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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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16章 戦場の少女-1

【ティスト視点】


アイシスと二人、息を潜めて荒野を駆ける。

吹き抜ける強烈な風が足音を消してくれるのが、唯一の救いだった。

走った距離と反比例するように、口数は減り続ける。

今では、必要最低限の意思疎通しかない。

「次は、あそこまでだ」

「はい」

数少ない遮蔽物の影に滑り込み、身を隠す。

アイシスが呼吸を整える間に、俺が周囲を索敵する。

幸いなことに、目の届く範囲に不審なものはない。

「まだ、気づかれてませんか?」

「おそらく…な」

このやり取りも、何度繰り返したか分からない。

気休めだと、お互い分かっていても、やめられなかった。

ひたすら、魔族の領地を奥へと向かって進み続ける。

移動した距離だけ、安全地帯が遠ざかり、死が近づいていた。

俺たちが命じられたのは、完全な単独行動。

『私たちは、正面から進撃します。

 その隙に迂回し、最奥にいるガイ・ブラスタを倒してください』

挟撃といえば聞こえはいいが、誰がどうみても俺たちは捨石だ。

たった二人で…本来なら、たった一人で、敵軍の大将を狙って突撃。

前大戦と、まるで待遇が変わらない。

どうしても、俺を殺したいらしいな。

「行くか?」

「はい」

今は、少しでも力を温存して、前に進むしかない。

もし、混乱に乗じて不意打ちが成功しても、ガイを一撃で倒すなんて絶対に不可能だ。

そこから先に待っているのは、血みどろの殺し合い。

それを考えると、アイシスを連れてきたことを、後悔せずにはいられない。

「それで隠れているつもり?」

「…!」

ダガーに手をかけ、臨戦態勢を取る。

くだらないことを考えていたゆるみを、見事に突かれたな。

「隠密行動のつもりなら、もう少しつつましくやりなさい」

平然を装いながら、心の中で舌打する。

完全な失策だな。

セレノア一人と戦うより、雑魚を相手に突破したほうが、まだ消耗を抑えられたかもしれない。

「一番手から、過激だな」

「そうしたいんだけどね。

 グレイスの手は借りないって断言されたから、アタシはただの野次馬よ」

口ではそう言っているくせに、瞳は好戦的に輝いている。

戦場の熱に浮かされた高揚感が、セレノアにも伝播でんぱしてるな。

「あんたたちこそ、こんなところで、何してるの? もしかして、人身御供?」

「ヒトミゴクウ?」

「怒りを鎮めるためのお供え物よ」

「笑えない冗談だ」

ガイの慰みもの…ねえ、考えたくもないな。

それに、俺たちを殺したぐらいで、満足して止まるような奴じゃない。

「で、何してるわけ?」

「ガイ・ブラスタを倒しに来た」

「…たった二人で?」

「数に意味はない。違うか?」

「そうね。魔族は、戦力を人数で数えたりしないわ」

人間の感覚を馬鹿にしているのに、目は少しも笑っていない。

俺たちが本気かどうか、確かめているみたいだ。

「あ…」

「どうした?」

突然に声をあげたアイシスへと問いかけると、笑顔のままでセレノアの前へと進み出る。

「セレノアさんに、一つ報告があります」

「? なに?」

「セレノアさんが探していたのは、私のお兄ちゃんみたいですよ」

「おにいちゃん? アイシスに兄上なんていたの?」

「最近になって、できました」

そう言って、アイシスが俺の袖をつかむ。

何の話だ?

「…? …! じゃあ、あんたが戦場の最前点?」

「今は見てのとおり、最前点じゃなくて最前線になったけどな」

「はい」

「…ふぅん」

その反応を見るに、半信半疑のご様子だ。

まあ、説明してまで信じて欲しいとも思わないから、別にいいが。

「で、いったい俺に何の用だ?」

「べっつにぃー」

質問には答えず、俺の四肢に視線を這わせる。

まるで、商品の値踏みだ。

戦闘でもないのに、こうしてジロジロ見られるのは居心地が悪い。

しかたない、こっちもその分見返すか。

身長は、アイシスより少し高いくらい。

体重は、ほとんど変わらないんじゃないか?

ゆったりした服のせいでよく見えないが、二の腕や太ももなんかも、かなり細いみたいだ。

見れば見るほど不思議だな。

どこをとっても、まだ成熟前な体型なのに、あの馬鹿げた力はどこから来るんだ?

これでもかと締めあげている細い腰の上には、目立つことのない…。

「いったい、どこを見てるのよ?」

「…無遠慮は、お互い様だろう?」

戦い慣れていれば、お互いに、相手の視線くらい読める。

正面から見える範囲は、くまなくセレノアの瞳に映されたはずだ。

「ふぅん」

「なんだ?」

「もしかしたら、少しは勝負になるかもしれないわね」

「心強い感想をありがとうよ」

何を根拠にしているのか分からないが、セレノアの計測は、おそらく正しいだろう。

それほどに、今回の相手は格が違いすぎる。

平均的に比べても、魔族は人間より強い。

だが、魔族の王の強さは、そんな当たり前の常識から外れ、本当に比肩するものがいないほどに図抜けている。

荒くれ者たちの上に君臨し続けるのだから、当然とも言えるが…な。

「…?」

言葉に出来ない違和感を感じて、周囲へと意識を向ける。

「まったく、君のほうが先に気づくとは…困ったものだ。

 この体たらくだから、一人遊びなどさせられないのだよ。

 危なっかしくて、見ていられない」

ため息をつき、わざわざ出てきたレオンは、楽しそうに笑んでいた。

まるで、気づかれたことを喜んでいるみたいだ。

にしても…言葉からすると、ずっと、セレノアの後ろをついて回っているのか?

過保護にも、限度があるだろうに…。

「君がガイと戦うなら、覚悟はできているんだね?」

「何の覚悟だ?」

「もちろん、死ぬ覚悟さ」

「はっきり言ってくれるな」

「事実だからね。前回、ガイと闘って、気づかなかったわけじゃないだろう?」

痛いところを指摘されて、思わず黙り込んでしまう。

やはり、前大戦よりも強いと感じたのは、思い過ごしや記憶違いではない…か。

じゃなければ、不意の遭遇だからって、あそこまで一方的にやられたりしなかっただろう。

「この五年で、君がガイよりも積み上げたものがなければ、絶対に勝ちはない」

「あれだけの強さを持っていても、まだ足りない…か」

その向上心の理由を教えて欲しいぐらいだ。

「そんな、前向きな目的ではないさ」

「なら、何のために?」

俺の問いかけに、珍しくレオンが渋い顔をする。

視線がセレノアのほうへと走り、わずかな逡巡の後に口を開いた。

「殺したい相手に、今よりも重い一撃を与えるため…だ」

強張った声で、ゆっくりとそう告げる。

いろんな感情を詰め込んで発されたその一言は、何よりも重い。

「つまり、俺を殺すために…か?」

「うぬぼれるな、せいぜい君はついで…だ」

「じゃあ、いったい誰を?」

「自分の妻を殺した奴を…だ」

「!?」

吐き捨てるような言葉を理解するのに、数秒かかる。

ガイの妻を…殺した?

そんな馬鹿な…。

前大戦の史実では、魔族の王妃が二人とも病に倒れて急逝し、それを悼むレオンの言葉から、前大戦は幕を閉じているのに。

「? な…」

そして、もう一つの可能性に気づく。

ガイ・ブラスタは、妻を殺されたと言った。

なら、同じ病にかかったと言われているレオン・グレイスの妻も…病死ではない?

いくら待っても、レオンの口から続きが出てくることはない。

頑なに閉ざした口元が、話は終わりだと告げていた。

「そんな事情を俺に話して、どうするつもりだ?」

あのレオン・グレイスが、他人が戦う相手の動揺を誘うなんて、せこい真似はしないだろう。

もし、俺を説得して、戦いを止めるつもりなら、続く言葉があるはずだ。

そのどちらでもないのなら、他に何の意図がある?

「先日のような、腑抜けた戦いをしてほしくないだけさ。

 あれほど無礼で見苦しいものは、この世にそうはない」

戦いこそが本懐と言われる、魔族らしい言葉だ。

激励でもなんでもない。

言うならば、料理をこぼした間抜けを咎めに来たようなものだろう。

互いの都合なんて、関与するべきじゃない。

ここは、力だけが意味を持つ戦場なんだから。

「なら、その目で見届ければいい。俺たちの…戦場の最前線の戦いを…な」

「ああ、楽しませてもらうよ。

 ここからなら、数分も掛からないだろう」

譲られた道を、アイシスと一緒に歩き出す。

今の話は、胸の奥にしまって、頭の中から消しさる。

少なくとも、戦いを終えるまでは、それが正しいはずだ。

魔族の戦列は、もう見えるほどに迫っていた。

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