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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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03章 舞台裏の攻防-01

【クレア視点】


薄ぼんやりした視界の中に、厳めしい顔が浮かんでいる。

「レジ」

「馬鹿者が、加減を考えろ」

なるほど、癒しの魔法を使いすぎて、意識を失ったわけか。

夢現ゆめうつつに、カルナス一家と言葉を交わした覚えがある。

おそらく、ラインとシア、それにユイが、ロアイス城まで運んでくれたのだろう。

「あの子たちは?」

珍しく、レジが盛大にため息をつく。

そのくらいに、自分の身を省みない私の態度が気に入らないのだろう。

それが、レジの気遣いであることも、優しさであることも理解している。

けれど、今は私の身体よりも大切なものがある。

「…くっ」

襲ってくる頭痛を気付けにして意識を覚醒させ、自力で身体を起こす。

この程度…か。

幸いなことに、歩けないほどではない。

まあ、這いつくばってでも行くのだから、結果はさして変わらないか。

全身を駆け巡る不快感をねじ伏せて、ベッドの端へ腰掛けた。

「何の真似だ?」

「いつまでも来ない返事を待つほど、私は気長ではありません」

「ワシがどんな言葉を言ったとしても、どうせ自分の目で見なければ、気がすまないのだろう?」

憮然とした表情で言い捨て、それでも、私に肩を貸してくれる。

この男は、そういう男なのだ。

不器用で、優しい。

ティストも、そんなところばかり似たようで、困ってしまう。

「…!」

歩き始めて、ようやく頭にまで血が巡ったのか、あの場にいた黒服たちのことを思い出す。

まだ、物忘れが始まるような年だとは、思いたくもない。

「運び込まれたのは、あの子たちと私だけですか?」

「おかしなことを言うな。他に誰がいるというのだ?」

「実は…」

魔族の領地で叩きのめした連中のことを、思い出せる限り、子細に説明する。

レジは、いつもよりも少しばかり不機嫌な顔で、耳を傾けてくれた。

「ラインとシアからも、何も聞いておらん。

 奴らが気づかぬこともないだろうし、おそらく、意識を取り戻して、逃げおおせたのじゃろう」

「そう…ですか。すみません」

せっかくの情報源を逃がしてしまうなど、なんたる失態だろう。

動けなくさせる対処法など、いくらでもあったのに、そんなことまで気を回せなかった。

「人命が最優先だ。お前の判断は間違っていない」

「ありがとう、レジ」

「礼を言われることじゃない。これは、事実だ。

 それに、どうせ優先順位など変えられないだろう?」

「ええ、そうですね」

あきれたようなレジの言葉に軽口を返して、気分を少しでも落ち着かせる。

それでも、傷だらけのあの子を見たときの衝撃は、私の心を砕くには十分すぎた。


【レジ視点】


「やれやれ」

嘘をつくのは、気分が悪い。

普段より、少しばかり饒舌になった気もするが、そんなところまで、気づきはしないだろう。

今のクレアに、余計なことを考えている余裕などない。

だからこそ、煩わしいことは、治療に回れないワシに請け負わせてもらおう。



人目を避け、闇夜に紛れて、闘技場の中へと入る。

壁沿いの目立たぬ場所に、縄で手足を縛られた男たちが這いつくばっていた。

猿ぐつわで声を出せないようにし、短い紐で数珠繋ぎに互いの腰を結んで、決して逃げられないようにしてある。

まったく、見事なまでの徹底ぶりだな。

大きな荷車に腰掛けていたラインが、こちらに気が付いて立ち上がる。

なるほど、あれに乗せれば、こいつらをまとめて運べるわけだ。

「おつかれさんです」

「すまんな、手間をかける」

ロアイスまでこいつらを運び込んだのも、監禁しておくのも、全て任せてしまっている。

手伝える立場にないとはいえ、全てを押し付けるのは心苦しい。

「こんなもん、お安いご用ですよ。

 拳がいるなら、いつでも言ってください」

豪快に笑って見せるところなど、昔とまるで変わらない。

まったく、ラインを頼る日が来るとは…。

「で、首尾はどうじゃ?」

「ダメですね。こいつら、出任せしか言わないんですよ」

「…だろうな」

おそらく、雇われの身だろうが、自分の立場は理解しているらしい。

痛みに負けて口を割れば、後に待っているのは、ほとんどの場合が死だ。

さて、どうするか。

まさか、拷問をするわけにもいくまい。



「遅くなってしまって、申し訳ありません」

凛としたファーナの声に、男たちの間に戸惑いが走る。

縛り上げた男たちに詰問するという状況に、あまりに場違いに見える少女の登場に面食らっている。

この捕縛方法を提案した本人だと言えば、どんな顔をするだろう?

「どうじゃった?」

「それなりに、収穫がありました」

それなり…か。

謙遜好きなファーナが言うのなら、かなりの情報を掴んできたようじゃな。

「私から報告する前に、お手数ですが、もう一度だけ、尋問してもらえますか?」

「あいよ」

転がっている中の一人を選んで、口を封じていた縄を解く。

「お願いだ、俺たちを解放してくれ!」

「なぜ、あの場所にいた?」

「だから、何回も言ってるだろ?!」

逆上した男の声が、興奮のあまり裏返る。

そんなことを気にしている余裕もないようで、男は大口を開けて怒鳴った。

「魔族の王と人間が戦っているから、相打ちで弱ってるところを全員殺して来いって言われたんだよっ!」

あまりに姑息な発想に、吐き気がしてくる。

その企みが成功しなかったことを、この男は心から感謝するべきだ。

もし、成功していたら自分の命がないことを、この男たちは、理解していないのだろう。

「じゃあ、なんで、その仕事を受けたんだ?」

「べつに報酬だって出てないし、俺がやりたかったわけでもない。

 家族を殺すと脅されて、しかたなかったんだ!」

男がすがるような目で、必死に訴えかけてくる。

今までに、数え切れぬほどの嘘を見てきたのだ、今更、こんなものに騙されるわけがない。

「それはそれは、おめでとうございます」

場違いなほどに明るい祝辞を、ファーナが述べる。

それに、場の空気が凍りついた。

「…なに、言ってんだ?」

「あれほど大好きだった女遊びを止めて、身を固める決心がついたのでしょう?

 天涯孤独のあなたに家族ができるなんて、喜ばしいことだわ」

「あ…な…」

呆気に取られる男を追い詰めるように、ファーナが一歩踏み出す。

冷ややかな双眸が、男を見下ろしていた。

「お相手は、ここ最近、あなたが毎日のように通い詰めていた、町外れにある店の看板娘かしら?」

「!?」

息をつめた男が、目を見開く。

どうやら、その情報が出てくるのは、よほど予想外だったらしい。

「ずいぶん御執心だったようですね、他の客と乱闘騒ぎになったほどですから。

 早く帰らないと心配ですよね。愛しいあの子が、また他の誰かに口説かれているかもしれませんもの」

やはり、任せて正解だったようだな。

これほど短時間で、そこまで子細に掴んでくるとは…。

「すみません、私ばかりが話してしまって。さあ、あなたの話をお聞かせください」

「………」

まるで語調を変えずに友好的に話すファーナを相手に、すっかり萎縮してしまっている。

さっきまでの勢いはどこへやら、男は、声を出すことも出来なくなっていた。

「私の質問では、迫力が足りないようですね。

 やはり、レジ様やライン様のように、力のある者でないと」

たっぷりと皮肉をつけた笑みを浮かべて、ファーナが男に背を向ける。

どうやら、これで話は終わりらしいな。

「もういいのか?」

「はい。おかげさまで、情報の信憑性も確認できました」

「ほお、見事なもんだな」

ラインの賞賛に、ファーナが笑顔で一礼する。

相手の反応を見て、情報の正確さを把握する…か。

今までの一連の会話が、手に入れた情報の真偽を確かめるための小細工なのだろう。

理由を知れば理解が及ぶが、とても自分の頭で発想できるとは思えない。

自分の情報網を過信しすぎず、精査することも怠らない、その慎重さ。

それが、ファーナ・ティルナスを、小娘と呼ばせない理由の一つだ。

「しかし、連中の身元をどうやって調べたのだ?」

「ここにいるということは、不在、もしくは行方知れずになっているということ。

 ただの行方不明なら、珍しくないことかもしれませんが…。

 偶然にも、時期と人数まで一致する事例が見つかったものですから」

「なるほどな」

個ではなく、集団で探したわけか。

観点や前提を変えたおかげで、見えてくるものというのも、たしかにあるだろう。

「連携を意識して、顔見知り同士で組んだのが失敗でしたね。

 少しは、名の知れた人たちのようですから。ねえ?」

「………」

歯を食いしばり、必死に口を閉ざしている。

他の男たちも、唯一自由に出来る目を動かし、射殺さんばかりに睨みつけてくる。

男たちの反応の全てが、ファーナの言葉が真実であることを肯定していた。

「言いたいことがあるなら、どうぞ、おっしゃってください。

 しっかりと、拝聴させていただきますわ」

憎悪を孕んだ視線を正面から受け止め、ファーナは艶然と微笑んで見せた。

格が違いすぎるな。

この男たちでは、とてもじゃないが、太刀打ちできない。

数秒だけ相手の言葉を待ち、返答がないことを確認したファーナが優雅に一礼する。

どうせ、もう男たちから引き出すものなど、ないのだろう。

「お待たせいたしました。今度こそ、報告させていただきますね」

「で、黒幕は?」

「ええ。これを依頼したのは、リンダント卿でした」

予想していたものと違う名前が出てきて、しばしの間、思考をめぐらせる。

リンダント? というと…。

「アイシスの父を名乗っていた輩か」

「追放されるところを、ロアイスのとある大貴族が拾ったようです」

持って回った言い方だが、この場にいる者には十分だ。

不用意に名前を出せば、それだけで、面倒なことになる可能性がある。

「やはり…な」

奴は、ティストを殺せるのなら、それでいいのだろうな。

手段を選ばぬ…か、厄介なことだ。

現状では、機先を制することも、抑止もできぬ。

「どうせ、証拠はないのだろう?」

「ええ、残念ながら。追求したとしても、知らぬ、存ぜぬを押し通すでしょう。

 リンダント卿には私怨もあるでしょうし、結局は、卿にとって都合のいい駒が一つ手に入っただけです」

「そうか」

胸中に深く沈めて、その事実を全て飲み込む。

知ったところで何も変えられないのであれば、知らないほうがいいこともある。

揺り動かされる感情を、ひたすらに抑えつけるなど、無駄な労力だ。

それに…。

クレアが真実を知ってしまったら、踏みとどまることなど出来ないだろう。

そして、そうなってしまったときには、クレアを止めるつもりもない。

むしろ、その隣でワシも斧を振り上げているだろう。

「ライン、後のことは、任せられるか?」

「もちろん。二度と同じことができないように、しっかり叩き込んでやりますよ」

「私は、引き続き、連中の同行を監視いたします」

「頼む」

向ける場所のない怒りを抱いて、部屋へと戻る。

一事に思いわずらう暇などない、片付けなければならない問題は、これだけではないのだから。

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