9話 逃げるが勝ち?
この人が七星 ひかる?
この人が瑠璃ちゃんを苦しめてる元凶――――
「何この人ぉ、翔くん怖ぁい助けてぇ?」
白雪が歩みを止めた事により、完全に逃げるタイミングを無くしてしまった翔にまたも七星 ひかるがすり寄った。
こんな人の為に、瑠璃ちゃんは……
………………この人が、いなければ。
「寒っ!? 何コレ、急に何なの!!?」
辺りは急激に温度が下がり、霜ができ始めた。
あまりに急激な変化に、彼七星 ひかるは両腕で震える体を抱きしめて何とか寒さをやり過ごそうとした。
「白雪!」
翔が慌てたように、白雪の名前を呼んだ。
白雪を止めるために。
周囲の温度を下げ、今にも絶対零度の世界を生み出そうとしている原因が白雪の力にあるから。
白雪の感情に合わせて、普段抑えている力が荒れ狂う。
このままでは、目の前の七星 ひかるの命を氷結させるまで温度は下がり続ける事だろう。
けれど、白雪には最早周りの音が聞こえないようで、その力も止まることはなかった。
「しら「そこで何してる!」」
しかし場を包み込もうとしたその力は、聞き覚えのある声と共に拡散された。
力を無理矢理打ち消したのだ。
「……双季君?」
白雪が声の主の方を振り向くと、眩い白が目に入った。
双季は白雪に秘密を明かしてくれてから、変装はやめたらしく今は堂々とその姿をさらしている。
また最近は隠していた力を惜しみ無く奮うことで、学園での評価も上がってきていた。
「双季くん! 私に会いに来てくれたの?」
空気を読めない自称ヒロインの七星 ひかるが、恥も外聞もなく今度は双季君にすり寄っていった。
……前に、鈴が言っていた事の意味がよく分かりました。
これでは、一部を除いた学園中から嫌われるはずです。
人を思いやることもなく、ただ自分本意な行動ばかりをとる。
コレと友人になりたいと思うものなど、まずいないでしょう。
「そんなわけないだろう。お前の不快な声が聞こえたから、何事かと思って見に来ただけだ」
「そんなぁ、照れなくていいのにぃ。だって、双季君の事は私が一番に分かってるんだからねぇ!」
「相変わらず、会話が成り立たないな……気持ち悪い」
双季は七星 ひかるの押し付けがましい言葉に、眉を不快げに潜めながらも白雪に口パクで“今のうちに行け”と合図を送った。
双季は、白雪をフォローするためにこの場に現れたのだ。
「……行こう、白雪」
そして、翔に手を引かれ、今度こそ白雪達はその場を離れた。
幸い七星 ひかるは、双季に夢中でこちらに気づく様子はない。
「……白雪、何で力を使った? 今はまだその時じゃない」
人気のない場所まで来ると、翔が白雪に厳しく言った。
その表情は緊張と、不安、そして安堵が入り交じっている。
王族である白雪を、本気で止めることは翔には不可能だ。
双季があの場に現れなかったら、白雪は間違いなく七星 ひかるの命を止めていた。
「……分かっています。ただ、あんな人のせいで瑠璃ちゃんが苦しんでいるなんて、悔しくて……」
白雪は歯をギリギリと、食いしばって顔をうつむけた。
悔しさで、視界が涙に滲む。
「……白雪、気持ちは俺も分かるけど……駄目だろ、俺達の目的を忘れたのか?」
翔も同じことを感じていたのか、悔しそうな表情を浮かべていた。
翔も本当は辛いんですね……。
瑠璃ちゃんと翔は、初めは瑠璃ちゃんが婚約者がいると言うこともあってか、少し距離があったようだが、この1年でずいぶん仲良くなったように思います。
だから今の現状は、辛いものがあるのでしょう。
けれど、国を、死んでいった家族や仲間を思うと、その思いを捨て去ることも出来ません。
「分かっています……」
だから、白雪はそう言うことしか出来なかった。




