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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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04章 激情の命ずるままに-01


【クレア視点】


そして、待ち焦がれた、その日が来た。



中庭で向かい合うファーナとイスクの舌戦は、途絶えることがなく続いていた。

「所属不明の集団は、ロアイスとラステナをつなぐ街道の途中で、森へ姿を隠したそうです。

 街道を使う者への脅威となる前に、なんらかの対処をするべきではありませんか?」

「ふん。蛮族など、捨て置けばいい。何もない場所に集ったところで、何の不利益もない。

 大方、くだらん馬鹿騒ぎでもするつもりなのだろう」

「潜伏して、街道を利用する民を襲撃するつもりかもしれません」

「それだけはないな」

自信たっぷりに、イスク卿が言い切る。

あの部隊を自分で操っているのなら、その返事は当然だろう。

「断言なさる理由を、お聞かせ願えますか?」

「どの程度の規模か知らんが、大人数なのだろう?

 人数が増えるということは、襲撃をしても一人当たりの分け前が減るということだ。

 そんなに大勢いては、街道を通過する全ての人間を襲ったとしても、利益なんて出ないだろう」

中庭で行われている言葉の応酬を、レジと共に、一歩下がって見守る。

一度でも口を挟んでしまったら、我慢していられる自信がなかった。

そして、今の私に論理的な説得など不可能だろう。

それにしても、まったくもって、よく動く減らず口だ。

淀みなく語られる白々しい御高説は、見事に私の怒りを高めてくれる。

「ふむ。もしや…」

考え込むようにあごへ当てていた手を、思わせぶりに下ろす。

どうやら、猿芝居はまだ続くらしい。

「連中が集まっているのは、それ自体が目的ではないやもしれん。

 ロアイスから、兵を引き離すための陽動とは考えられんか?」

「その可能性は、否定できません。

 しかし、実際に荷を奪われた商人もいるのです。

 これ以上、被害が出る前に手を打つべきかと存じます」

「対処なら、道を封鎖すれば、事足りるだろう。

 後は、相手の狙いが分かってからでも遅くはない」

民を守る人間が、こんな体たらくとは…。

演技だと分かっていても、この対応は許せそうにない。

何の役にも立たないのなら、なぜ、民に生かされているというのか?

「それよりも、奪われた物品は、なんだったのかね?

 その気の毒な商人に、援助しようではないか」

露骨に話題をそらし、だらだらと引き延ばされる会話にうんざりする。

もう、この男を無視して行くべきではないだろうか。

既に、かなりの数が、あの子の家に向けて出立したという話だ。

ラインとシアが、別働隊を潰すことになっている。

だが、それでも、ぐずぐずしていたら、間に合わなくなってしまうかもない。

怪我をして動けないあの子では、寄せ集めの傭兵相手でも、ひとたまりもないだろう。

「………」

ファーナの懸念していた事態が、やはり起きてしまった。

ロアイスから離れていて、世間での被害も極少数。

つまり、連中を掃討するだけの理由がない。

イスク卿は、最初から時間を稼ぐことだけが、目的なのだ。

戯れ言を言って、時間を潰せばそれでいい。

問題は、この男だ。

この男さえ黙らせれば、後はどうとでもなる。

しかし、どうすれば…。



遠くで、しかし、誰の耳にも聞こえるように力強く、一陣の風が吹いた。



「今の…は…」

他に聞こえないように、声を抑えてリース様がつぶやく。

私と同じように、感じ取られたようだ。

間違えるはずがない、今のは、ティストの魔法だ。

「申し上げます」

血相を変えて飛び込んできた男が、たどたどしい口調で事態を告げる。

その報告を受けて、イスク卿の顔が一気に厳しくなった。

「木が…宙を舞っただと!? そんな馬鹿げたことがあるか!!」

動揺するイスク卿に、あくまで深刻な表情でファーナが追い討ちをかける。

「やはり、調査の必要があるようですね。

 これほどの危険因子、到底、捨て置けません」

よくやってくれたと、心の中であの子に、賛辞と感謝を告げる。

まさしく、あの子の魔法が風向きを変えてくれた。

もう、この流れは覆らないだろう。

「よろしいですか? ライナス様」

切迫した表情で訴えるファーナに、ライナス様が真剣な顔で答える。

「騎士団は、部隊の編成に時間を要する。

 レジ、クレア。二人に先遣隊として現地へ赴いてほしい」

「かしこまりました」

王子の命令に対して、レジが恭しく頭を下げる。

レジの斜め後ろで、丁寧に礼をして合わせた。

茶番だ。

これほどに楽しい劇は、もう見られないかもしれない。

ライナス様は、王子という立場にふさわしく、成長されたものだ。

冷徹を演じながら、心の奥底では笑顔を浮かべておられる。

それに比べてリース様は、胸に募る不安を顔に映してしまっている。

まあ、事態を鑑みれば、それも仕方のないこと。

平静を装いながら、足の疼きを抑えられないでいる私も、姫のことをどうこう言う資格などない。

「現場では、各々の裁量に任せる」

「しかし、これほどの事態に、二人だけなど…」

反論にもならない戯れ言を聞き流しながら、体に力を溜め込む。

この日のために体調を万全に整え、虎視眈々と待っていたのだ。

問題は、間に合うか、間に合わないか、ただそれだけだ。

数など関係ない、どれだけ雑兵が居ようとも、全員叩き伏せてくれる。

「せめて、騎士団から数人でも…」

「即刻だ。ロアイスの街に何かあってからでは遅い。

 援軍の到着が間に合わなかった場合には、国のために命を捨てろ」

「承知いたしました」

思わず笑みが零れそうになり、それを深刻な顔でどうにか隠す。

ライナス様も、本当にいい命令を出してくださる。

ティストのために、命を捨てる。

残された命の使い道としては、申し分ない。




ロアイスの市街を抜けて、街道へ。

はやる気持ちが足を前へと押し出し、レジと速度をあわせるために遅らせる。

もう、何度これを繰り返したことか。

気を抜けば、レジを置いて走り去ってしまいそうになる。

まったく…我ながら、なんて自制のない。

「クレア」

「なんです?」

「もういい、先に行け」

今にも、ため息をつきそうなほどの呆れ顔。

私の行動を見るに見かねたと、その表情が雄弁に物語っている。

「しかし…」

「挟撃を仕掛ければいい。そのほうが、二人で固まっているよりも効率的だろう?」

たしかに、そのほうが広範囲を相手に出来るし、倒せる量も増えるだろう。

レジの提案はとても魅力的で、つい、私のわがままを通したくなってしまう。

「本当に、いいのですか?」

「間に合わなければ、全ては無意味だ。分かったら、さっさと行け」

淡々と、ただ事実を告げる。

合理的で、ごまかしがないから、反論の余地もない。

これ以上、意地を張るのも馬鹿らしい、ここは、素直に甘えさせてもらおう。

「分かりました、先に行きます」

「レジ、ありがとう」

「早く行け」

追い払うように手を振るレジに一礼して、前を向く。

少しだけ腰を落として下肢に力を溜め込み、一気に解き放った。

レジの足音が、一秒ごとに遠ざかっていく。

「まったく、世話の焼ける奴だ」

その声は、とても小さな声だったけれど、たしかに私の耳へ届いた。

聞こえていますよ、レジ。

本当に、ありがとう。

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