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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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05章 私の贅沢-01


【ティスト視点】


あの命を賭けた激戦から、ようやく十日が過ぎた。

ユイに癒やしの魔法をかけてもらい、ずいぶん痛みも和らいできた。

三日も続いた高熱もどうにか収まったし、寝返りを打って激痛で目を覚ますこともなくなった。

その間、ユイとアイシスは、これ以上ないくらいに尽くしてくれた。

掃除や洗濯は全てしてくれるし、朝昼晩と毎回違う料理をベッドまで運んでくれる。

贅沢の象徴とされる貴族や王族に並べるほどの厚遇だ。

それにいくら大金を払ったとしても、ここまで手厚い看護は受けられないだろう。

それには、心の底から感謝している。

でも、だからって、これは…やりすぎなんじゃないか?



「ほらっ、あーんして」

悪戯な笑みを浮かべて、ユイがスプーンを差し出す。

口を開けるのが気恥ずかしくて、俺は手を伸ばしてそれを受け取った。

「世話を焼いてくれるのは嬉しいけど、そんなに重病扱いしないでくれ。

 もう食事だって一人で出来るし、出歩くぐらいなら大丈夫だから」

いくら無茶をしたとはいえ、これだけ寝たきりに徹すれば、身体もずいぶん楽になる。

日常生活を不自由なく過ごせるぐらいには、回復していた。

「だってさ。アイシスちゃん、せっかくだし、お願いしてみたら?」

「お願い?」

「あの…」

そう言ったきり、唇を動かすだけで、声にならない。

どう切り出せばいいか、迷ってるみたいだ。

「俺を相手に、順序立てて話をする必要はない。

 そういうのは、他人を相手にするときにやってくれ」

家族でそういう遠慮は必要ないし、べつに、そんなことで怒ったりはしない。

「やっぱり、お兄ちゃんとお姉ちゃんは似てますね」

「俺とユイが?」

「はい、お姉ちゃんも同じようなことを言ってくれました」

なんとなく、恥ずかしくなって、人差し指で頬をかく。

「で、どうしたんだ?」

「あれ、なんですけど…」

おずおずと指差したのは、テーブルの上にある高級な袋。

王家の紋章を剥ぎ取って売っただけでも、かなりの値がつく一品だ。

そして、中には、ぎっしりと金がつまっている。

「クレネアの森に行った時の報酬か?」

記念すべき、アイシスとの初仕事。

魔族の王と精霊族が対立してる所に出くわしたという、なかなかに不運な内容だった。

今思い出しても、よく無事に帰ってこれたものだと感心してしまう。

懐かしいな、もう数年前のような気分だ。

「いえ。あれは、魔族と闘ったときの報酬です」

言われてみれば、あのときよりも袋が一回り大きい。

どうやらライナスの奴、ずいぶんと奮発してくれたみたいだ。

「無事に帰って来れたら、このお金で、私と贅沢するのも悪くないって、お兄ちゃんが言っていたって、聞いてますけど…」

「…?」

俺の反応を見て、アイシスの声が小さくなっていく。

「覚えてませんか?」

「いや…まぁ、まだ記憶が混乱してるのかもな」

あいまいな返事で、答えをごまかす。

気遣わしげな二人の目が、少し後ろめたい。

額に手のひらを押し当て、あのときにファーナに依頼したことを思い出す。

『アイシスが何不自由なく暮らせるように』

その頼みを、快く引き受けてくれた。

その一部始終は今でも覚えているが、さっきの言葉は、本当に記憶にない。

後遺症で記憶障害にでもなっていない限り、それは俺の言葉じゃない。

「…!」

そこで、一人の人物に思い当たる。

こんな上手な嘘を使えるのは、ロアイスの名軍師様だろうな。

さすがは、ファーナ・ティルナス…か。

「お兄ちゃん?」

大丈夫ですか? と言葉が続きそうなほどの不安げな眼差し。

せっかくだ、俺もその嘘に乗せてもらおう。

「で、どんな贅沢をするのか、決めたのか?」

「えと、まだ…なんですけど…。

 だから、お兄ちゃんとお姉ちゃんと三人で、ロアイスを回って決めようかと思って…」

うかがうような、上目遣い。

相変わらず、わがままを言ったり甘えたりは、苦手なままか。

「じゃあ、食べ終わったら行こうか」

「え? いいんですか!?」

その場で跳ね回りそうなほどの満面の笑み。

見ているこっちが嬉しくなるようなその反応に、こちらも笑顔で返す。

「ああ。ユイもいいだろ?」

「もちろん! いろいろ案内するからね」

「じゃあ、洗い物を済ませちゃいますね」

「あたしも手伝うよ」

声を弾ませて、二人が部屋から出て行く。

その仲のいい後ろ姿を見たら、思わず笑みがこぼれた。

「さて…と」

ベッドから起き上がり、上着を羽織って、まだ痛みが残る身体を覆い隠す。

思わず口をついて出た強がりだが、どうやら、今日一日ぐらいは誤魔化せそうだな。

走れと言われても無理だが、歩けないほどでもない。

鈍った身体をならすなら、ちょうどいいだろう。

「それにしても、贅沢…か」

自分には、縁遠い言葉だが…。

たしかに、そんな使い道も悪くないな。



【アイシス視点】



ロアイスの大通りは、いつものように人で溢れ、絶え間なく声が飛び交っている。

人の流れにあわせて歩き出し、周りと歩調を合わせた。

いつもは、見ているだけだったのに、今日は、自分も人混みの一部になっている。

そう思うと、なんだか不思議な気分だ。

「で、どこに行くんだ?」

「欲しい物が決まってるなら、お店、紹介できるからね」

私を挟むように、お兄ちゃんとお姉ちゃんが横に並んでくれる。

誰が決めたわけでもないのに、最近、三人で歩くときは、いつもこうしてくれる。

「えっと…」

そもそも、贅沢なんて、したことがないから、よく分からない。

欲しいもの…なんて、全然思い浮かばないし…。

ここに来るまで、ずっと悩んでいたけれど、結局、考えはまとまらなかった。

実際に、お店を選ぶときになれば、決められるかと思ったけど、全然ダメだ。

たくさんありすぎて、目移りする。

「あっ…」

「?」

思わず出してしまった声に反応して、二人が私の顔を覗き込む。

恥ずかしさを誤魔化すために、あわてて通りの向こうにある店を指差した。

「あ…」

「あそこか」

お兄ちゃんとお姉ちゃんが、視線を交わして笑いあう。

そこは、この二人に連れられて、一番最初に来たお店。

今、私が着ているこの服を買った、服屋だ。

「寄っても、いいですか?」

「ああ」

「もちろん」

二人の笑顔に押してもらったように、足が軽くなる。

自分でも驚くくらいの上機嫌で、お店までの道を歩いた。



色合いや装飾を考えて、並んでいる服の中から気に入った一枚を取り出す。

うん、肌触りも悪くない。

自分の身体に押し当ててから、鏡に映し、袖を通したときのことを想像する。

「これなら…」

ようやく、自分の中で合格点を出せた。

その服を押し当てたままで、お兄ちゃんへと振り返る。

「どう…ですか?」

「ああ。いいんじゃないか?」

さっきは、たしか…『悪くないと思う』だったはず。

気を使ってくれてるのか、直接的な言い方はあんまりしないけど…。

その代わりに、視線が動いた後に、わずかに表情へと感情が映し出される。

目は口ほどに物を言う…らしいけど、どうやら、本当みたいだ。

お兄ちゃんの反応をじっくりと見ていれば、どう思ってるのか、なんとなく分かる。

これは、さっきよりも好感触…かな?

頭の中に候補として残しておいて、次を探す。

あのときは、お姉ちゃんに任せっぱなしだったけど、今は自分の意志で選んでいる。

こうやって、迷い悩むのが楽しいなんて、全然知らなかった。

「ん?」

あの一角だけ、やたらと念入りに装飾されているし、人がたくさんいる。

その人たちの頭上には、目を引く色彩の看板に、大きく文字が描かれていた。

「えっと…」

『ロアイス』、『人気』、『男性』、『誘惑』。

全部は読めないけれど、分かる単語だけを拾い読みして、並べてみる。

最近は、お兄ちゃんが毎日のように本を読んでくれるから、文字にも少しは慣れた。

「…?」

ゆうわく? って、男の人を?

その単語があんまりに自分と掛け離れていて、他人事にしか思えない。

でも、あそこの人たちのとっても楽しそうな笑顔を見てると、なんだか、うらやましくなる。

べつに、どうしても買わなきゃいけないわけじゃないし…。

ちょっとだけ、見てみようかな。

なるべく人の少ないところを選んで、人の邪魔にならないように近づいた。

他と比べると、この辺りの服だけ、格段に鮮やかな色だ。

試しにさっきの候補と並べてみると、その違いが余計にはっきりと分かる。

それに、露出度が高いのばっかりだ。

今の私のスカートだって、そんなに長いわけじゃないけど…。

でも、ここに並んでるのを着るには、もっと勇気がいる。

数着を手にとって、さっきと同じように自分の身体へと押し当ててみる。

思ったより、ずっと肌触りも良いし、これなら、着心地も良さそうだ。

でも、私には、ちょっと、これは…。

「アイシスちゃん」

「っ!?」

不意に後ろから聞こえた声に、びっくりして振り返る。

そこには、お姉ちゃんが楽しそうな笑顔で立っていた。

「それ、買うの?」

「え、いえ…」

元の場所へと戻そうとした私の手を、お姉ちゃんが止めて、にっこりと笑う。

そして、お姉ちゃんの手に持っているのを、私に見せてくれた。

「あたしも、自分のを一つ選んでみたんだ。

 せっかくだし、一緒に試着してみない?」

「…はい」

少し迷ってから、結局、首を縦に振る。

私なんかに、似合うとは思わないけど…。

ちょっと着てみるぐらいなら、いいかな。

数人待ちになっている試着室へ、お姉ちゃんと一緒に並んだ。



いきなり着替えた姿を見せて、びっくりさせたいというお姉ちゃんの意向に従って、お兄ちゃんの死角へと回る。

お兄ちゃんは、どんな反応をしてくれるだろう?

そう考えるだけで、期待と不安で疲れてしまいそうだった。

備え付けの鏡で見たときは、そんなに変じゃなかったと思うけど…。

こうしていると、だんだん不安になってくる。

「お待たせ」

お姉ちゃんが、声をかける。

そして、お兄ちゃんがゆっくりと振り返った。


「…ッ!? ケホッ、ケホッ」


よっぽど驚いたのか、私たちの姿を見てお兄ちゃんがむせる。

今までに見せた服とは、まるで反応が違うし、少しだけ顔も赤くなっていた。

「どう、ですか?」

「どうかな?」

「…ああ」

ひとつうなずくと、おにいちゃんの視線が、私とお姉ちゃんの間を行き来する。

こうして、まじまじと見られると、どうしていいか分からない。

手で隠してしまいたくなるのを懸命に我慢して、お姉ちゃんに教えてもらった格好で止まる。

お姉ちゃんは、これが、この服が一番可愛く見えるって言ってたけど…。

でも、やっぱり恥ずかしい。

「………」

以前は、相手がどこを見ているかなんて、まったく分からなかったし、意識もしてなかった。

だけど、今はお兄ちゃんが訓練してくれたおかげで、目の動きを追えば、それが分かる。

むき出しになった肩や鎖骨へ、腰のあたりからおへそへ、胸元のリボンへ、風で少しだけ揺れるスカートへ。

お兄ちゃんは、意識して、外しているところもあるみたいだけど…。

普段は露出されていない場所には、やっぱり視線が集中している。

やっぱり、こういう服が男の人を誘惑するって、本当なのかな?

「二人とも、とってもよく似合ってる。だけど、あんまりその格好で、出歩いて欲しくないな」

それだけ言うと、表情を隠すように手のひらで頭を抑えた。

顔も赤くなってるみたいだし、もしかして、照れてる…のかな?

「で、アイシスちゃん、どうしよっか? 買っちゃう?」

「えっと…」

さっきの言葉は、きっと、お兄ちゃんにとって最上級の褒め言葉だと思う。

それに、出歩いて欲しくないって、言ってたけど…。

でも、それなら、家にいるときだったら、これを着てもいいよね。

「買います」

私の決定を聞いて、お兄ちゃんがため息をつく。

そんな、普段とは違う困ったようなお兄ちゃんを見て、お姉ちゃんと目を合わせて笑った。

私に、誘惑なんてことが、できるとは思えないけど…。

一枚ぐらい、こんな服を持っていても、悪くないかもしれない。

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