファイルがいくつも入っていた。博士たちはその文を、VRゲーム機を使った対戦ゲームの記録であると判断した。
『ゲームの中に入ってしまった婚約者役は、王子に婚約破棄をされてしまった』
『同じくゲームに入ったヒロイン役の嘘を暴いて、断罪を逃れた』
『そしてそれらを成功すると、婚約者役は皇太子さまと結婚できる』
大雑把に言うと、そんな記録が大量に残されていた。誰がどう見ても、ゲームに入ったヒロイン役と婚約者役に分かれて戦う対戦ゲームの記録以外に考えられないだろう。
更に、二つのフォルダにはそれぞれ作り方の説明書があった。VRゲーム機のフォルダにはプログラミングや機械設定のやり方が、文章フォルダには婚約破棄ゲームの作り方が。
どちらも『趣味で気軽に制作しているため、本流の人たちに及ばない』と書かれていたので、ゲームプレイヤーが婚約破棄の制作企業を真似て書いた物だったのかもしれない。それでもこの二つを使えば、旧時代に遊ばれていた遊具を再現することができる。そう思った博士は、婚約破棄を作り始めたのだ。
「残念なのは、婚約者側が勝利する記録ばかり残っている点ですね。対戦ゲームなら、ヒロイン側が勝利する記録ももっと残っていたはずなのに」
「きっとこのデータバンクの所有者は、有名な婚約者側プレイヤーだったのよ。勝率も相当高かったんでしょうね」
「それにしてもこの時代のAIも凄かったんですね。記録を見ると、対戦の度にAIの思考が変化してるようですし」
「『ヒロイン側が取り巻きを集めていた』って言う記録があるし、ランダムに配置された味方AIを集めるのも勝利に不可欠みたいね。まぁ、駄目なAIを取り入れて負ける記録が多いんだけど」
「つまりこのゲームは、いかに有能な味方を作って会話の矛盾を見つけるかを競う思考ゲームってわけですか……。奥が深いですね」
「でも流石に、取り巻き達も作るのは敷居が高すぎるからね。最初は皇太子と王子のAIだけ用意した簡単な物から作りましょう」
博士たちがこのゲームの再現をする理由は単純。戦いに疲れた子供たちに怪我なく遊べる遊具を作りたかったのだ。
口先だけの戦争なら怪我をするはずはないし、知育にも役立つ。博士が婚約破棄を作るのは当然の流れだった。
基本的な仕様である『ヒロイン役と婚約者役がゲームに入り、話術の戦いができる』と言う部分は既に完成した。残る作業は、ゲームに元から存在するキャラのAI作成だけである。
「皇太子は台詞が少ないからいい感じに見えるけど、王子はまだまだ機械的ね。婚約者側が爆弾発言したら、悔しがって言動が感情的になるようにしてもいいかな……。こんな作りづらいAI作れるなんて、この時代の技術も凄かったのね」
「でもどの対戦記録も、王子の言動に個性があるのに最終的には似たようなゲーム展開になってますよね。どうしてでしょう?」
「ゲームとして、『どっちが断罪されたら勝ち』と言う結末に収まるようAIが自然に誘導してるんでしょう。きっとこれらの制作者は毎回ストーリーを変えるオリジナリティもゲームとしての楽しさも両立する良い技術者だったんでしょうね……」
当時の最新技術を全て使う冒険心、同じストーリー展開を嫌い毎回少しずつ設定をチューニングさせるこだわり、そしてそれらをゲームとして成り立たせる綿密さ……。旧時代に婚約破棄を作っていた者達は、きっと世界に誇れる技術と才覚を持ち合わせた人物たちだったのだろう。
私も、彼らのような偉人になれる日が来るのだろうか……。
博士はそう思いながら、王子AIのチューニングを再開した。
『私の愛する●●が証言した。彼女が嘘をつくはずがない……』
『兄上っ! どうしてここに!』
『こ、こんなバカなことがあってたまるかっ! 私は死にたくないっ! 私は次期庶民に選ばれ次期庶民に選ばれ次期庶民に選ばれ……』
「あ、ここ『次期国王』が『次期庶民』に設定ミスしてるせいでバグってるわね。この王子は消してちょうだい」
「了解しました。……delete、と」
婚約破棄が蘇る日は、すぐそこであった。
我々『婚約破棄復元研究所』は西暦2015年ごろからブームになったとされる婚約破棄の記録や仕様書を引き続き捜索しております。
当方では、当時のファンが書いた『誰でも書ける! 婚約破棄!』を元に婚約破棄の復元を行っておりますが残念ながら個人の研究資料でしかない為、細かな仕様についてはあまり記載されておりませんでした。
ですがオリジナリティを重視していたであろう当時の技術者たちが無名のファンの資料を見て婚約破棄を作るはずはありません。きっとこの世にはまだ『誰でも書ける! 婚約破棄!』よりも細かな仕様が記載された学術的に価値のある資料が眠っているはずです。
当時の細かな仕様を研究するため、婚約破棄の対戦記録や仕様書を見つけましたら我が研究所までご連絡ください。