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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
点を支えし者達
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02章 もう一つの最前線-01


【クレア視点】


閉ざしていた瞳を開ける。

結局、思い出に浸っていただけで、一睡もできなかった。

ほとんど疲労が抜けていなかったが、しかたがない。

こんな精神状態で、眠れるわけがないのだから。

「ふぅ…」

来て欲しくなかった最悪の朝に、ため息を添える。

ただ空気が重苦しくなるだけの、無意味な行為だ。

なぜ、私はあの子を守ることができない?

なぜ、私はあの子を幸せにすることができない?

やはり、私などが関わってはいけなかったのだろうか?

私が何もしなければ、不幸になることもなかったのでないだろうか?

私では、あの子に幸せをあげられないのだろうか?

疑問を重ねて後悔を広げてみても、現実は変わらない。

陰鬱な気持ちから逃げるように、ベッドから抜け出した。



習慣に身を任せ、上の空で身支度を整える。

あの子のことを思うと、気が気でなかった。

出来る限りのことをしたと満足するには、時間が短すぎるし、私のできることも少なすぎた。

せめて、私があの二人と一緒に戦場へ行くことができれば…。

そうすれば、この命に代えても守ってみせるのに。

でも、それは許されない。

ティストたちを送り出したら、私とレジは、兵をひきつれて精霊族の領地へ向かわねばならない。

ありもしないイスク卿の情報源を信じて警備に当たらされるなんて、屈辱もいいところだ。

「どちらが大切なのか、明白だというのに…」

つぶやいた言葉は、豪奢な壁に吸い込まれて消える。

これは、私から自由を奪い、動きを封じてしまう檻だ。

それでも、私は、ここを離れるわけにはいかない。

もし、私とレジが今の仕事から退けば、これ幸いと貴族の連中が奪い取るだろう。

「まったく…」

力をつけた貴族たちが、君主へ反意を抱き始めている。

誰一人として口に出すものはいないが、それが、ロアイスの現状だ。

本当に、王が人の頂点に立つべきかどうかなど、私にも分からない。

だが、強欲な貴族が今以上に権利を持てば、必ず不幸な者が増えるだろう。

連中は、我慢を知らず、道理を教わらず、自分の心の向くままに快楽を求めるのだ。

全てが、己の意のままになると思い込んでいるのだから、まったくもって性質が悪い。

どんな手段を用いても、奴らの性根は叩き直せないだろう。

「ままならぬものですね」

思考を中断するために、水差しからグラスへと水を注ぎ、一息に飲み干す。

やはり、食事の用意をさせなくて正解だった。

手をつける気にはならないし、無理に食べても、どうせ、喉を通らないだろう。

部屋の隅にある椅子へと腰掛け、瞳を閉じる。

何もする気になれなかった。



近づいてくる足音に反応して、静かに目を開く。

ドアが開くと、そこには、万全な状態のレジが立っていた。

「準備は、できたか?」

準備? 攻めて来ない精霊族を監視するような程度の低い任務に、どんな用意が必要だというのだ。

そもそも、私たちが出向くような事ではない。

国を守るためというなら、騎士団が任されるべきなのだ。

それを、なぜ私たちが?

言いたいことの全てを胸中だけで吐き出し、椅子から立ち上がる。

レジに聞かせても、困らせるだけだ。

「ええ、行きましょう」

私の緩慢な返事を叱ることもなく、レジは、小さくうなずいてくれた。





「周囲、異常ありません」

「引き続き、警戒を怠るな」

「はっ!」

決まりきった報告を終わらせて、兵が下がる。

レジはいつもと変わらず、必要最低限の言葉を交わし、淡々と仕事をこなしていた。

クレネアの森から、少し東へ離れた草原地帯。

こんなところに陣を敷けば、悪戯に精霊族を刺激するだけ。

最低最悪の下策だ。

胸の内でそう罵倒して、口からは、ため息だけにしておく。

今更、口に出して言う必要もない。

ここにいる人間なら、そんな当然のことは全員が理解している。

そのうえで、こんな茶番を演じているのだ。

他にどうすることもできないから。

「クレア」

「なんです?」

「もう一度だけ言っておく。精霊族が表れたとしても、絶対に手を出すな。

 全て、ワシに任せろ。いいな?」

「分かっています」

念を押すレジに、素直にうなずいてみせる。

今の私の精神状態では、眼前の敵を手加減して倒すなどという器用な真似ができない。

だから、今回の作戦行動には随伴するだけで、決して手を出さないように、レジからきつく言われていた。

敵をどれだけ痛めつけても、八つ当たりにしかならない。

自分でも重々承知しているのに、それでも抑えることができそうにない。

せめて、この馬鹿げた作戦が無駄足で終わってくれるように、祈るばかりだ。




空を見上げて方位を確認し、地平線の先に目を凝らす。

この先に、魔族の領地が広がり、そして、あの子がいる。

どんなに目に力を集めたところで、この距離では、見えるわけがない。

仮に見えたとしても、手も足も声も届かないのだから、どうすることもできない。

そんなことは、全て分かっている。

それでも、見ずにはいられなかった。

あの子は、今も戦いの渦中にいるというのに…。

なぜ、私はこんなところにいる?

こんなところで、何をしている?

なぜ、あの子の隣にいない?

なぜ、あの子を守ってあげることができない?

なぜ、私は…何もできない?

終わることない自分への問いかけがまた始まり、それを必死で封じ込める。

駆け出しそうになる足を意思で地面へ縫いつけ、その誘惑にじっと耐える。

ここには、あくまでも仕事で来ているのだ。

私一人が、勝手な行動をするわけにいかない。

そう、何度も自分に言い聞かせ、どうにか瀬戸際で踏み止まる。

気づけば、唇を噛んでいた。




背後から聞こえる無数の風切り音に、条件反射で水の魔法を展開する。

薄布のように広げた水を幾重にも張り巡らせて、投擲武器を絡め取った。

「奇襲…か」

至極当然の対処法だ、誰でもそうするだろう。

戦いならば、どんな手段を選ぼうと、別に非難されることはない。

正々堂々と敗北して戦死するなど、まったく誉められたものではない。

それならば、どんな手段を使おうと勝利し、生き残ることを選ぶべきだ。




後ろ髪をひかれながら森へと振り返り、周囲を見渡す。

森の中に散開している連中は、互いの邪魔にならず、援護もしやすい適度な距離を保っていた。

人数は、私たちの倍程度で、それぞれが、きちんと武装しているようだ。

おそらく、私たちがここにいるから、出てきたに過ぎない。

そうでなければ、あの保守主義の精霊族が動くわけがない。

なのに、あの男は、精霊族が不穏な動きを見せているという自分の情報が正しかったと、自慢げに言うだろう。

精霊族への対抗策を講じておいたことを、得意げに笑うのだろう。

それを想像するだけで、込み上げてくる怒りを抑えきれない。

「はぁ」

ため息の一つで、弾けそうになった怒りをなんとか静める。

精霊族がここに来た理由など、どうでもいい。

ここにいる者たちを倒せば、それでこのくだらない仕事は、完了だ。

「………」

現れた敵の数と力量を値踏みして、殲滅に要する時間を試算する。

手動の罠ならば、人を倒せば発動しない。

据え置き型の罠ならば、自分が掛からなければいいだけだ。

得意の弓矢も的を絞らせなければ脅威ではないし、あれに当たってやるほど、私は鈍足ではない。

安全を確保し、余裕を見ても…。

「クレア」

具体的な時間を弾き出そうとした、その瞬間。

私の思考を見透かしたように、咎めるような口調で名前が呼ばれた。

怒りで我を忘れるなど、恥ずべき失態だ。

「分かっています、忘れてはいません」

努めて平静に振る舞い、レジを安心させるために、背を向けてその場を離れる。

十分な距離を取ってから、遠慮なく魔族の領地へと視線を戻した。

あのレジ・セイルスが任せろと断言したのだ。

ならば、私の出る幕などない。

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