2話 何もしなかった彼女の結末
私、水城 瑠璃は転生者だ。
そして私の転生したこの世界は、前世ではまっていた乙女ゲーム“空に架かる虹~精霊達と私の絆~”の世界であった。
そして私はよりによって、処刑や幽閉、国外追放ありの悪役令嬢に転生してしまっていた。
私が前世の記憶を思い出したのは、10才の時だった。
もし仮にもっと早く思い出していたのなら、運命を変える努力をしただろう。
攻略した記憶をもとに、逆ハーなんて馬鹿な事を考えたかもしれない。
でもそれは、生まれてすぐに思い出していたらの話だ。
私が記憶を思い出した時、最早手遅れであった。
私は、ゲーム通りの性悪女だったのだ。
それも絶望的な程に。
婚約者には付きまとい、義弟は影で散々苛めぬいた。
気に入らない令嬢達にも、身分をかさに言うことを聞かせて支配していた。
自分でやった事とはいえ、私もこんな性悪とは関わりたくない。
婚約者や義弟が私を避けるのも、よく納得出来る。
それに婚約者や義弟からは嫌われているというより、最早憎まれている言っても過言ではなかった。
今更謝ったり、仲良くしようとしても、彼等は私を信じないだろう。
それほどまでに、関係は破綻していた。
だから、私は彼等との関係を諦めた。
でも私は、死にたくはなかった。
だから私は彼らを避けることで、断罪イベントだけでも回避しようとした。
そして婚約者がヒロインと結ばれても邪魔はしない。
誰も苛めることなく、静かに生きていくのだ。
それだけで私は婚約を破棄されても、家にいられるはずだ。
罪に問われることもないし、家の名を貶めることもない。
まして殺されることなどないだろうと、たかを括っていた。
――そう、安易に考えていた。
――そう思って、私は彼らとの関係を改善しようとしなかった。
――彼らの憎悪に触れるのは、恐ろしかったから。
――苦しい道から、私は逃げたのだ。
だからこれは、罰なのかもしれない。
私は今ゲーム通り罪を糾弾され、地に伏している。
婚約者や義弟の冷たい視線が、突き刺さる。
私の言葉は彼等には届かない。
私はきっとゲーム通りに断罪されるのだろう。
処刑か、幽閉、国外追放のどれになるかは分からないが。
処刑だけはないように祈る事しか、私には残された道はない。
……両親にも、顔向けできないな。
実の娘がこのようなことになって、本当に申し訳ない。
国の為の婚約だったが、影響は出ないのだろうか?
瑠璃は婚約者の手が自身に伸びるのを、目をつむって俯いて待った。
謝れば罪は軽くなるのかもしれない。
けれど、瑠璃に残された最後のプライドで冤罪など認めたくはなかった。
白雪にも迷惑かけちゃうかな?
鈴さんや翔君も、私のせいで白い目で見られちゃうかも……。
ごめんね、白雪、鈴さん、翔君。
こんな私と友達で居てくれて良かった。
「待ちなさいっ!」
その時、瑠璃のよく知る少女の声が聞こえた。
いつも瑠璃を心配してくれていた少女の声。
今まさに、心の中で名を読んだ少女の声が。
目を開けると少女、この学園で出来た親友である樋室 白雪が瑠璃を庇うように立っていた。
「白雪……」
……どうして?
だめよ、貴方まで巻き込んでしまう。
「大丈夫ですよ瑠璃ちゃん。心配しないで、貴方の無実は私が証明します!」
白雪はいつも通り、瑠璃に微笑んだ。
いけないのに、瑠璃にはその心がとても嬉しかった。
「俺達はこの世界の王たる一族だぞっ!?」
「傲慢ですね……まぁ、いいでしょう」
そう言うと彼女は校章を外し、投げつけた。
この学園では揉めた時に、決闘で解決する風習がある。
そして校章を相手にぶつけるということは、決闘の申込みを意味した。
そして、相手である至光 一輝はこの学園でもトップの精霊使い。
この無謀な申込みに周囲から、嘲りの視線が白雪に注がれた。
「なっ!? 貴様っ!? これがどういう意味を持つのか分かっているのか!?」
「えぇ、勿論です」
このままでは、ダメだ、止めないと――
この勝負で、白雪の勝ち目はない。
白雪の実技の成績が芳しくなかった事を、瑠璃はよく知っていた。
「はっ! バカがっ!! 身の程を教えてやる!」
しかし止めなければと思った矢先に、一輝は決闘を受諾してしまった。
もう誰にも、止められない。
「さぁ、決闘を始めましょう?」
今度こそ、瑠璃の目から涙が溢れた。
私のせいで、彼女を巻き込んでしまった。
私が何もしなかったばかりに、彼女はきっともうこの学園にいられなくなってしまう。
――いいえ?
――何もしなかったなんてことはありません。
――貴方は自分を見つめ直し、変わりました。
――だからこそ、私は貴方の前に立ったのです。