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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日記シリーズ

お転婆殿下の子守日記

作者: aym

風の月25日闇曜日

季節は秋、猛暑だった海の月が終わり、涼しくなってきました。私は絶賛自室のベッドに括り付けられております。というのも季節の変わり目には体調を崩しやすいというのは常識的なことでございますが、私も例に漏れず風邪をひいてしまいました。一生の不覚でございます。


普段通りに殿下を起こしに参りましたところ、擦れ違う侍女に顔色を指摘され、殿下にまで心配される始末。つねに自分に厳しくあれという姿勢でしたがこれは流石にまずいです。殿下に移してしまうのは何があっても許されません。従って本日は病欠で自室に籠もっているのてございます。


この日記のことも知られると怒られてしまいそうです。寝ているだけなどと退屈すぎてそれこそ死んでしまいます。ここにはテレビも漫画もゲームもありませんから。


こういう時はあの世界の利便さがことさら懐かしく思います。半年以上経ってようやくこの世界に愛着を持ち始めたところでしたが、やはり故郷というのは忘れられないものです。母さんの卵粥が食べたい……。




とここまで日記帳……というには分厚すぎるが……に書き綴ったところで、自室のドアの向こうに人の気配を感じて、枕の下に隠す。

ちょうどその後に控えめなノックが耳に届き、入室を許可する。



「失礼しますメイ様ってキャア!?」


「相変わらず、ですね、ミーシャ」



黄緑色のゆるふわなミディアムボブを激しく揺らしながら登場と共に床と熱烈なキスをしているのは一人の侍女、そのピンク色の瞳には痛みからか涙が黙っていた。

服装は王国から支給された焦げ茶色のシックなメイド服、日本の某オタクの聖地にいる露出過多なものではない可愛らしいデザインだ。

彼女は最近奉公に上がった騎士爵家の娘で名はミーシャ・プリネラという。

見ての通り王道ドジっ娘巨乳美少女だ。

ある時は掃除道具を盛大にぶちまけ、お客様の給餌をさせたらお客様が他のものに変えてくれと泣きつき、何もないところで転ぶのは当たり前。

そんな彼女に呆れた目を向けるのは仕方のないことなのかもしれない。



「ふにゅ〜」



そんな彼女は反対に恥ずかしそうに下を向いて決してメイと目を合わせようとしない。

それもそのはずメイの肩書きは第一王子殿下のお側付き、護衛で侍従で教育係り、そして未来の侍従長である。

さらには常に冷静沈着で何事も完璧に成し遂げる、まさに理想の侍従そのもの、そんな憧れの存在の私室にいるのだ。

案外可愛らしい柄のカーテンだとか、シンプルで落ち着きのある部屋だとか、意外にマグカップとか小さな植木鉢とか色々と小物があるなとか、目移りしてしまう。

それに今の彼は寝衣の上にカーディガンを羽織ったラフな姿、熱で上気した顔が普段禁欲的な彼に噎せ返るような色香を彷彿させている。

もうミーシャの顔は羞恥以外の理由でも真っ赤で、内心大パニックの狂喜の渦だ。



「それで? 何か急いでいたようですが、要件はなんでしょうか?」


「……あっ! そうです、忘れるところでした」



普段のしっとりとした声も素敵だが、今の少し掠れた気怠げな声も魅力的だとか考えていたミーシャは一気に現実に引き戻される。

先ほどから城内を騒然とさせた事件をこの病床に伏している青年に伝えるという大義名分……もとい崇高な任務を果たさなければならないのだ。



「それが大変なんですよメイ様、先ほど王太子殿下のお姿が見えなくなっちゃったんです。騎士団の話ではそれらしい子供を抱えた賊を目撃したとかで……」



それを聞いてメイが一番に思ったことは、

「どうして風邪の時くらいゆっくりのんびり安静にさせてくれないのか」

という理不尽に対する嘆きだった。





一方その頃の殿下はというと



「んむ〜んむむ〜〜(放さぬか無礼者め)!!」



呻いていた。




手首、足首、猿轡、そして全身を布でぐるぐる巻きにされて埃っぽい廃屋の一室に転がされていた。

辛うじて目隠しは免れたいたのでここが何処なのかは見当がついているのだが、いかんせん芋虫ではこの状況から脱出することは不可能だ。

ならばここでおとなしく助けを待てば良いのだが、それも望みは薄い。

何せ彼が、彼の両親に至るまで大幅な信頼を寄せていた護衛兼従者の青年は今高熱で魘されているのだから。

別に騎士団の騎士たちを信頼していないわけではない、だが過去この状況で今までに助けてくれたのは青年一人だった。

誘拐されて図太く冷静に平静を保っていられるのは青年が助けてくれると根拠なく信じられるからで。

だが件の青年は風邪、絶対の助けなど無根拠に信じられるほど彼の頭は単純ではなかった。

泣きそうになるのを必死で抑えられているのは、単に王族としての矜持だけだった。



(このまま殺されるのか? それとも奴隷として売られるのだろうか?)



悪い想像ばかりが彼の頭を駆け巡り不安で押し潰されそうになる。

いよいよ彼の涙腺の堤防が決壊しかけた頃、いきなり廃屋の壁の一面が吹っ飛んだ。


ドゴォォオオオオオオオオッッ


そんな感じの効果音だろうか、物凄い土煙りを上げて突然青いお空とこんにちはをしたカルディオルは呆然と口を開いて停止した。

それは彼を誘拐した賊達も同じようで、唖然と間抜けヅラを晒しているではないか。

そうして全員が目の前の非常識に思考を停止させていると、土煙りが段々と晴れて、この状況を作り出したであろう人物の姿を視界に写す。

それは、この世界にはない濡れ羽色の髪に漆黒の瞳をした、カルディオルの英雄だった。

その精悍な美貌を冷たい微笑で彩り、しかしその眼は一切の笑いがなく憤怒の炎で埋め尽くされ、


『魔王……いや邪神が降臨した』


と後に全員が証言する。

それほど残酷で冷徹にその美貌を歪めた青年がいたのだ。





時は少し遡り、ミーシャに王太子誘拐の事実を告げられたメイは気が動転してそのまま国王の謁見の間に早足で向かった。

そのただならぬオーラに誰もメイが寝衣であることを指摘できず、緊急会議をしていたその場所に踏み込んだ。



『王よ、その捜索に私も微力ながら力添え致しましょう』


『メイ?!』


『さあその下賎な賊など私が魂の欠片も残さず消滅させてご覧になりましょうふははははは!!』



この後「メイのご乱心事件」と名付けられるとは本人も思いもしなかっただろう。

あまりにも場に相応しくない装いを咎めるべき王も、諌めるべき忠臣達も、体調を崩しているにも拘らずこうしてメイを使わなければならないことに不甲斐なさを感じていただけだった。

そのはたから見れば痛ましい様子に皆が憐れみの目で生暖かく見つめていたこともメイ本人は知る由もない。

ともかくメイは素早く侍女達が持ってきた侍従服に着替えると、探索魔法を発動する。

限りなく薄い魔力が広範囲に広がって行き、とある王都郊外の森に打ち捨てられた廃屋の中に殿下の魔力の波長を探知した。

実はこの魔法、失われて久しい古代魔法ロストマジックの一つで、使えると進言した時には城内が騒然とした。

今までは彼が全て一人で解決していたためにその方法を知らなかった彼らは、皆が皆一様に驚愕したというわけだ。

しかしこの魔法が何故失われたのか、それは極大魔法を遥かに上回る高度な魔力コントロールと、それ相応の魔力量が必要だからだ。

使い手がいない、それがこの魔法が失伝した理由である。

そして囚われた場所を特定したら、メイは騎士団を引き連れてその廃屋へと向かい、そして火と風の融合魔法で壁を爆破で吹き飛ばしたのだ。

そして現在に至る。


いつも以上に無機質な無表情で己を見下ろす般若にカルディオルは震えながら正座していた。

額や掌、背中にはびっしょりと冷や汗が伝い、その顔面は蒼白を通り越して土気色になっている。

あれから怒涛の勢いで賊連中をじっくりねっとりと一人でいたぶった後、他の賊の目の前でリーダーだった男に尋問を開始した。

懐から取り出したのは拷問セット、あんたそんな物騒なもんを常に持ち歩いてんのか?!というその場の全員の心の叫びは届かない。

内容はここでは割愛させていただく。

健全な皆様の心に消えぬ傷跡を残すわけにはいかないのだ。

口でも文字でも憚られる内容であることだけ理解してもらいたい。

たとえ18禁でも果たしてこれはどうなのだろうか?というような内容だった。

それはともかく、そのリーダーの賊が言うには隣国の国王の命令で王太子を亡き者にしようとしたのだという。

まさか王太子が共の一人も付けず、潜入しようと下見に来ていた賊の前に現れるとは思いもしなくて暗殺道具の凶器が手元になく、かといってこのチャンスを逃せなかったので誘拐に至ったのだという。

そして般若が殿下の前に出現したのだ。



「体調の悪い私をこの様に、馬車馬のように鞭打たれて酷使して、その理由が貴方の脱走………何か弁明は御座いますか御座いませんよね?」


「ハイナニモゴザイマセン」


「よぅし、後生ですから一発殴られてくださいませ❤︎」


「えっ!?」


「大丈夫、明日筋肉痛で死んでもいいくらいの渾身の一撃をその無駄に綺麗な顔面にめり込ませて差し上げますので♪」


「何がっ?! ねぇ何が大丈夫なのっ!? その発言の中には何処にも大丈夫な要素が見つからないんだけど!!?」


「肉体強化、筋力増加の魔法を何重にも重ね掛けさせてくださいね? ーーーーーーーーーーっあれ……?」



そこまで言った後、メイは崩れ落ちる様に意識を失い、無茶した彼は案の定翌日、高熱で生死を彷徨うはめになる。

その間うわ言のように『オウジコロス』『オウジシネ』と繰り返し、カルディオルは震えながら泣いていたのだという。

そして彼らの不興をかった隣国はカルディオル王子の八つ当たりと腹いせに滅ぼされたのは、語るまでもないことである。




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