表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
56/129

15章 決意する少女-5

【ティスト視点】


豪奢なベッドに身を沈め、天蓋を見上げる。

これも、今日で見納め…か。

約束の期日は、明日。

十分とは言えないが、やるだけのことはしたし、身体の仕上がりは悪くない。

だが、それでも…。

生き残るのは、難しいだろう。

前大戦で死ななかったのは、運が良かったからだ。

「?」

ぎしっと小さな音がして、俺の身体が揺れる。

見れば、ユイがベッドの端に腰掛けていた。

俺がラステナの王子に話をされてから、ほとんど、まともに話した記憶がない。

いや、正直に言えば、俺のほうから避けていた。

前大戦では、死人同然の俺を、付きっきりで看護してくれた。

なのに、俺はまた同じことを繰り返そうとしている。

あそこまで尽くしてくれたユイに、会わせる顔がなかった。

「………」

ユイの身体が、ゆっくりと傾く。

俺の胸を枕にして、その身を預けてきた。

「ごめんね。明日まで、我慢するつもりだったけど…。

 前大戦のときと同じ顔してるティストを見てたら、我慢できなくなっちゃった」

時間をかけて、途切れ途切れにユイがつぶやく。

その弱弱しい声は、聞いているだけでも辛い。

「ティストの決めたことに、反対したくなかったけど…。

 それでも、あたしは、ティストに行かないでほしいの」

俺の服を掴み、涙で濡れた頬を、胸に押し当ててくる。

その肌の暖かさと圧迫感は、驚くほどに心地よかった。

「ありがとうな」

こうして、俺のために泣いてくれる人がいるから。

死を覚悟して、地獄のような戦場に立ってでも、護りたいんだ。

たとえ、俺がロアイスの民と認められなくても…。

ユイと一緒に生まれ育った故郷を、誰かに踏みにじらせたりはしない。

「前大戦のときのこと、ティストは覚えてる?」

前大戦のとき…なんて、思い出はいくらでもある。

だが、ユイが言っているのは、たぶん…。

「俺が…約束を破ったことか?」

「うん。あの後、ここで一日中泣いたんだから」

『どこにも行かない、ずっとここにいる』

俺を抱きしめ、『行かないで』と泣いてくれたユイにそう約束し、俺は深夜に城を出た。

今でも、そのときのことは、はっきり記憶に残っている。

どうしようもないと自分に言い訳しても、罪悪感で胸が痛かった。

「それから、ティストが言ってくれたんだよね。

 どんなことがあっても、あたしとの約束は破らない…って」

「ああ、ユイにそう誓ったな」

それ以来、ユイとの約束は、俺にとっての最優先事項になっている。

「なら、あたしと約束して。必ず帰ってくる…って」

ユイの優しさに、気遣いに、その心の温かさに、胸が熱くなる。

この約束は、俺にとっての救いだ。

「ああ、約束する」

「うん」

俺の上でユイが目を閉じるのを見て、俺も目を閉じる。

こうして、一緒に昼寝をするなんて…何年ぶりだろうな。

互いの体温を感じながら、安らかな眠りに落ちていった。



かつて、俺が使っていた中庭の訓練場所。

そこで、アイシスは一人、夢中でダガーを振り回していた。

ここ数日の努力は、まさに血が滲むほどのものだ。

クレア師匠の手解きのおかげもあり、数日前とは、ほとんど別人の域。

本当に、この短期間で成長したとは思えないほどの伸びだ。

それでも…連れていけない。

生き残れる保証はないし、そもそも行ったところで、アイシスには何一つ良いことがない。

今までずっと先延ばしにしていたが…。

いい加減に、決着をつけないといけないな。

「アイシス、話がある」

「はい」

刃を収めて、アイシスが駆け寄ってくる。

その満面の笑顔に、胸が痛んだ。

残していきたいなんて、思うわけがない。

ただ、もしものことを考えれば…絶対に連れてなんて行けない。

「アイシスは、ロアイスに残ってくれ」

単刀直入に、俺の希望だけを告げる。

俺の言葉を予想していたのか、アイシスは笑みを崩さなかった。

「お兄ちゃんが行かないと言ってくれるなら、私も行きません。

 でも、お兄ちゃんは行くんですよね?」

「ああ」

考えに考え抜いたが、どうしても答えは変わらなかった。

ここで俺が逃げたとしても、俺を含めて、誰も幸せになれない。

なら、行くしかない。

「どうして行くんですか? この国の人たちのためですか?」

「そんな、大層な話じゃない。世話になった人たちのため…だな」

見知らぬ人間のために命を投げ打てるほど、俺は善人じゃない。

俺が命を賭けるのは、俺のために命を賭けてくれた人に対してだ。

「恩のために、戦場に立つんですか?」

「駄目か?」

「いえ。私も同じですから」

「同じ?」

「お兄ちゃんに、たくさんのことをしてもらったから…。

 お兄ちゃんが命の恩人だから…。

 だから、お兄ちゃんのためなら、なんだってしたいと思う。

 お兄ちゃんの考え方は、私にとっては普通なんです」

やはり、アイシスの意志は、固い…か。

頭ごなしに言っても聞かないだろうし、説得も無理だろう。

黙っておいていく…か?

「お兄ちゃんが先生として、最初に教えてくれたこと、覚えてますか?」

「俺が、アイシスにか?」

「はい」

言われるままに、記憶を巡らせる。

たくさんの思い出がありすぎて、数年ぐらい前のことのように感じるな。

実際、一人で過ごした数年よりも、アイシスと過ごした数十日のほうが、はるかに濃密な時間だった。

「最初に、アイシスの実力を見るために組み手をして…その後だと…」

「『五分間で俺に触れてみろ』」

俺の口調を真似たアイシスが、照れ笑いを浮かべる。

まったく、真似した本人より、真似されたこっちのほうがよっぽど恥ずかしい。

「もう一回、しませんか?

 私が勝ったら、お兄ちゃんと一緒に行きます」

「負けたら、残ってくれるわけか」

「負けたら…は、ありません。絶対に、負けませんから」

自信、決意、闘志。

様々なものが瞳に宿り、強い意志を放っている。

綺麗な目をするようになったな。

「今回だけは、負けられないな」

上着を脱ぎ捨て、アイシスと距離を取る。

開始の合図なんていらないな、もう勝負は始まっている。



「…!」

真っ正面から、踏み込んでくる。

静止からの加速勝負。

俺の全速力にも、アイシスは引き離されずについてくる。

これだけの速さで動いているのに、重心はまったく揺れない。

見事な歩法だ。

「………」

臨戦態勢の両手は、自由なまま。

少しでも間合いが詰まれば、伸びてくるだろう。

「ッ!」

伸びてきた指先を見切り、捕まらないように回避していく。

残されている距離は、拳一つにも満たない。

あんなにも開いていた距離が、今はこれほどに狭まっている…か。

「…!」

石を拾い上げたアイシスが、水の魔法を収束させる。

魔法を発動するとそちらに気を取られがちなものだが、器用なものだ。

「やぁぁぁっ!!」

水の魔法を収束させている間に、石つぶてが飛ぶ。

それを回避すれば、その方向へと水の魔法が螺旋を描いて先回りしていた。

「まだまだぁっ!!」

途切れることのない、波状攻撃の連続。

俺が稼ごうとする距離を、アイシスが消していく。

一つずつ確かめるように、アイシスの技が広がっていく。

俺が教えたことの全てを駆使して、少しずつ、確実に近づいてくる。

「ふっ…」

自然に笑みがこぼれる。

全力の勝負がこんなにも楽しいなんて、知らなかった。

知っていれば、もっとこの時間を共有できたのに…な。



次々と繰り出される技を楽しみながら、必死で逃げ回る。

余裕なんて、もうわずかもない。

クレア師匠の歩法…か。

どうりで、追い詰められるわけだ。

「水よ」

俺とアイシスを取り囲むように、水の魔法が展開される。

いったい、何を?

「その姿を柱へと変えよっ!」

厚みのない輪が、一気に俺の身長を超えるほどの水柱へと変わる。

「なっ!?」

驚きを漏らした口を閉ざして、頭を冷やす。

まったく、いつの間にこんな芸当ができるようになったんだ?

思考を切り替えて、逃げ道を探す。

天井まで作ってある、上からは無理だ。

「チッ」

全力で後ろ蹴りを叩き込んでも、貫けない。

強度も申し分なし、まさに、水の牢獄だな。

おまけに、触れるのを待っていたように水が服へと染み込み、その重さを倍にする。

…やられたな。

「ッ!!」

残り一歩の距離。

一切の迷いなく踏み切り、両手を伸ばしてアイシスが飛んだ。

観念して、両手で抱きとめる。

残念なことに、五分までは、数十秒が残されていた。

「よく成長したな」

「はいっ!」

息を弾ませ、満面の笑みでアイシスが答える。

まったく、驚かされる。

まさか、真剣勝負で負けるなんて、思ってもいなかった。

「だから…お願いですから。

 もう二度と、家族を置いていくなんて…考えないでください」

「…ああ」

泣きじゃくるアイシスの髪をなで、ゆっくりと抱きしめてやる。

まいったな。

だが、素直に負けを認めるしかない。

俺の妹は、優秀すぎる。



【ティスト視点】


指定された時間にファーナの部屋を訪れ、ノックをして中へと入る。

中には、笑顔を貼り付けたリースが一人、椅子に腰掛けていた。

「………」

目が合っても、リースは悲しげな顔で笑っているだけ。

用意された時間は、ほんの数分しかない。

黙っていたら、何も話せないで終わる。

だけど、どちらも声が出せない。

別れの言葉になることが、分かっているから。

「これを…」

差し出された手のひらの上には、緑色の玉。

「これは?」

「本当は、闘技祭で優勝したときに渡すはずだったんだけど…。

 あんなことになっちゃったから、渡せなくて…」

歯切れ悪く、リースがつぶやく。

あのときに、ヴォルグと俺の戦いを止めておけば…と悔やんでいるに違いない。

「ありがたくいただくよ」

伸ばしかけた手が、違和感に止まる。

触れていないのに、力強い魔力の鼓動が伝わってきた。

「王家が渡す宝玉って…魔精石なのか?」

「ううん。本当は、普通の宝石に王家の証を刻んだもの。

 それは、お兄ちゃんに言って、すり替えてもらったんだ」

「すり替え?」

「そう、私がティストのために作ってた魔精石と…ね。

 毎日毎日、時間を見つけて、一生懸命作ったんだから」

誇らしげに笑うリースが、俺の手のひらに魔精石を置く。

「…!」

目が回りそうなほどの力が、俺の中を駆け抜ける。

気を抜けば、暴発してしまいそうなほどの、莫大な力だ。

リースと会えなかった年月の重さが、この魔精石に凝縮されている。

「優勝おめでとう。

 ティストが闘うところが見られて、すごく嬉しかったよ。

 すごいよね、ヴォルグにも勝っちゃうなんて。

 闘技祭なんて、私には義務でしかなかったけど。

 今回はね、ずっと、ずっと…最後まで、目を離さなかった」

途切れることがなく、口を挟む隙もない。

ただ、ひたすらに、何かを埋めるようにリースが話を続ける。

胸がざわつくのを抑えながら、黙って言葉に耳を傾けた。



扉が開き、残されていた時間が尽きる。

ファーナが戻ってきたなら、もうこの時間も終わりだ。

「申し訳ないけれど…」

その訴えるような視線で、先に部屋を出る約束だったことを思い出す。

後ろ髪を引かれる思いで、椅子から立ち上がった。

「………」

声が出ない。

どれだけ考えても、泣き出しそうなリースを笑顔に変えられる言葉なんて、思い浮かばなかった。

「ねえ、ティスト。私…まだ、全然足りないよ。

 もっと、話したいことがたくさんある。

 だから…だから、絶対に帰ってきて。

 私、ずっと待ってるからね」

「ああ」

なんとか、その一言を絞り出す。

それ以上、その場にいることができなかった。



部屋に帰る気にもならず、逃げ場を探しているうちに、中庭へと出ていた。

身を切るような冷たい夜風が、かえって心地よい。

「…ふぅ」

手のひらの上で魔精石を転がす。

そうするだけで、妙に心が落ち着いた。

決戦前夜、一眠りすれば、明日はもう戦場だ。

なのに、こんなに穏やかな気持ちでいられるなんて…。

「一人かい?」

「ああ、一人だ」

後ろから聞こえるくだけた口調に、同じように返す。

声の主は楽しそうに笑うと、俺の隣まで歩いてきた。

「なら、お邪魔するよ」

「王子が、出歩いていいのか?」

「自分の城を歩くのに、誰に許可を取ればいいんだい?」

「もっともだな」

俺と話しているのを見られたら、まずいだろうに…。

その危険を犯してまで会いに来てくれたのなら、これ以上言うのは、野暮だ。

「わざわざどうしたんだ? 激励でもしてくれるのか?」

「男にされたところで、嬉しくもないだろう。

 そういうことは、適役に任せたはずだけど?」

「ああ、十分にしてもらったよ」

本当に、身に余るほどに…な。

一国の王子と王女から、直々に言葉をかけてもらう。

騎士団長でも、そうは受けられないだろう、破格の栄誉だ。

「ファーナから聞かされた頼まれごと、手配しておいたよ。

「すまないな、憎まれ役をやらせて」

「まあ、憎まれるのには、慣れているからね。

 こんなことなら、お安い御用さ」

軽口を叩き、いつものように人に見せるための作り笑いをしてみせる。

今だけは、その強がりに素直に甘えさせてもらおう。

「すまないな、いつも苦労をかけてばかりで」

「そう思うなら、部下をしっかりしつけておいてくれ」

「これでも、努力はしているんだけどね。

 私の手に余る分は、悪いが手を貸してくれ」

俺の皮肉を、ライナスが笑顔でかわす。

昔と変わらないこのやり取りが、なんだか懐かしい。

「まったく、ラステナの使い走りに成り下がった男を頼るなよ」

「それは違うよ、ティスト。

 名実ともにロアイス最高の騎士であるティスト・レイアに私が頼み込み、ラステナへの援助を取り付けただけだ。

 私の親友を他所の国になど、やれるものか」

真顔でそんなことを言われると、どんな顔をすればいいか分からない。

そんな俺の反応を楽しむように、ライナスが笑う。

まったく、これだから性質が悪い。

こいつのためなら、戦ってもいいと思ってしまうから。

「話す時間があって、よかったよ。これで、見失わない」

どうして戦うのか? 誰のために戦うのか?

それが、はっきりと自分の中で、理解できた。

死への恐怖で、揺らいでいた決意。

それが、大事な人と話すことで、しっかりと縫いとめられていく。

俺のことを想い、声をかけてくれた人たち。

命を賭けてもいいと思うだけの相手が、確かにここで暮らしているから。

だから、俺は刃を握る。

生きて、帰ってくるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ