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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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05章 私の贅沢-03


お姉ちゃんとおそろいの櫛と鏡を買って、さらに重くなった袋を持ち直す。

買い物をしたと実感できるこの重みが、なんだか嬉しい。

「もうこんな時間か」

お姉ちゃんが、残念そうにつぶやく。

歩き回っているうちに、すっかり日も傾いてしまった。

赤く染まった街並みの中で、この店の前だけが、やけに静かだった。

今日の買い物ももうすぐおしまい、そう思うとなんだか寂しい。

「本当に、ここが最後で良かったんですか?」

「一番、売り切れの心配がないからな」

皮肉を言いながら、お兄ちゃんが扉を開ける。

中にいるあの人に聞こえていないことを祈りながら、私もそのドアをくぐった。




お兄ちゃんの言葉を証明するように、お店の中には、誰もお客がいなかった。

並んでいる武器たちも、前に来たときと変わってるようには見えない。

やっぱり、全然売れてないのかな。

失礼な話かもしれないけど、少し心配になってしまう。

「お前さんたちか。何の用じゃ?」

「贅沢しにきました」

「なんじゃと?」

「私が使ってた胸当てと手袋、クリアデルの支給品だったんです。

 以前と似たようなデザインで、前より強度が上で、できれば軽いものが欲しいんですけど、ありますか?」

私が思いつく限りの、好条件を並べてみる。

ガイ・ブラスタと戦ったときに、ほとんどの装備は、炭になって消えた。

あの一撃を防具で防げるとは思わないけれど、軽減できたのも事実だ。

あれのおかげで、たしかに生きながらえることができたのだから、装備をおろそかにしたくない。

お兄ちゃんを守るときだって、あの装備があれば、もう少しマシだったかもしれないんだから。

「ありますか…じゃと? まさか、ワシに量産品を売らせるつもりじゃあるまいな」

物騒な目で睨まれて、思わず身がすくむ。

だけど、問いかけるようなその口調は、きっと…私のことを試しているはずだ。

「なら、私のために作っていただけますか?」

「ふん。採寸するぞ、手伝え」

「はーい」

投げられた紐を、お姉ちゃんが笑顔で受け取る。

どうやら、答えとしては及第点だったみたいだ。

「アイシスちゃん、動かないでね」

「はい」

次々に紐が当てられて、その長さをお姉ちゃんが読み上げる。

それを、ロウさんが用意した紙に、お兄ちゃんが書き込んでいく。

なんだか、ここにいるみんなに、私の全てを知られるみたいで、すごく恥ずかしい。

ロウさんは、武器を見るときと同じような厳しい目つきで、お姉ちゃんの手元…つまり、私の身体を見ている。

もしかしたら、その目には、これから産まれる防具が、もう映っているのかもしれない。

「手ぐらいなら、男に触られても平気か?」

「え? あ、はい」

お姉ちゃんが私の寸法を測ってくれてるのは、そういう配慮なんだ。

両手を前に伸ばして、ロウさんに手のひらを向ける。

ロウさんの固い指が、私の指先をなぞり、撫で付けていく。

武器を扱う私よりも遥かに硬い、職人の手だ。

こうなるまでに、どれだけの時間と力を使ったんだろう?

「ふむ。ようやく、戦う者の身体になってきたようだな」

握っていた私の手を降ろして、満足そうにうなずく。

そう言ってもらえるのは、素直に嬉しい。

「ありがとうございます。まだまだ、お兄ちゃんには、敵いませんけど…」

「年季の差じゃな。それに、お前さんには、まだまだ覚えることがたくさんあるじゃろう」

「お兄ちゃんには、もうないんですか?」

「成長の余地に関しては、ワシもわからん。

 だが、少なくともセイルスの二人が教えることは、ほとんど残っていないだろうな。

 奴らの技は、余すことなく、全て叩き込まれてるはずじゃ」

「免許皆伝…でしたっけ?」

全てを継いだものだけが、名乗れる称号。

お兄ちゃんなら、たしかに、そう呼ばれるだけの力があると思う。

「ふん。そんな大層なものを出せるほど、真っ当な流派ではない。

 なにせ、門弟がお前さんたち二人だけなのじゃからな」

そういえば、前にそんな話をしていた気がする。

レジ様とクレア様から教えてもらえる人は、気に入ってもらえた人だけ。

それが、とても狭き門になっている…って。

「他には、誰もいなかったんですか?」

「ラインとシアはあの二人を慕っていたが、結局のところ、何も教えとらんはずじゃ。

 そもそも、レジもクレアも、人に物を教えることが嫌いでの」

 『見て学べ。それで極意が掴めぬなら、使う必要なし』…常々、そう豪語しておった。

 じゃから、その態度を決して崩さなかったあの二人が弟子を取るなど、誰も予想しとらんかったわ」

こうして聞いていると、お兄ちゃんが、いかに特別な存在なのか、よく分かる。

気に入った人間のためっていうのは、きっと、お兄ちゃんに教えるための方便だ。

おまけで教えてもらえた私は、本当に運がいい。

「しかも、弟子に教えるためだけに、技を編み出したのだからな。

 それを聞いたときの、周りの驚きようと言ったらなかったわ」

ロウさんにしては珍しい、私にでも分かるぐらいの楽しそうな笑み。

そのときのことは、思い出し笑いできるぐらいに、痛快だったんだろう。

「その話、本当なのか?」

身を乗り出すお兄ちゃんのために、横へとずれる。

お兄ちゃんが、こんなに興味を示すなんて、かなり珍しい。

「なんじゃ、お前さんも知らなかったのか。まあ、奴らが語るとは思えんからな。それも仕方あるまい」

一呼吸置いて、ロウさんが椅子に座り、頬杖をつく。

どうやら、あれは、長話の姿勢みたいだ。

「ダガーの扱いなど、ほとんど知らぬあの二人が、本当にまあ、よくやったもんじゃ。

 己の武器をダガーに持ち替え、さまざまな敵と対峙して、その本質と闘法を掴み取る。

 雑魚ばかりでは話にならんと、二人が交互にやっていたときもあるし、ラインやシアを相手にしたときもあったはずじゃ」

クレア様のロッドもそうだろうけど、レジ様の斧なんて、まるで勝手が違うはず。

それなのに、あの人たちは、お兄ちゃんのために、わざわざ武器を持ち変えたんだ。

ロウさんの皮肉な笑みや、お兄ちゃんとお姉ちゃんの驚いている顔が、それがどれだけ大変なことかを物語っている。

「それに、実戦だけではなく、文献なども読み漁っておったの。

 継承されている技術は、余すことなく全て己の技として吸収しておったわ。

 それでも飽き足らず、最後には、自分でダガーを極めるとほざきよったのだから、まったく馬鹿は救えんわ。

 片時のクレアなぞ、自分の武器を封じて、四六時中ダガーを握り締めていたぐらいじゃからな。

 あの二人が昼夜を問わず、あれほど凄まじい気迫で刃を振るっていたのは、ワシが知る限りあれが最後じゃ」

横目で、お兄ちゃんの反応を盗み見る。

話の続きを真剣な顔で待つお兄ちゃんは、私の視線にも気づかないほどだった。

「お前さんたち、型は覚えたじゃろう?」

「ああ」

お兄ちゃんが答えてくれたから、私は黙ってうなずく。

型…技の連なりを覚えることで、その意味と身のこなしを身体に覚えこませるための訓練方法。

お兄ちゃんが教えてくれたのは、全て覚えたし、今でも毎朝毎晩、繰り返し練習している。

「あれも、奴らが作り上げたんじゃ。

 伝承されていた型を見ては、『この程度では、足りない…』と難癖をつけてのう。

 自分たちの納得行くまで改良を加えておったから、原型なぞ留めておりゃあせん。

 全ては、理を学び、力のないものにも使える技を、お前さんに覚えさせるために…な」

驚くほどの熱意に、ただ圧倒される。

ロアイスでも屈指の猛者であるあの二人が、まさしく心血を注いで作り上げた技。

自分が学んできた一つ一つが、どれだけ洗練していたのかを、今更になって思い知らされる。

きっと、お兄ちゃんが感じているものは、私なんかとは比べ物にならないだろう。

その全てが、お兄ちゃんのために作られたものなんだから。

「どうして、そこまで詳しく知っているんですか?」

「ふん。奴らが使うダガーを、誰が用意したと思っておる。

 しかも、毎夜に訪れ、型を見せては意見を問われれば、忘れようがないじゃろう」

迷惑そうな顔で、ロウさんが愚痴をこぼす。

でも、それは、きっと本心じゃない。

もし、本当に迷惑だったのなら、この人は、きっと断っていただろう。

「友達だから…ですか?」

「友ではない。年に数度、己の武器を見せに来るだけの厄介な客じゃ」

憎まれ口を叩いて、ロウさんが否定する。

私には、そんな関係がとても羨ましく見えた。

「満足したか? いいなら、作業を再開するぞ」

「ああ、邪魔してすまなかった」

壁に寄りかかったお兄ちゃんは、静かに目を閉じる。

きっと、心の中を整理しているんだと思う。

「後ろを向け」

「はい」

言われるままにくるくると回り、色んな角度からの私を提供する。

ロウさんが満足げにうなずくまでに、たっぷり一時間以上が掛かった。

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