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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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15章 決意する少女-1

【ティスト視点】


「試合直後なのに、ごめんなさいね」

「いや、別にかまわないが」

ファーナの後について、王城の廊下を歩く。

ここは…。

俺の記憶が確かなら、ここは、罪人と話すときに使う部屋だ。

壁ごしに相手の顔を見ないで話すための場所。

なんだって、こんなところに?

「………」

俺の問いかけの視線に気づいているだろうに、取り合う気配を見せない。

いったい、何が始まるんだ?

「どうぞ、こちらへ」

促されるままに、開けてもらったドアの中へと入った。



扉を開けると、リースとライナスが並び、その後ろには、師匠たちが控えている。

全員が緊張した面持ちで、壁の向こうを見ていた。

一見するとただの壁だが、小さな穴がいくつか開いていて、声が届くようになっている。

たしか、穴の位置をずらして何層も重ねることで、強度を保っている…だったかな。

この壁はとんでもない分厚さで、レジ師匠が愛用している戦斧でも一撃では貫けない。

クレア師匠にそう教わったのが印象的で、今でも覚えている。

王族と俺の謁見にでも使うのかと思ってたが、俺のほうにリースもライナスもいる。

なら…壁の向こうにいるのは、どこのどいつだ?

「ティスト・レイア、参りました」

恭しく礼をすると、ライナスが無言で頭を下げる。

それだけで、あいつの謝る声が聞こえてくるようだった。

「お待たせいたしました」

「いえ、こちらこそ無理をお願いしてすみません」

ライナスの声に応えるように、奥から聞こえてくる青年の声。

記憶と照合しても、聞き覚えはない。

「初めまして、ティスト・レイア様。

 セイン・ラステナと申します。顔を見せぬ無礼をお許しください」

「………」

口を閉ざして、動揺を飲み込む。

ラステナの王子が、わざわざ俺を呼んだ理由として、思い当たるのは一つだけ。

こいつの元に行く予定だったアイシスを、俺が横取りしたことだ。

まさか、その話をするために…?

「闘技祭の優勝、おめでとうございます。

 騎士団長のヴォルグ殿といい、ロアイスは目を見張るほどの実力者ばかり。

 脆弱な我が国の兵士を思えば、羨ましい限りです」

「…お褒めに預かり、光栄です」

いきなりの褒め言葉…しかも、他国の王子とあっては、どう接すればいいか分からない。

ただ、失礼のないように丁寧に話すのが精一杯だ。

「しかし、気になることが一つあります。

 なぜ、あれほどの実力を持つあなたが、人里から外れて生活しているのです?」

想像していなかった問いかけに、返す言葉が見つからない。

まさか、俺の存在が調べられているとは思っていなかった。

「あなたは、たしかに貴族ではないかもしれない。

 だが、ロアイスから離れて暮らす必要はないでしょう?」

黙っている俺たちに向かって、なおも問いかけは続く。

だけど、誰一人として答えられなかった。

「それで、私への用事というのは?」

都合の良い返しは結局思い浮かばず、無理矢理に先を促す。

さっさと用件を済ませて、休みたかった。

「私は、あなたに幸せの白羽を渡したい。

 我が国で、出来る限りの待遇を約束しますが…いかがでしょうか?」

ずいぶんと、回りくどい勧誘だな。

今までの前置きは、ロアイスの扱いは酷い、私の国ならそうではない…と、そう言いたかったわけだ。

にしても、他国の王子から直接に声をかけてもらい、召抱えられる…か。

流れ者からすれば、夢のような話だろうな。

「………」

リースが不安げな目で俺に問いかける。

まったく、そんな顔する必要はないのに。

「幸せの白羽とは、救いが必要な天涯孤独の者に舞い降りるものと聞きます。

 ですが、私には背中を預けて共に戦うことのできる妹がおります。

 私などにはもったいない、自慢の妹が。

 ですから、私には必要ありません」

今の俺は、十分に幸せだ。

他国にいる連中の救いなんて、必要ない。

「そうですか。ですが、私もこのまま引き下がるわけにはいきません」

これから繰り出される攻撃に備えるように、緊張が高まっていく。

さて、どんな話が飛び出してくるんだ?

「これは、我が国の機密となっていることですが…。

 ガイ・ブラスタが、手勢を連れて、我が国へと攻め入る計画があるそうです。

 それを未然に防ぐために、我々は戦争を起こします」

部屋全体に衝撃が走り、皆が息を飲む。

ついに、きたか。

声には出さないで、心の中でそうぶやく。

驚きよりも、諦めのほうが大きい。

ガイは、ラステナに攻め込むと断言していた。

どうやって、セイン・ラステナがその情報を知りえたのかは知らないが…。

結局は、なるべくしてなった事態だ。

「そこで、同盟国であるロアイスに、助力をお願いに参りました。

 折りよく闘技祭が開かれたおかげで、人目を意識せずに来ることができ、助かりましたよ」

「それで、具体的にはどういう要望なのでしょうか?」

「闘技祭で優勝した、ティスト・レイア殿の力が欲しい」

ライナスの問いに答えたセイン・ラステナの言葉で、ようやく合点がいく。

幸せの白羽に触れていたら、俺の仕事はこれだったわけだ。

「貴方がいれば、魔族には脅威となり、兵の士気はさらに高まる。

 我が軍の勝利も、確実なものになることでしょう」

「買いかぶりすぎです。

 戦いなんて、たった一人の力で、どうにか出来るものではない」

「いいえ、貴方になら出来ます。

 先日も、あの忌々しい暴君を退けたそうではないですか」

俺とガイが接触したことまで、承知しているか。

周りへの警戒などしている余裕がなかったから、監視の目に気づかなかったのも無理はない…が。

「あの惨状を見ていたなら、助けを出していただきたかったものですね」

「申し訳ありません。我が国の兵では、お役に立てないことが分かっていましたから。

 それに、他国の兵がいきなり駆け寄れば、警戒してしまうでしょう?」

声には、微塵も動揺が感じられない。

さすがは、王子といったところか。

のらりくらりと避けられては、会話は進まないな。

「本題に戻りましょう。私に何をさせるつもりですか? 他の兵と一緒に陣を組めと?」

「いえ、そんな無益な事はお願いしません。

 貴方の武勇は、私も聞き及んでいます。

 戦場の最前点として、今度は我が国のために働いて頂きたい」

戦場の最前点…か。

ここで、その忌み名を聞かされるとはな。

「前大戦でも、あなたは見事に魔族を迎撃してみせたでしょう?

 小さな身体で、ほとんど全方位を囲まれても…ね。

 成長したあなたが、こなせぬわけがない」

まるで見てきたような物言いで、畳み掛けてくる。

逃げ道が、丁寧に潰されていく。

まったく、用意周到なことだ。

俺の素性や性格を、どこまで調べたのか知らないが…。

リースが、ライナスが、師匠たちがいるこの場では、俺に選択肢はない。

ロアイスに背くような行為が、できるわけがない。

「そうだ、報酬はどうしましょうか?」

俺が返事をする前から、決まったことのように話を続ける。

このしたたかさは、ライナスに足りないものだな。

「金銭で満足頂けますか?」

「聞くだけ無駄です。どうせ、私が望むものは用意できない」

「聞かせてもらえませんか?

 教えていただけなければ、こちらも誠意を見せる術がない。

 ご要望のものなら、なんなりと揃えてみせましょう。

 例えば、王族の地位でも…ね」

冗談めかした発言に、空気が変質する。

そこまで分かってやっているなら、たいしたものだ。

「死にゆくものには、何をくれてやろうとかまわない…か」

相手に聞こえてもいいくらいの気分で、そうつぶやく。

嘘にしては、ずいぶんと悪質だ。

「少し時間をくださいませんか?」

「ええ。あなたにも、しておくべきことがあるでしょう」

壁越しで助かったな。

顔を見ていたら、耐える自信がない。

「失礼致します」

一礼をして部屋を出る。

やれやれ、魔法の使いすぎで、俺の運も尽きたかな。

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