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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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03章 舞台裏の攻防-03

【クレア視点】


残された時間は、ほんのわずかだ。

ラインとシアが馬車の手配をして戻ってくれば、それでおしまい。

こんなに突然の別れなんて、想像もしていなかった。

このところ、顔を合わせる機会も増えて、これからもそれは変わらないと思っていた。

いや、それどころか…。

いつの日か、昔のようにあの子と一緒に暮らせることを期待していた。

そんな甘い幻想を抱いていた自分を、呪い殺したくなる。

私の不用意な希望で、ティストに仕事を依頼したのが、そもそもの発端だ。

私が余計なことをしなければ、この子は、こんなに傷つくこともなかった。

この傷は、全て、私がつけたも同然だ。

「っ…くっ…」

ふらつく身体を叱咤しったして、魔法の出力を高める。

この程度で、根をあげるわけにはいかない。

ティストの身体を蝕んでいる苦しみと比べたら、こんなものなど痛みとは呼べないのだから。

「クレア様、申し訳ありませんでした」

今にも泣き出しそうな顔で、アイシスが深々と頭を下げる。

その姿は、今にも自責の念で押しつぶされてしまいそうなほど、弱弱しかった。

「気に病むことは、ありません」

会えなくなると嘆くのは、私の個人的な感情だ。

ティストのことを本当に思えば、ここにいないほうが、幸せなのかもしれない。

命を狙われ、悪意に晒されることなど、あってはならないのだから。

それに…。

「ティストも、過去に同じ事をしましたから」

「お兄ちゃん…が?」

「ええ。弱きものを守るために、貴族へと刃を向け、傷つけた。

 そして、あの子は…ロアイスを追放されたのです」

「…!」

アイシスの顔が、驚きに染まる。

やはり、ティストから聞かされていないか。

まったく、本当に誰かに頼るのが下手な子だ。

話してしまえば、楽になることだってあるというのに…。

そして、ユイがそうであったように、この子ならば、きちんと話をすれば、受け止めてくれるだろう。

そうであることぐらい、この数日の付き合いでも分かる。

「じゃあ、イスク卿がお兄ちゃんを憎んでいるのも…」

「ええ、それが原因です」

思い出したくもない、凄惨な過去。

積み上げてきた物、守り続けてきた物、それが全て壊れてしまった。

あれ以上に私が見たくない光景なんて、たとえ、悪夢でも作りだすのは難しいだろう。

あの子から流れ出して、床を染め上げた血の色は、今でもはっきりと覚えている。

「………」

ゆっくりと息をついて、思い出に浸るのを止める。

過去を悔やんだところで何もできないけれど、今、目の前で出来ることがある。

この手の届くところに、あの子がいるのだから。

他を全て遮断し、意識の全てをティストに向ける。

癒しの魔法のために、文字通り、全てを振り絞った。




「馬車の準備、出来ました」

「よろしいでしょうか?」

気遣わしげなラインとシアの言葉に、弱まっていた魔法を止める。

後、数十秒でも続けていれば、意識を失っていただろう。

「ティスト」

呼びかけた私の声に、反応はない。

後先を考えず、全てを投げ打って癒しの魔法を使っても、まだ足りないらしい。

どれほど、この傷は深いのだろう?

どれほど、この子を苦しめたのだろう?

本当に、この傷は、癒えるのだろうか?

これが今生の別れになるなど、考えたくもない。

それでも、思ってしまう。

もし、目を覚まさなければ…。

もう二度と、顔を見ることが、声を聞くことが、言葉を交わすことが、できなくなってしまうかもしれない。

膨れ上がった不安が具現化して涙に変わり、頬を伝って流れ落ちる。

悔やんでばかりだ、何も出来ていない。

「ごめんなさい」

何もできなくて、ごめんなさい。

何もしてあげられなくて、ごめんなさい。

こんなことになってしまって、ごめんなさい。

謝ることは、山ほどある。

伝えたいことは、それ以上にある。

だから、こんなものが、あなたの結末だなんて、私は認めない。

「お願いだから、必ず目を覚まして。

 あなたには、まだ渡していないものがあるんですから」

闘技祭で優勝したら、商品を、もしくは、わがままを聞くと私は約束した。

それなのに、あなたは、私に本心を見せてくれなかった。

『私一人で、戦場に立つことをお許しください』

そんなものが、願いであるはずがない。

優しいから、私たちのためにそう言ってくれただけだ。

「許してくれるなら…。

 今度こそ、あなたの本当の願いを教えてください」

私のためについた嘘ではなく、本心を聞かせてほしい。

どんなものだって、用意してみせる。

どんなことだって、叶えてみせる。

だから、その口で、その声で、私に願いを聞かせて。

新たな約束を済ませて、その身体を離す。

別れの言葉が尽きることなどないが、これ以上、待たせるわけにもいかない。

涙を拭ってから、アイシスへと振り返った。

「アイシス、ティストのことを頼みます」

「用心を怠るなよ」

「はい」

力強い返事をくれるアイシスを、レジと共に見送る。

私ができるのは、ここまでなのだ。

後は、この子たちに託すしかない。

何もできない無力な自分を許せそうになかった。




人目を忍んで訪れた、深夜の闘技場。

力任せにロッドを振り下ろし、その風きり音に追いつくほどに足へと力を込める。

ティストが城を去ってから、既に三日が過ぎている。

治癒の魔法で使い果たしていた体力を持て余し、それが苛立ちを加速させる。

あの子のために使える力が、こんなにあるというのに…。

私は、こんなところで何をしているのだろう?

使い道をなくした力で、ひたすらに己を鍛え上げる。

自己の研鑽などという健全な言葉では、到底飾れない。

怒りを疲れで中和することで、どうにか自制しているだけだ。

我慢の限界など、既に超えていた。

アイシスの父を名乗っていた者が、兵を集めていることは、既にファーナが掴んでいる。

金に物を言わせ、ずいぶんな数を用意したようだ。

成り上がりの小物が、自由に出来る額ではない。

背後にいる奴が、湯水のように出資しているのだろう。

そこまで知っていても、相手が動いてからでなくては、手を出せない。

だから、奴らを自由に泳がせなければならない。

理屈は分かる、当然の策だ。

だが…その、なんと歯がゆいことか。

焦れる気持ちを心の奥深くに沈めても、とても覆いきれない。

未熟な頃のように殺気を漏らしてしまいそうになるとは、年は取りたくないものだ。

「水よ」

魔法で作り出した水を練り上げて硬度を高め、大地へと突き立てる。

着弾点に誰の顔を想像したのかなど、言うまでもない。

「まるで、子供ですね」

思わず、自分でも笑ってしまう。

怒り狂い、癇癪を起こし、本能のままに暴れまわる。

こんな姿、人には絶対に見せられない。



さっきよりも速く、水の刃を次々に突き立て、その場所だけを崩していく。

最後の一本を着きたてた瞬間、轟音と共に、全てが消し飛んだ。

「憂さ晴らしなら、付き合うぞ」

「レジ」

いつもの仏頂面で、地面に突きたてた斧を肩へとかつぎ直す。

気づかれないように部屋を出たつもりなのに、まったく、勘のいい男だ。

「手加減、できませんよ?」

「だろうな。冗談さえ、満足にできてないようだしな」

鼻で笑うレジに向けて、幾重にも水の魔法を放つ。

私の攻撃を避けもせずに、斧で端から切り落としていった。

遠慮せずに踏み出し、全てを薙ぎ払う。

その力強さに安心して、さらに力を高めていく。

しばらく見ていないから、忘れていた。

本気を出したレジは、どんなものでも受け止めるのだ。




足を止めて、乱れた呼吸を整える。

もう、身体からは、汗も出なくなっていた。

訓練で、これほどに全てを使い果たしたのは、いつ以来だろう。

「満足したか?」

「ええ、十分に」

これだけ疲れておけば、泥のように眠ることができる。

そうまでしなければ、自分を御することもできないなど…。

なまったな、俺もお前も」

「何をいまさら…」

そんなこと、改めて言われるまでもない。

筋力は衰え、目も悪くなり、反射神経や判断力なども鈍る一方だ。

過ぎ去りし頃の自分と戦えば、数分も持たずに死ぬだろう。

「鍛えるぞ」

「?」

レジの唐突な言葉に、思考がついていかない。

私の怪訝そうな顔を見て、レジが説明を足してくれた。

「また、力が必要になるときがくる。

 そのときに、己の無力を嘆きたくないだろう?」

たしかに、戦う機会がないからと、最近は訓練をないがしろにしていた。

だが、それは、やはり間違いなのだ。

来るべき時のために、少しでも力を維持しなければならない。

「それに…どうせ、眠れないのだろう?」

こちらを見ずに、そっけなくレジが言い捨てる。

つまりは、これからも、この憂さ晴らしにつきあってくれるという話だ。

ならば、その好意は、ありがたく受け取っておこう。

「明日は、勝ちますからね」

斧を持つレジに、ロッドの先を向ける。

それに答えるように、レジも斧をこちらへと伸ばした。

「返り討ちだ」

老いさらばえた二人の手には、輝きを失わぬ武器たち。

主として、負けてはいられなかった。

それにしても…。

あの子が城を去ってから、自嘲や嘲笑ではなく普通に笑うことが出来たのは、今日が始めてかもしれない。




相変わらず、減ることのない仕事のために、机へと噛り付く。

その集中を砕くほどに、異常な速度で駆け寄る足音を耳にして、レジと同時に椅子から立ち上がった。

この癖のある走り方で、誰なのか分かっているのに、身体が勝手に警戒し始める。

本当に、身体に染み付いてしまったものは、消しようがなくて困ってしまう。

かすかに聞こえる音で、残りの距離を測って、相手を待つ。

ノックもなしにドアが開かれた。

「クレア様っ!! レジ様っ!!」

余程急いで来たのだろう、あのシアが息を切らせてくるなど、普段ではありえない。

「どうしたのですか!? シア」

嫌な予感が膨れ上がる。

まさか、何かが…。


「ティストちゃんが…ティストちゃんが、目を覚ましました」


全身の力が抜け、その場に崩れ落ちてしまいそうになる。

レジが支えてくれなければ、地べたに倒れていただろう。

「ティストが…ティストが、目を…」

情けないほどに震える声音で、何度もシアの告げた言葉を噛み締める。

繰り返していなければ、現実でなくなってしまうようで、恐かった。

私の言葉に、シアは、何度も力強くうなずいてくれる。

「良かった。ほん、とう…に…よか…った」

かすれてしまって、思うように声も出せない。

目頭が熱くなり、視界が涙で霞んで、何も見えなくなる。

まったく、これほどまでに涙腺が緩んでいるなんて、本当に情けない。

あふれ出る涙を手のひらで抑えても、指の間から零れ落ちてしまう。

その熱も心地よく感じてしまうのだから、性質が悪い。

こんなみっともない姿など、あの子には、絶対に見せられない。

この世の全てに感謝したいくらいの気持ちだ。

そして、胸の奥で誓う。

今度こそ、絶対にあの子を守る。

誰からであろうと、何からであろうと、私が必ず守ってみせる。

結局、涙を止めることができずに、自分でも呆れるほどに泣いてしまった。

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