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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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13章 兄を慕(した)う少女-3

【ティスト視点】


ファーナからの呼び出しを受けて、ライズ&セットで待ち合わせる。

直接伝えたいというだけあって、開口一番のファーナの台詞は、大いに俺を驚かせてくれた。

「闘技祭への招待状? 俺に?」

「ええ。罠でしょうね、間違いなく」

いつもと変わらぬ表情で、ファーナがそう断言してくれる。

騎士団、クリアデル、その他一般参加者まで、力に覚えのあるものを集めて開かれる大会。

一度もその舞台にあがることなく、俺は出場禁止という処遇を受けた。

それが、今更になって招待されるのだから、何か意図があることは間違いない。

「差出人は、どちら様だ?」

「記載はなし、誰が用意したのかも不明瞭ね。

 私のところに持って来たのは、驚くことなかれ、騎士団長様よ」

皮肉な笑みを浮かべて、ファーナが招待状を指先で弾く。

文面に目を通すが、堅苦しい言葉で闘技祭に招かれていることしか書いていない。

たぶん、貴族たちに贈られるような招待状を、そのまま俺に渡したのだろう。

「………」

手は伸ばさないが、アイシスが、興味津々に手紙を見ている。

こんな上等な紙、手に取る機会もそうないだろうな。

「見てみるか?」

「あ、はい」

「あたしもいい?」

「ああ、二人で読んでくれ」

渡した手紙を交互に手に取り、ユイが読んで聞かせている。

独特の気取った言い回しは、説明してもらわないと分からないだろうな。

「で? 具体的に、俺は何をされるんだ?」

「連戦で疲弊させられて、最後に騎士団長と勝負じゃないかしら?

 衆人環視があるから、外野からの小細工は難しいはずよ」

「数に任せた力押し…か。

 でも、それでやるなら、路地裏や街道でやったほうが、楽じゃないか?」

わざわざ人目を気にする場所を選ぶ必要はない。

夜討ち朝駆けで仕掛けたほうが、俺を殺す可能性をあげられるはずだ。

「あなたの相手、何人なら足りるのかしら?

 騎士団、傭兵、誰に依頼しても、痕跡を残さないなんて不可能。

 もし、あなたが生き残り、その事実が広まれば、襲った人間の椅子が揺らぐことになる。

 地位を転がり落ちるとまでいかなくても、行動は監視されるでしょうね。

 そして、手を染めている悪事が明るみに出ないからこそ、貴族は生きていられるの。

 ご理解いただけたかしら?」

「ああ、十分にな」

俺を殺しても闘技祭という場での結果だから、成功すればよし、失敗しても損がない。

どちらに転んでも痛くないなら、奴らには悪くない条件か。

「それで、闘技祭に参加するつもりはあるのかしら?」

そう問われても、俺の思考はまだ追いついていない。

どんなに足掻いても、出場なんて不可能だったのに…。

こんな紙切れ一枚で変わってしまうなんて、理解したくない。

「師匠たちは、このことを?」

「ご存知よ。どうするかは、あなたに任せると仰っていたわ」

本当に、決定権が俺にあるのか。

選択なんて出来ないのが当たり前だったから、こうやって選ぶ立場になると困るな。

どうするか?

「興味がないというなら、無理にとは言わないけど?」

「あの舞台で戦うことに、あこがれがないとは言わない。

 だが、自分の強さを見せびらかすために出場したいと思うのも…な」

そもそも、勝てると思い込んで闘技祭に出場するなんて、傲慢ごうまんもいいところだ。

そんな慢心で戦いに赴くなんて、師匠たちが聞いたら怒られるじゃすまないだろう。

「闘技祭の本質は、自分の強さを周りに認めさせたいか、強い者と手合わせしたいのどちらかでしょう?

 自己顕示欲は人間として当然の感情よ。否定する必要はないわ」

「ファーナは、出場に賛成ということか?」

「ティスト・レイアの価値を知らしめるためには、いい機会だと思うわ。

 ついでに、騎士団長の性根も叩きなおしてくれたら、私としては言うことなしね」

言葉を区切って、ファーナが息をつく。

さっきまでの笑顔が、消えていた。

「今までの話は私の都合であって、従う必要はない。

 あなたは自分を優先していいの。

 私は相談に乗るだけ。判断を下すのはあなたよ」

突き放す厳しさの中に、ファーナの優しさが見える。

人のためではなく、自分のために動いてもいいと、背中を押してくれる…か。

「少し、考えさせてくれ」

「ええ、存分にどうぞ。別に返事は今日でなくてもかまわないわ」

闘技祭を見たことがあるのは、一度だけ。

他人の戦いを見ながら、ずっと頭の中で自分だったらどうするか想像していた。

俺の方が強い、そう思いながら歓声を向けられる奴らを見ているのは、辛かった。

あの頃は、そういう感情を操る方法が分からなくて、その場にいることも苦痛だった。



「考え事の前に、まずは一息つかないとね」

いつの間に淹れたのか、湯気の立つマグカップを俺の前に置いてくれる。

まったく、絶妙なタイミングだな。

ユイの笑顔とコーヒーの苦味で、落ちていた思考を切り替える。

問題は、俺がどうしたいかだ。

俺は、師匠たちに、ライナスに、あいつに…成長した俺を見て欲しい。

気軽に会えないからこそ、こんなときぐらい。

誇れるものがほとんどない俺が自信を持てる唯一の、師匠たちから授かった技を。

「あの…」

「何かしら?」

「ファーナさんは、参加者を把握していますか?」

「全員とは言えないけれど、ある程度は…誰のことを知りたいのかしら?」

「クリアデルの、リントとフェイという二人をご存知ですか?」

名前を聞くだけで、奴らの顔が思い浮かぶ。

アイシスのことを虐げていたあの二人。

考えてみれば、あの二人を倒したのは俺で、アイシスじゃない。

「私の知る限りでは、二人一組で戦う『ダブル』の方に出るはずよ」

「そう…ですか」

言葉を詰まらせて、アイシスが返事をする。

それだけで、何を考えているのか想像がついた。

まあ、アイシスから奴らに関わろうとしている時点で、答えなんてほとんど出ているか。

「闘技祭って、部門が二つに分かれてるんだよね?

 たしか、一人で戦うのがシングルで、二人で戦うのがダブル…だったかな。

 ファーナちゃんの持って来た招待状には、特に書いてないけど、どっちでもいいの?」

俺の質問するべきことが、まるごと持っていかれた。

考えていることは、ユイも同じみたいだ。

「私が書いたわけではないのだから、文面通りに受け取ってもらって結構よ。

 どうであれ、闘技祭へ出場してもらえるなら、歓迎させていただくわ」

心得た笑顔で、ファーナもユイに呼応する。

どうやら、決まりみたいだな。

「え…え?」

周りのやり取りをどう理解していいか分からないのか、アイシスが皆の顔を見回している。

だから、俺がアイシスへと最後の手を差し出した。

「俺と、ダブルに出てみないか?」

「お兄ちゃんと…ですか?」

「ああ」

「本当に…いいんですか?」

今までに何度も見た、不安げな顔。

だから、アイシスの考えていることも、待っている言葉も、分かるつもりだ。

「俺の余計なおせっかいじゃないなら…な」

「…お願いします」

少し瞳を潤ませ、ゆっくりと震える声で。

でも、今までとは違い、笑顔で答える。

見ているこっちの気分がよくなるくらいに、いい笑顔だ。

「なら、問題はアイシスさんの出場の手続きね。

 もう一般の受付も終わっているし…」

「それなら、たぶん大丈夫じゃないかな。

 アイシスちゃんなら、ティストと同じくらいに特別枠で参加できるよ、きっと」

ユイの言葉に、アイシスと顔を見合わせる。

アイシスも分からないみたいだが…当てなんて、あったか?

「なら、そちらのことはお任せするわ。

 闘技祭の前日には、王族、貴族も交えた前夜祭が開かれることになっているの。

 あなたたちにも参加してもらうから、では、そのときに」

用件を告げ終えると、ファーナがすぐに立ち上がって店から出て行く。

雑談を交わす余裕すらない…か。

相変わらず、忙しいことだ。

「訓練…しないとな」

「はい」

少しずつ、燃え広がるように、身体の熱が高まっていく。

見せるべき人たちに、恥じない戦いをしないといけないな。



【アイシス視点】


お姉ちゃんに言われて、ようやく思い出した。

そうだった…前に一度、闘技祭への出場を薦められていた。

店の前で、足を止める。

ここに来るのも、久しぶり…ダガーを渡されて以来だ。

使えば使うほど、ダガーは私の手に馴染んでいく。

お兄ちゃんに教わった手入れだって、毎日欠かしていない。

このダガーを見て、あの人は何て言うだろう。

「何をそんなところで突っ立っておる」

後ろから聞こえた声に、飛び上がりそうになる。

腰を曲げたロウさんが、荷物を抱えて立っていた。

「入るならさっさと入れ」

「は、はい、失礼します」



「で、何のようじゃ?」

「ダガーを見てもらえますか?」

鞘に収めて差し出すと、両手でロウさんが受け取る。

ダガーを睨みつける瞳は険しく真剣で、細部まで見逃さない気迫があった。

「あの…」

「なんじゃ?」

私に返事をしながらも、点検の手を止めない。

指先でなぞるようにして、柄の具合を確かめている。

「闘技祭の推薦枠、まだ残ってますか?」

「そんな話、よく覚えとったな。何もしとらん、今の今まで忘れておったわ」

「なら、その枠を私にもらえませんか?」

「ほう?」

今までずっとダガーから視線を外さなかったロウさんと、目が合う。

以前の私なら逸らしてしまいたくなるような瞳でも、正面から受け止められた。

「お兄ちゃんと…ティスト・レイアと、ダブルに出たいです。

 そこで…このダガーで、決着をつけたいんです」

「いいじゃろう」

あっさりとした返事の後に、視線が外れる。

当然のようにダガーへと意識を集中し、鞘から引き抜く。

何度も角度を変えて、丹念に刃先を確認していた。

「あの…ありがとうございます」

「礼も代金も、勝つことで返せ。

 ワシの手がけたこいつを使う以上、武器では負けようがないのじゃからな。

 武器をおろそかにするあの愚か者どもに、武器の価値を教えてやれ」

「はい!」

あまりの自信に、返事をする声も大きくなってしまう。

負けるわけにはいかない。

昔なら、辛いだけの負荷でしかなかったのに。

今なら、それに応えるための力へと変えられる気がする。



立ったまま、待つこと数十分。

ダガーを鞘に収め、ロウさんが顔を上げた。

「不満はあるか?」

「いえ、ありません」

今なら、自信を持って断言できる。

このダガーになら、私の命を預けることができる。

「万全にしておいた。闘技祭でも心置きなく使えるじゃろう。

 今までどおり、大事に扱え」

「私の手入れ、大丈夫ですか?」

「落第は、まぬがれとるな」

そうつぶやいて、ダガーを差し出してくれる。

私にとっては最高の褒め言葉に、両手で受け取った。

その親しんだ重さに、安心してしまう。

「勝てよ」

「はい! ありがとうございました!」

深くお辞儀をして、出口へと向かう。

きちんとお礼をするためにも、もっと高みを目指してみせる。

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