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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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14章 戦う少女-4

【ティスト視点】


ヴォルグの一方的な勝利で、シングルの決勝も終了。

この閉幕の儀も、後はライナスから宝玉を受け取ってしまえば、終わりだ。

十分に戦ったし、結果も残せた。

満足するべきだろうが、名残惜しい気もするな。

「では、優勝者に褒美を与える。ヴォルグ・ステイン、前へ」

声をかけられたヴォルグは、微動だにしない。

何をやっている?

「どうした? 前へ」

数秒の間をあけ、それでも動かないヴォルグに、もう一度促す。

王家の前で無様を晒すなど、奴らにとっては一番忌むべきことだろうに…なぜだ?

「恐れながら申し上げます。

 今の私には、それを受け取る資格がありません」

「どういうことだ?」

「王家から賜るのは、その者に並ぶもの無しという、無双の証。

 今の私を、誰が認めるでしょうか?」

いつになく饒舌じょうぜつなヴォルグから、身の危険を感じる。

俺の胸中を知ってか知らずか、奴はライナスに頭を下げると、俺へと向き直った。

嫌な予感は、爆発的に膨れ上がる。

…が、今の俺には、どうしようもない。

「ティスト・レイア殿。最強を賭して、貴殿に決闘を申し込む」

上品な言葉遣いで、高らかにそう告げる。

朗々と張り上げた声は、明らかに聴衆へと向いていた。

「見られるのか? 騎士団長とあの兄ちゃんの戦いが…」

「そいつは面白れえ、互いに負け無しなら、どっちが上かは白黒つけねえとな」

つぶやきは、ざわめきへと変わり、消えかけていたはずの熱が舞い戻る。

これだけの味方を得れば、ライナスやリースでも、収拾は困難だろう。

『必ず貴様と戦う、必ずだ』

闘技祭の開幕前に聞かされた言葉を、思い出す。

見事なまでの執念だ、もはや、妄執といってもいい。

手口は気に入らないが、その決して揺るがない心にだけは、感服させられるな。

俺の問題にアイシスを巻き込むのは、気が進まないが…。

ここまで来て、勝手に蚊帳の外にされたら、それも気に入らない話だろう。

アイシスだけに聞こえるように、声を控える。

「アイシス、まだ戦えるか? 戦えるなら、最後の決勝戦だ。

 戦えないなら…」

「私は、お兄ちゃんと一緒に戦います」

最後まで俺に言わせれくれない。

まったく、気の回る妹だ。

決まりだな。

「決闘には、応じられませんが…。

 シングルとダブルの優勝者同士の手合わせならば、受けましょう」

観客まで届いた俺の声が、熱気をあおる風となる。

もう、こうなったら、誰にも止められない。

「………」

ライナスが笑顔を崩さず、見つめていなければ分からないほど小さく、ため息を漏らす。

その横では、リースが不安げな顔で事態を見守っていた。

二人には悪いが、今回は俺の好きにやらせてもらう。



【アイシス視点】



闘技祭で優勝したと思ったら、今度の相手は騎士団長。

昨日の私が聞いても、驚くだろうな。

お兄ちゃんと出会う前の私が聞いたら、絶対に信じない。

「本当に、アイシスが前衛でいいのか?」

「はい、お願いします」

自分でも、無茶なことを言ってるのは分かってる。

だけど、私が後ろにいても、お兄ちゃんの援護なんて満足に出来ない。

だったら、少しでも役に立てるほうがいい。

「…分かった。好きなように動いてくれ。

 俺が、アイシスに合わせる」

「はい」

「では、はじめぃっ!!」

レジ様の大音声により、決勝戦が開始される。

響いているはずの客席の声も、私にまでは届かなくなっていた。

「何の真似だ?」

前に出た私に、怒りで鋭くなった視線が向けられる。

その声は、苛立ちを隠そうともしていない。

間合いに入れば、間違いなく斬られる。

なら、魔法で…。

「水よっ!!」

「邪魔だ」

放った水が、一瞬で炎に飲み込まれる。

そんな!?

「チィッ!!」

私へと迫っていた炎が、突然その動きを止める。

これは、お兄ちゃんの風の魔法?

「甘いわぁっ!!」

耳が痛くなるほどの轟音を上げて、炎が爆発する。

熱風が絡みつき、私の全身を撫で付けた。

「くっ!!」

とっさに横へ飛び、転がって逃げる。

余波だけなのに、炎で炙られたように全身がひりつく。

直撃していたら、今頃は…。

「どけ」

この人の目には、私が映っていない。

この人が見ているのは、お兄ちゃんだけなんだ。

「どきません」

ダガーを鞘から引き抜き、いつものように構える。

騎士団長に勝てないなんて、私が一番よく分かっている。

少しでも疲れさせれば、それでいい。

「ならば、己の未熟を思い知れ」

「…!」

二つの剣が同時に閃き、私のダガーへと叩きつけられる。

その速さに、身の毛がよだつ。

「どけ」

大きな踏み込みからの、強烈な薙ぎ払いが迫る。

狙いは、おそらく私の腰あたり。

ダメだ、私の足じゃ、どうやっても避けられない。

「くぅっ…」

刃を合わせただけの防御に、踏みしめていた足が地面を滑る。

「っ…ふっ…」

何とか吹き飛ばされずに踏みとどまった私を、あの人は見ていなかった。

ただ、お兄ちゃんへと向かって歩いている。

「…ふざけてる」

二人の間に割って入り、もう一度ダガーをかまえる。

見るからに不快そうに、眉間にしわを刻んだ。

「どうやら、血を流さねば分からぬらしいな」

二つの刃が、次々と私に襲い掛かる。

私のダガーがあろうと、おかまいなしの打ち下ろし。

力任せに、私の防御をこじ開けるつもりだ。

「…くっ」

必死にダガーの柄を握り、耐えながら攻撃を目に焼き付ける。

速い。

振り下ろす速度だけなら、お兄ちゃんと同等…もしかしたら、それ以上かもしれない。

だけど、拍子は単調で、太刀筋は直線。

私のことなんて、練習用の的ぐらいにしか思っていない。

なら…。

「…ここだ」

ぶつかる瞬間に手首を返して、迫り来る刃を受け流す。

お兄ちゃんもやっていた、基本的な型。

「くだらん児戯だ」

切っ先が不自然な軌道を描き、あざ笑うように私のダガーをすり抜けた。

まずいっ…。

「くだらない児戯でも、お前の刃を止めるには十分だ」

私と全く同じ型で、お兄ちゃんが私が止め損ねた一撃を受け止めてくれる。

ダガーを支える力強い腕は、相手の剣を抑えても微塵も揺らがない。

「ッ!!」

お兄ちゃんが鋭く息を吐き、刃を擦りあわせて剣を払いのける。

それだけで、驚くほどあっさりと下がった。

これで、仕切り直し…だ。

「怪我はないか?」

「はい、大丈夫です」

痛いところなら、それこそ数え切れないぐらいにある。

だけど、私はまだ十分戦える。

「今までの動きは、悪くない。

 初見でここまで防げるなら、たいしたものだ」

私だけに聞こえるように、お兄ちゃんが声をかけてくれる。

今の私には、十分すぎる癒しの魔法だ。

ダガーを、きつく握り締める。

私の体力が続く限り、少しでも長く戦うんだ。



【ティスト視点】



自分の前に、味方がいる。

そんな、いつもとまるで違う戦いにも、ようやく慣れてきた。

前で戦うアイシスも、おそらく同じだろう。

何の合図もないのに、俺たち二人の動きが噛みあい始める。

共闘がこんなに気分のいいものだとは、知らなかった。

左手に収束させていた風の魔法に、意識を集中させる。

これを今放てば、波状攻撃だ。

『私が危険なとき以外は、手を出さないでください』

アイシスの声を思い出して、攻撃に加わりたい衝動をぐっと堪える。

自分に言い聞かせるのも、もう何度目か分からない。

俺が力を温存できるように、アイシスが前衛を買って出てくれたんだ。

その意志を無駄にするようなことは、絶対にできない。

「…ふう」

深く息をつき、心を静める。

だから、俺は誰よりもこの戦いを…アイシスの成長を楽しむ。

最初は完全に圧倒されていたのに、それが、少しずつ変わりつつある。

対等…とまではいかないが、十分に善戦している。

騎士団長を相手に、一人の少女が戦い続ける。

観客たちは、感情のままに声を張り上げ、その行く末を見守っている。

アイシスがどこまで昇るのか、俺としても見届けたくなった。



「…!? くっ…」

アイシスの反応が、わずかに遅れ始めている。

数分前から、これで三度目。

まだ気力と集中力で誤魔化せる範囲だろうが、長くは続かないだろう。

呼吸も乱れてきているし、そろそろ限界だな。

「アイシス、交代だ」

「はい」

「少しは、役に立てましたか?」

「ああ、十分すぎるほどに…な。

 アイシスの戦いが、どれだけ重要だったのか…。

 俺が勝って、証明してみせる」

感情で戦うのは、決して安定しない。

だけど、そんなことがどうでもよくなるくらいに、高揚していた。

酒を飲んだって、こんなに幸せな気分になれないだろう。

「出来るようなら、水の魔法で援護を頼む。ただし、無理はしなくていいからな」

「はい」

温存していたものが、俺の外へ出ようと込み上げている。

持て余す力を抑えながら、前に出た。



「長い。実に長い茶番だった」

紳士的な演技を帳消しにする、ヴォルグからの剥き出しの殺意。

アイシスを相手にしていたときは、まだしも理性的に見えていたが…。

もう、取り繕う気もないらしい。

「せっかく作った外面が、台無しだな」

「恥も外聞もない。手段も選ばぬ。今の私が望むのは、貴様の敗北よっ!!」

縦横無尽に駆ける剣を見切り、余すことなく受け止める。

取りこぼしこそしないが、全てを防いでいると反撃の隙がない。

「チッ」

「うぉぉぉっ!!」

雄叫びをあげながら、猛攻を繰り出し続ける。

猪突猛進だな、緩急も何もあったもんじゃない。

残りの体力を全て注ぎ込んで、俺を殺すつもりだ。

「………」

凌ぐだけでも、相手の体力が先に尽きるだろうが…。

もし、俺が一撃でも受け損ねたら、勝負の行方は分からない。

現状打破のために、思考をめぐらせる。

魔法は無理だな、発動させる隙がない。

間合いを変えるのもダメだ、寄っても離れても、奴が有利になる。

気は進まないが、受けとめる攻撃を選ぶしかなさそうだ。

「………」

初撃は無視、次は回避、その次も…受け流さないとまずいな。

飛び交う刃に基準をつけて、より分ける。

連撃のためのつなぎや、反応を確かめるための牽制。

浅い攻撃は受けずに、最低限で避ける。

紙一重を自分から狙い、刃に肌を寄せるように距離を詰め、わずかにでも隙があれば突く。

自分の身体に染み込ませた、剣技の勝負。

体格、腕力、不利な要素ならいくらでもある。

だが、アイシスの働きが、その全てを覆してくれた。



互いの刃が加速し続け、二人の間に火花が咲き乱れる。

衣服を貫き、皮膚を削ぎ、肉を裂く。

必殺の一撃を警戒しながら、少しずつ命を削りあう。

「うおぉぉっ!!」

「まだまだぁっ!!」

こちらの攻撃に、まるで怯む様子がない。

おそらく、すさまじい執念が、痛覚を忘れさせているのだろう。

「チィッ」

この戦い、どちらかが戦闘不能になるまで、絶対に終わらないだろう。

勝つためには、奴の意識を刈り取るしかないが…。

そんなことをさせてくれる隙なんて、期待するだけ無駄だ。

「どうしたぁっ!!」

俺の消極さをなじりながら、苛烈に攻めてくる。

失血は少なくないのに、元気なものだ。

「ッ!!」

傷は確実に増えているのに、決め手がない。

このまま持久戦を続けるか? それとも、余力のあるうちに捨て身で飛び込むか?

「!?」

俺が迷っているうちに、いくつもの水球がヴォルグへ向かって降り注ぐ。

アイシスか?

「うっとうしいっ!!」

全てを切り伏せ、俺への攻撃を再開しようと駆ける。

だが、それを阻むように、次々と水の魔法が展開される。

正面からの真っ直ぐな軌道では、まず当たらない。

だが、途切れることなく次々と放たれる水は、足止めには十分だ。

アイシスのくれた数秒で、左手にありったけの魔法を収束させた。

これで、決める。

「風よっ!!」

上から風を叩きつけて動きを鈍らせ、回避を封じる。

奴も魔法の収束を始めているが、もう遅い。

「切り裂けっ!!」

「ふんっ」

風の刃を、相手の両腕めがけて解き放つ。

鮮血を派手に撒き散らし、両腕が赤く染まった。

手応えは十分だ。

「まだだぁぁっ!!」

奴の武器に向けて、ダガーを打ち下ろす。

力の残っていない手から、簡単に双剣が取り落とされた。

「なっ!? くそっ…」

「終わりだ」

拳を固めて殴りかかる奴の一撃を流し、即頭部へと回し蹴りを放つ。

思うようにあがりさえしない腕では、ろくに防御もできやしない。

こめかみへと直撃し、それでも、数秒だけ踏みとどまり、ようやく地面へと倒れた。

「どうやら、勝負あったようじゃな」

「ま…まだ…だ、まだ俺は…」

砕けそうなほどに歯を食いしばり、意識を保っているらしい。

だが、どう見ても、立ちあがれる状態じゃなかった。

「お兄ちゃん」

「アイシスのおかげだ、ありがとう」

本当に、今回はアイシスに助けられた。

俺一人だったら、これほどまでの勝ちはなかっただろう。

「俺たちの勝ちだ」

「はい!」

観客に応えるために、俺たちはダガーを持った手を大きく突き上げる。

大歓声は、飽きることなく、いつまでも続いていた。

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