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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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15章 決意する少女-2

【アイシス視点】


一晩ゆっくり眠ったのに、身体の疲れがまるで取れない。

あれだけ無理をしたのだから、当然かもしれないけど…。

このベッドだと、どうにも落ち着かないし、熟睡できない。

早く帰って、自分の部屋で寝たい。

ドアを叩く音に、寝ていた身体を起こして、ベッドの端に腰掛ける。

お兄ちゃんとお姉ちゃん、どっちだろう?

「おはよう、アイシスちゃん」

「おはようございます」

「…おはようございます」

並んで入ってくる二人を見て、思わず立ち上がる。

どうして、お姉ちゃんと一緒にファーナさんが?

「彼は?」

部屋を見回して、私に問いかけてくる。

「お兄ちゃんなら、まだ寝てると思いますけど…」

「そう。ならいいわ」

小さく息をつくと、ファーナさんが表情を引き締めた。

何? いったい何が始まるの?

「で、あたしたち二人に話って?」

「昨晩、彼と何か話した?」

お姉ちゃんが首を横に振るのを見て、私もそれに習う。

昨日は、部屋に戻るなり『すぐに休みたい』と言って、お兄ちゃんは寝てしまった。

お姉ちゃんも、二言三言交わしただけで、会話らしい会話なんて、全然していない。

そんなことを聞いて、どうするつもりだろう?

「なら、今から昨日のことを、包み隠さずあなたたちに話します。

 お願いだから、口を挟まずに最後まで聞いて」

不安になるほど切迫した口調に、背筋を正す。

何か良くないことが起きている…それぐらいのことは、私にでも分かった。



「これで、全てよ」

その言葉で、話が締めくくられる。

口を挟まず最後まで聞いて…か。

言われてなかったら、質問と反論だけで、会話にならなかっただろう。

これが、闘技祭にお兄ちゃんを出場させたかった、本当の意味。

私のせいだ。

あのときに、私が余計なことを言わなければ…。

お兄ちゃんが、闘技祭に出場することもなかったのに。

「また…なのね」

ぽつりとつぶやき、深く深く、お姉ちゃんが息をつく。

その表情は、悲しみと失望で染まっていた。

「また…って、以前にも、同じことがあったんですか?」

「うん、前大戦のときもそうだったの。

 ティストに特命を与えるなんて言って、最前線より前に一人で放り出して。

 戦場の最前点なんて呼び方で、馬鹿にして…。

 誰も助けなくて、そのせいで、ティストは…」

涙を混じらせ、お姉ちゃんが声を絞り出す。

その悲痛な姿は、見ているだけでも辛かった。

戦場の最前点、その話は、お兄ちゃんからも聞いた。

そのときの、お兄ちゃんの苦しそうな顔は、今でも覚えている。

命を奪い合う戦場で、孤立無援の極限状態。

それが、お兄ちゃんを殺すための罠なんて、馬鹿な私でも分かる。

「どうにか、できないんですか?」

「ごめんなさい、私の力では…」

ファーナさんが、力なく首を横に振る。

お兄ちゃんを行かせないのは、たしかに無理かもしれない。

でも、お兄ちゃんを一人にしないことぐらいなら、できるはずだ。

お兄ちゃんが、戦場で一人になるのなら…。

私が、一緒に行けばいい。



【ティスト視点】



「どちらさまでしょうか?」

こちらのノックに応えた声は、余所行きだが、間違いなくファーナのものだ。

それを確認してから、なるべく声量を抑えて返事をする。

「ティスト・レイアだ」

椅子を引く音がして、控えめな足音が近づいてくる。

数秒もせずに、扉が開かれた。

「どうぞ、中へ」

「突然ですまないな」

扉を閉めたことをきちんと確認してから、ファーナが定位置の椅子に腰かける。

「いえ。ご用件は?」

「頼みたいことがあるんだが、その前に…。

 アイシスとユイに話してくれたそうだな。嫌な役をやらせて、すまなかった」

「お願いだから、謝らないで。あの程度では、償いにもなりはしないわ。

 全ては、私の甘さが原因なのだから」

悔いるように目を伏せ、息を吐く。

おそらく、ため息ではない。

あれは、自分の怒りを制御するための呼吸だ。

「どちらにしても損のないように仕組んでおくのは、当然のこと。

 でも、まさか、国外の人間と共謀しているなんて…思いもしなかったわ」

闘技祭で誰かが俺に勝てれば、事故を装って殺すことができる。

俺が優勝すれば、ロアイス最強の名を持つ俺に他国の戦争を手伝わせ、俺を亡き者にできる。

引っ掛かった自分が言うのもなんだが、見事な策謀だ。

「俺の存在は、奴らが調べたのか?」

「もしそうなら、さすがは一国の情報網と褒めることもできるけど…。

 十中八九、ロアイスの誰かが流したでしょうね」

歯噛みするように、そうつぶやく。

口惜しいだろうが、ファーナ一人では、防ぎようがないだろうな。

「で、相手の指示通りに動けばいいのか?」

「戦場に一人で突撃させることしかできないなら、軍師なんて存在は無価値なの。

 考えうる最善手さえ指さずに、手をこまねくつもりは…」

「だが、ロアイスにとっての最善は、俺が行くことだろう?

 こんなに都合のいい話は、他にないはずだからな」

俺が行けば、ロアイスに被害はなく、ラステナと魔族が潰しあって力を弱める。

損がまるでないのは、俺にでも分かる。

「違うか?」

「即座に否定できなかった私が何を言っても、空々しいだけね。

 罠にかけられ、挙句の果てに用意してもらった道を選ばされるなんて、最大の屈辱よ」

絞り出すような声に、どれだけの怒りを募らせてるかが分かる。

ファーナにとっては、これが敗北…いや、判定負けか。

帳尻あわせで勝つこともできる俺なんかより、数段厳しい戦いだな。

「気にしなくていい。

 俺と一緒に天秤に載せたものが、一番大事なものだっただけのことだろう?」

ファーナが最優先するのは、ロアイスという国そのものなはずだ。

ファーナほどの立場なら、それが当然だろう。

「返す言葉もないわね」

「ちなみに、俺が戦いを拒めば、どうなるんだ?」

「『その回答が必要ですか?』と問い返されたわ」

「まったく、いい返答だな」

俺が断ることを微塵も考えていない…か。

絶対に俺が出てくるという、確信があるのだろう。

そうまで術中に嵌っているのは悔しいが、そのとおりにしか動けないのだから仕方ない。

「それでも、なんとか代替条件を出してもらったのだけど…。

 『もし、彼がダメならば、代わりに騎士団の半分でもかまわない』と笑いながら言われたわ。

 あなたの評価を褒めるべきなのか、騎士団を安く見られたと思うべきか、微妙なところね」

「まったく、武力の要を半数まで寄こせとは、欲張りだな」

「いいえ。この程度で円満に片付くなら、一考の余地があるわ」

「どういう意味だ?」

「私が本当に心配しているのは…」

そこまで言って、言い辛そうに口ごもる。

辺りを見回し、耳を澄ませ、周りに人がいないことを確認して、ようやく口を開いた。

「ラステナの矛先が、ロアイスへ向くことよ」

「!? 馬鹿な!? 同盟国なんだろう?」

「あくまでも可能性の話よ。私の取り越し苦労であることを願っているわ」

意味が分からない。

なぜ、この状態でロアイスが渦中に巻き込まれるんだ?

「説明してくれないか? 俺の理解が追いついていない」

「前大戦のときにも、少し話をしたはずだけど。

 魔族との戦争は、消耗するだけで利が乏しいわ」

痩せた大地に、わずかな水があるばかり。

詳しくはないが、食糧難になるほどの場所だということは、知っている。

「だから、魔族がラステナを狙っているのなら、明け渡してしまえばいい。

 ラステナは、ロアイスという更に肥沃な大地を手にいれればいいのだから」

「…そういうことか」

認めたくない。

だが、それが一番の策に聞こえるから不思議だ。

「そこまで直接的でなくても、ロアイスに逃げ延びるということも考えられるわ。

 捕虜ではないのだから、彼らはそれなりの扱いを要求するでしょうね」

ロアイスの内部に侵食し、最終的に内側から壊していく…か。

どちらの策にしても、ロアイスが今のままではいられなくなる。

「これは、あくまでも私の妄想でしかない。

 死に直面した人間は、突飛な行動もするから、予想しきる自信はないわ」

どうせ死ぬなら…という発想が、思考を狂わせる。

行動の意味も、その先の未来も、全て放棄した結果に生まれる狂気の沙汰。

理詰めでは読みきれないからこそ、恐い。

「これで、逃げられなくなったな」

「私は、あなたを無理に戦場に立たせるつもりはないわ。

 それは、あの場にいた誰もが同じ気持ちでしょう」

「だが、俺が行けば、表向きでもロアイスは助かるんだろう?

 利害が一致しているんだったら、しょうがない」

国には興味ないが、世話になった人間はたくさんいる。

まさに、恩を返すために刃を振るう時なんだろう。

「最終決定は、明日の会議で話してもらえるかしら?

 貴族の会議にあなたを呼びつけ、中庭で話すらしいから」

「ご丁寧なことだ」

ファーナの苦々しい顔と声を見ていれば、誰が首謀者か言われなくても分かる。

先頭で話すイスク卿が、目に浮かぶようだな。

「ちなみに…。ラステナへ行くのであれば、指定された期限は一週間後よ」

「分かった」

残り、一週間か。

それまでに、どれだけのことがやれるか…だな。

まずは、一番大事な一つ目を済ませておくか。

「本題、入ってもいいか?」

「ええ、もちろん」

「一つだけ、頼みがある。

 そのときが来るまで、絶対にアイシスには話さないでくれ」

俺は、このためにファーナの部屋まで押しかけたんだ。

「承りましょう」

ペンを握り、書き取る用意ができたのを確認してから、俺は言葉を選んで話し始めた。

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