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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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17章 怒りの少女-1

【アイシス視点】


なんだろう…これ?

まだ、寝ているのかな?

身体があったかくて、気持ちいい。

意識はあるのに、手も足も、何一つ動かせない。

目も開けられない。

これは、夢?

遠くで、ドアの音がする。

変な夢…何か入ってきたのかな?

「どうだ?」

聞き覚えのある、低くて太い男の人の声。

あれ、この声って…?

「まだ、目が覚めないわ」

答える落ち着いた女の声にも、覚えがある。

「せめて、もう少し発見が早ければ…」

「チッ」

「ティストちゃんは?」

え? お兄ちゃん?

お兄ちゃんがどうしたの?

「昨日から、まったく変わらねえよ」

「そう。クレア様とユイの二人がかりでも、油断できない状態なんて…」

油断…できない? お兄ちゃん…が?

働かない頭で、記憶を必死にたどる。

お兄ちゃんは…。

私が最後に見たお兄ちゃんは、血だまりの中に倒れ…て…。

「お…」

助けなきゃ。

早く、お兄ちゃんを助けなきゃ。

「お、に…」

喉がつまったように、うまく声が出ない。

口の中が、ひどく渇いている。

でも、そんなこと気にしていられなかった。

「アイシスちゃん!?」

「気が付いたか!?」

口は、動かせる。

なら、目だって、開けられるはずだ。

気力を振り絞って、目蓋をこじ開ける。



何度かまばたきして、ぼやけた視界の焦点がようやく合う。

心配そうに私を覗き込む、ラインさんとシアさんの顔があった。

「おにい…ちゃん…は?」

「ティストちゃんは、まだ…目を覚ましていないわ」

何かを含めるような言い回しに、嫌な思いがふくらむ。

こんなところで、寝てなんていられない。

「お兄ちゃん…に、会わせて…ください」

こんな短い言葉をいうのにも、言葉が途切れる。

それでも、お兄ちゃんに会いたかった。



ラインさんに横抱きにしてもらって、廊下へと出る。

揺れるたびに口からこぼれそうになる悲鳴を、必死で噛み殺す。

私の容態が悪いと思われたら、ベッドに戻されてしまう。

そうなったら、お兄ちゃんに会えない。

長い廊下を怨みながら、きつく唇を結ぶ。

お兄ちゃんに会うまでは、絶対に口を開かないと心に決めた。



ドアを開けて、その光量に圧倒される。

ロウソクなんかとは比べ物にならないのに、目に痛いわけでもなく、その光は優しい。

ベッドのすぐ傍。

光の中心に、お姉ちゃんが立っていた。

その表情を見ただけで、胸が痛い。

泣き出しそうなお姉ちゃんの顔を見れば、どれだけ深刻な状態なのか、分かってしまうから。

「すみません、降ろしてもらえますか?」

「いいのか?」

「はい、お願いします」

これ以上、お姉ちゃんに心配をかけたくない。

だから、私は元気なことを見せなきゃいけない。

地面についた足の感覚は鈍く、力なくガクガクと震えている。

痛みが顔に出ないように気をつけて、足を動かす。

時間をかけて、引きずるように一歩ずつ歩いた。

「お姉ちゃん」

「アイシスちゃん!? よかった、目が覚めたんだね。本当に良かった」

声を震わせ、瞳に涙を浮かべて、お姉ちゃんが笑ってくれる。

「心配かけてすみません。お兄ちゃんは?」

「まだ…目が覚めないの」

お姉ちゃんの隣から、ベッドを覗き込む。

そして、私は、言葉を失った。

身体が沈むほど柔らかいベッドの上。

肌けた上半身には念入りに包帯が巻かれ、そのところどころが血で滲んでいる。

酷い火傷を負った両腕は、力なく伸びきっていた。

土気色の顔からは、まるで生気が感じられない。

ひび割れた唇から、か細い呼吸を繰り返していた。

「…っ」

その変わり果てた姿を直視できない。

見ているだけで、涙が溢れそうになる。

ゆっくりと息を吸い込んで、また治癒の魔法を始める。

お姉ちゃんだって、顔色もよくないし、息が上がっている。

今でも、かなり辛いはずなのに…。

「?」

枕元にいくつも並んでいる透明な球が、淡い光に照らされて輝いている。

宝石? でも、なんのために?

怪我の治療に宝石が効くなんて、聞いたことない。

「あれは、何のためにあるんですか?」

「本人の力を高めて、回復力の底上げを狙ってるの。

 効果は薄いかもしれないけどね、出来ることならなんでもするわ」

「力を…高める?」

あの透明な石で? それに、あの石、どこかで…。

「あ…」

自分の鞘に取り付けられている石と、ベッドの上にあるものを何度も見比べる。

やっぱり、同じものだ。

でも、これって…。

「全ての属性に対応した魔精石じゃないんですか?」

あのとき、私はリビングでそう言われた。

四色の魔精石は、それぞれの魔法の威力と耐性を上げるため。

透明なものは、全属性に対応していて、貴重なんだ…って。

「? 全ての属性? ああ、そういうこと。

 その嘘を最初に使ったのは、レジ様とクレア様だったわね」

シアさんが、困ったように笑う。

嘘…って? 何の話?

「まったく、ティストちゃんも妹馬鹿ね」

「どういう…意味ですか?」

「透明な石の本当の名前は、自精石。

 作り手が自分の命を削って、己の生命力を閉じ込めるの。

 だから、この石を持てば、あらゆる自分の限界が底上げされる。

 作り手がその力を注いでくれた分だけ…ね」

「そんなこと…できるんですか?」

あんまりに突飛すぎる話で、信じられない。

だって、こんな小さな石で、力なんてあやふやなものを受け渡せるなんて…。

命を削って、生命力を閉じ込める…って。

そんなものを石なんかに詰めて、簡単に渡せるわけがない。

「自分の手で持ってみなさい。

 今のアイシスちゃんなら、その力の流れが分かるはずよ」

言われるままに自精石と呼ばれる石を外し、両手で握り締める。

「っ!?」

手のひらに広がる暖かな感触に、思わず息を飲んだ。

人差し指で触れただけのときとは、温度がまるで違う。

「これ…が…?」

まるで、私の身体の中で魔法が発動しているみたいに、全身を駆け巡るものがたしかにある。

これが、お兄ちゃんが私にくれた、力…なんだ。

枕元に並んでいる自精石の端に、それを置く。

暖かだった力が消え去り、身体の力が抜けていく。

喪失感に襲われて立っていることもできなくなり、ベッドの端に手をつく。

知らないうちに、私は、こんなにもお兄ちゃんに支えてもらっていたんだ。

「なんで、私なんかに、こんな…」

私は、指導を受けて、自分で強くなったと思っていた。

訓練を必死にやることで、お兄ちゃんに近づけたと思っていた。

だけど、それだけじゃなかった。

お兄ちゃんが、引き上げてくれたから…。

だから、私はあんな強い相手と戦えたんだ。

全ては、お兄ちゃんのおかげだったんだ。

「こ…な、大事な…も…の」

喉が潰れて、声なんて出せない。

やっぱり、お兄ちゃんはうそつきだ。

こんな大事なことを、教えてくれないなんて…。

私に、お兄ちゃんの大切な力を分け与えてくれてたなんて…。

ありがとう。

本当に、ありがとう、お兄ちゃん。

何度でも繰り返す。

どれだけ言っても、言い足りなかった。



あれから三日。

治癒の魔法のおかげですっかり元気になった私は、お兄ちゃんの部屋に閉じこもっていた。

ベッドの隣に椅子を寄せて、お兄ちゃんの寝顔を見続ける。

いつ起きてもいいように、片時も傍を離れない。

お姉ちゃん、クレア様、シアさん。

代わる代わる、お兄ちゃんの治療をするのを、私はじっと見ているだけ。

「………」

今も、お姉ちゃんは悲痛な表情で、治癒の魔法を使い続けている。

私にも、何かできることがあればいいのに…。

「?」

ノックの音に、お姉ちゃんが手を止める。

交代までには、まだ時間があるはず。

誰だろう?

扉を開けて、慌てて姿勢を正す。

まさか、王族であるこの二人がお見舞いに来るなんて、思ってもいなかった。

ファーナさんが丁寧な手つきで扉を閉じる。

あれ? レジ様とクレア様は、一緒じゃないんだ。

「ティストの容態は?」

「依然として、意識が戻らないの」

お姉ちゃんの返事に二人が顔を曇らせ、ベッドへと近づく。

中を覗きこみ、ライナス様とリース様が息を詰まらせるのが、はっきりと聞こえた。

毅然きぜんと振舞っているけど、二人がどれだけ悲しんでいるのか、私には分かる。

しばしの時間が過ぎて、ライナス様が先にベッドから離れる。

そして、私の元へと歩いてきた。

「これを…」

「? これ…は?」

「ティストから、託されたものです。

 『アイシスが、何不自由なく暮らせるように…』と」

全身の血が沸き立って、行き場所を無くす。

感情だけが暴れて、どうすればいいのか分からない。

ぶつける場所を探したのに、見つからなくて。

気が付けば、痛いくらいに拳を握っていた。

「どうか、受け取ってください」

差し出されるたびに、苛立ちが膨れ上がる。

ダメだ、どうしようもない。

相手の身分なんて関係ない。

自分を…抑えられない。

「…なら、かえしてよ。 お兄ちゃんをかえしてよっ!

 名誉もいらない、お金もいらない、そんなもの、どうだっていいっ!!!」

私は、今までどおりでいい。

お兄ちゃんがそばにいてくれたら、不自由なんてなかった。

お兄ちゃんに助けてもらってから、そんなもの、忘れてた。

お兄ちゃんが…お兄ちゃんさえ、いてくれたら…。

「叫ぶ前に、私の話を聞いて。

 あなたには、あなたの兄の意思を聞く権利があるわ」

わずかも感情を交えない冷ややかな声で、ファーナさんが前へと出てくる。

「意思?」

「あの人は、私にこう告げた。

 もし、自分が戻らなければ、アイシスが、何不自由なく暮らせるように…と。

 もし、自分たちが無事に戻れば…アイシスと少し贅沢してみるのも悪くない…と」

お兄ちゃんの笑顔が浮かぶ。

お兄ちゃんの声が聞こえる。

「アイシスが、何不自由なく暮らせるように。

 アイシスと少し贅沢してみるのも悪くない」

あの不器用な笑顔で、そう言ってくれるのを感じてしまったから。

私の涙が、止まらない。

お兄ちゃんの優しい言葉が、私を撫でてくれる。

お兄ちゃんの声で聞けたら、どんなに幸せな気分になれるだろう。

「あなたが兄を信じるなら、このお金を受け取っておきなさい。

 いずれ、必ず役に立つ日が来るから」

差し出されたものを、付き返すことができなかった。

だって、それをしたら、お兄ちゃんを疑うことになるから。

お兄ちゃんは、すぐに目を覚ます。

お姉ちゃんの魔法で、すぐに元気になって、元通りになるんだ。

だから…。

袋を、きつくきつく握り締める。

早く、元気になって。

お姉ちゃんと三人で、一緒に買い物に行こうよ。

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