孤独の檻
拙い文章ですが、読んで頂けると嬉しいです。
「私」は気が付くと牢獄の中にいた。
独房であるらしく、私の他にこの牢獄の中に囚人はいない。冷たい石畳の床とそれなりの物と思われるベット、そして何冊かの本があった。
無骨な鉄格子の隙間から向かいの独房の様子を伺う。中年とおぼしき男性がこちらに背を向けて床に座り込んでいた。背中を震わせながら何かの写真を見ている。
何が写っている写真なのかと少しばかり気にはなったが、男性の背中が邪魔で見えそうもない。
そこまで男性の様子を観察してから、ふと思う。
私は何故ここに居るのだろうか、と。
私は何かの罪を犯しただろうか。記憶を辿るが何故かここに来るまでの記憶が全くない。
しばらく独りで考えてみたが、分かりそうもない。
取り敢えず、今日は寝る事にした。
目が覚めると、向かいの牢獄から話し声がした。朝から面会が来ているらしい。面会者らしき品の良さそうな女性が向かいの独房の前に立っている。
更に、その隣には看守とおぼしき人物が立っていた。どういうわけか、看守とおぼしき人物は仮面を着けていて顔を見ることは出来ないが、よく知っているような気がした。
相変わらず、向かいの男性は背を向けたままで、一言も言葉を発さず、女性が一方的に語りかけていた。だが女性はそれでも満足したらしく、別れの挨拶をすると、看守と共に去って行った。
私と言えばする事も無いので、暇潰しも兼ねて本を読んで、眠くなれば寝ていた。
それから数ヶ月は似たような生活が続いた。
変わったことと言えば男性が女性の会話に応じるようになったことだろう。最近は女性のちょっとした冗談にも笑うようになっていた。
だが、今日は様子が違った。懐かしむように、独房を見渡し、写真を見つめる。そして、おもむろに写真を懐に仕舞った。 驚いた。
私が知っている限り、この男性は写真をいつも手に握っていて、懐に仕舞った所なんか見たことが無かったのだ。驚く私を他所に、男性はどこからともなく鍵を取り出すと独房の扉を開けて出ていってしまった。
あまりの事に、私は男性に声を懸ける事すら出来なかった。
鍵を持っているのなら何で早くでなかったのかとか、そもそも何で独房に入っていたのかとか様々な疑問が渦巻いたが、私はただ男性の姿を見送る事しか出来なかった。
男性が去ってからの私の独房生活は、さらに暇になった。私には男性のように会いに来てくれる人間もいない。こんなことなら、学生時代にでも友人を作っておけばよかったと思う。
いや、今学生時代に戻れたとしてもこの性格では友人など出来ないだろうが。
私の学生時代は本ばかり読んで過ごした記憶がある。
人付き合いがとても苦手な子供だった。クラスメイトと話すときに毎度挙動不審になってしまうくらいには。ごく稀に、話し掛けてくれるクラスメイトはいた。
しかし私は、それはもう一線どころか六線、七線ぐらい引いた返事をしていた。
その結果、クラスで浮いてしまうのに、それを寂しいと感じる癖に、クラスメイトへの対応を変えられないくらいに私は人付き合いが出来なかった。そうして、自分から檻に入っていく。自分で作り上げた癖に、自分で入った癖に、自分でも出ることが出来ない檻の中へと――。
気が付くと、鉄格子の前に金色に輝く鍵を持った看守が立っていた。看守はぞんざいに鍵を鉄格子の隙間から投げ入れた。
「 選びなよ。ここから出るか、それとも一生ここで過ごすのか」
仮面越しに声が響く。その声は、くぐもっていたがよく知っていた。何故ならその声は――
「 君は私か?」
私は思わず看守に問いかけていた。それならばこの状況はとても滑稽だ。
囚人が私ならば、看守もまた私で、出られないと嘆くのも私ならば、逃げ出さないように見張るのもまた私なのだから。
看守の指がゆっくりと仮面にのびる。
仮面を剥がした時にそこにあったのは、やはり私の顔だった。
「 そうだよ、僕はもう一人の君だ。今の状況に甘んじている君であり、変化を恐れている君だ 」
看守は言った。
正直、その通りかもしれないと私は思った。
私は今の現状にまあまあ満足しているし、やはり人と接するのは怖い。その怖さの結果があの学生時代だ。
「ああ、言っておくけどその扉、時間が経てば経つほど開きにくくなるから。まあ、今だって開くかどうか怪しい所だけど」
そう言い残すと、看守はさっさと去って行ってしまった。私は手元の金色の鍵を見つめた。小さな鍵はその見た目に反してとても重く感じられた。
あれから数日経った。私は未だに鍵を使えずにいる。
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