表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
80/129

05章 私の贅沢-02


【アイシス視点】


さて、次はどこへ行って、何を買おう?

こんなに楽しく悩めるなんて、たしかに贅沢かもしれない。

「この際だから、毛布や枕なんかも買い替えたらどうだ?

 昔、俺が適当に選んだ物だから、お世辞にも上等とは言えないし…。

 少し奮発すれば、もっと上質で、趣味のいいものが見つかるはずだ」

「せっかくだけど、毛布も枕もそのままでいいです。

 買い替えるつもりは、ないですから」

私の部屋にあるものは、どれ一つとして、手離すつもりはない。

こんなに自分の所有物に愛着が沸くなんて、今までなら、考えられなかった。

「お兄ちゃんは、何か買わないんですか?」

さっきから、私についてきてくれるばかりで、全然買うそぶりを見せない。

でも、本来なら、このお金はお兄ちゃんが一番に使うべきなんだ。

私は、お兄ちゃんの好意で、使わせてもらってるに過ぎない。

仕事でもらった報酬は、全てお兄ちゃんに支払われるべきお金なんだから。

「買うもの…ねえ。いや、いいかな」

周囲をざっと見回して数秒の思案、あっさりと首を横に振る。

「そんな、我慢しなくていいのに」

「べつに、耐えている感覚はないんだけどな。

 どうも物欲ってのが、足りてないらしい」

「………」

困ったように頭をかくお兄ちゃんを見て、お姉ちゃんの表情が曇る。

小さく漏らした息は、悲しみで濡れていた。

「ユイ?」

「でも、それなら…ティストには、大金の報酬なんて、必要ないじゃない」

目を伏せたお姉ちゃんが、今にも泣き出しそうな声でつぶやく。

お兄ちゃんが求めてるのは、お金じゃない。

自分が求めているものはもらえないのに、それでもお兄ちゃんは、仕事を引き受けて、お金を得る。

どれだけ求めても、自分の欲しいものには、手が届かない。

それは、とても悲しいことに見えた。

「そう…かも、しれないな。

 だけど…俺が得たものは、金だけじゃないはずだ。

 少なくとも、俺はそう思ってるよ」

硬い声で断言して、お兄ちゃんは、あの不器用な笑顔を浮かべた。

困ったように、悲しげに、それでも、強がるように笑っている。

見ている私の胸が痛くなるぐらいに、色んな意味が込められた、深い笑顔だった。

「ごめんね、変なこと言って」

「いや、ありがとな。俺が色々欲しいと思わないのは、もう十分に満たされてるから…かもしれない」

本当に、心から満足しているように見えるほど、その横顔は穏やかだった。



「おぉっ!? 闘技祭のときの嬢ちゃんじゃねえかっ!」

「!?」

突然の声に振り返ると、気っ風のいいおじさんが、愛想よく笑っていた。

見たことない顔だし、もちろん、名前なんて知らない。

知らない人にいきなり話しかけられるなんて、初めてだ。

「寄ってきな、安くしとくぜ」

手招きするおじさんの露店からは、煙と一緒に香ばしい匂いが立ち上っている。

「へえ、串焼きか」

「ここのは、美味しいよー」

「おお、騎士団長に勝った兄さんに、カルナスんところの嬢ちゃんじゃねえか。

 なら、活躍一人につき一割だ、三割引でいいぜ」

「え…」

三割引…って、えっと…?

考えても全然分からなくて、思わず、おにいちゃんを振り返ってしまう。

「そのうち、読み書きだけじゃなく、算術も教えるよ」

「はい、お願いします」

文字は少しずつ読めるようになってきたけど、まだまだ、分からないことだらけだ。

お兄ちゃんは優しく教えてくれるから、一つずつ、ちゃんと覚えていこう。

「せっかくだし、大きめのを一つもらおうか」

「あいよ! 一番でかいのにしとくぜっ!」

タレを塗られ、炙られた肉の香りが、胃を刺激する。

朝ご飯にあれだけ食べたのに、もうお腹が空いてきた。

「じゃあ、私も…」

「いや、いい」

お金を出そうとした私を、お兄ちゃんが手で制する。

いい…って? 何がいいんだろう?

「あいよ、お待ちどうっ!!」

「どうも」

御代を渡して、お兄ちゃんが、湯気の立つ熱々の串を受け取る。

自分では手をつけずに、そのまま、私に差し出してくれた。

「ほら、一番乗りだ。服につけないように、気をつけろよ」

「え?」

「買い食いはね、ちょっとずつ色んな物を食べるのが、一番いいの。

 冷めないうちに、めしあがれ」

「ありがとうございます」

戸惑うほどの肉厚な一切れに、口を大きく開けて、かぶりつく。

甘辛いタレと、肉汁が口の中いっぱいに広がった。

噛み締めるほどに味が引き出されて、喉の奥へと流れ込んでいく。

焼きたての熱が胸の奥まで伝わり、火が灯ったように、じんわりとあたたかくなった。

「いいか?」

「ふぁい」

!? 口がうまく動かなくて、変な声が出た。

そんな私を見て、お兄ちゃんが笑顔で串を受け取る。

うぅ…はずかしい。

「ん、いけるな」

お兄ちゃんが、私の食べかけを一口かじり、お姉ちゃんへと渡す。

長い髪を後ろへと払ってから、お姉ちゃんも同じ場所に口をつけた。

「うん。タレの味もいいし、焼き立てなのもいいよね」

「はい、アイシスちゃん」

再び私に戻ってきたものを、もう一度頬張る。

ひとつの物を食べ回しているのに、全然、抵抗を感じない。

とても自然で、当たり前なことのように思える。

きっと、昔の私だったら、下手な言い訳をして、断ってただろう。

それを受け入れられるようになったのは、お互いの距離が近くなったからだと思う。

少しでも味をたくさん楽しむために、夢中で口を動かす。

たぶん、この串も、あのときのシチューと同じだ。

一人で食べたら、きっと、ここまで美味しいとは感じなかったと思う。

私が、こんなにも美味しいと思えたのは…この二人のおかげだ。

「アイシス。買い食いはいいけど、食べ過ぎると後悔するから気をつけろよ」

「?」

「今日の晩御飯は、もちろんウチだからね」

「あっ…はい、分かりました」

お兄ちゃんもお姉ちゃんも、すっかり、元通りになっていた。

あのおじさんには、感謝しないといけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ