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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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15章 決意する少女-3

【ティスト視点】


城の中庭へと続くこの道が、今日は禍々(まがまが)しく見える。

これから始まることを考えると、思わずため息が出そうだ。

いくら議題の中心だからといっても、貴族の会議に呼びつけられるなんて…な。

しかも、会議に使うのは、いつもの部屋ではなく中庭だという。

密集されていては、騎士団も護衛し辛い。

俺との距離は、できるだけ離しておきたい。

俺を貴族だけが使うような高貴な部屋に入れたくない。

思い当たる理由は、いくらでもあるが…。

そんな苦労をしてまで俺を呼びつけ、何をするつもりなのか…考えるだけで気が重い。

間違っても、激励なんてことはないだろう。

「…本当に一緒にくるのか?」

「はい、もちろん」

笑顔で即答されると、どんな脅し文句も続けようがない。

アイシスは、頭がいい。

これからどんなことが起きるのか、だいたい予想出来ているはずだ。

それでも来るというなら、止めても無駄だろう。

ずらりと並ぶ騎士団の奥に、貴族たちがいる。

完全防備…か。

心配しなくても、何もしやしないのに。

まあ、それが分かっているから、俺もアイシスも武装解除を命じられないのだろう。

これは、あくまでも貴族と貴族以外の間にある壁の厚さを、見せ付けるためのものだ。



「ようやく来たか」

一歩進み出たイスクが、苛立たしげにこちらを睨みつける。

その後ろに控える貴族の中には、師匠たちやファーナもいた。

「では、始めるとしよう。

 魔族がラステナに対して宣戦布告したのは、周知の事実だろう。

 それを受けて、ラステナは援助の要請をしてきた。

 そこにいる男を、魔族との戦争に参戦させたい…とのことだ。

 間違いないかな?」

「相違ない」

レジ師匠の返答に、小声が行き交う。

なぜ、という疑問。

そんな簡単なことか、という安堵。

他にも声が入り混じり、正確には聞き取れない。

それを静めるために咳払いをして、イスク卿が続ける。

「つまり、我が軍の損害は皆無であり…」

「お待ちください」

クレア師匠の言葉に、誰もが振り返る。

「…なにかね?」

「ロアイスの民は、庇護されるべきではないのですか?

 市民が他国に徴兵されるなど、あってはならないことではないでしょうか?」

「そう、いかにも。庇護するべきはロアイスの民だ」

強調するように同じ言葉を繰り返し、その顔を醜悪に歪める。

おかげで、何を言い出すのか、想像がついた。

「だが、身分も素性もない者など、民ですらない。

 いや、こんな男など、人間と呼ぶべきかどうかすら怪しいところだ」

俺のことを指差し、傲然と言い放つ。

身体中にある侮蔑を全てかき集めたような顔だ。

「仮にロアイスの民であると認めようとも…。

 たった一人の犠牲で、ロアイスの全ての民が助かるのだ。

 比べるまでもなかろう」

周りの貴族たちが、うなずいて同意を示す。

反論の上がる様子は、まるでなかった。

「本人の意思は、どうなるのですか?」

なおも食い下がるクレア師匠を一瞥し、俺を射殺さんばかりに睨みつける。

その憎悪を声に宿して、ゆっくりと口を開いた。

「この国のために死ぬことに、不満を抱いているのか?」

「いえ」

「恩義のために…と、ほざいておったな。

 王家への誓いを違えるというのなら、貴様の口で、申し開きをしてみるがいいっ!!」

大喝が空気を揺るがし、貴族たちを震撼させる。

声を荒げ、感情を剥き出しにして怒りを吐露する姿など、滅多に見れるものではないだろうからな。

「私は、ガイ・ブラスタと戦います」

必要最低限の言葉を選び、自分の意志を告げる。

少しでも余計な真似をすれば、それが師匠たちに飛び火する。

これだけしてくれるクレア師匠を裏切るようで申し訳ないが…。

師匠たちに、これ以上嫌な思いをしてほしくない。

「これで、話は終わりですな」

「ならば…私も、ティスト・レイアと共に戦場へと向かいます」

クレア師匠の声は、どこまでも硬質で渇いていた。

どれだけ隠そうとしても、滲み出す怒りは、消しきれていない。

「貴女は、ラステナに加担すると仰るのか?」

「そうは言っておりません」

「いずれにせよ、勝手な行動は控えていただこう。

 セイルスのお二人には、部隊を率いて精霊族に対する防衛をして頂きたいのでな」

「…どういうことです?」

思わぬ話の方向へ、誰もが首を傾げる。

ただ、ファーナだけがその発言に目つきを厳しくした。

「前面からの攻撃に気を取られているときの背後こそが、最も懸念されるべきだ。

 それに、この混乱に乗じて精霊族が動く可能性があるとの話を聞いている」

「情報源をお教え願えますか?」

鵜呑みにできるはずがないという感情を乗せて、クレア師匠が問いかける。

それは、ほとんど問い詰めるのと同じ態度だった。

「私の情報を疑うのかね?」

「全ての情報が正しいという保証はありません」

「そう。だが、可能性がある限りは備えねばならない。

 私は、心から国を憂いているのだ」

まったく、見事な作り話だ。

こう話してしまえば、師匠たちはその任務から逃れることができない。

俺のことを守るものは、誰もいなくなる。

「行くのは、貴様一人だ」

「お待ちください」

真剣な表情で進み出たアイシスに、視線が殺到する。

それにも臆することなく、堂々たる表情で、アイシスが大きく息を吸い込んだ。

「私は、兄と共に戦場へと行きます」

「なっ!?」

高らかに宣言するアイシスに、周囲にいた貴族たちがざわつく。

俺も一緒になって慌てたいぐらいだ。

そうか、アイシスが一緒に来ると言い張った理由は…これか。

だが、他の連中と違い、イスク卿だけはその決意をあざ笑うようにアイシスを見下ろした。

「好きにするがいい。

 貴様が死に場所をどこにしようと、我々は口を挟まぬ。

 戦うしか能のない蛮人たちには、相応しい死に場所だろう。

 せいぜい、魔族を一人でも多く道連れに死ね」

歯に衣着せぬ物言いに、誰もがイスクを恐れ、距離を取る。

だが、そんなことにはまるでかまわず、憤怒の形相で俺たちを睨みつけていた。

その瞳の中の闇は、昔より濃くなれど、薄まる気配はない。

生涯、イスク卿は俺を許さないだろうな。



ほどなくして、イスク卿から逃げるように解散した。

この場に残ったのは、俺とアイシス、それに師匠たちだけだった。

「考え直しなさい、ティスト。あなたには、拒否する権利があります」

「受ける権利もありますよね?」

「ティスト」

クレア師匠の弱々しい声が、耳に痛い。

だから、俺から話を切り出した。

「闘技祭の前に、約束しました。

 師匠には、一つお願いを聞いていただけるのですよね?」

優勝をすれば、俺の願いを師匠が聞き入れてくれると言っていた。

ダブルでアイシスと全勝し、ヴォルグも倒したのだから、条件は満たしている。

「覚えていますが…。まさか…」

「私一人で、戦場に立つことをお許しください」

「違うのでしょう?

 こんなことになるなんて、あのときには分からなかったはずです!」

師匠の声量が跳ね上がり、俺の肩に両手が添えられる。

加減を忘れた細い指が、ぎちぎちと音を立てて食い込む。

肩は、まるで痛くない。

ただ、突き刺すように胸が痛かった。

「一番最初に考えた願いなら、どんなことでも聞き入れましょう。

 あなたの本当の願いは、何なのですか?」

視線を落として、口を閉ざす。

師匠の問いに答えないなんて無礼は、今までにも、数えられるくらいしかない。

あのときに言わなくて、本当に良かった。

あやうく、また師匠たちに迷惑をかけるところだった。

『遠い未来でかまわない、ずっとその日を待ち続けるから…。

 以前と同じように、師匠たちと一緒に暮らしたい』

その言葉を、胸に押し込める。

叶うことのない夢物語。

それを口にしてしまえば、どれだけ師匠たちを苦しめるのか、分かっているから。

「俺の願いは、恩義に報いることです」

「ティスト」

「行かせてください。以前のような無様な真似は、二度としません」

説得のつもりの一言が、師匠の表情を険しくする。

間違えたと思ったときには、もう遅かった。

「絶対に、あなたを行かせません。

 あなたの代わりは、私が勤めます。だから…」

その先は、もう声にならない。

師匠がどれだけ俺のことを心配しているのか、痛いほどに伝わってきて…。

罪悪感で、押しつぶされそうになる。

「もうよせ」

温かみのある低い声が、割って入る。

いつもと同じ厳格な表情で、レジ師匠が立っていた。

「ティスト、ついて来い」

「はい」

言われるがままに、俺はレジ師匠の後を追う。

残していくクレア師匠のことを思うと、胸が痛かった。



闘技場の中は、誰一人いない。

あれだけ熱狂していた昨日を思うと、その静けさが寂しくもある。

闘技場の中央まで歩くと、レジ師匠は、手にしていた戦斧を構えた。

「抜け」

「はい」

命に従い、ダガーを引き抜く。

満足そうに頷くと、レジ師匠の足が、大地に噛み付くように踏みしめられた。

「行くぞ」

「はい」

唸りを上げて振り下ろされる斧を、きっちりと見切る。

あんなもの、どんなに防御したところで、受け止めてしまえば、ひとたまりもない。

避けるか、受け流すか、そのどちらかだ。

「………」

互いに無言で、刃を交わす。

おかしい。

こうも全力攻撃だけを繰り返すのは、レジ師匠らしくない。

この攻撃の組み立ては、師匠よりもむしろ…。

「…!」

俺の中で、ようやく噛み合う。

真っ直ぐで、嘘がなく、殺気に満ち溢れ、当たれば無事ではすまない。

この超重量の連続攻撃は、ガイを見立てたものだ。

「師匠」

「なんだ?」

「ありがとうございます」

俺の返事に、師匠が苦い顔をする。

たしかに、皮肉に聞こえるかもしれないな。

「考えは、変わらんのか?」

「正直に言えば、迷っています」

どうすることが正しいのか、分からない。

ラステナの兵として魔族へ攻め込むべきなのか、無関係だと無視するべきなのか。

厄介なのは、どちらを選んでも、おそらく後悔するということだ。

「お前の思うように動け。何かあれば、ワシが受け持つ」

「ありがとうございます」

心強い台詞に救われる。

今は余計なことを考えずに、師匠との訓練に集中する。

考えるのは、その後で十分だ。

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