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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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03章 鍛える少女-2

【ティスト視点】


家の中に戻り、リビングの椅子に腰掛けると、アイシスの足が小刻みに震えだす。

極度の疲労に足の筋肉が悲鳴をあげているみたいだ。

「座ってろ、無理に動かなくていい」

「…すみません」

「気にするな」

グラスに水を注いで、アイシスの前に置いてやる。

小さく頭を下げて、その水をゆっくりと飲み干した。

「ユイの持ってきてくれた料理を出すだけだから、少しだけ待っててくれ」

俺とユイの一食分の予定だったろうから、ちょうどいいぐらいの量だ。

「好き嫌いはあるか?」

「え?」

「食べられないもの、あるのか?」

「あ、いえ、特には…」

「なら、気にしないからな」

適当に皿に盛り付けて、テーブルの上へと並べた。



「………」

並べられた料理を見て、アイシスが固まってしまっている。

極度の疲労は食欲を奪う…さすがに、午前中だけで無理をさせすぎたか。

「食べられるか?」

「…はい」

ゆっくりとアイシスがフォークを口に運び、顔をしかめて噛み締める。

とても食べられるような状態じゃないな。

「少し、聞いてもいいか?」

「なんですか?」

「クリアデルでは、どんな訓練をしていたんだ?」

「大半は、やりたい人がやりたいことをしていました。

 私の場合は、基礎体力の向上と素振りがほとんどで…。

 たまに、他の人たちと組み手や刃を交えての模擬戦闘をすることもありました」

「指導者は?」

「いましたけど、特に何もしてませんでした」

「なるほどな」

大方の予想はしていたが…そこまで、落ちぶれているとはな。

勝手にやらせておくだけで、相手と戦闘が出来るほどに強くなれるわけがない。

特に、アイシスのように闘争心があまりない性格なら、尚更だろう。

戦争も終結し、命の危険はない。

堕落して生きるには、過ごしやすい場所だろうな。

「食べられないものがないなら、好きなものは?」

「好きな食べ物も、特にないです」

「…そうか」

食べることは娯楽ではなく、命を繋ぐための行為にしか見ていないように見える。

たしかに、傭兵を育成するのが目的のクリアデルでは、正しい教えなのかもしれないが…。

俺は、ユイに食事の世話を焼いてもらって、幸せだったんだろうな。

終始、俺が話しかけてアイシスが一言返す、ゆっくりとした昼食だった。



食器を下げて戻ってくると、アイシスが外へと向かうところだった。

「どこに行くつもりだ?」

「訓練に…。先生が教えてくれるのは、午前だけですよね?」

「そういう約束だったな」

自分の体力も体調も見えていないのか? それとも、無視しているのか?

体を動かしていないと不安なのか? 少しでも早く強くなりたいのか?

色々と想像はできるが、言葉少ななアイシスの反応では、真意は分からない。

「…休憩は?」

「必要ありません」

やれやれ、聞いた覚えのある台詞なだけに耳が痛いな。

俺がこう言ったとき、師匠もこんな風にため息をついていたんだろうか。

その気持ちには覚えがあるが、過負荷は自分が磨り減るのが大半で、思うよりも利が少ない。

「一時間だけ、休んでからにしてくれ」

「なぜですか?」

「休息を最大限に身体へ取り込めるように、自分で慣らすんだ。

 息を切らせて相手と睨み合っている状況でも、十秒以内で呼吸を整えて走り出さないといけない。

 そんなことも珍しくないからな」

「………」

その状況を想像しているのか、アイシスが黙って俺の目を見る。

どうにか、話を聞いてくれそうだな。

「休憩にも取り方がある。

 特に、姿勢、呼吸、感情を意識すると効果が高いはずだ。

 自分の最適な方法を探してみるといい」

「分かりました」

静かに頷いて、アイシスが部屋へと引き返していく。

「素直に聞き分ける分だけ、俺よりは救いようがあるかもな」

アイシスの姿が消えた階段を見ていたら、自然とそうつぶやいていた。



【アイシス視点】



足を引きずり、また朝のように訓練をしている。

こんなに痛い思いをしながら…。

辛い思いをしながら…。

どうして、それでも動いているんだろう?

『仕事を受けたとしても、それをこなす力がない。

 誰かに襲われても、抵抗できるだけの力がない。

 私は…一人で生きていけるだけの力が欲しい』

そんなのは…嘘だ。

どうせ、私にそんな力がつかないことなんて分かってる。

誰と戦っても、勝てないと諦めたはずなのに。

戦いから逃げればいいだけなのに。

私は、なにをしてるんだろう?


『お前ごときが、俺にかなうはずないだろ』


『身の程をわきまえろよっ!!』


『お前は、生涯誰にも勝てないまま終わるね』


『お前にも価値はある…お前がいるだけで、他が最弱にならないからな』


あそこで、体に染み込むまで学んだ。

私が最弱であること、誰とやっても勝てないということ。

痛いのは、もういらない。

辛いのも、もういらない。

なのに…なにしてるんだろう?

あの人なら、なんとかしてくれそうな気がしたから?

それもほんの少し、ちょっとだけならあるかもしれないけど…。

違う。

たぶん、他のことでも、何もできない私を認めたくないだけ…だと思う。

だから、ユイって人の仕事の紹介も断った。

何にもできることがなくて…。

何をしても、誰より下だっていうのを認めたくないだけ。

私が人よりできないのは、戦いだけ…そう思っていたいから。


『出来損ないは、人の何倍も努力してようやく追いつくことができる』


『人並みになりたいなら、訓練を倍以上にすることだな』


努力が足りないというのなら…。

訓練が足りないというのなら…。

誰でもいいから、それを私に分かるように見せて。

お前はどれだけ足りない、足りないこれだけの分を頑張れば何とかなるって…。

そして、本当にもうどんなことをしても、誰よりも下にいるしか許されないなら…。

もう、何もしたくない。

誰かの下でいるために底辺で生き続けるなんて…。

「………」

もう、考えるのもイヤ。

このまま、動き続けて壊れてしまいたい。

無理に速度を上げると、身体が悲鳴をあげて軋んでいく。

骨が折れるのが先か、筋肉が千切れるのが先か、もうどっちでもいい。

「…!」

足がもつれて、地面に倒れこむ。

衝撃も何も感じない、ただ、全身が鈍い痛みに覆われている。

焼けるような体の熱を、冷えた地面と風が奪っていく。

「………」

奪われ続け、端から削り取るように私の体を冷気が蝕み続ける。

寒い…痛い…でも、もうそんなこともどうでもいい。

自分の悲鳴にさえ興味が持てなくて、目を閉じて意識を放り捨てた。

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