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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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02章 もう一つの最前線-03


【クレア視点】


「!?」

異常を察知した身体が、警戒のために身を強張らせる。

行軍の途中だというのに、思わず足を止めていた。

「これは…」

全身を悪寒が駆け巡り、喉が潰されたように息苦しい。

私の見ている方角、遥か遠くで、強大な魔法が流れている。

この感覚は、まさか…。

「………」

横目でレジを見れば、渋い顔をしている。

私の思い過ごしではない、この魔法は…。

「!?」

大気の震えに、私の肌が粟立つ。

数瞬遅れで、振動が音になって私の耳に届いた。

「…なっ!?」

魔族の領地から噴き上がる幅の広い黒煙に、全身が震え上がった。

あれほど戦況が見たいと思っていたのに、今では、ここから見えているという事実を呪いたくなる。

この距離で見えるのなら、どれだけ大きなものだというのか。

間違いない。

あの子たちとガイ・ブラスタの戦いで、何かがあったんだ。

「行け」

いつにも増して厳格な声が、私の戒めを解こうとしてくれる。

その言葉は嬉しいが、全てをレジに押し付けて行くのは…。

「後は任せろ、行けっ!!」

私の逡巡に焦れたように、大喝で背中を押してくれる。

弾かれたように、煙へと向けて走りだしていた。




水の魔法で身体を包み、焦土と化した魔族の領地を進む。

大地へと浸透しきった熱は、身を切るほどの寒風を受けても、いまだに冷める気配を見せない。

もし、熱気を和らげずに進めば、火傷を負っているところだ。

行く手を遮るように、いくつもの岩が地面に突き立っている。

おそらく、爆風で巻き上げられ、それが落ちてきたのだろう。

周囲を注意深く見回すほどに、不安が大きく膨れ上がる。

大地を標的に魔法を放てば、私でも同じようなことができるかもしれない。

だが、これは、あくまでも、魔法の余波だ。

標的は、大地ではなく、人だろう。

これほどの魔法が直撃すれば、いったい、どうなってしまうのか。

その先を想像してしまい、胸が押しつぶされそうなほどに痛む。

足を取られそうになりながら、全力で駆け抜ける。

走りにくいことこの上ないが、足場を選ぶのも、もどかしかった。




「あれは…」

巨岩をくりぬいたように、陥没している場所が二つある。

おそらく、あれが、この爆発の中心地だろう。

重力に引きずられるのを利用して、斜面を倍の速さで駆け下り、辺りを見回す。

だが、そこには求めている姿はなかった。

たしかに、ここのはずなのに…。

あの子たちを探すだけでなく、つぶさに周囲を観察する。

何か、手がかりが残されているかもしれない。

「これ…は?」

何か重い物を引きずったような痕跡が、魔族の領地へと向かって伸びている。

では、これは、ガイ・ブラスタの足跡…?

それとも、あの子たちが魔族の領地に…?

とにかく、もう一つの穴を調べて見てからだ。

あれこれ考えるのは、それからでいい。




「!?」

砂煙で視界の利かない状態で、動くものを目が勝手に捉える。

私がこれから登ろうとしていた坂を、違う方角から既に登っている人影が見えた。

4…いや、5人か? なぜ、こんなところに?

足音を忍ばせて、そっと相手に近づく。

全身を漆黒の布で覆い、人相を隠した男たち。

その黒装束だけでも、やましいことをしていると喧伝けんでんしているようなものだ。

どこの国の者で、誰の命令で動いているものなのか?

いや、それもよりも重要なのは、なぜここにいるのかということだ。

危険を犯して、こんなときに、こんな場所に来る理由。

おそらくは、戦っていた者たちの生存確認のはずだ。

そして、あんな格好で救助に向かうものなど、残念ながらいないだろう。

「気づかれましたか」

数人が振り向き、ぶしつけな視線をこちらへと向けてくる。

その後に、慌てたように坂を駆け上がっていた。

脚力で、私に勝つつもりか。

この距離でなら逃げられると判断されたのなら、まったく、甘く見られたものだ。



奴らの背を追いかけながら、思考を巡らせる。

逃げ出すなら違う場所へ向かえばいいのに、わざわざ、坂を駆けて隣の穴を目指している。

ということは、探し人は、私と同じなのだろう。

もっとも、用事は私と間逆だろうけれど。

「…っ!」

連中が帯刀している剣を見て、思わず息を飲む。

あれは、おそらくロウ・エンゲイが手がけた、ロアイスの兵士が使う武具だ。

「では、こいつらは、ロアイスの…?」

剣なんて、似せて作ることもできるし、奪うことも、譲渡だって出来る。

私の見間違いだって、ないとは言い切れない。

判断材料としては少なすぎるし、これだけで、決め付けるなんて早計だと分かっている。

でも、自分の仮説を疑う気になれなかった。

それどころか、妙に納得してしまう。

あの子を殺すために、刺客を用意しておく。

その程度のこと、あの男なら平然とやってのけるだろう。

前大戦では、戦場の最前点とあの子を祭り上げ、孤立させ、使い潰した。

それだけ策を弄してもあの子を殺めることができなかったから、下手な小細工は捨てたのだろう。

数秒で距離をつめ、間合いの中へと入る。

それでも、連中は背後を気にしながら、必死に足を動かし続けていた。

「止まりなさい」

私の言葉を無視して、男たちが坂の頂上へと差し掛かる。

最低限の警告はしてやったというのに、本当に愚かなことだ。

私の理性が残っているうちに、素直に態度を改めておけばいいものを…。

「そんなに、死にたいのか」

私の声が聞こえたのか、一瞬だけ歩みが鈍る。

その程度の隙で、私には十分だった。

五人の間に最短距離で線を引き、その上を駆け抜ける。

一撃で確実に昏倒させるように、力を込めてロッドを振るった。




『くっ…あぅ…』

足から力が抜け、全員が地に倒れ伏す。

誰一人、私の動きに反応できたものなどいなかった。

「こんなものか」

この程度の技量で、あの子を殺す?

そんなこと、絶対にできやしない。

私が課した訓練を全て克服してきたのだ、正面から戦えば、この程度の力で勝機などあるはずがない。

だからこそ、この卑怯なやり口が許せなかった。

こんな奴らに、あの子を殺されてたまるものか。






転がるように坂を下り、底へと到着する。

「くっ…」

私の目の前で、互いに寄り添うように、ティストとアイシスが倒れていた。

その痛々しい光景に胸が詰まり、思わず声を漏らしてしまう。

衣服のあちこちが焼け焦げ、露出している肌も火傷や内出血で変色している。

これだけの外傷ならば、骨まで届いているものも多いだろう。

「?」

アイシスの服が、左の袖口から肩のあたりまで、不自然に破り取られている。

いったい、なぜ?

「…!」

アイシスの手のひらに、何かが張り付いている。

おそらく、ティストの傷口を押さえている、血に染まったあれが、そうなのだろう。

アイシスの傷だって、決して浅くはない。

周りのことなど、気にしている余裕もないだろうに…。

自分の命さえ危うい、この極限の状態でも、この妹は兄を想って動いたのだ。

どちらも、絶対に死なせはしない。

「アイシス」

「んっ…」

私の呼びかけに、無意識の反応を返してくる。

刺激しないように抱きかかえ、風の当たらない場所へと降ろす。

素早く傷口を確認し、出血量と呼吸の乱れを確認する。

良かった、満身創痍ではあるけれど、命に別状はなさそうだ。

問題は…。

「ティスト」

当然、私の声に反応はない。

完全に意識は途絶えていて、まるで、生気が感じられない。

これほどの重症を目の当たりにしたのは、今までにも数えるほどだ。

血の海に浮かび、生死の狭間をたゆたっている。

あまりの危うさに、さっきまで頭へと上って熱くたぎっていた血が、一気に凍りつく。

あの子の血と敵の返り血が混ざり合い、こびりついて、肌のほとんどを覆い隠していた。

露出している二の腕へ、そっと指で触れる。

「くっ…」

生きているとは思えないほどに、私の指先へと返ってくる感触は冷たかった。

他の場所もいくつか試したが、体温をまるで感じない。

もし、もしも…心臓が止まってしまっていたら。

「どうか、どうか…お願いします」

邪魔な衣服を剥ぎ取り、祈りを込めて、左胸へと手を伸ばす。

自分の心臓が、うるさいぐらいに響いていた。

「………」

今にも止まりそうなほどに弱弱しく、それでも、たしかに、心臓は脈を打っていた。

「…ああ」

深く息をつき、その事実に感謝する。

それでも、この傷では、安心には程遠い。

たとえ、癒やしの魔法でも、これでは…。

「何を、馬鹿なことを…」

頭の中に浮かんだ弱気な言葉を、ロッドの一振りで断ち切る。

私の命に代えても、この子を守る。

くだらない心配をするのは、私の命が尽きてからでいい。

みぞおちのあたりに、傷つけないように優しくロッドを押し当てる。

先端に取り付けた透明な自精石が、紅い血に染まった。

その一点に全神経を集中させ、癒しの魔法を発動させる。

淡い光があの子の全身を包んで、柱のように立ち昇った。

急速に、自分から力が抜け落ちていく。

激しい脱力感に耐えて歯を食いしばり、私の持っている全てを注ぎ込む。

この子のために使い果たすのであれば、この命、惜しくはない。

手のひらに力を込め、ロッドを戦うときよりもきつく握り締める。

私の決意を示すように、自精石はその輝きを強めた。

魔法の威力は、何かを媒介にすると減衰することが多い。

戦闘中に武器へと収束させれば、手のひらなどに集めたときよりも感覚が鈍り、威力が弱まってしまう。

だから、武器を手離さないで発動させるために、ある程度の威力低下には、目をつぶる。

それが、魔法の心得がある者にとっての、普通の認識だ。

だが、実際は違う。

自精石や魔精石を用いれば、普段よりも高威力にすることも可能だ。

しかし、ただ魔法をそこへ収束させればいいわけではない。

メガネなどに使われる、レンズと同じだ。

焦点をあわせることができなければ、歪みが生まれ、本来よりも弱まってしまう。

並みの使い手では、この繊細な感覚を掴むことは難しいだろう。

それに、この技は、代償が大きすぎる。

扱い切れないほどの魔法を無理に自分から引き出すというのだから、当然ながら消耗も激しい。

加減を間違えれば、あっという間に力を使い果たしてしまう。

私とて、習得までの間に死にかけたことは、一度や二度ではない。

有事の際でなければ封印したままにしておくべき、危険な技。

あの子にも教えず、見せることさえしなかった、私の極意だ。

「………」

己の命を削っているというのに、何の恐怖もない。

胸の内にあるのは、ただ、この子に助かって欲しいという想いだけだ。

ただ、その想いに従って自分の全てを出し尽くし、際限なく力を高める。

無数に刻まれたあの子の傷が少しでも塞がることだけが、私にとっての全てだった。

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