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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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17章 怒りの少女-4

【ティスト視点】


二階の窓際なら高さがあるから、アイシスと敵の位置を掴みやすい。

「援護するなら、ここからが一番だろうな」

「そうだね」

「しかし、ふざけた量だ」

この一角から見下ろせる部分だけでも、人、人、人で埋め尽くされている。

おそらく、死角にも隙間なく敷き詰めてあるだろうな。

物量での消耗戦に持ち込むあたり、奴らもアイシスの力量を理解しているらしいな。

「不甲斐ない」

この身体が動けば、あのときのように、あいつの背中を守ってやれるのに。

「嘆いてる場合じゃないでしょ?」

「そうだな、俺にも出来ることがあるわけだからな」

気持ちを切り替えて、顔を上げる。

愚痴をこぼしながらやれるほどの力なんて、今はないのだから。

「本当にやるの?」

「さっき話したとおりだ。分の悪い賭けだが、何もしないよりはマシだろう?」

本当は、賭けと呼ぶのもためらうほどの勝率。

だから、アイシスには余計なことを考えさせないために、話さなかった。

「やること自体は、あたしも賛成なんだけど…。

 べつに、ティストがやらなくても、あたしでも…」

「ユイはアイシスの援護、そういう話に決まっただろう?」

「だけど…」

歯切れ悪く、ユイが唇を噛む。

しょうがない、正直に白状するしかないな。

「今の俺じゃ、アイシスの動きを追い続けられないんだ」

人波の中でアイシスと敵の攻撃を把握し、危険を感じれば魔法で防ぐ。

全てを防ぐことはできないから的確な判断が求められるし、一瞬も気が抜けない。

病み上がりには、厳しい芸当だ。

「だから、頼む」

「うん、分かったよ。

 あたしが、ティストの分までアイシスちゃんを守るからね」

「よろしくな」

話を切り上げて、指先に意識を集中させる。

全身全霊を使わないと、魔法の発動さえ出来ない…か。

だが、ここで力尽きる分には、誰にも迷惑がかからないのだから、それでいい。

「支えててくれ、十秒だけ無茶する」

「うん」

肩に添えられた手のひらに背を預け、指先に意識を集中させる。

広範囲どころか、遠距離も難しいな。

「後は、頼むぞ」

「…うん、任せて」

ここから一番近い木に向けて、風の魔法を発動する。

指先から力が抜けていくのに、威力が上がりきらない。

小さな点を意識して、力を集中させる。

必要なのは、局所的な竜巻だ。

「ぐっ…うぅぅっ…届けっ!!」

力を振り絞るために、勢いをつけて腕を上げる。

空中へと飛び立つ木と引き換えに、俺は意識を失った。



【アイシス視点】



高々と打ち上げられた木が、轟音を立てて地面へと突き刺さる。

ゆっくり落ちてきたおかげで、ほとんどの連中は避けていた。

「ふっ、狙いが定まらないではないか。

 制御できぬ力など、恐れるに足らん。

 しかも、追撃すら来ぬとは…やはり戦場の最前点は、くたばりかけのようだな」

「黙れ。お前なんかが、お兄ちゃんを語るな」

歩くことも満足に出来ないお兄ちゃんが、私のために放ってくれた援護。

十分だ。

もう、それだけで、私には十分すぎる。

倒した敵の数なんて、関係ない。

今の魔法で力をもらった私が、それ以上に倒せばいいんだから。

「ロアイスから追放されたくせに、まだこんなことをしてるのね。

 だったら私が、この世界から追放してあげる」

私の父を名乗っていた男へと向けて、刃を鞘から解き放つ。

奴を護るように、金で雇われた男たちが前に出てきた。

奴を倒せるのは、一番最後…か。

それでいい。

相手の切っ先を見極め、余裕を持って避けていく。

避けられないわけがない。

お兄ちゃんに比べたら、こんなもの、全てが劣る。

一撃で一人ずつ、確実に仕留めていく。

私だって、お兄ちゃんの横に立てる、戦場の最前点だ。



「ぅ…」

喉に何かを詰められたように、空気が通らない。

浅い呼吸を繰り返して、なんとかそれを誤魔化す。

魔族との間を切り抜けたときよりも、遥かに負荷が大きい。

お兄ちゃんが、どれだけ私のことを守っていてくれたのか、よく分かる。

「はぁ…はぁ…」

このままじゃ、近いうちに限界が来る。

数秒でもいいから、休息を取らないと…。

「………」

背後の気配がないことを確認してから、足を使って間合いを外す。

追撃もなしに、あっさりと射程外まで逃げさせてくれる。

どうして? 包囲がさっきまでよりもゆるい?

「…!」

弓矢に鉄球、各種魔法まで収束している。

私の武器よりも射程距離の長いものが、これでもかと取り揃えていた。

私が足を止めるのを、ずっと待っていたんだ。

盾として使えるものがないから、逃げも隠れもできない。

さっきまでなら、射線に敵を入れるだけで回避ができたのに…。

「…くっ」

悩んでいた私に向けて、投擲武器が風を切り裂いて殺到する。

飛ぶ? 屈む? 無理だ、上下に逃げ場はない。

ダガーを前に突き出して、水の魔法を収束させる。

「うっ…」

疲れが、発動までの時間を遅らせる。

ダメだ、水の反応が鈍い。

数秒の差で、間に合わない。

「!?」

魔法の負荷が一瞬で軽くなり、水球が私を包み込む。

一切の攻撃を阻み、突き立った武器が力なく落ちていった。

今のは何? 何が起きたの?

戸惑う私の前に、枝分かれした小さな水柱が浮き出た。

これは、文字?

その形は、お兄ちゃんから読んでもらった本の中で、見覚えがあった。

「使う…? …!」

振り返れば、二階の窓際に立つお姉ちゃんと目があう。

お姉ちゃんは小さくうなずいて、優しく微笑んでくれた。

やっぱり、これは、お姉ちゃんの水なんだ。

お姉ちゃんが、私を守ってくれたんだ。

ありがとう。

叫ぶ力が残ってなくて、精一杯の笑顔でそう伝える。

「…!」

迫り来る矢を阻むように、あわてて水の形を変える。

姉妹の会話を邪魔するなんて、お姉ちゃんの言うとおり、本当に最低な連中だ。

「…ふぅ」

こうして魔法に干渉するのは、最初に練習していたとき以来だけど…。

今になってみれば、いかに楽なことだったのか、はっきりと分かる。

自力一人で生み出して維持するよりも、誰かの力を借り受けるほうが、はるかに負担は少ない。

「?」

私の目の前で、また水柱が形を変える。

今度の文字は…。

「えっと…休む?」

「何をしておるかっ!! 手を止めるなっ!!」

雨のように降り注ぐ攻撃に対して、水がその形を変える。

変幻自在の盾となって、全ての攻撃を遮断してくれる。

お姉ちゃんが、私に時間をくれるんだ。

「じゃあ、少しだけ…」

少しだけ水を借りて、口をすすぎ、顔についた汚れを落とす。

冷たい水は、それだけで私の力を戻してくれる。

お姉ちゃんに癒しの魔法をかけてもらっているように、生き返る気分だ。

呼吸を意識し、数十秒で、最大限の休息を取る。

大丈夫、少し疲れただけで、まだ十分に戦える。

お兄ちゃんの剣技とお姉ちゃんの魔法。

この二つがあれば、こんな敵なんて残らず倒してみせる。

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