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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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14章 戦う少女-1

【ティスト視点】


闘技場の前に張り出された対戦表の中から、自分と標的の名前を探す。

こうも数が多いと、巡り会わせが気がかりだ。

「お…」

思わず声が出る。

上手く行けば、三回戦で当たるな。

目的が優勝じゃないだけに、こればっかりは運任せだったが…。

幸運の女神も、アイシスに微笑んだ…か。

後は、奴らが勝ち残ればいい。

「何がおかしい?」

尖った声に振り返れば、騎士団長様が眉間にしわを刻んでいた。

やれやれ、面倒な奴に会ったな。

「答えろ、何がおかしい?」

「べつに、俺の都合だ」

不快感を増長させた奴から、殺気がにじみ出す。

以前に師匠に止められたのに、時と場所を選ぶつもりなんて、まったくないらしい。

「なぜ、ダブルなのだ? 決着をつけるために、私は貴様に…」

「招待状をくれたことは感謝しているが、思惑を押し付けるな。

 お前の都合に、俺が付き合う理由はない」

そう、優先するべきは、他人よりも身内の都合だ。

アイシスの目的が果たせるなら、他はどうでもいい。

「必ず貴様と戦う、必ずだ」

呪うように捨て台詞を吐いて、奴が踵を返す。

まったく、あれほど自己本位に動ければ、さぞや幸せだろうな。

奴がいなくなって、集まっていた注目が剥がれていく。

だが、いつまでたっても、見られている感覚が無くならない。

一人だけ残っている…どこの誰だ?

「…?」

対戦表を見るふりをして、視線の主を探す。

雑踏の中で、見知った顔が笑っていた。

「クレア師匠!」

「普段でも、きちんと周囲へ感覚を向けていますね。

 教えを守っているようで、安心しました」

こうして面と向かって褒められると、なんだか照れくさいな。

師匠たちから叩き込んでもらった技は、すでに日常に溶け込んでいる。

いつも役に立ち、俺自身の身を守ってくれる。

「師匠は、どうしてここに?」

「ライナス様から、闘技祭を見て回る許可をいただきましたので…。

 弟子の成長を楽しみに来ました」

「期待に答えられるように、努力します」

また、負けられない理由が一つ増えたな。

俺に全てを教えてくれた師匠たちの前で、無様な真似はできない。

「レジ師匠は? 一緒ではないのですか?」

「闘技祭は男の仕事ですから、今頃、忙殺されているはずですよ。

 そちらも、アイシスとユイの姿が見えませんが?」

「大通りで、出店を満喫してるはずです」

闘技祭の期間だけ、その集客を目当てに露店が出来上がる。

二人とも目を輝かせていたから、そろそろ財布と相談している頃かもしれない。

少しは、アイシスも金を使ったほうがいいだろう。

もう少し、何でもいいから娯楽に興味を持ってくれればいいが…。

なんて、人のことを言えた義理じゃないな。

「なら、少し歩きませんか?」

「はい」

人の流れに歩調を合わせて、にぎわう大通りをゆっくりと歩き始めた。



隣にいる師匠を横目に見て、思い悩む。

話しかけるべきか、それとも、師匠の言葉を待った方がいいのか。

昔はどうしていたのか、記憶を手繰っても答えは出ない。

あの頃の俺は、本当に考え無しだったらしい。

「緊張していますか?」

「はい、少し」

俺の返事が嬉しいのか、師匠の口元が緩む。

いつもの師匠の笑い方だ。

そういえば、クレア師匠が声を出して笑ったところなんて、見た覚えがないな。

「実は、私もです」

「え?」

「あなたとは、ゆっくり話をしたいと思っていました。

 聞きたいことも、伝えたいこともたくさんあったはずなのに、言葉が浮かばないのです」

師匠の気持ちが、よく分かる。

せっかくだからと話を選びすぎると、結局何も話せなくなってしまうから。

「長生きはするものですね。

 闘技祭に出場するあなたを見られる日が来るなんて、思ってもいませんでした」

優しい目をして、クレア師匠が笑う。

昔、何度も見たその表情の意味が、今なら分かる気がする。

きっと、あれが弟子の成長を喜ぶ顔なんだろう。

「恥をかかないように、力を尽くします」

「意気込むのは結構なことですが、細心の注意を払いなさい。

 昔から、あなたは怪我が絶えませんが、ここ最近の酷さは目に付きます」

「…はい」

返す声が、どうしても小さくなってしまう。

ここ最近は、ユイの世話になることも多いし、たしかに、少し軽率かもしれないな。

にしても、師匠の説教を聞いたのは、久しぶりだ。

昔は、言われたことをそのまま受け止めて、直すだけだった。

今は、言葉の裏にある師匠の優しさを感じ取れるようになったのだから、俺も少しは変わったのかもしれない。

「それにしても、残念ですね。

 もう少し早く知っていれば、私もレジと組んで出場していたのですが…」

「師匠たちが…ですか?」

「ええ。そうすれば、あなたの成長をこの手で確かめることができたのに…」

悲しそうにつぶやいたその言葉に、胸が熱くなる。

俺だって、師匠に成長したところを存分に見てほしい。

強くなったことを、認めてほしい。

だけど、師匠と刃を交えることができないのなら、せめて…。

「こんなことで師匠に満足いただけるか分かりませんが、闘技祭で優勝してみせます」

それが、今の俺に出来る精一杯だ。

武門のため、流派のため、己のため、出場者は『我こそが最強』という看板を背負ってくるだろう。

そいつらを全員残らず、打ち倒してみせる。

「慢心で言っているわけではありませんね?」

「油断も過信もありません」

ただ、優勝に向けて全力を出すことを、師匠に誓うだけだ。

俺の真剣な瞳を覗き込んで、師匠が柔らかく微笑んだ。

「なら、あなたたちが優勝したら、何か商品をあげましょう。

 喜ぶようなものは用意できないかもしれませんが、わがままの一つくらいなら聞きますよ」

「…ありがとうございます」

昔の俺なら、きっと、必死になって『いらない』と言っていただろう。

数え切れないほどの物をくれた師匠に、これ以上もらうなんて、申し訳ないから。

でも、遠慮すればいいわけじゃないことを、アイシスを見ているうちに学んだ。

してもらうことを拒否するよりも、してもらった分だけ返せばいい。

その方が、互いに気持ちよくいられるから。

「出場させるべきではなかったと貴族たちを後悔させるぐらいに、徹底的に勝ちなさい」

「はい」

今日は、絶対に負けられない。

命を賭けない戦いでこんな風に思うのは、初めてかもしれないな。



【アイシス視点】


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

笑顔のお姉ちゃんに見送られて、お兄ちゃんと一緒に闘技場の中へと踏み出す。

私たちが姿を見せると、次々に歓声が巻き起こった。

その騒々しさに、足が止まりそうになる。

「行くぞ」

私の手を包み込んでくれるその手は、大きくて、あたたかくて。

それを伝って、ゆるやかに熱が私の中に流れ込んでくる。

それは、胸の奥で血と混じり、全身に広がっていく。

お姉ちゃんの癒やしの魔法に似てるけど、ちょっとだけ違う。

私だけに特別な、お兄ちゃんしか使えない魔法。

きっと、これが万全の状態なんだ。

足りないものなんて何もない。

今までのどんなときよりも、今日の私のほうが強い。

客席には、人が肩を寄せ合い窮屈そうに詰め込まれている。

雄叫びのような大歓声、熱気をまとった視線、怒号のような野次。

今までだったら、きっと押しつぶされていた。

私が平気でいられるのは、全部お兄ちゃんのおかげだ。

お兄ちゃんに手を引かれ、中央を目指して歩く。

子供扱いのようで、少し恥ずかしいけれど…それ以上に、嬉しかった。



ちょうど中央の辺りで、二人の男と向かい合う。

その横には、試合を取り仕切るためにレジ様が控えていた。

「貴様等の目に余る無礼の数々、決して許されるものではない」

「王家に代わり、我々が粛正を加えてやる」

初めて顔をあわせたはずの二人が、鼻息荒くそう言い放つ。

気取った格好や傲慢な言葉遣いから、昨日の晩餐会にいた貴族みたい。

私たちの誓いが、よっぽど気に入らなかったらしい。

「どうする? 手伝うか?」

「いえ、私一人でやらせてください」

お兄ちゃんの手を借りれば、どんな相手にだって勝てると思う。

あいつらだって、お兄ちゃんは簡単に倒してしまっていた。

でも、今回もお兄ちゃんに頼ることはできない。

私は、自分で決着をつけに来たんだから。

そのためには…。

「身の程というものを教えてやる」

「せいぜい、出場したことを後悔するんだな」

この人たちを練習台にして、少しでも二対一の実戦に慣れておくしかない。

あいつらに当たるまでの二回戦。

それが、訓練の最後の仕上げだ。

「じゃあ、約束どおり大人しくしてるからな」

小さく肩を叩かれ、お兄ちゃんが相手へと背を向けて歩き出す。

目の前の二人の怒りは、もう頂点に達しそうだ。

「どこへ行く!? 何のつもりだ!?」

「あなたたたちの相手は、私です」

「どこまでも愚弄しおってっ!!」

「いいだろう、ならば、後悔させてやるっ!!」

怒声に心の中で耳を塞ぎ、その言葉を流す。

ダガーの柄に手を当てていれば、心は揺れなかった。

「では、準備は良いな? はじめぃっ!!」

弾かれるように、全力で飛び出す。

初めの一手は、もう心に決めていた。



【ティスト視点】



緊張などないように、開始の合図と共にアイシスが駆け出す。

距離を詰められた方は、慌てて大剣を振り上げた。

「遅すぎるな」

俺のつぶやきが終わる前に、鞘に収めたままのアイシスのダガーが、相手の指を叩き潰す。

握力を失い、立派な剣が音を立てて地面へと落ちた。

「ぐあぁぁぁぁっ」

当の本人が悲鳴を上げたのが、一番最後。

何が起きたのか、まだ理解できていないらしい。

「奇襲とは卑怯なっ!」

見当はずれな言葉を叫ぶ男の顔は、怒りに燃えていた。

だが、感情に行動が追いついていないのか、ろくに周りが見えていない。

踏み出そうとした奴の背中を、水の弾丸が後押しする。

アイシスが密かに放った魔法が、気づかれずに背後まで回っていたおかげだ。

「なっ!?」

「やぁぁぁっ!!」

前のめりになる男のあごを、アイシスのつま先が捉える。

体格差を埋めて、腕力不足も解消できる見事な一撃に、男が昏倒した。

「あ、がっ、あ…」

倒れたきり、男は身動きもできない。

それを横目に確認し、指を必死に抑えている男へとアイシスが歩み寄る。

「続けますか?」

「負けだっ!!! 俺たちの負けだぁあーーーーーーっ!!」

開始からたった数秒で、高らかな敗北宣言。

これだけ完璧な試合も、そうはないだろうな。

アイシスが二人に背を向け、こちらへと歩いてくる。

そこで、ようやく大歓声が巻き起こった。

客席が、口を揃えてアイシスの存在に驚き、褒め称える。

妹に注ぐ、賞賛の嵐。

聞いている兄としても、悪くない気分だ。

「…どうでしたか?」

自信なさげに、アイシスが上目遣いに俺を見る。

まったく、どこまでも謙虚だな。

「満点の出来だ。文句をつけろというほうが、無理なぐらいにな」

傍に来たアイシスの頭を、思い切り撫でてやる。

俺の出番は、当分なさそうだな。

優秀な妹のおかげなら、それもしょうがない…か。

残り二試合、特等席で見守ることにしよう。



長い待ち時間を潰して、ようやく出番で呼び出される。

連戦も体力的には厳しいが、時間が空きすぎるのも辛いな。

これじゃあ、身体は疲れるし、集中力が途切れる一方だ。

向かい合う奴らが着ている服は、クリアデルのもの。

まったく、下卑た笑いが、あそこの取り柄なんじゃないだろうな。

男たちを観察し、その力量を予想する。

一回戦の奴らよりは、まだ鍛えているな。

余裕綽々のあの態度からするに、実戦経験は豊富らしい。

だが、その程度だ。

今のアイシスの敵じゃないだろう。

「ちょっとぐらい戦えたからって、いい気になるなよ」

「ばーか、いい気になってくれたほうが助かるだろ。

 なんたってアイシスだ、俺たちを勝たせるために居てくれた奴だぜ」

好き放題に、ほざいてやがるな。

さっきのアイシスを見て、過去との違いが分からないようじゃ、やはり話にならない。

せいぜい、叩きのめされるんだな。



「では、はじめぃ!!」

雄叫びを上げた二人が走り出し、交互に仕掛けてくる。

アイシスの先制を封じたつもりか。

つたない連携だが、反撃されるほどの隙は生まれにくいな。

「ッ!」

懸命に距離を稼ぐが、二人を相手にすれば、逃げる方向は制限される。

回り込まれないためには、絶えず奴らの倍は動かなければならない。

こうなってしまうと、立て直すのも難しい。

「………」

それに、気がかりなのは、それだけじゃない。

さっきより、幾分アイシスの動きが鈍く見える。

苦し紛れに攻撃をしないことは評価できるが…。

どう切り抜けるつもりだ?

「………」

拳を固く握りこむ。

周囲に気取られないように、魔法を収束させていった。



始めてから、もうかなりの時間が経つ。

まだ連中はアイシスを追いかけまわしていた。

その表情は、二人とも険しい。

なるほど、攻め疲れを待った…か。

古典的な作戦だが、アイシスのような立場なら不自然にも見えない。

むしろ、やりやすいだろうな。

最小限の動きと呼ぶにはまだ粗さが残るが、疲労の差は明らかだ。

「くっそ…」

手の甲で、流れる汗を拭う。

その致命的な隙に、アイシスが牙を剥いた。

「はあぁぁぁっ!!」

力の弛んだ武器を右のダガーで押しのけ、胸板を左拳で叩く。

突進力を逃がしていない、いい攻撃だ。

しかも、ここまで密着すれば、もう一人も援護はできない。

「やっ!」

アイシスが、相手の足首を全力で踏みつける。

足を踏むだけなら効果は薄いが…足首であれば、話が変わる。

さっきまでの動きを見るに、あれは、軸足として使ってたほうだ。

分かってやっているなら、大したものだな。

足首にさらに一撃を加え、相手へと身体を押し当てる。

? いったい何を?

「やぁぁぁっ!!」

痛めつけた足のほうへと、相手の身体を押しあげる。

痛みでふんばりが聞かない男は、たいした抵抗もできずに転がった。

その上をアイシスが駆け抜ける。

「うまいな」

思わず、声が出てしまう。

不用意にあの体勢から離れたら、待機していたもう一人から狙い撃ちだったが…。

今の打開は、見事だ。

「続けますか?」

「当たり前だぁぁぁっ!!!」

この期に及んで大振りとは…血迷ったな。

アイシスの挑発が、見事に決まったようだ。

「ッ!!」

左への横飛びで避け、体重を乗せた斬りつけ。

相手の胸当てに、大きな亀裂を刻みつけた。

着込んでいるから刃は届いていないだろうが、衝撃で押しつぶされているはずだ。

呼吸も満足にできないだろう。

ぐらりと男の身体が傾く。

仲良く二人とも地面に転がったところで、客が歓喜の叫びを上げた。

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