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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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17章 怒りの少女-2

【アイシス視点】


「ふぁ…」

夕食を終えると、途端に目蓋が重くなる。

いつもなら、なんてことない時間なのに。

やっぱり、まだ怪我がちゃんと治ってないのかな。

「アイシスちゃん、寝たほうがいいんじゃない?」

「もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」

「うん」

お姉ちゃんにそう答えて、私はベッドの端に身体を預ける。

ここが、お兄ちゃんを一番近くで見ていられるから。

少しでも長く、お兄ちゃんを見ていたい。

それで、どうなるものでもないけれど…。

私が、お兄ちゃんの傍にいたいから。

ノックもなしに、乱暴に扉が開かれる。

思わず立ち上がって身構えると、そこには、騎士たちに囲まれたイスク卿が立っていた。

その物々しい雰囲気に、お姉ちゃんも手を止めて前に出る。

「何か御用でしょうか?」

「よくも、そんな口が利けたものだな。その男をつまみ出せ」

「はっ!!」

威勢よく答えて、騎士団の連中がお兄ちゃんのベッドへと迫る。

「何の真似ですか?」

凍えるような冷たい声音で問いかけ、お姉ちゃんが一歩踏み出す。

その笑顔の前に空気が凍りつき、誰一人として動けなくなった。

「何もしないメイドが、何を偉そうに…。どうせ、掃除一つ満足にできぬのだろう?」

「何の話でしょうか? この部屋は清潔にしてありますが?」

「それだけ大きなゴミを見過ごして、どの口でほざく?

 だから、部屋がこれ以上穢けがれる前に私が捨ててやろうというのだ」

傲然と言い放つ奴の目は、私たちではなくベッドへと向かっている。

お兄ちゃんが…?

何を言っているの? こいつは。

「掃除だ、やれ」

「はっ!!」

その命令に馬鹿正直に従う連中に、怒りが膨れ上がる。

こんなふざけた話が、通用していいわけがない。

「動くな。これ以上近づけば、誰であろうと殺す」

感情のままに拳を握りしめ、口を開く。

自分の喉から出たとは思えないほどに低い声が、溢れ出た。

「ふん、我が物顔で何をほざく?

 ここは貴様らのような庶民がいていい場所ではない」

選民思想をふりかざして、奴が怒鳴る。

その耳障りな声が、私の怒りを芯から打ち据えた。

「王子と王女から、報奨金をもらったそうだな。

 そんなに金がほしいならば、奴をその手で楽にしてやるがいい。

 戦死者になら、金を手向けてやろうではないか」

戒めを解く。

全ての感情が、殺意に塗りつぶされていく。

叫ぶ余力なんてあるなら、それも全てこの一刀に込める。

全身を刃に変えて、奴の喉を狙って飛び込んだ。

「貴族に刃を向けるとは、愚かな…」

騎士団長の双剣が、私のダガーを阻む。

「邪魔よ、退きなさい。

 そんなに死にたいなら、私が殺してあげる」

私のダガーが、ことごとく双剣に止められる。

だけど、そんなものは関係ない。

絶対に…私は、絶対に、あの男を許さない。

「どけぇっ!!」

「静まれいっ!!」

割り込んできたレジ様の強烈な一撃に、私の身体が吹き飛ぶ。

体勢を立て直したときには、私の隣にクレア様が立ち、私の手を掴んでいた。

「おやめなさい、アイシス」

「離してくださいっ!!」

手首を抑えられているだけなのに、振りほどけない。

暴れる私を、軽々と抑え付けている。

「やめなさい」

骨が軋むほどに握りつぶされて、ダガーが落ちる。

それでも、私の怒りはまるで収まらなかった。

不快な感情とともに、残酷な想像が浮かぶ。

暗い心だけが、私の中を支配していく。

そんな私を見て、イスク卿が顔を歪めた。

「どれだけの危険因子を城内に入れているか、これで分かったであろう?

 即刻、殺すべきだ」

「これだけの武装兵を従えて寝室に入れば、命の危険を感じてもしかたのないことでしょう?」

「そうでなければ、私は殺されていたのだぞっ!! こんな連中、殺してしまえばいい!!」

耳が痛くなるほどに怒鳴りつけて、自分を正当化しようとする。

こうなってしまえば、反論など聞く耳持たないだろう。

「お待ちください。今回の処分は、ロアイスからの追放が妥当でしょう」

熱を消すように、冷水のような声が浴びせかけられる。

周りから集まる視線も気に止めず、ファーナさんは平然と立っていた。

「騒ぎが大きくなる前に、それで手を打っては頂けませんか? イスク卿」

「…ふん。今日だけは、その意見を聞いてやろう。

 すぐさま、荷物をまとめてこの城から出て行けっ!!」

言われるまでもない。

少しでも、この男から離れたかった。

連中が引き上げていくと、すぐに荷造りが始まった。



お姉ちゃんは、ラインさんとシアさんと一緒に馬車の手配に行ったきり。

私は、お兄ちゃんに別れを告げる、レジ様とクレア様の後ろに立っていた。

「っ…くっ…」

クレア様の顔が、苦悶に歪む。

あれから、私たちが支度をしている間、ずっとお兄ちゃんに治癒の魔法をかけていた。

その疲れは、かなりのものだろう。

でも、クレア様はやめようとしないし、誰も止めようとしない。

止められなかった。

城から離れたら、クレア様やレジ様はお兄ちゃんと会えなくなる。

そんな簡単なことに、私は気づかなかった。

お姉ちゃんは、どんなことにも耐えていたのに…。

我慢して守っていたものを、全て壊してしまった。

私が、問題さえ起こさなければ…。

「クレア様、申し訳ありませんでした」

謝って許されることではない。

でも、謝らないでいるなんて、できなかった。

「気に病むことは、ありません。

 ティストも、過去に同じ事をしましたから」

「お兄ちゃん…が?」

「ええ。弱きものを守るために、貴族へと刃を向け、傷つけた。

 そして、あの子は…ロアイスを追放されたのです」

「…!」

人里離れた小屋での一人暮らし。

用事がない限りは、ロアイスへ近寄ろうとしなかった。

お兄ちゃんの行動の一つ一つが、その言葉で理解できる。

「じゃあ、イスク卿がお兄ちゃんを憎んでいるのも…」

「ええ、それが原因です」

異常なまでの憎悪にも、少しだけ納得がいく。

それで、あの人は、お兄ちゃんを…貴族以外を目の敵にしてるんだ。

「…はぁ…はぁ」

ファーナさんが、息を切らして駆け込んでくる。

そんなに慌てている姿は、初めて見たかもしれない。

「間に合ったようね。これを、持って行って」

差し出されたのは、私の両手に納まるほどの小さな壷。

中には、不思議な匂いがする黄緑の液体が詰まっていた。

「これは?」

容器の古めかしい作りや傷は、相当の歳月を感じさせる。

長い間、ずっと大切に使われ続けてきたんだろう。

「精霊族秘伝の塗り薬よ」

「秘伝…って、それが、なぜここに?」

秘伝のものが、そこらに出回っているわけがない。

商店か何かで見つけてきたなら、まず、間違いなく偽者だろう。

「何人か、精霊族へと使者を送ったのだけど。

 あなたたちの名前を出すと、動いてくれた人たちがいたの。

 まったく、人助けはしておくものね」

その言葉に、黒服に攫われた妹と、それを追いかけていた姉の姿を思い出す。

きっと、薬を用意してくれたのは、あの二人だ。

「でも、種族不可侵があるはずですよね?」

「どこの国の使者であるか明示すれば、取り合ってくれることもあるわ。

 ライナス様とリース様が、その許可をくださったから」

王族の二人が、お兄ちゃんのために…。

本当に、お兄ちゃんは大切に想われてるんだ。

「使い方は、ユイが心得ているから、よろしくね」

「はい」

「馬車の準備、出来ました」

「よろしいでしょうか?」

ラインさんとシアさんの言葉に、クレア様がようやく治癒の魔法を止める。

優しくお兄ちゃんを抱きしめ、耳元で何かをささやいた。

ここからだと、その言葉は聞こえない。

でも、たぶん、聞いちゃいけないことなんだ。

あれは、二人だけの会話だろうから。

「アイシス、ティストのことを頼みます」

「用心を怠るなよ」

「はい」

クレア様とレジ様の言葉を胸に刻んで、力強く返事をする。

私には、私のできる精一杯をやるんだ。



この家に帰って来たのは、お兄ちゃん、お姉ちゃん、私の三人だけ。

すぐに、お兄ちゃん中心の生活が始まった。

お姉ちゃんがするのは、お兄ちゃんの看病だけ。

専念できるように、他の家事は私が全部こなした。

掃除も、洗濯も、料理も、できないなんて甘えたことは言わない。

お兄ちゃんのためなら、なんだってする。

仕事が終われば、お兄ちゃんの部屋に行って、お姉ちゃんの治療を見続ける。

だから、早く用事を終わらせて、いつもお兄ちゃんの部屋に入り浸っていた。



精霊族の秘薬の効果は、絶大だった。

治癒の魔法を止めると開いてしまっていた傷口が、日が経つごとに塞がっていく。

今では、包帯を取り替えても、ほとんど血がついていることはなかった。

顔色も目に見えて良くなり、呼吸も安定してきた。

毎日、少しずつ良くなるお兄ちゃんを見るのが、嬉しかった。

いつお兄ちゃんが起きてもいいように、食事は全て病人食に変えた。

それでも、私もお姉ちゃんも、不満なんて、これっぽっちもない。

少しでも栄養のあるものを、少しでも美味しいものを作るために。

毎日、試行錯誤しながら、料理に励んだ。



そうして、時が過ぎて…。

お姉ちゃんが、ロウソクに火を灯してくれる。

その間に、私はお兄ちゃんが寒くないように、毛布をかけなおした。

穏やかな寝顔のお兄ちゃんを見ているだけで、私の心が安らいでいく。

「…え?」

呼吸と一緒に聞こえた、かすかな音。

急いで、お兄ちゃんの唇へと耳を寄せた。

「…ぅ…ぁ」

言葉にならない、小さな声。

だけど、はっきり私の耳には届いた。

「お兄ちゃんっ!」

「ティスト!!」

二人で、思わず叫んでいた。

聞き間違えるわけがない。

だって、私が一番聞きたかった声なんだから。

私の呼びかけに、まぶたが揺れる。

ゆっくりと、時間をかけて…お兄ちゃんの目が開かれた。

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