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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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04章 激情の命ずるままに-03


【レジ視点】


寝静まった街を抜けて、ようやく城へと到着する。

時計で確認したわけではないが、もう日付が変わってから、ずいぶん経つはずだ。

「ふう」

思わず息をつくと、疲労が全身へと広がっていく。

倒すのは造作もなかったが、その後に連中を片付けるというのは、予想以上に厄介だった。

数人ならまだしも、やはり、あれだけ数が多いと手間だな。

「?」

益体もないことを考えていると、刺すような視線を感じる。

足を止め、視線へと振り返り、主を探した。

「ほう」

思わず、つぶやきが漏れてしまう。

中庭を挟んで、反対側。

何かを待つように立っていたイスク卿の顔が、こちらを認めて苦渋に満ちていた。

ふん、どうやら悪だくみは、完全に打ち砕けたらしいな。

「………」

こちらが庭の中央を超える前に、憤怒の形相が、いつもの取り澄ました無表情へと作り替えられる。

そのかわりざまをこの目で見ると、吐き気がするほど気味が悪い。

内心を隠すための仮面とは、ここまで醜いものか。

「よくぞ、ご無事で」

あの距離とこの暗さで、表情までは読み取られていないと思っているらしいな。

ワシの目も、見くびられたものだ。

「怪我など、されませんでしたか?」

「心配無用だ。あの程度、物の数でもない」

「そうですか。さすがは、武勇を誇るセイルスのお二人」

いけしゃあしゃあと、吐かしよる。

…が、さすがに、大失態の後とあっては、苛立ちは隠し切れていないな。

口先で褒めるイスクの目には、禍々しく暗い光が宿っている。

それも、当然のことだろう。

今までに一度としてなかった、奴にとって邪魔な者を一掃する、またとない好機を逸したのだ。

奴の胸中は、あのような兵数で満足すべきではなかったという後悔で、満たされているはずだ。

そう、奴は、この勝負に全財産を賭ければ良かったのだ。

そうすれば、全てを打ち砕いて、このくだらない戦いを終わらせてやったものを…。

「して、あの突風の原因は、分かったのですかな?」

「なんのことはない、集まったウチの一人が暴走したとのことだ」

「では、奴らの狙いは、いったいなんだったのですかな?」

あくまでも、その設定を押し通すつもりか、往生際の悪いことだ。

だったら、こちらも嘘で返してやる他ないな。

「こちらの問いかけに対し、連中は、武力で答えてきた。

 よって、捨て置くには危険と判断して、処分した」

「ほう、そうですか」

さして面白くもなさそうにそう吐き捨て、そこで言葉が止まる。

ならば、こちらからも問いかけてやるとするか。

「首謀者の男は、リンダントと名乗っていたようだが、ご存知か?」

「いいえ、聞いたこともありませんな。

 もっとも、私に名を覚えられるほどの貴族に、そのような馬鹿がいるわけがない」

ふん、お得意の切り捨てか。

尋問などという似合わないことは、やるべきではないな。

申し訳ないが、後の作業は、ファーナに任せるとしよう。

これ以上、くだらない冗談に耐えられそうにない。

「失礼する」

心にもない事を言葉として交し合うのが、城での会話。

頭で理解していても、生涯、慣れることはないだろうな。




ノックをして扉を開けると、正装のままのお二人が足早に駆けてくる。

その後ろには、ファーナも控えていた。

帰りを待ちわびていた三人の前で、膝をつき、頭を垂れる。

普段と変わらぬ作法だ。

「報告致します。街道沿いに集結していた賊を、鎮圧して参りました」

「ご苦労だった。それで、被害は?」

数秒の間を空けて問われたライナス王子の声は、いつもより硬い。

だからこそ、安心させるためにも、力強く断言する。

「被害は、まったくありません。

 念のため、クレアとシアが一晩、その場に留まって護衛いたします」

言葉を区切ると、二人の口から、長く深い、安堵の息が漏れる。

リース様の目尻からは、涙まで零れていた。

「ありがとう」

「いえ」

心からの感謝の言葉を受け、小さく首を横に振る。

礼を言われるほどのことではない。

クレアではないが、これは、己が望みを実現させただけのことだ。

本来なら、我々が命令されたことに感謝するべきだろう。

「にしても、手酷くやられたね。

 正直、ここまでとは、思っていなかった」

反省というよりも、自責を思わせる声で、ライナス様がつぶやく。

その拳は、固く握り込まれ、小刻みに揺れている。

その横でうつむくリース様の顔も、深い悲しみで満たされていた。

「いつものような陰湿な嫌がらせとは、話が違います。

 ここまで好き放題にされて、黙っているのですか?」

落ち着こうと努力しているのが分かるリース様からの進言。

それに応えるように、決意を瞳に称えて、ライナス様が厳かに告げた。

「捨て置くつもりなんて、欠片もないさ。

 彼らには、相応の報いを受けてもらうつもりだ」

たしかに、貴族の増長を防ぐという意味では、しかるべき処置は必要だろう。

「私見を述べても、よろしいでしょうか?」

ファーナが、静かに前へと歩み出た。

「ぜひとも、聞かせてほしいな」

「今回の件で、こちらの戦力が、いかに強大なものであるか、示すことができました。

 向こうからすれば、手負いであっても凌がれたのですから、彼が傷を癒せば、不用意には近づけないでしょう」

「下手に相手を刺激しただけではないのか?」

一度失敗すれば、誰であろうと学習する。

より強大な兵力を動かすきっかけを作っただけで、危険が増えたとも考えられる。

「ええ。むしろ、そうでなければ、困ります。

 小競り合いなど、いつまで続けても変わりませんから」

表情一つ変えずに、過激な発言をしてみせるな。

大局から見れば、今回の交戦など、取るに足らんというわけか。

「切り捨ての容易な末端が相手なので、残念ながら痛撃とまではいえませんが、牽制には十分です。

 その観点から言えば、今回の戦闘だけでも、有益だったと私は評しております」

「では、追撃を加える必要はない…と?」

「ええ。今は、動くべきときではないかと存じます。

 数年に渡って膠着していた事態が、この数十日で激変しました。

 彼を中心に、まるで渦を巻くかのように流動的です。

 不用意に手を出して、もし失敗でもすれば、目も当てられません。

 敗北はしないかもしれませんが、完全な勝利は望めないでしょう」

完全な勝利、か。

たしかに、願いが全て叶うのであれば、そう言い表してもいいだろう。

貴族の横暴を封じ、それに乗じて、ティストを再びこの城へ。

それは、あまりに遠くて険しい道だが、目指してもいいと思うだけの意味がある。

少なくとも、ワシとクレア、それにリース様とライナス様は、同じ願いだろう。

「だったら、動くべきときというのは、いつになるのかな?」

「相手を倒そうと、頭に血が上った状態で攻勢を続ければ、必ず防御が手薄になります。

 私でしたら、その瞬間を狙います」

まるで、弓矢でも構えているかのような、研ぎ澄まされた目。

細められた目は、狙い撃ちにする標的から、決して離されないだろう。

頼もしいことだな。

「なるほど…ね。参考にさせてもらうよ」

消極的だが、他に方策もない。

ライナス様としても、ファーナの忠言に耳を貸すしかないだろう。

「いつになったら、終わるのかな」

「どちらかが目的を達成するか、諦めるまで、終わらないでしょう。

 自分の望みを叶えるために、障害物を取り払う。元来、戦いとは、そういうもののはずです」

自分にとって都合のいいことを押し付けあう行為こそが、戦いの本質とも言える。

他人の希望を全て受け入れてやるなら、争いなど起きはしない。

それきり、誰もが口を閉ざしてしまい、沈黙がその場を支配する。

誰しも胸の内には、言葉にできない思いが渦巻いているだろう。

数十秒の後、口を開いたのは、ライナス様だった。

「すまないな、レジ。休ませるどころか、辛気臭い話ばかりしてしまって。

 今日のところは、ゆっくりと身体を休めてくれ」

「ありがとうございます。では、失礼致します」

もう一度、丁寧に頭を下げて部屋を後にする。

自室には戻らず、人目のない道を通って、街へと戻った。

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