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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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02章 戸惑う少女-2

【ティスト視点】


夕焼けに染められていた街が、夜の闇に包まれて、その顔を変えていく。

街の賑わいが夜へと移り変わる中、相変わらずの人混みに抵抗を感じながら、大通りの端を歩いた。

目指すのは、この大通りに面した最も大きな飲食店。

ユイの実家でもある、ライズ&セットだ。



軽快なカウベルが、店内に俺の来店を注げる。

「いらっしゃいませー」

満席状態の雑談の中でも通る声が、俺を歓迎してくれた。

「あら、ティストちゃん、いらっしゃい」

ユイによく似た魅力的な笑顔と、艶やかな栗色の髪。

こうもそっくりだと、親子だなとつくづく思う。

「呼び捨てでいいですよ、シアさん」

「ティストちゃんがお母さんって呼んでくれたら、考えてもいいわ」

悪戯っぽく笑うシアさんは、とても俺と同じくらいの子供がいるような年には見えない。

その若々しさは、ロアイスでも評判らしく、未だにユイと一緒に看板娘と呼ばれているらしい。

「ユイは? 一緒じゃないの?」

「ちょっと用事があって、ここで待ち合わせです」

「なら、いつもの席に座っててね」

「すみません、お願いがあるんですけど…。

 ユイの他にもう一席、用意してもらえませんか?」

「あら、お客様?」

「ええ、そんなところです」

「いいわ、任せておいて」

笑顔で請け負うと、シルバートレイを片手に客席の間をすり抜けていく。

これほどの混雑なのに、まるでそれを感じさせない自然な歩み。

真似しようと思ったからって、そう簡単に出来るような技じゃない。

しかたなく周りに気をつけてゆっくりと、出来上がりつつある酔っぱらいの間を歩いた。




運ばれてきた料理を前に、胃袋が鳴きだすのを黙殺する。

腹は減っているが、先に手をつける気にはなれなかった。

水を飲んでごまかし、自分で水差しから注ぐ。

そろそろ、水差しの中身が空になりそうだな。

「ただいまーっ!!」

店に足を踏み入れると、客の間から『おかえりなさい』の声が、次々に上がる。

それに笑顔で答え、ユイはまっすぐにこちらへと歩いてきた。

さすがは、看板娘…だな。

「ごめんね、お待たせ」

「いや、ありがとうな」

謝るユイの手には、ふくらんだ袋がぶらさがっていた。

どうやら、色々と買い回ってくれたらしい。

「…? アイシス、どうかしたのか?」

さっきから、チラチラと服の端が見えるが、ユイの後ろに隠れて前に出ようとしない。

いったい、何をしてるんだ?

「着替えてきたんだけど…アイシスちゃん、恥ずかしいんだって」

「だからって、ずっとユイの後ろに隠れているわけにいかないだろ?」

そこまで恥ずかしいなら、最初から拒否すればいいのに。

まあ、ユイは微妙な押し引きがうまくて、なんとなく断りにくいからな。

「ほら、アイシスちゃん」

ユイがすっと横によけると、昼間とは一転した服でアイシスが俯いていた。

よほど恥ずかしいのか、頬を紅くしたままで顔をあげようとしない。

「おかしく…ありませんか?」

ちょっと長めの袖の白いシャツに、藍色のジャケットと膝上までしかないスカート。

小柄なアイシスにとてもよく似合っていたが、たしかに、あそこまで短いスカートだと、恥ずかしいのかもな。

「こういうときの褒め言葉は、よく知らないが…。

 俺から見れば、よく似合ってるよ」

「…ありがとうございます」

気恥ずかしそうに目を伏せるアイシスは、その仕草が着替える前よりも女の子らしい気がする。

ユイの影響か、それとも、着替えた服のおかげか、ほんの少しだけ、アイシスが持つ棘が弱まったように見えた。

「ほら、座って」

ユイが慣れた手つきで料理を取り分ける。

グラスにワインを注いで、晩御飯が始まった。



取り分けられた料理に戸惑いながら、アイシスがゆっくり手を伸ばす。

口へと運び、ようやく人心地ついたのか、肩から力が抜けたみたいだ。

その表情には、疲労の色が強く滲んでいる。

人混みでの買い物ってのは、それだけでも大変だからな。

「疲れたか?」

「はい、少し」

「もう少し頑張ってくれ。

 終わったら、あの道を歩いて帰ることになるからな」

「べつに、泊まっていってもいいのに」

そう言ってくれるのは嬉しいが、その好意に甘えすぎるのもよくない。

きっと、ユイたちカルナス一家は、際限なく甘やかしてくれるだろうから。

「あの…」

「ん?」

「昨日…ティストさんは、どうやって私を運んだんですか?」

両手で横抱きにして…なんて、女を相手に言わないほうがいいんだろうが…。

だが、嘘をついて信用を無くすよりは、いくらかマシだろう。

「俺が、抱きかかえて運んだ」

「…あの距離を?」

「ああ、休みながらだけどな」

「………」

戸惑いの眼差しで見ているだけで、それ以上は追求しようとしない。

なら、話題を変えたほうが良さそうだな。

「ところで、ティストさん…って呼び方は、どうにかならないか?」

年下の知り合いなんていなかったから、さん付けなんてされても、不思議な気分になるだけだ。

どうにも、俺には不釣合いな気がする。

「…なら、なんて呼べばいいですか?」

「呼び捨てでいい」

「呼び捨て…ですか?」

気が引けるという感じで、アイシスが俺に問い返す。

でも、妙案は浮かばないし、目上を意識させるような呼び名は、堅苦しくて好きじゃない。

周りに強制した呼び方で悦に浸る連中は、愚かにしか見えなかったしな。

「なら、『先生』って、どうかな?」

「せんせい…ですか?」

「うん、これから色んなことを教えてもらう先生だから。

 ティストだって、『師匠』って呼んでたし、呼び捨てにしたことはないでしょ?」

「…そうだな」

言われてみれば、師匠たちを呼び捨てにするなんて、考えたこともない。

あれは、強制されたことじゃなくて、けじめみたいなものだった。

「ほら、アイシスちゃん、呼んでみて」

「…よろしくお願いします、先生」

たしかめるように、アイシスが小さな声でそう告げる。

その響きが、なんだかくすぐったい。

「ああ、よろしくな。アイシス」




「…ん。…んぅ、すぅ…」

ほとんど料理のなくなったテーブルに身体を預けて、アイシスが目を閉じる。

さっきから無理して俺たちにペースを合わせてたみたいだし、もう限界だろうな。

「寝ちゃったね」

ユイが奥から持ってきた毛布を、そっとアイシスにかける。

その暖かさに、心地良さそうに目を細めているように見えた。

あどけない寝顔。

本当に、こうして見ると子供だな。

「安心して眠れる場所ぐらいは、用意できるといいが…な」

アイシスの性格なら、『ここにいさせてください』なんて、自分からは言えないだろう。

だから、『ここにいてもいい』と思えるような居場所を作ってやるのが、一番なはずだ。

誰かに頼って、迷惑をかけ続け、疎まれながら生きるなんて、耐えられない。

誰かの邪魔になるぐらいなら、一人でいい。

それで、生きられないなら…。

「ねえ、ティスト」

「ん?」

「ティストも、ここで一緒に暮らそうよ。

 アイシスちゃんが来たこの機会に、二人一緒に…ね?」

以前から、何度もユイが提案してくれた、とても魅力的な話。

時間を持て余し、怠惰な生活を送っている俺には、とてもありがたいことだ。

だけど…俺は、受け入れられずにいた。

「せっかくの誘いなんだけど…な」

理由はたくさんある…小さなものから大きなもの、言えないもの、言いたくないもの。

だから、俺はいつも何かしらの理由をつけて話を濁してしまっていた。

「俺は、ロアイスに住むことはできない」

「それは、ティストがそう決めちゃってるだけでしょ?

 絶対にそんなことないんだから」

そう断言してくれるのは嬉しいが、素直にうなずけない。

いや、うなずいたらいけないんだ。

「それに、ライズ&セットに貢献できるほどの技量もないからな。

 料理にかかる時間、味、盛り付けの見栄え、どれをとってもユイには敵わないだろ?」

「そんなの関係ないよ。

 だって、あたしも下ごしらえは手伝うけど、お店に料理は出してないし」

「そうなのか?」

「お店に出すときは、お母さんの味にあわせるんだけど…。

 店の味に合わせると、あたしの味付けとか、焼き加減の感覚が、変わっちゃうから」

たしかに、今日食べたのはライズ&セットの味付けで、いつもユイが作ってくれるのとは微妙に違う。

美味しいには美味しいのだが、ところどころに違和感や物足りなさを感じていた。

「俺は、ユイの味付けのほうが好きだな。

 慣れ親しんでる…っていうか、俺にとっては、あっちのほうが安心する」

料理ができるようになったころから、ほとんど俺の食事を用意してくれた。

俺を育ててくれた味といってもいい。

「ありがとね。

 あたしの料理は、そうやってティストが喜んでくれるから、作れる物なの。

 お母さんの味を真似すると、今のこの味に戻れなくなるかもしれないし…」

 せっかく覚えてきたこの味は、絶対に消したくないの」

美味いわけだ。

他の誰かが作った料理で、満足できるはずがない。

これほど思いを込めて作ってくれていたなんて、あれだけ長く食べていたのに知らなかった。

いつもそうだ、ユイには、感謝してもしきれない。

そのうち、お礼をしないとな。



それからワインが3本空き、ユイにも少しずつ酔いが見えてくる。

最後の客がいなくなったのが数分前で、今は俺たちしかいない。

後片付けに忙しいのか、さっきまでいたシアさんの姿も見えなかった。

「………」

酔うと少し饒舌になるユイが黙っているときは、何か聞いて欲しいことがあるときが多い。

ユイが、どうやって話を切り出したらいいか、考えていることがほとんどだ。

「どうしたんだ?」

「ん…。

 ティストにこの家に住まないかって言ってもらえるアイシスちゃんが…。

 ちょっと、羨ましかったかな…って」

酔って朱に染まったユイの頬に、より赤みが増した気がした。

潤んだ瞳と熱っぽい表情に、なんだかこっちまで熱くなってくる。

「同じ言葉…ユイに言っても、困らせるだけじゃないのか?」

「…そんなこと、ないよ」

小さく呟いたユイが上目遣いに俺のことを見る。

ふぅっと息をつくと、俺はゆっくり椅子から立ち上がった。

「酔いすぎたな」

「………」

立ち上がった俺の顔を、ユイが熱っぽい視線で見続ける。

ただ、それにどう答えるべきなのか、俺には分からない。

「そろそろ帰るよ…いくらだ?」

ふぅっと気が抜けたようにため息をついた後、ユイがムッとした表情になった。

「だーかーらー、毎回言ってるでしょ!! お代なんていらないって」

「客商売なんだから、金はきっちりしないとまずいだろ」

「でもー」

「俺だって、ラインさんとシアさんに嫌われたら困るしな」

「そんなことじゃ、お父さんもお母さんも怒ったりしないよ?」

「それでも、だ。金は受け取っておいてくれ」

「もー」

納得いかない顔のユイに、無理矢理に硬貨を手渡す。

「少ないけど、好きなものでも買ってくれ」

「そんなことより、ティストがもっとお店に来てくれるほうがいいな」

「また来るから…な」

「…うん」

机に突っ伏して気持ち良さそうに寝息を立てるアイシスを見ると、起こすのも可哀想になる。

「しょうがない」

荷物を手早くまとめて、昨日のように寝ているアイシスを横抱きにする。

ん…と小さな声が耳元で聞こえた後、また寝息へと戻った。

「気をつけて…ね」

「ああ、またな」

ライズを出るともう辺りの灯りは消えていて、時間の遅さを語っている。

寝静まった街を抜け、月明かりを頼りに夜道を歩き出した。




聞こえるのは、虫の声と自分の足音だけ。

そこに、草原を撫でる冷たい風の音が割り込んでくる。

いつもなら、夜風にあたって心地よかった酔いが急激に醒めていく時。

一人で歩くこの時間は、楽しかった時の終わりで、長い長い一人に戻るための時間。

だけど、今日は違う。

俺の腕の中には、人に不慣れな同居人がいて、夜風とは正反対のあたたかい存在感が伝わってくる。

「…くぅ」

「昨日と同じ…いや、昨日よりはマシ…か?」

アイシスは、張り詰めすぎていたのかもしれない。

辛い環境と辛い毎日に耐え続け、最後は、辛すぎた現実が襲ってきた。

全てをこの小さな体一つだけで、他の誰も頼らずに頑張ってきたんだから。

あまり飲めもしない酒を飲むことで、抑えていた疲れが開放されたんだろう。

「…くぅ」

アイシスは、俺にしか聞こえないぐらいの寝息をたてて、眠っている。

少しは、頼りにされてるってことかな。

「まあ、こんな日も…悪くない」

聞こえてくる小さな寝息を聞きながら、のんびりと家路を辿った。

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