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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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14章 戦う少女-3

【ティスト視点】


「お前は、どんだけ強いんだよ?」

嬉しそうに笑いながら、男が開始と共に俺へと突っ込んでくる。

どうやら、端で突っ立っていたのが、よほど気になったらしいな。

さっきまでの立ち回りを見れば、無理もない判断だろう。

「ちょうどいい」

間合いに入った瞬間を狙って、踏み出さずに蹴りを放つ。

「あふぁ…」

間抜けな声を出して、その場でぶっ倒れる。

自身と俺の蹴りの速度を全て受け止めたんだ、無理もない。

「!」

地面に横たわった男のすぐ後ろを追走していた奴が、飛び退って腕を振り回す。

? なんだ!?

風を切り裂いて、小さな刃がいくつも飛来する。

なるほど、飛び道具…か。

拳ほどから指先程度まで、大きさは不揃い。

ご丁寧に緩急までつけてある。

「チッ」

ダガーで叩き落すが、残した一つが服を掠める。

一つずつ武器を使って落とすのなら、たしかに脅威だろうな。

「…風よ」

風の魔法を自分の前方へ展開する。

それを盾にして、一気に相手へと肉迫した。

「!」

飛び道具から持ち替えようとして握りの甘い剣を、ダガーで叩き落す。

手応えが…軽い? わざと武器を手放したか?

「はぁっ!!」

拳…か。

身を反らせて、真っ直ぐに伸びてくる腕を回避。

流れるような動作で繰り出される連撃を、ことごとく払いのける。

投擲とうてきから体術まで、幅の広い使い手だな。

だが、逃げようとしないのは、好都合だ。

「やぁぁっ!!」

「ふっ!!」

放たれる蹴りに合わせて、俺も足技を用意する。

狙いは、奴の蹴り足の太もも。

「ぐっ…」

骨が軋む音を聞いて、素早く引き足を取る…が、どうやら間に合わなかったようだな。

まあ、折れていなくても、この戦いでは、使い物にならないだろう。

「………」

脂汗を流しても、瞳に宿る戦意は喪失していない。

「お兄ちゃん!!」

「後ろ…だろう? 大丈夫だ」

最初の一撃で倒れた奴が、ようやく起き上がってきた。

二人を視界に入れられる立ち位置を考え、結局アイシスの隣へと戻る。

こっちは無傷、あっちは重症、上々だな。

「ってえなぁ…。ったくよぉ。

 こんなことなら、素直に女を狙っておくべきだったぜ」

「間違えなくて良かったな」

「あん?」

「もし、間違えていたら…。満足に口も利けなくなってただろうよ」

解放した魔法が、辺りに渦巻く。

全身の血が沸き立ったせいで、自分の声が変質した。

押し隠すことのできない怒りが、切っ先から零れ落ちそうだ。

「…くそがぁっ!!」

「ッ!!」

力任せにならないように力みを抜いて、刃を走らせる。

二人分の太刀筋を、一本のダガーで凌ぐ。

連携は悪くないが、剣速が遅い。

本調子じゃないせいなのか、それとも…。

「………」

俺と戦いつつも、視線が不自然に動く。

どうやら、あれだけ警告したのに、アイシスを狙うつもりらしいな。

馬鹿が。

「ッ!!」

アイシスへと意識を向けた、その空隙に肩当てを削ぎ落とす。

あっさりと刃を通した肩当ては、地面に音を立てて転がった。

「そんなに後悔したいなら、好きにしろ」

相手に聞こえるかどうかの声でつぶやいて、腰を落とす。

そこまで熱心に警告してやる義理もない。

五体不満足になってから、好きなだけ反省しろ。

「わかったよ!! 俺たちの負けだっ!!」

一人が大きく叫んで、自分の武器を投げ出す。

相方もそれにならって、武器を投げると両手をあげた。

「敗北を認めるのだな?」

「ああ、負けだ。やってられっかよ」

「勝者、ティスト・レイア、アイシス・リンダントっ!!」

師匠が高らかに宣言するが、当然、歓声などは起きない。

当然だろうな、まだまだ戦えるはずなのに、一方的な敗北宣言。

見ているほうからすれば、さぞや面白みのない試合だろうな。

ざわざわと落ち着かない話し声だけが、客席で渦巻いている。

どうやら、早めに退散したほうがよさそうだな。

アイシスを連れて、足早にその場を去った。



【アイシス視点】



待ちわびた観客たちが、歓声で試合の開始を急かしている。

残りは、もう一試合だけ。

ロアイス騎士団の二人に勝てば、私たちの優勝だ。

「時間だな。行けるか?」

「十秒だけ待って。万全の状態で行かないとね」

お姉ちゃんに抱きしめられ、立ち昇るほどの治癒の光に全身が包まれる。

わずかにあった違和感が、溶けるように消えていく。

「ティストは大丈夫?」

「ああ、怪我らしい怪我はない。俺の分も、アイシスに使ってくれ」

「うん」

言葉どおり、お兄ちゃんは一撃も許さず、段違いの強さで勝ち進んできた。

最初は言葉もなく見ていた客たちも次第に熱狂し始め、今では、私たちが姿を見せるだけで、声援が上がるほどだ。

それほどすごいものを、あんなに間近でずっと見ていたのだから、私は恵まれている。

「はい、これでよし」

私を包んでいたお姉ちゃんの手が、優しく解かれる。

ため息が出そうなほどに心地よい空間が、ゆっくりと消えていった。

「ありがとうございます」

精一杯に頭を下げて、お姉ちゃんに感謝の気持ちを伝える。

これで、お兄ちゃんと一緒に戦える。

少しでも、お兄ちゃんの役に立つんだ。

「行ってらっしゃい」

『行ってきます』

お兄ちゃんと、声が重なる。

そんなちっぽけなことが、なぜか嬉しかった。



「風よ」

開始の合図と共にお兄ちゃんが放った風の刃が、騎士たちの間を駆け抜ける。

思わず飛びのいた場所へと、間髪いれずに風の壁が生まれた。

これで、相手が得意としていた連携は、使えないはず。

「行くか」

横目では捉え切れないほどの速さで、お兄ちゃんが疾駆する。

「すごい」

その淀みない攻撃は、訓練で見たことがない。

今日のお兄ちゃんを見ていると、その強さを痛感する。

まだ、遠い…だけど、それが嬉しい。

お兄ちゃんは、目標であってほしい。

いつまでも、それを追いかけていたい。

ほんの少しでいいから、今より近くに…。

「油断するなよ」

お兄ちゃんの鋭い声に、我に返る。

私はもう観客じゃないんだ、戦いに見とれてる場合じゃない。

始まる前に言っていたお兄ちゃんの作戦を思い出す。

『二対二に持ち込まれると、分が悪い。だから、開始直後に俺が奴らを分断する』

お兄ちゃんは気負わずに断言し、平然とやってのけた。

なら、私もお兄ちゃんの指示に従わないといけない。

『後は簡単だ。一対一になったら、圧倒しろ』

「はい」

頭の中で聞こえたお兄ちゃんの声に、返事をする。

それだけで、目の前にいる敵以外、何も見えなくなった。

「はぁぁぁっ」

長剣を受け流し、一気に踏み込む。

「…!」

私のダガーを受け止めた相手の体勢は、少しも崩れない。

押し返され、相手の一番力の乗る場所で、長剣が振り下ろされた。

流しきれない…受けないと!

「くっ…」

重い。

痺れた手を助けるために、片手から両手持ちに切り替える。

たしかに、私が戦ってきた中では、一番強いかもしれない。

だけど、私が知っている中で一番じゃない。

私の知っている一番は…。

お姉ちゃんも認める、一番強いのは…。

お兄ちゃんだ。

「ッ!!」

今度は、自分から踏み込む。

簡単には、私の間合いに入ってくれない。

相手にとって有利な距離を保ち、中へと入らないように押し出される。

だから、もっと踏み込む。

後ろのことは、まるで気にならない。

お兄ちゃんが、一対一だと思っていいと言ってくれたから。

だから、私は…前だけを見て、踏み込む。

「くらえっ!!」

下がって避けたら、私の一撃は届かない。

つま先に力をこめて、方向をわずかに修正。

縦の斬撃が、私のすぐ脇を落ちていった。

「やぁっ!!」

ダガーの切っ先が、相手の上着を掠める。

あと少しで、届く。

私でも、届くんだ。

「ふん」

せっかく崩れかけていた体勢が、後退だけで持ち直される。

さすがに、こちらの都合のいいようには攻めさせてくれない。

「終わりにさせてもらう」

相手の手のひらが、紅く輝いていた。

炎の魔法だ。

「なら…」

対抗できるように、水の魔法を手のひらに集める。

たとえ、どんなに強力だとしても…あの炎は、普通の赤だ。

私が見てきた桃炎や黒炎に…色の有る魔法に匹敵するわけじゃない。

なら、私にだって勝機はある。

「やぁぁぁっ!!」

「はぁっ!!」

足を止めずに、互いに魔法を放ち続ける。

ここからは、一撃を入れられる隙の探り合いだ。

「そういえば…」

私の魔法って、どれくらいの力なんだろう?

水を自分の思うように操ることは、ようやくできるようになったけど…。

他の魔法と勝負したことはない。

向かってくる炎と比べても、速さは遅くない。

なら、威力は?

「…試してみたい」

標的を相手から、火球へと切り替える。

ロアイス最高峰と呼ばれる騎士団との、力比べだ。

「行けっ!!」

手のひらを滑るように、水が走る。

相手とのちょうど中間当たりで、衝突。

音を立てて水が消え失せ、失速した炎が地に落ちた。

「…ほう」

「よし」

牽制で連発してくるものなら、私でも無力化できる。

だったら、消耗戦に付き合う必要なんてない。

「…ふぅ」

呼吸を整え、地面を蹴る。

自分でも驚くほどに、身体が軽かった。

「はぁっ!!」

炎の着弾に被せるように、水の魔法を発動させる。

思ったとおり、熱風も衝撃も抑えられた。

私の間合いまで、あと少し。

「遅いっ!!」

長剣が、次々と私へ振り下ろされていく。

何があっても、近寄らせないつもりだ。

「なら…!!」

真っ向からダガーをあわせて、相手の刀身にぶつける。

身体が流れたり、手を痺れさせて取り落とせば、後は一気に攻め込むだけだ。

「なっ!?」

たしかな手応え。

相手の顔には、焦りの色が見えた。

苦し紛れの反撃を避けて、文字通り刃を交える。

さっきより、少し音が鈍い?

「もしかして…」

水の魔法を織り交ぜながら、攻撃の狙いを相手の武器に絞る。

「たぁぁぁっ!!」

魔法では、負けているかもしれない。

剣の腕でも、負けているかもしれない。

だけど、武器なら…絶対に負けはない。

あのロウさんが自信を持って推したものが、負けるわけがない。

「ッ!!」

一撃を重ねるごとに、確信へと変わっていく。

「壊れろッ!」

刀身へと、わずかに亀裂が走る。

あと、もう一撃だ。

「なっ!?」

戸惑いが、剣の軌道を鈍らせている。

横へと切り払ってくる刃に、真上からダガーを叩き付けた。

「はぁっ!!」

刃が折れ、切っ先が地面に刺さる。

わずかに飛び散る破片まで、はっきりと見えた。

「くそっ…」

残った長さは、私のダガーと変わらない。

なら、これは…。

「お兄ちゃんから教わった、私の間合いだ」

「まだだっ!!」

踏み込みの幅と腕の位置で、切っ先の届く範囲が分かる。

お兄ちゃんの攻撃を見慣れている私には、恐さが微塵も感じられない。

余裕を持って相手の攻撃を避け、焦れるのを待つ。

「おぉぉっ!!」

気合と共に繰り出された一撃。

それを型のとおりに受け流して、相手の胸へとダガーを添える。

力をこめれば、心臓にまで届く距離だ。

「武器を放してください」

「このっ…」

私の警告を無視して、剣が振りかぶられる。

このままダガーを…でも…。

ギィィンッ

耳に痛いほどの金属音が響く。

迫っていた刃は根本から消え、見慣れたダガーが私の目の前にあった。

「それが、自慢の騎士道か?

 だったら、次は剣じゃなく、その腕を切り落としてやる」

お兄ちゃんの声に、相手が飲まれる。

残っていた戦意を吸い取り、手のひらから柄が滑り落ちる。

地面にぶつかる渇いた音が、決着を告げた。

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