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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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03章 舞台裏の攻防-02

【クレア視点】


ベッドのそばに置いた椅子が自分の居場所とでも言うように、アイシスは、そこから離れようとしない。

今も、じっと静かにティストの寝顔を見つめている。

最初のうちこそ、誰もがアイシスの容態を気遣い、寝ているように諭した。

だが、どんなに言っても、聞き入れなかった。

もっとも、アイシスの気持ちが痛いほど分かる者たちが説得しているのだから、効果が薄いのは当たり前かもしれない。

私とて、離れないでいられるなら、ずっと付き添っていたいくらいだ。




ノックに答える前に、思わず部屋の隅にある時計を確認してしまう。

憎らしいことに、長針は真っ直ぐに上へと向いていた。

もう交代の時間なんて、いくらなんでも早すぎる。

時計の故障を疑い、数秒が過ぎて、まだノックの主に返事をしていないことに思い当たった。

「どうぞ」

「失礼します」

連日の疲労を欠片も見せることのない、穏やかな笑みでシアが入ってくる。

その顔色は健康そのもので、とても半日前に力を使い果たしたとは思えない。

この点に関しては、ユイもそうだ。

ベッドまで満足に歩くこともできないほど消耗していたのに、数時間の睡眠で、全快してくる。

こんなところで、若さを羨むことになるとは思わなかった。

あれぐらいの回復力があれば、私も、もう少しくらいの無理が利くのに…。

「クレア様、交代します」

「ええ。お願いします」

おとなしく横にずれて、シアに場を明け渡した。

シアが小さくうなずくと、指先に淡い光が灯る。

数秒を経て、光はより大きく、より強く成長していく。

膨れ上がる白い光には、部屋全体を照らし出せてしまいそうなほどの力強さがあった。

「治療を手伝いましょうか?」

「いえ、このくらいなら大丈夫です」

笑顔でそう答えると、癒やしの魔法を維持しながら、血のついた包帯を外していく。

本来なら、治療と治癒の魔法で役割を分け、数人で対応するのが常道だ。

各々が自分の作業に専念したほうが、効率がよくミスも少ない。

だが、そんな常識を、シア・カルナスは、笑いながら覆してしまう。

必要なことは、全て自分ひとりでやってしまうのだ。

「ほら、早く起きなさい。みんな、待ってるわよ」

そう語りかけながらも、シアの手は止まらない。

魔法の出力は決して衰えさせないし、治療の動作も淀みなく的確だ。

その手際のよさに、思わず感心してしまう。

治癒の魔法を抜きにしても、そこらの医者では、到底太刀打ちできないだろう。

思えば、シアは、昔から怪我人の治療を一手に引き受けていた。

これが、経験の差…というわけか。

じっと目を光らせ、その動きを見落とすことなく脳裏に焼き付ける。

自分が未熟なことは、すでに理解した。

だったら、今からでも、学ぶだけだ。



ライナス様からの呼び出しに応じて、王族の私室を訪ねる。

ノックをすれば、すぐに応答があった。

「失礼致します」

「わざわざ、すまないね」

「いえ。それで、どのような用件でしょうか?」

呼び出される心当たりは、いくつかある。

だからこそ、無駄な時間を省くためにも、最初に確認しておく必要があった。

「クレアからも、話してやってくれないか?」

ライナス様が、視線で指し示す先。

そこには、ベッドの上に腰掛けて俯く、リース様の姿があった。

そういうことか…と、心の中だけでつぶやく。

「かしこまりました」

ライナス様に一礼をしてから、ベッドへと歩み寄った。



目の周囲は、巧妙に隠してあるが、赤みが差してしまう眼球の色までは、誤魔化せない。

言うまでもなく、度重なる睡眠不足と、止め処ない涙が原因だろう。

その姿は、痛々しくて見るに耐えない。

「国を守るために戦地で戦った者をねぎらうことの、何がおかしいのでしょうか?

 国のために尽くしてくれた民へ礼を言うことの、何がいけないのでしょうか?」

悲しみの中に、普段では絶対に見せることのない怒りを混じらせて、姫が私に問う。

まったくもって、その通りだとは思うけれど、同意することは出来ない。

底意地の悪い貴族たちが目を光らせている中で、そのような軽率な行動など、取れるわけがない。

「姫の仰ることは、正しいでしょう。ですが、なりません」

理屈も何もなく、一言で切って捨てる。

いまさら、私が事細かに説明するまでもない。

全てを承知した上で、私を困らせることも理解して、それでも、だだをこねているのだろうから。

言わずにはいられない…その気持ちが分かるから、私もこう返すしかない。

「しかし…」

続く言葉を必死に探して、姫の声が途切れる。

聞き分けのない姫様を見て、安心してしまうとは、不思議なものだ。

ティストが城から離れたときに、心を殺してしまったと思っていた。

だが、それは私の勘違いだった。

幼き日に私を困らせ続けた王女、リース・ランドバルドは、たしかに生きていたのだ。

ただ、それを表に出さないように自制し続けていただけだ。

ならば、その心をどうにかして、汲みたい取って差し上げたい。

ライナス様も、しきりにティストのことを気にされていたし、心情は一緒だろう。

せめて、一目合うだけでも、実現してあげたい。

それに、きっと、あの子も会いたいと思っているだろう。

ファーナと共謀すれば、あるいは…。

「分かりました。都合をつけましょう」

「ほんとに?」

弾けるような笑顔に、思わず圧倒されてしまう。

そう、この笑顔だ。

この笑顔のためならば、どんな労力だろうと惜しくはない。

「ええ。約束しましょう」

幼い頃と変わらぬ笑顔に、はっきりと約束する。

遠くで、ライナス様のため息が聞こえた。





まるで緊急性のない、くだらない用件が、次々と私たちの元へ集まってくる。

その物量に、私もレジも忙殺されていた。

まったく、陰湿な嫌がらせだ。

仕事を持ってこられるだけならば、抗議することもできやしない。

「…くっ」

目の疲れからか、書面の文字が霞んで見える。

不眠不休に近いこの状態では、頭の働きが鈍くなる一方だ。

頭が答えを出すまでに掛かる時間、答えを書くために筆を走らせる時間。

その一つ一つが、ティストと一緒にいる時間を削っていると思うと、許せなくなる。

「クレア、少し休め」

「必要ありません」

気力で睡魔を振り払って、机にしがみつく。

この山積みの書類を崩さなければ、ティストの治療には向かえない。

それに、私が治癒に行っているときも、レジはひたすらに仕事をこなしてくれているのだ。

こんなところで、泣き言など、言えるはずがない。

「レジ様! クレア様!」

勢いよく開け放ったドアが、壁にぶつかって跳ね返る。

その不吉な音とファーナの真剣な声音が混ざり合い、私の心臓を押しつぶすように響いた。

「何事だ?」

「お急ぎください、騎士団があの部屋に…」

ファーナから告げられた凶報に椅子を蹴倒して立ち上がり、二人とも弾かれたように走り出す。

まさか、怪我人を相手に兵を動かしてくるなんて…。

いや、考えられないことではなかった。

そうならないでいてほしいと私が望み、だから、ろくに対策もしなかっただけのことだ。



今の時間は、ユイとアイシスしかあの部屋にいないはず。

私がいれば、そうでなくても、せめて、シアが居てくれたら…。

歯噛みしながら、廊下の角を曲がり、その先を見据える。

あの部屋に近づくにつれて、ざわめきが大きくなる。

ファーナは、騎士団と言っていた。

いったい、どれほどの人数を動かしたのだろう。

城内では、聞こえてはいけないはずの剣戟の音色が、廊下に響き渡っていた。



開きっぱなしのドアをくぐり、中へと飛び込む。

目をせわしなく動かして、必死に状況を把握する。

ティストは、変わらずベッドの上、ユイも傍にいるし、無事のようだ。

問題は…。

「………」

騎士団が半円を描いて取り囲むその中央で、アイシスのダガーとヴォルグの双剣が、火花を散らしていた。

人垣の後ろでは、イスク卿が険しい顔で戦いを見ている。

まさか、こんなことになるなんて…。

動揺している暇はない、とにかく、止めさせなくては…。

「ワシがやる」

様子を見ることもせずに、迷わずにレジが突っ込む。

あれだけ馬鹿正直な正面衝突ならば、機を狙う必要もないと言わんばかりだ。


「静まれいっ!!」


割って入ったレジの一撃で、双方が派手に吹き飛ぶ。

助け起こそうと私が駆け寄るよりも前に、アイシスは、素早く体勢を立て直していた。

怒りを宿した瞳は、憎悪の色に染まってしまっている。

どうみても、私の話を聞けるような状態ではない。

しかたなく、その手首を取る。

本意ではないが、こうでもしなければ、今のアイシスを止めることなどできないだろう。

「おやめなさい、アイシス」

「離してくださいっ!!」

振りほどこうと、アイシスが力任せにもがく。

その力が増すのにあわせ、アイシスの瞳が暗く淀んでいく。

飛びかかろうと足を緊張させ、力を一点に収束させている。

もし、私が手を離せば、一直線に飛び込んでいくだろう。

「やめなさい」

握る手に力を込めて、ダガーを落とさせる。

気持ちは分かるが、続けさせるわけにもいかない。

まったく、傷もまだ癒えきっていないのに、こんな無茶をして…。

「どれだけの危険因子を城内に入れているか、これで分かったであろう?

 即刻、殺すべきだ」

暴論という言葉では語れぬほどの、身勝手な言い草。

この事態を引き起こした元凶が、どの口でそんな台詞をかすのだろう。

危険因子?

刃を向けられて、黙って殺されるものなど、いるものか。

「これだけの武装兵を従えて寝室に入れば、命の危険を感じてもしかたのないことでしょう?」

「そうでなければ、私は殺されていたのだぞっ!! こんな連中、殺してしまえばいい!!」

感情的になったイスク卿が、本音を声高に叫ぶ。

こうなってしまえば、人の話なんて聞く耳持たないだろう。

どうすれば、この状態を収拾できるのか。

蓄積された疲れと怒りが、思考を短絡へと誘う。

知らず知らずのうちに、拳を握っていた。

「お待ちください」

力を持たないファーナのたった一声が、場の空気を制する。

大声を張り上げるわけではなく、声に意志を乗せて、注意をひく。

この若さにして、この辺りの呼吸を自在に使いこなすとは、見事なものだ。

自分に十分な視線が集まったことを確認し、ゆっくりとファーナが口を開いた。

「今回の処分は、ロアイスからの追放が妥当でしょう」

一切の感情を含めず、淡々とファーナが告げる。

納得も同意もできないが、おそらく、それが一番有効な対処なのだろう。

どんな理由があっても、刃を向けた以上、処分がないというわけにいかないのだから。

「騒ぎが大きくなる前に、それで手を打っては頂けませんか? イスク卿」

「…ふん。今日だけは、その意見を聞いてやろう。

 すぐさま、荷物をまとめてこの城から出て行けっ!!」

不機嫌だった奴の横顔が、部屋から出る直前に勝ち誇ったような笑みに変わる。

「っ…」

完全に、してやられた。

また、奴の策略に乗せられた。

アイシスが無抵抗ならば、それで全てが終わる。

アイシスが抵抗すれば、それを理由に罪を作り上げられる。

だから、あの男は、わざわざ騎士団をつれて乗り込んだのだ。

どちらに転がっても奴は傷まないし、こちらにその計画を止める術はない。

悔しいが、私には、どうすることもできなかった。

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