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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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17章 怒りの少女-3

【アイシス視点】


お兄ちゃんが目を覚ましてから、五日後。

早くもお兄ちゃんは自分で食器が持てるようになり、磨り潰した果物も喉を通るようになった。

順調に回復しているのが、何よりも嬉しい。

「はい、今日の昼ご飯です」

「これは?」

「魔族の病人食で、『おかゆ』っていうの。ティストは、初めて食べるはずだよ」

「へぇ、魔族の…」

お兄ちゃんが、スプーンを使ってすくい上げる。

じっとそれを見つめてから、湯気の立つそれを口へと運んだ。

「どう…ですか?」

「これは…いいな。口当たりもいいが、スープの味が好きだ」

「良かった。ね、アイシスちゃん」

「はい」

今なら、お姉ちゃんの気持ちが分かる。

大好きな人に喜んでもらえるなら、手間暇なんて、いくらでもかけられる。

「…!」

お兄ちゃんが、険しい顔でスプーンを置く。

「どうしたんですか?」

「もう少し、食べたかったんだがな…」

「え?」

「ユイ、こっちへ。アイシスもドアを開けてこっちに来い」

「うん」

「あ、はい」

ドアがあれば、蹴破っていただろう勢いで、男たちが雪崩れ込んでくる。

どう見ても、友好的な態度じゃない。

お兄ちゃんとお姉ちゃんを守るように、そいつらの前へと立った。

「見つけましたっ!! 三人ともいます」

三人とも…ってことは、私たちが目当てなんだ。

怨みを買った相手となれば、思い当たるのは…イスク卿?

「こんな山奥に、隠れ住んでいたとはな」

「な!?」

もう二度と聞きたくないと思っていた、低くしわがれた声。

立ち並ぶ男たちを押し退けて出てきた偉そうな顔は、忘れたくても忘れられなかった。

私の父を語り、私を騙していた、最低な男。

「意識がないと聞いていたが、目を覚ましたようだな」

「つい先日…な」

「ある御方がお待ちだ、一緒に来てもらおうか」

この男が使い走り…か。

後ろに控えているのは、それほどに巨大な相手なのだろう。

「俺一人か?」

お兄ちゃんの問いかけに、顎に手を当てて考え込む。

私とお姉ちゃんにそれぞれ視線を止め、奴は卑しい笑みを浮かべた。

「ティスト・レイアを差し出せば、その二人は見逃してやろう」

「なっ!?」

その物言いに、頭を血が駆け巡る。

差し出す? 私たちがお兄ちゃんを?

「それとも、抵抗してみるか?」

嗜虐的な目で、奴が睨みつけてくる。

馬鹿げている。

そんな条件、交渉でもなんでもない。

考えるにも値しない。

「外で待っていろ」

「お兄ちゃん!?」

「ティスト!?」

お兄ちゃんの返答に、お姉ちゃんと私が同時に振り返る。

それでも、お兄ちゃんは意に介さずに、奴を睨みつけたまま、続けた。

「この格好で、表に出るつもりはない。

 それとも、俺が着替えるところをそんなに見たいか?」

「ほう、ずいぶんと物分かりがいいではないか」

「数に物を言わせておいて、白々しいな。

 待機させるなら、もう少し静かにさせたらどうだ?」

お兄ちゃんが、親指で窓の外を指す。

外からは、話し声や物音が途切れなかった。

どれだけの人数がいるんだろう?

そして、これだけの接近に気づかなかったなんて…うかつすぎる。

「私の気が変わらんうちに、さっさと降りて来い」

そう吐き捨てて、扉が乱暴に閉じられる。

なんなの? これは…。

あまりに馬鹿げていて、頭が働かない。

こんなことがあっていいはずがない。

そんなの、私が許さない。

「さてと…」

お兄ちゃんが、着替えを始める。

身体を起こしてベッドに腰掛け、いつもの服に袖を通す。

それだけのことに手間取り、表情を険しくしている。

本当は、痛くてたまらないはずなのに、少しも声は漏らさない。

包帯だらけの身体が、ゆっくりと服で隠されていく。

最後に上着を羽織って、見慣れた格好になった。

「ユイ、手を貸してくれ」

「うん」

反論の一つもしないで、お姉ちゃんがお兄ちゃんの身体を支える。

どうして? お姉ちゃんなら止めてくれると思ったのに…。

「待ってくださいっ!!」

上着の裾を、力任せに引っ張る。

「…くっ」

それだけで、あのお兄ちゃんがふらついた。

「ごめんなさい。でも、絶対に…行かせません」

「服を離してくれ」

「いやです」

「離せ」

いつでも絶対と信じていたお兄ちゃんの言葉だけど、今日だけは聞けない。

だって、この手を離したら、お兄ちゃんは…。

「本気で、奴らと行くつもりですか!?」

「いいや」

「え?」

するりと私の手から、服が抜け落ちる。

お兄ちゃんは、時間をかけて机の前まで歩き、ダガーへと手を伸ばした。

柄を握る手に力がこめられるのが、見ているだけで分かる。

「もし、本当に二人が助かるなら、それでもいいが…。

 約束を守るような、お行儀の良い奴じゃないことは、アイシスが一番良く知っているだろう?」

たしかに、お兄ちゃんの言うとおりだ。

自分の利益のためなら、他人のことなど意に介さない。

そもそも、見下している相手なんだから、約束どころか譲歩さえ、絶対にしないはずだ。

「なら、あいつらはなんで…?」

「楽しいんだろうな、この状況が。

 あくまでも、アイシスとユイに俺を差し出させたいんだろう。

 底意地の悪い連中の考えそうなことだ」

「最低ね、本当に」

人が悩んで、苦しんで、絶望するところを見世物にして笑う。

本当に、その歪んだ感情は、吐き気がするぐらい最悪だ。

「何の用があるのかしらないが、どうせ、最後は殺されるだろうからな。

 奴らの命令を聞くつもりはない。

 今日来た連中には、誰一人として世話になってないからな」

口元に笑みを浮かべて、お兄ちゃんがつぶやく。

そうだ、あの時とは違うんだ。

相手の言いなりになる理由なんて、ない。

「なら、どうするんですか?」

「戦う。そうでしょ? ティスト」

「それしか、思い浮かばなかった。

 俺一人で本当に諦めて帰るつもりはないだろうし…。

 今の俺じゃ、二人を逃がすための囮にすらなれないだろうしな」

「こんなときに、つまらない冗談はやめて。

 あんまり言ってると、あたしも怒るよ?」

外の連中と戦う?

歩くこともままならない、こんな身体で?

「無茶です」

「べつに、無茶でいいんだ。

 俺を殺すために狙いが集まれば、その隙をお前が突いてくれる。

 俺の血で誰かの目を潰せるかもしれないし、武器の切れ味だって鈍るだろう。

 俺が一人と刺し違えれば、お前の負担が一人減る。

 それで十分だ」

どこまでも落ち着いた声が、お兄ちゃんの覚悟を教えてくれる。

私のために、お兄ちゃんは…命を使い果たすつもりだ。

ベッドの上で目を覚まさないお兄ちゃんを思い出して、胸が痛くなる。

あんな喪失感は、二度と味わいたくない。

「ダメです」

「それしか、方法がないんだ」

「絶対にダメです、そんなの!!」

せっかく、お兄ちゃんが目を覚ましたのに。

やっと、全てが元に戻りかけていたのに。

それを壊すなんて、絶対に許さない。

「なら、答えてくれ、アイシス。

 一人で奴らに勝てるか?」

「…!」

思わず、息が詰まる。

こんなに心地よい挑発は、生まれて初めてだ。

単純でいい。

小難しい駆け引きも、他人の都合も関係ない。

私が、あいつらより強ければいい。

だったら、簡単だ。

私が、負けなければいいんだから。

「私が、あんな奴らに負けるわけない。

 だって…お兄ちゃんの、妹なんだから」

自分を突き動かす激情を楽しみながら、お兄ちゃんたちに笑顔で答える。

私の力で、お兄ちゃんとお姉ちゃんを救えるなら、こんなに素晴らしいことはない。

「二人とも、ここにいてください」

「頼む」

手渡された自精石を、空洞になっていたダガーの柄にしっかりとはめ込む。

「…っ」

目がくらむほどの快感が私の中を走り抜け、思わず声が出そうになる。

全身の感覚が倍増したように、鋭敏になっていく。

私の中に流れ込んでくる、お兄ちゃんの力。

意識しているから、それが前よりもはっきりと分かる。

「ごめんね」

抱きしめてくれたお姉ちゃんの両手から生まれた光に、優しく包まれる。

わずかな疲れさえも消えて、万全の状態になった。

「行ってきます」

一番大切な人たちに見送られて、家を出る。

ドアをしっかり閉じて、私という鍵をかけた。

これは、私の宝箱。

大事な人が、大事な思い出が、大事な未来が詰まっている。

誰にも開けさせないし、絶対に奪わせない。

全て、私が守るんだ。

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