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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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16章 戦場の少女-3

【ティスト視点】


二人の熱気に当てられたのか、自分でも驚くほどに力が沸いてくる。

にしても…さすがは、俺の妹だな。

こうも見事だと、自然に頬が緩んでくる。

あの、ガイ・ブラスタを相手に、ここまで戦ってみせるなんて…な。

「………」

アイシスが残してくれた力を、ゆっくりと大切に解放する。

渦巻く魔力が風を生み出し、せめぎあい、砂塵を巻き上げた。

その張り詰めた緊張に身をゆだね、神経を研ぎ澄ませる。

心地よく戦闘に溺れていく。

認めたくないが、俺は、異常なのだろうな。

これだけの猛者を前にして、脅えるどころか、こんなにも高揚してるんだから。

「うぉぉぉっ!!」

問答無用で砂塵を突き抜けて、ガイがその強大な拳を振りかぶる。

今更、互いに交わす言葉なんて、ない。

語り合うべきは、自分の都合ではなく、自分の肉体の強さだ。

「っらぁあぁぁぁっ!!」

拳で大地を割り、魔法で空を焦がす。

止まるところを知らない破壊力は、まるで、天災だ。

「はぁああぁああぁっ!!」

真正面から拳に魔法を叩きつけ、動きが鈍った瞬間を狙ってダガーで切り裂く。

アイシスのつけた傷を目印にして、そこへと重ねるように攻撃を連ねた。

小さな傷を縦横から切り裂いて、少しでも広げる。

アイシスの功績は、俺が全て引き継ぐ。

命懸けの真剣勝負。

その極限状態が、痛みを忘れさせてくれる。

燃え盛る火炎を風で吹き払い、大地を蹴って、ひたすらに前へと出た。



あまりの熱に、眼前の景色が捻れ出す。

目の錯覚とわかっていても、気分のいいものじゃない。

滴り落ちる汗を無視して、乱れた呼吸を繰り返す。

安全と言えるほど離れていたら、どんなに攻撃を当てても、致命傷には届かない。

あの鍛え抜かれた鋼のような肉体を、遠距離から貫くなんて都合のいい力は、俺に備わっていない。

だから、危険を承知で距離を詰めた。

「っらあ!!!」

豪腕を掻い潜り、懐へと飛び込む。

ここからなら、攻撃に力を乗せることもできないはずだ。

「なっ!?」

顔面を覆うほどの物体を、どうにか両腕を交差させて凌ぐ。

膝蹴り…か!?

あのガイが、蹴り技を使うところなど、初めて見た。

「チッ、こんなこすい真似をすることになるとはな。

 小手先の技に頼るなんざ、屈辱だぜ」

ぼやきながら拳を握り、小刻みに連打する。

その動きには、先程までの一撃必殺の威力はない。

だが、その軌道は必要最小限で、避けるだけで精一杯、付け入る隙もまるでなかった。

数発も食らえば、致命傷だろう。

「………」

師匠たちは、ガイ・ブラスタを天性の強者だと言っていた。

故に、戦いを学ぼうとせずに、本能だけで勝ち続け、生き抜いてきた…と。

その絶対的な強者が、『暴力』だけでなく、『武術』まで身に付けた。

これが、この五年の間で積み上げた物…か。

屈辱を怒りで塗りつぶし、必死に耐えてきたのだろうな。

目の前のこの男は、己の闘法さえも捨てさり、確実な勝利を選んだ。

全てをかなぐり捨てて向かってくる戦士に、俺も全力で答えよう。

痺れた手でダガーを握り、刃を閃かせる。

拳と刃を交し合い、戦いは更に熾烈を極めた。



爆風に乗って後ろへと飛び退り、どうにか二本の足で地面を噛む。

その衝撃に耐え切れなかったのか、収縮と膨張を繰り返す肺が、また命令に逆らって動きを止めた。

「…ぐっ、はっ…」

湧き上がる不快感に咳をすれば、口の中が血の味で満たされる。

唾を溜めて吐き出して、口内から血を追い出す。

もう一度だけ試し、湧き出してくる血の前には、まったくの無駄であることを悟らされる。

こんなことをしてたら、失血多量になるまで吐かなきゃいけない。

いったい、どれだけの時間が経ったのだろう。

奴の重厚な一撃は、確実に俺の身体を蝕んでいた。

「チィッ」

巻き上がる砂埃の奥で、奴が拳で唇を拭う。

口の端から垂れていた血が広がり、その手のひらの熱で渇いて、黒く染まった。

まったく、似合いの化粧だ。

どちらも、地面に張り付いたまま動かない。

機を狙っているわけじゃない。

もう、本当に動く体力も残っていないんだ。

互いに座り込んでしまえば、それで終わるはずなのに…。

そんな答えは、どちらも選ばない。

「うおぉぉぉおぉぉぉおおおおおおおおっ!!」

雄叫びを上げて、内に眠る力を呼び起こす。

辺りを渦巻いていた魔力が、ガイを中心に集い、その密度を増していく。

隙を晒していることは、承知の上…か。

それでも奴は、単純明快な一撃勝負を選んだ。

まったく、最高の力比べだ。

「あああぁあぁあぁぁあぁぁぁぁぁああああっ!!」

喉が潰れるほどに声を張り上げて、自分の中にあるものを絞り出す。

血の足りなくなった頭で、名案が浮かぶわけもない。

なら、その勝負に乗ってやる。

小技で邪魔をするような、野暮な真似はしない。

そんな暇があるなら、全てをこの一撃に注ぎ込むだけだ。

力を練り上げて、ありったけの風を溜め込む。

あまりに膨大な魔法に制御が利かず、収束した掌から力が零れる。

その余波を撒き散らしながら、互いに笑んでいた。

どちらも、これが最後だと理解している。

だからこそ、本当に己の全てを使い尽くした。

「行くぜ」

「ああ」

炎を従えて、奴が走り出す。

それに答えて、風を纏い、全てを振り絞って駆けた。

ぶつかり合う獄炎と烈風の中で、拳とダガーが交叉する。

互いの身体へと深く深く突き込まれ…。

一点に集めていた力は、轟音とともに爆散した。



【アイシス視点】



風に頬を撫でられて、ゆっくりと目を開く。

「な…に、これ?」

私の目に映る世界は、色を失っている。

白と黒の寒々しい光景だ。

昼? それとも夜? そんな当たり前のことも分からない。

自分の手を動かすことは、できる。

でも、温度さえも分からない。

血を流しすぎて、おかしくなった?

だけど、そんなのに、かまってられない。

立ち上がろうとするだけで、激痛に襲われて、視界が一瞬だけ黒に染まる。

それを無視して顔を上げ、あたりに目を凝らした。

お兄ちゃんは…?

お兄ちゃんは、どこ?

「………」

あのときのことを必死に思い出して、変わり果てた目の前の景色に当てはめる。

ここが、私がいた場所なら、お兄ちゃんがいた方角は…。

「…!?」

離れた岩場にある黒い染み。

そこで、私の目が縫い付けられたように離れなくなる。

うそ…だ。

見間違いに決まってる。

そんなの、あるわけない。

自分の目に飛び込んできたものを、必死で否定する。

なのに、それは消えてくれない。

全身を駆け巡る痛みを黙殺し、動かない足を引きずって、駆け出した。

「お兄ちゃんっ!!」

お兄ちゃんが倒れているのは、血溜まりの中。

私の見ている前で、それは、音もなく静かに広がっていった。

流れ落ちる血の勢いは、弱まる気配がない。

「だ…め」

それ以上、流れないで。

お願いだから、止まって。

傷口を押さえようと思うのに、指が思うように動かない。

なんで?

どうして、こんな大事なときに動いてくれないの?

応急処置は大切だって、お姉ちゃんが言っていた。

これで、お兄ちゃんの痛みを、少しでも減らせるかもしれないのに…。

力なく下がった手は、震えるだけで、私の言うことを聞いてくれない。

「動いてよっ!」

声がかすれる。

私の体が思い通りに動いてくれるなら。

少しでもお兄ちゃんのためにできることがあるなら、何だってする。

だから…。

今だけでいいから…。

もう、一生動かなくなってもいいから…。

「私の手なんでしょ? お願いだから、動いてよっ!!」

それでも、私の手は情けなく震えるだけ。

悔しくて涙が止まらない。

出来ることがあるのに。

私なんかにも、お兄ちゃんのために出来ることがあるのに…。

こんな言うことを聞かない手なんて、いらない。

「どうして…? どうしてなの!?」

腕を振り回して、地面に叩きつけたい気持ちをなんとか抑えつける。

怪我を増やすなんて、馬鹿なことだ。

お兄ちゃんが守ってくれた身体を傷つけるなんて、絶対にしてはいけないこと。

出来ることを減らしたらダメ。

出来ることを最大限にするんだ。

歯を食いしばり、力の全てを腕へと注ぐ。

数秒の時間を開けて、ゆっくりと腕が答えてくれた。

私は、絶対に諦めない。

お兄ちゃんを助けるんだ。

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