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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
82/129

05章 私の贅沢-04

【アイシス視点】


閉まりかけの酒屋に飛び込み、持てるだけのお酒を買った。

これで、準備万端だ。

「あれ?」

ライズ&セットのドアにかけられた『closed』の文字に、お姉ちゃんが首を傾げる。

たしかに、いつもなら中から漏れてくるはずのお客さんの声も、今日は聞こえない。

「でも、料理の匂いはするよな?」

「そういえば…」

お兄ちゃんの言うとおり、できたての美味しそうな匂いがしている。

店を休みにして、二人で晩御飯を食べてるのかな?

「とにかく、入ってよ」

お姉ちゃんの後について、中へと入る。

カウベルが、軽快な音で歓迎してくれた。




「よぉ、遅かったじゃねえか」

部屋の中央の一番大きなテーブルについた二人が、笑顔でこちらを振り返る。

当然、他のお客さんは誰もいなかった。

「あんまり遅いから、先に初めてるわよ」

テーブルの上には、所狭しと料理が並んでいて、いくつかはもう手がつけられていた。

楽しそうに笑うシアさんの後ろには、空になった酒瓶が並んでいる。

本人たちにとっては軽く…なんだろうけど、今日、私が飲む量より多いんじゃないかな…これ。

「やっぱり…」

呆れたようにつぶやいた後、お姉ちゃんが微笑む。

こうなってるのは、予想済みだったみたいだ。

「店は、いいんですか?」

「ティストちゃんたちのために、貸切にしたの」

「お前等が飲むのに、俺たちだけ働いてるなんて、不公平だろうが」

建前と本音を聞いて、ようやく理解できた。

今日は、じっくり腰を据えて飲むみたいだ。

「でも、連絡いれなかったのに、よく気づいたね」

「あら? 連絡なら、たくさん来たわよ」

「? たくさんって?」

「娘さんが男と嬉しそうに歩いてた…って話が、そりゃあもう、いっぱいね」

「なっ…」

お姉ちゃんの頬が、火がついたみたいに赤く染まる。

さすがは、ライズ&セットの看板娘。

普通に買い物してただけなのに、噂がここまで届いてるんだ。

有名だと、いろいろ大変なんだな。

「いいじゃない、楽しかったんでしょ?」

「え、それは…そうだけど…」

「新しい服も買ったみたいだし」

「そ、そんなことまで知ってるの!?」

「当然よ」

お姉ちゃんの反応に満足げにうなずいてから、シアさんがこっちへ振り返る。

なんでもないはずなのに、思わずびくりと身体が跳ねてしまった。

「そんなに警戒しなくても、何もしないわよ」

くすくすと楽しそうに笑うと、私たちの下げていた袋を次々と受け取ってくれる。

とても一人じゃ持てないほどの重量なのに、シアさんは、顔色一つ変えずに微笑んでいた。

実際に、戦っているところを見たことはないけれど…。

やっぱり、クレア様やレジ様と同じぐらいに、お姉ちゃんの両親も強いのかな?

「それにしても、ずいぶんと、たくさん買ってきてくれたのね。

 今夜は、存分に楽しめそうだわ」

袋の中を覗きこんでいたシアさんが、上機嫌に笑う。

その横では、ラインさんが、飲みかけのお酒をきっちりと空にしていた。

「さて、こんなにあるんだから、さっそく開けないと…。

 だけど、ティストちゃんにお願いするのは、まだやめておいたほうが良さそうね」

「いえ、べつにその程度なら…」

「やめておきなさい。もう、今日は十分に意地を張ったでしょう?」

問いかけられて、お兄ちゃんが息をつく。

取り繕うのを辞めたらしい、その顔には、はっきりと疲労が浮かんでいた。

「お見通しですか」

「当たり前よ。何回、ラインの大怪我に付き合ってると思ってるの?」

「かなわないな」

そうつぶやいて、お兄ちゃんは、椅子の背もたれにぐったりと身体を預ける。

見ているこっちが心配になるぐらい、苦しそうだった。

そんな…いったい、いつから?

もしかして、昼間に歩いていたときから、そうだったの!?

「二人とも、そんな顔しないでくれ」

「だって…」

そんなことを言われても、顔が引きつって、表情がうまく変えられない。

作り笑いを諦めて、本当のことを答えてくれないと分かっていても、聞きたいことを問いかけた。

「怪我の具合、大丈夫なんですか?」

「ああ、傷自体はどうってことない。ちょっと疲れただけだ」

「だったら、そう言ってもらえれば…」

別に、今日じゃなくてもよかったし、途中でやめることだって…。

「いいんだ、今日は俺も楽しかったから」

そんな風に言われたら、返す言葉なんて、見つかるわけがない。

まったく…お兄ちゃんは、優しすぎる。

「お母さん、食器の準備、お願いしてもいい?」

「いいわ、任せておきなさい」

そういって、シアさんが奥へと向かうと同時に、お姉ちゃんの手が淡い光に包まれる。

そのまま、優しく手を伸ばして、お兄ちゃんの手を握った。

「んじゃ、俺は酒を開けておくか」

「あの…」

「ん?」

「私に、抜栓のやり方を、教えてもらえませんか?」

お兄ちゃんがやるはずだったことなら、誰かに任せるのではなく、自分で代わりたい。

こんなことで役に立てるとは思わないけど、でも、少しでも何かをしたかった。

私の考えてることが分かっているみたいで、ラインさんは私の目をジッと見てから、豪快に笑った。

「いいぜ、俺が教えてやる」




言われるままに手を動かし、忘れないように、手順を頭に留めていく。

お兄ちゃんやお姉ちゃんのやってた姿を思い出して、なるべく、それを真似するように意識する。

見ていると簡単そうなのに、やってみると難しいのは、こんなところでも同じだ。

「ここまでが、相手に出すための一連の流れだ。

 まあ、細かい礼儀作法は、相手によってほとんど省略して問題ないがな」

隣で手本を見せてくれたラインさんが、グラスに注いだ残りを、ビンに口をつけて一息で飲み干す。

その大胆さに圧倒されながらも、次の一本へと取り掛かった。

教わったとおりにナイフを使ってキャップシールを剥がし、スクリューをまわしてコルクへと突き刺す。

こうやって、丁寧に教えてもらえるのも、かなりの贅沢だ。

昔だったら、考えられないことだろう。

「そんなに難しい顔をしてやる必要はねえよ。ようは、美味しく飲めればいいんだからな。

 ビンを割らない自信があるなら、ここをダガーで横一閃に薙ぐのが一番手っ取り早いぜ」

コルクがちょうと途切れた辺りを指差して、ラインさんが笑う。

たしかに、飲めるようにするだけなら、それが一番早いかもしれない。

「まったく、女の子に行儀の悪いことを教えないの」

苦笑いでシアさんが食器を並べ終えると、お姉ちゃんも手を止める。

そして、にぎやかな晩御飯が始まった。




お酒を飲んで、ぼんやりとした頭では、思い出しきれないほど、色々な料理を食べさせてもらった。

少し料理を覚えたから、改めて、そのすごさが分かる。

味付けもそうだけど、私が決定的に劣っているのは、作れる料理の種類だ。

今の私だと、三食違う物を作ったら、三日と経たずに尽きてしまう。

もっと、いろんなものを覚えていかなきゃ…。

「荷物、大丈夫か?」

「あ、はい」

ぼんやりしていて、下がりつつあった荷物を持ち直す。

お兄ちゃんには、絶対に持たせられない。

普段では考えられないほどの大量な買い物。

とても満足したはずなのに、お金はまだまだ余っていた。

「まだ、こんなに…」

報酬をいれていた袋の重さは、行きとそんなに変わっていない。

半分ぐらい使うつもりで持っていたのに、ほとんど残ってしまった。

やっぱり、私に贅沢なんて、向いてないのかもしれない。

贅沢と無駄遣いの違いだってよく分からないのだから、それも当然か。

「べつに、一度で使い切る必要はないだろう?

 金が尽きるまで、今日みたいなことを繰り返してもいいしな」

「…!」

思いがけない提案に、びっくりして立ち止まってしまう。

そんな方法があるなんて、まったく思いつかなかった。

その提案は、とっても贅沢で…。

贅沢すぎて、私にはもったいないぐらいだ。

少し前を行くお兄ちゃんの隣へと早足で並んで、その横顔に問いかけた。

「また、付き合ってくれますか?」

「ああ、いつでもいいぞ」

穏やかな笑顔で、お兄ちゃんが答えてくれる。

今日だけで、色んな贅沢をしてきたけれど、この瞬間に勝るものは、なかった。

そう思えてしまうほどに、今の私は満たされている。

今は、お兄ちゃんに甘えるという、最高の贅沢を味わおう。

この話で、DAGGER 1章のサイドストーリーは終了になります。


2015/7/1より、DAGGER 第2章 有色の戦人(セレノア・グレイス編)を

公開予定ですので、しばらくお待ちください。

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