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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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13章 兄を慕(した)う少女-4

【ティスト視点】


城の中庭で、歓談している連中から離れ、人の輪の外へと逃げ出す。

この居心地の悪さも、久しぶりだな。

無遠慮な視線と陰口は、あの頃よりも悪化している気がする。

まあ、貴族だらけのこの席に俺みたいなのがいれば、当然…か。

アイシスとユイがくるまでの我慢…そう思っていなければ、帰りたくなる。

俺がここにいるのは、場違いだ。

「…!」

風が、頬を撫でる。

親しんだ感覚に懐かしさを感じて、俺は周囲を見回した。

「………」

遠く、人だかりの向こうにライナスの姿。

その後ろに控えているリースと、視線がぶつかった。

わずかな反応の後に、あいつがゆっくりと微笑む。

誰に見られても問題のない、上品な笑み。

それが俺に向けられていることが、嬉しかった。

「変わらないな」

周りに人がいるときは、こうやって風の魔法で俺を振り向かせる。

勉強のときでも、訓練のときでも、食事のときでも。

あのときのあいつは、自分が暇だと感じれば、俺に魔法で語りかけてきた。

「応える…か」

傷一つつけないように、威力を最小限に抑えて発動させる。

リースの髪が風に揺らされて、ふわりと広がった。

遠いから、表情がはっきりと分からないが…。

目を細めているように見えた。

「………」

今度は、俺の周りに小さく風が渦巻く。

じゃれつくような、気持ちのよい風。

それに応えるように、包み込むような風を返してやる。

遠い。

月日が経つごとに、あいつとの距離は開いていく。

今では、声も届かないだろう。

でも、変わらない。

どんなに取り繕っても、本質なんて変わりようがない。

あいつは、笑顔が似合っていて、元気で。

俺は、あいつのわがままに振り回される。

それは、たぶん、これからも変えようがない。

誰にも気づかれないように、風で交わす会話。

目と目すら会わせない。

だが、確実に相手のことしか考えていない。

俺とリースにしかできない歓談は、あいつが人波に飲まれるまで続いた。



【アイシス視点】



はきなれない靴のせいで、城の廊下でさえ歩きにくい。

普段とはまるで違う肌触りが、なんだかくすぐったい。

着心地はいいはずなのに、いつもの服の方がずっと落ち着く。

髪もお姉ちゃんに結ってもらったし、もう、ほとんど別人だ。

「あの…本当に、変じゃないですか?」

「大丈夫、とっても似合ってるよ。

 せっかくの晩餐会なんだから、それぐらい着飾らないとね」

中庭に出ると、街の雑踏とは異質な人混みに、足が止まる。

ところどころにテーブルが置かれ、料理がずらりと並んでいる。

その間を縫うようにして、着飾った人たちが優雅な足取りで歩き、上品に笑いあっていた。

もう、始まってるみたいだ。

「お兄ちゃんは…えっと…」

「あ、あそこにいるね」

お姉ちゃんの視線の先を追いかけると、お兄ちゃんが一人で立っている。

こんなに絶え間なく人が動く場所で、そんなにすぐに見つかるなんて…。

「待ち合わせ場所とか、決めてたんですか?」

「ううん、なんにも。行こっ?」

平然と応えて、お姉ちゃんが歩き出す。

私より早く見つけられたのは、お姉ちゃんが、誰よりもお兄ちゃんのことを知っているから。

敵わないのは分かっている。

だけど、なんだか少しだけ悔しかった。



お姉ちゃんのメイド服の後ろに隠れて、お兄ちゃんに近づく。

せめて、お兄ちゃんに見られる前に、もう一度くらい鏡で自分の格好を確認したい。

大丈夫…かな? どこか、変になってないかな?

普段なら、こんなに気にならないのに…服を変えたせい?

ううん、違う。

前にも服を買ってもらったけど、あの時とは全然違う。

女らしくて似合わない服を笑われるなら、見られたくないと思っていた。

それに、スカートで今までより肌を見せるのが恥ずかしかった。

だけど、今は…。

「ほら」

「あ…」

あのときと同じように、お姉ちゃんが横へと動く。

お兄ちゃんの瞳が、私の全てを映しだしていた。

「どう…ですか?」

少しの間をあけて、お兄ちゃんが優しく微笑む。

「さすがは、俺の妹だな」

私の心に直接届く、最高の褒め言葉。

きっと、たくさんの意味が込められていて、それを考えるだけで幸せになれる。

この服を選んで良かった。

心からそう思える。

「ティストも、着飾っても良かったのに」

「俺はいい。ユイのお手製で十分すぎるよ」

「そう言ってくれるのは、嬉しいけどさ…」

大事そうに上着を撫でるお兄ちゃんを見たら、何も言えなくなってもしょうがないと思う。

自分が作ったものを、そこまで大事にしてくれるのは、言い表せないくらいに嬉しいだろうから。

「俺よりも、ユイはいいのか?」

「あたしは、闘技祭に参加しないし、この格好じゃないとね」

「ごめんな」

「謝ることなんてないの。二人がいなかったら、あたしも参加してないから」

私たちだけに聞こえるようにささやいて、屈託なく笑う。

本当に、この人は、お兄ちゃんだけの味方なんだ。

「あ、そういえば、ファーナちゃんから二人に伝言があるの。

 明日の参加者は、ライナス様とリース様の前で、誓いを立てる慣習があるから。

 言葉を考えておくように…って」

「それ、私たちもやるんですか?」

「…だろうな」

こんなに大勢の人の前で…。

「周りの視線なんて、気にすることはない。どうせ俺たちは珍獣扱いだ」

皮肉な笑みで、お兄ちゃんが笑い飛ばす。

いつもそうだ。

お兄ちゃんの言葉が、私の心配を取り払ってくれる。

「はい、せっかくだから楽しまないとね」

お姉ちゃんから、グラスを受け取る。

「これって、家で使ってるのと…」

「そう、ほとんど変わらないよ。

 宮廷のと比べても、ティストの家の食器は見劣りしないの」

誇らしげに笑って、料理を盛り付けた皿を渡してくれる。

これも、色違いが家にある。

じゃあ、私がしてる洗い物の値段って…?

「問題は、食器よりも味だろうな」

「美味しいんじゃないんですか?」

一番高い食材に、調味料も使い放題。

給仕の腕だって最高なんだから、不味いわけがない。

「まあ、食べてみるんだな」

一口食べて、お兄ちゃんの言葉の意味が分かる。

いつも食べてるご飯とは、全然違う。

違うけど…。

「どうだ? 宮廷の味は?」

「え…と」

食べ慣れない私には、完成されすぎていて受け付けない。

美味しいと思えない私が悪いと、料理に言われているような気分になる。

「私は、お兄ちゃんの作ってくれるシチューのほうが好きです」

お兄ちゃんのおかげで、美味しい料理は、たくさん食べさせてもらった。

だけど、口にするだけで心まで暖かくなれる料理を、私は他に知らない。

「なら…帰ったら、また作るか」

「そのときは、あたしにも食べさせてね」

この二人が笑ってくれれば、場所も周りも関係なくなる。

ここがお城の庭であることも忘れて、三人での晩御飯を楽しんだ。



【ティスト視点】



「我が刃は、王家のために」

王族であるリースとライナスの前で武器を捧げ、立派な口上を述べて頭を下げる。

騎士団長であるヴォルグを皮切りに、次々と男たちが向かっていった。

序列としては、地位も何もない俺たちが当然のように一番最後だ。

「我が刃は、ロアイスの繁栄のために」

「我が刃は、救われるべき民のために」

一人が行くたびに、使える言葉が一つ減る。

最後に言わされるほうの身にもなってほしいもんだ。

隣で真剣な顔をしているアイシスとの距離をつめて、小声で話しかける。

「見様見真似で、出来そうか?」

「大丈夫…だと思います」

緊張を押し隠したように、アイシスが小さくうなずく。

簡素な儀礼だし、失敗したとしても嫌味を言われる程度だ…問題ないだろう。

「先と後、どっちがいい?」

「先…でいいですか?」

「分かった」

黙って他の連中の潔癖な誓いに耳を傾ける。

空々しい言葉は、料理に手をつける気も消してくれた。



「行ってこい」

「はい」

悠然と歩くアイシスからは、さっきまでの不安げな表情が消えていた。

遅滞なくダガーを鞘から引き抜き、ゆっくりと頭上に掲げる。

「我が刃は…私の大切な兄と姉のために」

自分の耳にはっきりと届いた声に、胸が熱くなる。

アイシスがどんな誓いをするのか、内心で楽しみにしていた。

だから、この不意打ちが、心地よく俺の中に浸透していく。

「このような神聖な場所で、私事を誓うとは」

「私利私欲に奔る野蛮な言動、まさに下等よな」

「誓いの言葉に嘘をつくことはできません。そして、この誓いだけは、絶対に破らない」

そこらでささやかれた皮肉が、アイシスの凛とした声に全てかき消される。

まさか、反論が来るとは思っていなかったのだろう、面食らった顔をして黙り込んでいる。

まったく、やりすぎなのに、怒る気になれないな。

俺の元へと戻るアイシスの頭を撫で、すれ違うようにその場へと向かう。

そうだな。

誓いとは、綺麗なものである必要はない。

誓いとは、破らないものだ。

王族らしい微笑みを浮かべる二人の前で、ひざまずいて刃を引き抜く。

静まり返った空間に、音が吸い込まれたのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。

「我が刃は…恩義に報いるために」

「今度も手前勝手な己の都合か」

「意味も成さぬ言葉しか吐けぬとはな」

さっきと同じようにざわめきが広がる中で、リースとライナスの表情が、かすかに変化する。

ほんのわずかな反応に、出来る限りの礼を尽くす。

その返事だけで、俺には十分だった。

「下がれ」

周りに聞かれても問題ない言葉を選んで、ライナスが命ずる。

周囲の視線を引き連れて、言われたとおりにアイシスとユイが待つ場所へと戻った。

「………」

数歩、ライナスが前へと出る。

それだけで、俺たちに絡み付いていた視線が引き剥がされた。

全ての視線が自分に集まったことを確認し、ライナスが厳かに口を開く。

「皆の意志、確かに聞かせてもらった。

 明日の戦いに備え、今日は十分に英気を養ってほしい」

全員が静聴して、宴は元の姿を取り戻す。

もう、俺のことを気にする人間もいなくなっていた。

助けられた…な。



前夜祭の参加者が城に泊まることになっているなんて、まったく知らなかった。

アイシスを客室にまで案内した後、城の廊下をユイと二人で歩く。

いくつものドアを横目に通り過ぎ、迷うことなく一つの部屋の前で足を止めた。

身体に染み付いた記憶は、数年程度では消えないらしい。

「どうしたの?」

「いや…」

ドアノブに手を伸ばそうとする気持ちよりも、この扉を開けたくない気持ちのほうが大きい。

城を出た俺がもう一度この部屋に入ることは、罪を犯すことと変わらない気がしてならない。

「ティスト、ちょっと下がってくれる?」

「ああ」

ユイの言葉に従って、すぐに後ろへと下がる。

手も動かせないくせに、下がるとなったら調子のいい自分の身体が情けない。

「失礼いたしました」

恭しく礼をして顔を上げると、そこには大人びた微笑。

静かに手を伸ばし、作法に則った丁寧な仕草で俺のためにドアを開いてくれた。

開いたドアの中から視線を逸らすように、ユイの顔を見つめる。

「やめてくれ、こんなことされる身分じゃない」

「身分なんて関係ないよ。あたしは、ティストにだからするの。

 それとも、ティストはこういうことしたら、あたしのことを見下す?」

「いや…」

俺の反応が嬉しいのか、ユイが笑みを深める。

次の言葉を選んでいるうちに、ユイの唇が動いた。

「あたしは、したいと思わなかったら絶対にしないの。

 身分じゃあたしは動かない。ティストも知ってるでしょ?」

誇らしげな笑みを浮かべて、俺のことをわざわざ特別扱いしてくれる。

反論の暇さえ与えてくれないユイの気遣いには、頭が下がるばかりだ。

「ありがとな、ユイ」

「うん」

大人びた表情が、子供っぽい笑顔で上書きされる。

その見慣れた顔に安心して、俺はようやく部屋の中に足を踏み入れた。

塵や埃なんて一つとしてない、清潔な空間。

あの頃と変わりないくらいに、部屋の中は手入れが行き届いていた。

「驚くくらいに綺麗だな」

「そう言ってもらえると、あたしも嬉しいよ」

「ユイが掃除してくれてたのか?」

「もちろん。ここを掃除していいのは、あたしだけなんだから」

自慢げに笑うユイが、椅子の背もたれに手を添えて、俺に座るように促す。

してもらうと、気恥ずかしいものがあるな…これは。

俺の身体を包むように、椅子が柔らかく形を変える。

何年も前に座ったときと、たしかに感触は変わらなかった。

「お待たせいたしました」

ユイが差し出してくれたグラスには、よく冷えた水。

味付けの濃い料理で疲れた喉と舌に、とても心地いい。

「ありがとうな、何から何まで」

俺の言葉を、極上の笑顔でユイが受け取ってくれた。

「一度ね、ティストには、ちゃんとしてみたかったの。

 あのときは、今の半分も礼儀作法を覚えてなかったから」

懐かしむような顔で、ユイが笑う。

過去を心地よく受け入れながら、もう戻れない日々だと実感する。

「変わったんだな。あのときから」

「ちょっと、違うかな。あのときと変わったことじゃなくて、あのときより成長したことを見てほしいの」

水差しで、グラスの水を注ぎ足してくれる。

その洗練された無駄のない動きは、一朝一夕で出来るものじゃない。

成長した…か、たしかにな。

「ティストは、あのときから一生懸命、頑張り続けたでしょう?

 あたしも、それに負けないように努力してきたつもり。

 二人とも頑張ったのに、あのときから変わっちゃっただけなんて評価は、寂しいよ」

「そうだな」

費やした時間を、悲観的に考えるのはよくない。

ユイの言うとおり、あのときよりも前に進んだ今を見るべきだ。

「それに、変わらないものもあるよ」

「? なんだ?」

「この部屋の主は、ティストがここに来たときからずっと、ティスト・レイアただ一人。

 あたしがこうして仕えるのも、ティストだけでいい。

 それは、変わってないし、これからも変わらないよ」

その言葉が、ユイの優しい微笑とともに、俺の身体に染み込んでくる。

いつも、俺が考え付かないぐらいに最高の言葉を、ユイは用意してくれる。

「本当に、ユイには感謝してもしきれないな。

 少し、飲まないか? 今日は俺が注がせてもらう」

「明日の試合、大丈夫?」

「ああ、負けない。

 俺だって成長したんだ。ユイの前で無様な姿は見せられない」

「じゃ、少しだけ…ね。

 でも、注ぐのはあたしの役目だよ。

 それだけは、ティストにも譲ってあげないんだから」

悪戯っぽく笑って、ワイングラスが二つ、机の上に並ぶ。

二人だけの静かな晩餐会が、始まった。

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