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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
88/129

03章 気まぐれな依頼-1


【ティスト視点】


早々に食事を済ませて迎えた、約束の正午。

セレノアに連れられるままに城の外へ出ると、既にレオンたちが待っていた。

「よく来てくれたね」

サリとレイナを従えて優雅に笑うレオンには、敵意の欠片も見受けられない。

だが、もし本当に何もするつもりがないならば、城の中を選んだはずだ。

ここに呼び出されたということは、やはり、覚悟していたとおりの展開らしいな。

「で、何をするつもりだ?」

「………」

アイシスと共に、ダガーへ手をかけて問う。

これだけの実力者を相手に囲まれては、勝ち目などないに等しい。

だが、おとなしく死んでやるつもりもない。

目的を勝利ではなく逃走に変えれば、可能性は十分に残されているはずだ。

「そう慌てないでくれ。後、数十秒で到着する」

そういって、腕をあげたレオンが彼方を指差す。

「到着? …?!」

指し示した方角には、見上げるほどの大きな砂嵐。

あれを待っていた? いや、違うな。

「これ…足音?」

「らしいな」

俺とほぼ同時に気づいたのか、アイシスが小さくつぶやく。

あの竜巻と一緒に近づいてい来る、地響きのような音。

どうやら、あれは自然に起きたわけじゃなく、誰かが蹴散らして出来たわけか。

どこの誰だか知らないが、とんでもない脚力だな。

「!」

砂の中から黒い影が飛び出し、天高く舞い上がる。

轟音と共に俺たちの眼前へ着地すると、反動で周囲の砂塵が巻き上げられた。

「チッ」

アイシスの隣で手のひらをかざし、風の魔法で砂を払う。

確保した視界の中では、見覚えのない少年が、俺たちへと向かって疾駆していた。

あの竜巻の主は、奴らしいな。

何が目的か分からないが、友好的だとは思えないな。

アイシスの前に出るべきか一瞬だけ迷い、結局、その場でダガーを抜く。

あれだけ成長したのに、いつまでもアイシスを対等に扱わないのは、かわいそうだ。

「………」

俺という盾など必要ない、庇われるだけの自分ではない。

ダガーを抜き、水を練り始めたアイシスの横顔が、そう告げていた。

「来るぞ」

「はい」

最低限の意志疎通を済ませ、眼前の敵に意識を集中する。

「水よ」

アイシスの水の魔法が、相手を包囲するように半円を描く。

幅も高さも大したことはないが、強度だけは、なかなかのものだ。

奴の行く手を遮って、突進の速度を殺すつもりだろうな。

避けるなら、上か…それとも横か。

それを見てから、より遠い方へと避ければいい。

「!?」

突き出された腕に振り払われ、水が粉々に弾ける。

飛沫へと変えられた水の魔法は、盛大に辺りへと飛び散った。

わずかに鈍った速度が、数歩で元へ戻る。

あの威力を、完全に無視してくれるか。

「くっ…」

アイシスが横へと飛び退いても、進路は変わらない。

「狙いは俺…か」

なら、好都合だ。

「風よ」

刹那で引き出せる力を風の魔法にして、奴の前に展開する。

振り上げられた拳が風の盾に突き立てられ、剣戟にも似た高音が耳を刺す。

一枚では、まるで足りないな。

力負けを肌で感じて、破られる前に次の行動を始める。

「なら、こうだ」

魔法の維持を左手に任せて、右手に新たな魔法を収束。

破られる数瞬前に、間隔を狭めた壁を幾重にも連ねる。

「おぉぉぉっ!!!」

少年の雄叫びが上がると、俺に掛かる負荷が一気に増す。

こちらの防御には一向にかまわず、右の拳をぐいぐいと前に押し込んできた。

「くっ…」

歯を食いしばり、魔法の発動に全力を注ぐ。

決して退かず、避けも受け流しもない。

真っ向から、捻じ伏せる。

「はぁぁぁっ!!」

「おぉぉぉっ!!!」

互いに声を張り上げ、力を振り絞る。

数秒間の押し合いの末、甲高い音と共に力が拮抗した。

俺の顔面に迫っていた拳は、吐息が掛かりそうなほどの距離。

手を開けば、指先が前髪まで届いていただろう。

まさに、かろうじて…だな。

「………」

「………」

拳を押し止めて歪む大気の先、刺すような眼光を正面から睨み返す。

その眼光は、どこかで見たような気がする。



アイシスの隣に飛び退いてから、魔法で作った風の壁を消し去る。

絡みつくような視線が、俺の後を追いかけてきた。

「へへっ」

アイシスと一緒にダガーをかまえると、その笑みがさらに深くなる。

表情の意味を問うまでもない。

今までにも、この手の戦闘が楽しくてたまらないという好戦的な笑顔は、飽きるほどに見てきた。

「………」

殺気に気後れしないように、油断なく相手を観察する。

こうして止まったところを見てみると、かなり小柄だな。

身長だけなら、セレノアやアイシスといい勝負。

筋肉は十分についているが、それにしたって、各所にまだ幼さが残っている。

それであの破壊力というのは、末恐ろしいが…な。

「こいつは、おもしれえ」

身体を震わせて、奴が全身についた水をふるい落とす。

四つ脚ではなく、ちゃんと二足で立って歩いているが、中身は、獣と変わらないな。

全てを本能に委ねて生きているのが、その立ち居振る舞いからにじみ出ている。

「まさか、俺の一撃が完璧に止められちまうとはな」

「たいした速度だが、不意打ちにしてはお粗末だったからな。

 煙幕に紛れても馬鹿正直に直進するだけじゃ、そうそう当たってくれないだろう」

「へへっ。だったら試してみようぜ。次は当ててやるからさっ!!」

膝を折って足を縮ませてから、反動で一気に飛び込んでくる。

「チッ」

ダガーを握る手に力を込め…。

「この無作法者め」

俺の元へ到達する前に、急接近したレオンの拳が、後頭部を直撃する。

抗うこともできず、奴は無様に地面へと叩き落された。

あの速さの突進を、横合いから正確に潰す…か、恐ろしいものだな。

「いってえー」

「まずは、遅れてきたことへの謝罪が先だろう?」

「いいじゃねえかよ。ちょっとぐらい多目に見ろよ」

「まったく…」

珍しく不機嫌そうにつぶやくと、レオンが腕を払う。

立ち込めていた砂が消え去るのにあわせて、距離を取る。

今度は、さっきのようにこちらへと視線を向けてこなかった。

にしても、あのレオン・グレイスを相手に、ずいぶんと親しげに話すな。

傍から見ていると、旧知の仲らしいが…。

「誰なんだ?」

「見れば分かるでしょう? ただの馬鹿よ」

それ以上の返事を避けるように、セレノアが、俺からも視線をそらす。

どうやら、あんまり仲は良くない相手らしいな。

「朝に来いと伝えて、この時間か。時間を守れと言っておいたはずだが?」

「いいだろうがよ、来たんだから」

レオンの説教に耳を貸さず、殺気が一段と高まっていく。

一瞬でも隙があれば、即座に飛び込んできそうだ。

「これで、待ち人が来たわけか?」

「ああ、待たせてすまなかったね」

「さあ、続きをやろうぜ?」

詫びるレオンを無視して、拳を俺に突きつけてくる。

問いかける割には、俺の返事など気にせずに始めそうな勢いだ。

「待てと言っているだろう?」

「なんでだよ? こいつが戦場の最前点なんだろ?」

思わぬ呼名が飛び出して、ぎょっとしてしまう。

俺のその名前は、魔族の中でも有名なのか。

「それでも、待て。物には順序があると前にも教えただろう?」

「忘れたね」

怒気を孕んだレオンの声を平然と受け流し、俺を睨みつける。

その目には、戦いを前にした狂喜が宿っていた。

「俺の自己紹介は、いらないらしいが…名前ぐらい名乗ってくれないか?」

「ジャネス・ブラスタだ」

面倒くさそうに告げられた名前に、背筋が凍る。

「それって…」

表情を強張らせたアイシスが、うかがうように俺を見る。

ブラスタは、国の…そして王族の名前。

それを冠しているのなら、答えは一つしかない。

「ガイの息子…か?」

「そういうことだ」

尊大にうなずき、ジャネスが腕を組んで見せる。

「なるほどな」

「言われてみれば、たしかに似てるところもありますね」

鍛え抜かれた強靭な肉体からは、抑えきれないほどの力を感じる。

小柄な体躯に、これほどの威圧感が込められるなら、十分だろう。

だが、あの重厚な威圧感を出すには、年期が足りないな。

「さあて、これで手順は踏んだんだよな?」

「まあ、な」

「じゃあ、行こうかっ!!」

さっきと同じように砂煙を引き連れて飛び込んでくるが、今度は、レオンも止めようとしない。

とっさに横へと飛びのくと、それが分かっていたように距離をつめてきた。

「まだ、話はあるんだがな」

「うらぁぁあっ!!」

俺のぼやきには聞く耳を持たず、代わりに拳が返される。

どうあっても、戦いたくてしょうがないみたいだ。

避ける方向を調整して、視界にレオンが収まるように回り込む。

あごに手を当てて、すっかり物見の姿勢だ。

周りの取り巻きたちも、和やかに笑って俺を見ている。

「これが、俺にやらせたかったことか?」

「そうだ、楽しんでくれたまえ」

「チッ」

「へへっ、そういうことだっ!!」

こんな嬉しそうな顔をしている奴に、止まるように説得しても無駄だろうな。

仕方ない、レオンの思うように踊ってやるか。

「お兄ちゃんっ!」

「大丈夫だ。俺一人でいい」

臨戦態勢のアイシスを左手で制し、周囲に向けていた注意をジャネスだけに集中させる。

セレノアより年下に見えるが、たいしたものだ。

ここまで作り込まれた肉体は、なかなか拝めないな。

問題は、あれだけの力をどうやって封殺するか…だな。

「どうしたっ!? 攻めてこいよっ!!!」

繰り出される拳を回避して、距離を取る。

俺の動きなど気にした風でもなく、また同じように近づいてきた。

まるで、防御を考えていないな。

直線的な動きと渾身の大振り、当然ながら無駄は多い。

だが、速い。

「チィッ」

昨日の髪解き組み手の要領で、適度な距離を維持する。

そんな俺を食い殺そうという勢いで、ただひたすら真っ直ぐに突進を繰り返す。

猪突猛進もいいところだ。

「ッ!!」

肩へと蹴りをあて、その反動で間合いを保つ。

太もも、わき腹、防御がおろそかなところを見つけては、様々な角度で蹴りこむ。

「へへっ、効かねえよ」

どんな攻撃を当てようと、ひるむことなく、己の拳を突き出してくる。

全ての攻撃が、相打ち覚悟。

結果として、相手のほうが先に倒れればいいという考えだろう。

捨て身でもない限り、普通なら絶対に選ばない戦法だ。

そんな無茶を可能にしているのは、鍛え抜かれた身体だからこそ身に付いた、驚異的な打たれ強さだ。

必要最低限の防御しかしない姿なんて、本当にそっくりだ。

「本当に、親子…だな」

ガイとの戦いの最中には、そこまで分析する余裕がなかった。

「………」

攻撃を避け続け、じっくりと観察する。

あれだけの能力があるなら、もっと効率のいい立ち回りは、いくらでもある。

それでも、ただ馬鹿正直に全力攻撃を繰り返す。

それが、ブラスタの流儀か。

大振りで繰り出される拳には、主の全てが込められている。

手の内が分かっていても、あの突進を止めるのは、一苦労だな。

正面からぶつかれば、文字通り、骨が折れそうだ。

「さて…」

この程度の攻撃では、どんなに蓄積させようと倒せないだろう。

様子見は、終わりだ。



「ッ!!」

余裕を持って回避し、無防備に突き出された腕へ、ダガーの切っ先を滑らせる。

「っ!?」

皮膚で押し止められ、刃が奥まで通らない。

ったく、馬鹿げてるな、なんて硬さだ。

「そんな腑抜けた攻撃で、俺が切れるかよっ!」

「チッ」

悠々と打たれた反撃が俺の左腕をかすめ、そこから血が滴り落ちる。

傷は浅い…が、何度も受けられるような威力じゃないな。

にしても、筋肉でダガーを受け止めるとはな。

打たれ強さは、もう一級品か。

「いつまで遊んでるのよ? 退屈で死にそうだわ。

 それとも、その程度で全力なわけ? だったら、アタシが代わってあげるから、退きなさい」

「その気遣いだけ、ありがたくもらっておくよ」

辛辣な言葉で浴びせられたセレノアからの激励に、余裕を持って軽口で返す。

考えてみれば、これも御前試合だったな。

いつまでも、無様な真似を見せるわけにはいかない。

「さて、続きといこうか?」

「いいねえ。俺が見たかったのは、その顔だっ!!」

予想通りの突進にあわせて、こちらも前へと踏み出す。

互いに奪い合うように詰められた距離は、さっきまでの数倍の早さで消えた。

「はぁっ!!」

今度はしっかりと体重を載せて、一撃に力を込める。

切っ先が肌を切り裂き、刻まれた傷から血が滲み出る。

「らぁっ!!」

鮮血を撒き散らしながら、かまわずに拳を繰り出す。

その動きは、わずかも鈍っていない。

奴の頭の中には、明日どころか、この戦いの後すら存在していないだろう。

退くことを知らず、守ることを忘れ、ひたすらに前へと突き進む。

俺には、決して真似できない戦闘方法だ。

「おらあああぁっ!!」

何をしても、奴は、戦意喪失なんてことにはならないだろう。

だったら…。

「倒れるまで付き合ってやる」

「おもしれえ」

犬歯をむき出しにして、豪快に笑う。

「ッ!!」

足を止めずに刃を閃かせ、次々に斬撃を叩き込む。

さっきまでのような防御を重視した足運びとは、まるで違う。

ただ、一刀に十分な体重を乗せるための、攻撃的な踏み込み。

「へへっ」

薄笑いを浮かべ、ジャネスも俺にあわせて拳を振るう。

刃と拳が交差する度に、体温が上がっていく。

戦いでしか得られない熱が、全身を包みこんでいった。




「はぁ…っぅ…はぁっ…」

「くっ…はぁっ…はぁ…」

互いに呼吸が乱れ、それを相手よりも早く整えることに全力を注ぐ。

まったく、なんて奴だ。

全身の至る所から血を吹き出し、それでも、顔色一つ変えやしない。

痛みも疲れも、全部忘れてるだろうな。

やはり、決め手がいる。

あいつの動きを止められるだけの、深手を負わせられるような一撃が必要だ。

「試してみるか」

レジ師匠から教わった、一撃を極限まで高める技法。

間合いが極端に狭いため、使える場面は限られるが、その威力は絶大だ。

真正面からの突進を迎撃するなら、打ってつけだろう。

呼吸を制御し、普段よりも深く、長い物へと意識して切り替える。

弓を引き絞るように、己の力を一点へと収束させていく。

「へへっ、すげえ力だな。面白えっ!!」

「うおぉぉぉおぉおおおぉぉっ!」

極限まで高めた集中力が、時間の流れを引き延ばしたように錯覚させる。

迫り来る奴の姿を目で、咆哮と足音を耳で、しっかりと捕らえる。

残りの距離からタイミングを予測し、呼吸を合わせていく。

「ッ!!」

「ッ!!」

振りかぶる瞬間は、鏡に映したように同時。

砕けてもかまわないくらいの覚悟で、歯を食いしばった。

姿勢が崩れるのも厭わずに、一刀に全ての力を乗せる。

俺の剣速が、奴の拳速を陵駕した。

「くっ!!」

肩口を狙って振り下ろしたダガーが、軌道を変えた奴の腕に阻まれる。

手のひらに伝わってくる、たしかな手応え。

肉を裂き、骨に届くのを感じながら、頭に描いたとおりの太刀筋でダガーを振り抜いた。

「くっ…うっ…」

手のひらで傷口を押さえて、出血を止めようとしているジャネスが、膝をつく。

今までの疲労が、まとめて押し寄せてきたみたいだな。

「終わりだな」

ダガーを一振りして血を払い、鞘へと収める。

座ることさえままならず、地面へと倒れこんだジャネスからは、さっきまでの覇気が消えていた。

「くっそ…なんなんだ、今のは。気づいたら、身体が勝手に動いてやがった」

大の字に倒れて悔しげにうめくジャネスの横に、レオンが歩み寄る。

出血の酷い腕を取ると、傷口を布できつく縛り上げた。

「まったく、本能に助けられたな。もし、あのまま相打ち狙いで行けば、命はなかっただろう」

「俺が、防御させられた…ってわけか」

「そういうことだ」

力任せに何重にも布で抑える、強引な止血。

なんとも魔族らしい応急処置だな。

「治療をするなら、部屋に入れたほうがいいんじゃないか?」

傷口へ砂が入り込めば、それだけ治りが遅くなる。

あれだけ深い傷だったら、もう少し気を使ってやるべきだ。

「なに、そこまでする必要はないさ。迎えも来ていることだしね」

言葉の意味が分からず、レオンの視線を追う。

風で舞い上げられた砂が視界を潰す、その向こうに…。

「…ッ!?」

まるで岩のように、ガイ・ブラスタがたたずんでいた。

まさか、これだけ近づかれて気づかなかったなんて…。

「チィッ」

舌打ちとともにダガーに手をかけ、精一杯に距離を取る。

「お兄ちゃんっ!!」

わずか数秒で、ダガーを引き抜いたアイシスが俺の隣に滑り込んだ。

本当に、どんなときでも臨機応変に動けるようになったな。

「………」

油断なく構えたアイシスが、水の魔法を練り上げる。

しかし、二対一であろうと、状況は絶望的だ。

万全の状態ならまだしも、連戦で、どうにかなるような相手じゃない。

「やめておけ」

左手を前につきだして、臨戦態勢の俺たちを制する。

戦うつもりはない…ってことか?

注意深く見つめる俺とアイシスを無視して、ジャネスの元へ歩く。

そして、処置を終えて立ち上がるレオンの横に並んで、足を止めた。

「どうだったね? 我が子の成長ぶりは?」

「善戦しようが、負けは負けだ」

辛辣な言葉とともに、ガイが背を曲げてジャネスを覗きこむ。

「親父」

「満足したか?」

「…負けたのに、するわけねえだろ」

「だったら、強くなるんだな」

そう言い切ると、話は終わりとばかりに、身動きが取れなくなったジャネスを肩へ担ぐ。

あれが、ガイ・ブラスタの父親としての顔なのかもしれないな。

「これで、文句はないだろう?」

「ふん。後は任せる」

「ああ」

それだけ言葉を交わして、ガイが歩き出す。

数歩だけ進んだところで足が止まり、こちらを振り返った。

「ティスト・レイア」

「アイシス・リンダント」

それぞれにしっかりと目を合わせて、低い声で名前を呼ばれる。

攻撃ではない思わぬ不意打ちに、何を返せばいいのか分からない。

「いい戦いだった」

今の戦いへの賞賛かと思ったところで、自分の勘違いに気がつく。

それならば、アイシスの名前は呼ばれないはずだ。

奴がそう評したのは、前回の、あの命を賭けた戦いのことだろう。

捨て台詞のようにそれだけ言い置くと、奴が歩みを再開する。

「すごい回復力」

アイシスがぽつりと漏らした言葉を確かめるために、その背中をじっと見つめる。

遠ざかる後姿には、怪我をしたときにできる独特の違和感が、まるで見られない。

筋肉で盛り上がった背中には、見る者を圧倒するだけの迫力があった。

治癒の魔法も無しに、この期間であの傷を克服したのか。

だとしたら、恐るべき回復力だな。

砂にまぎれて見えなくなるまで、黙ってその背中を見送っていた。

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