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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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13章 兄を慕(した)う少女-2

【アイシス視点】


小屋へと降り注ぐ日差しの量も、かなり弱くなってきた。

「今日は、ここまでにしようか」

「はい」

もう少し続けたい気持ちを抑えて、ダガーをさやに収める。

お兄ちゃんと訓練していると、あっという間に時間が過ぎて、一日が終わってしまう。

ここ最近は、いつもそうだ。

それだけ、私が集中しているってことなのかな?

「アイシスの魔法も、形になってきたな。

 不発も減ったし、ほとんど自分の思い通りにできているだろう?」

「はい」

…でも、私が使えるようになったのは、水の魔法だけだ。

他の属性も試してみたけれど、どれも使えなかった。

お姉ちゃんに教えてもらった、水の魔法に不満はないけど…。

できれば、お兄ちゃんの得意な風も、一緒に操れるようになりたかった。

「ただ、毎回似たような魔法を発動させるのは気になるな。

 せっかく戦闘に織り込むなら、できるだけ変化をつけたほうがいい」

「変化を…」

手のひらから水を生み出して、その形や威力を調整してみる。

一番楽に使えるのは球だけど、少し無理をすれば棒や輪にもできそうだ。

今度、お姉ちゃんにも相談してみようかな。

「まったく、優秀すぎるな。

 俺が追いつかれるのも、時間の問題かもしれない」

「そんなことありません。お兄ちゃんとお姉ちゃんの教え方が上手いおかげです」

私は、教わったことを覚えているだけ。

お兄ちゃんとお姉ちゃんが、導いてくれる方に進んでいるだけだ。

「教えを自分のものにしているのは、まぎれもないアイシスの力だ。

 もっと自信を持っていい」

「はい」

お兄ちゃんに褒めてもらえると、私の胸の奥で何かが動く。

それは、まるで歯車のように噛み合って、私の原動力になってくれる。

それが聞きたいから、また明日も頑張れるんだ。

「じゃあ、アイシスは先に入っててくれ」

「? お兄ちゃんは、どうするんですか?」

「焚き木を拾ってくる。もう、残りが少なかったはずだからな」

「だったら、私も手伝います」

私も使わせてもらうんだから、お兄ちゃんだけが働く必要はない。

それに、これなら上手や下手がないから、家事が苦手な私でもできる。

「べつに、大した量でもないし、休んでてもいいぞ?

 夕飯が出来たら、ちゃんと起こすから」

「…特別扱いは、やめてください」

そういう風に気を遣ってもらうのは、なんだか違う気がする。

何かをしてもらうのは嬉しいけど、何もかもお兄ちゃんに世話してほしいわけじゃない。

それに、私が何かをしてもらうのが嬉しいなら…。

もしかしたら、お兄ちゃんだって、私が何かしたら喜んでくれるかもしれない。

「たしかに、もうアイシスはお客様じゃないしな。

 だが、俺は客よりも妹を甘やかすぞ」

「…! ふふっ」

真顔でそんなことを言われて、噴き出しそうになる。

今まででも、あれだけ優しくしてくれたのに、もっと甘やかしてくれるなんて、想像がつかない。

「家族の方が客より大事なのは当然のことだろう? 何がそんなにおかしいんだ?」

納得いかない、という顔のお兄ちゃんを見ていると、笑いがこみあげてくる。

でも、お兄ちゃんは勘違いしている。

おかしいだけで、笑ってるんじゃない。

笑ってるのは、そんなことが気にならなくなるくらい、嬉しいからだ。

「いえ、なんでもないです」

「ならいい、行くか」

「はい」



「大丈夫だとは思うが…足元、気をつけるようにな」

「はい」

魔法の訓練で何度も来たから、森の中だって、もう庭も同然だ。

木々の配置も、奥へと続く抜け道も、足場の悪い所も、全部覚えてしまった。

目を凝らして、焚き木に使えそうな枯れ枝を探す。

他の家事もこれぐらい簡単なら、私だって少しは役に立てるのにな。

「…はぁ」

お兄ちゃんのために、少しでも何かしたいのに…。

何かしてもらうばかりで、私は何も返せない。

料理も、掃除も、洗濯も、覚えようとしているけど、お兄ちゃんのほうが上手い。

でも…。

だからって、何もしないでいいわけじゃない。

「あの…」

「? どうした?」

「私にできることなら、何でも言いつけてください。

 雑用ぐらいなら、やれますから」

「言っただろう? べつに、家事をやらせたいわけじゃない…って」

「それは、聞きましたけど、でも…」

私の反論に、お兄ちゃんは、困ったような笑みを浮かべる。

そんな顔をしてほしくて、言ったんじゃないのに…。

…どう言えば、良かったんだろう?

自分の選んだ言葉が間違っているのは分かるのに、どれが正しいのか分からない。

相手に自分の考えを上手く伝えられない自分が、イヤになる。

「兄妹なんだから、一緒にやればいいだろう?」

私と反対方向にある焚き木を、風の魔法で集め始める。

私も負けないように、近くにある枝を拾っては、自分のカゴに投げ入れた。

「水よ」

数本に一回だけ、水の魔法を使う。

狙ったところに当たらないし、持ち上げると余計な石や土が混じる。

水を早く動かせないから、手元に引き寄せるまでにも時間がかかってしまう。

どれを取っても、お兄ちゃんには、まだまだ遠く及ばない。

「なあ、アイシス」

「はい?」

振り返っても、お兄ちゃんは背を向けて、枝を拾い続けている。

その背中を見続けて、私は言葉を待った。

「俺も、気をつけるから…。

 少しずつ、自分に辛くない程度でいいから、互いに遠慮を減らしいこう。

 気を使い過ぎると、嬉しいこともあるが、きっと疲れるから」

「はい」

こちらを向かないお兄ちゃんの気持ちが、なんとなく分かる気がする。

目を見て話すには、ちょっと恥ずかしい。

「さて…と」

魔法でいくつもの枝を一度に浮かせ、それを突風を使って空中で束ね、カゴへと放り込む。

すごい、あんなことまで出来るんだ。

「俺のほうはもう満杯だから、後は任せるぞ。

 余力があるなら、もう少し魔法の練習をしたほうがいい。

 どうせなら、足を止めてやったほうが、どんな距離にも対応できるようになる」

「はい」

お兄ちゃんに言われたとおりに、動かないで魔法を放つ。

今の私には、二発同時に発動する力さえない。

だけど、いつか…。

「そのうち、アイシスの魔法が上達したら、勝負でもするか」

「? 勝負…ですか?」

「魔法だけを使って、どっちが先にカゴを満杯に出来るか。

 負けたほうが…そうだな、晩御飯の支度とかでいいか」

お兄ちゃんの提案が、すごく楽しそうに聞こえる。

だって、私の目標は…お兄ちゃんと並ぶことだから。

「俺からは仕掛けないからな。挑戦したければ、いつでも来い」

「はい!」

楽しみと当面の目標が、同時に出来た。

剣でも魔法でも、少しでもお兄ちゃんに近づくんだ。



【ティスト視点】



控えめなノックの音。

こんな夜更けに、珍しいな。

読みかけの本にしおりを挟んで、寝ころんでいたベッドに腰掛ける。

「入っていいぞ」

少しだけドアが開き、そこからアイシスが顔を出した。

「どうした?」

「いえ、なんだか眠れなくて…。

 お兄ちゃんは、何してるのかな…って思って」

だんだんと小さくなる声には、遠慮と戸惑いが混ざっている。

灯りが漏れてるのを見て、ノックしてみたわけか。

「とにかく、話はドアを閉めてからだ。

 そのままだと風邪ひくぞ」

アイシスが、足音をさせないくらいに丁寧な足取りで部屋へと入る。

その姿に、ロアイス城を緊張しながら歩いているアイシスの姿を思い出した。

俺の部屋が王宮と同等に扱われるのは、ちょっと嬉しいかもしれないな。

「そういえば、アイシスが俺の部屋に入るのは、これが初めてか」

「はい」

視線を泳がせながら、生返事。

俺の私物なんてほとんどないし、あんまりアイシスの部屋と変わらないだろうに。

その視線が、ベッドの上に置いたままの本で止まった。

「本を読んでたんですか?」

「ああ、眠れなくてな」

アイシスの視線は、本の表紙から外れない。

湖畔に立つ騎士が、天に向かって剣をかざす。

その騎士へと女がひざまずき、両手を胸の前で組み合わせている。

この二人が、戦争を終わらせるという英雄譚だ。

「どんな話なんですか?」

「そうだな…」

大筋を話しても、物語なんていうものは面白くない。

楽しむなら、文章を追いかけたほうがいいだろう。

「良かったら、読んでみるか?」

「でも…」

続く言葉は、想像がつく。

字が読めないと言ってたのを忘れたわけじゃない。

「下手でよければ、読み語りくらいはできるぞ?」

「! お願いします」

顔を綻ばせて、アイシスが喜びを表現する。

これが、アイシスの本当の顔…か。

抑え付けていたものが、解放された結果。

いい笑顔だ。

「ベッドの上でいいか?」

「あ、えと…はい」

ベッドに身を寄せ合って寝転がり、一つの毛布を分け合う。

もう一枚持ってくれば、なんて考えもしなかった。

「さて、物語の始まりだ」

栞を抜き取り、一番最初のページを開く。

どっちを見ようと迷っているのか、俺の顔とページを何度か往復させる。

顔を見られているのが恥ずかしくて、文字へと人差し指を添えた。

「?」

「読んでいるところを指で追っていくから、なんとなくでも見てみるといい。

 面倒だったら、聞いているだけでもいいけどな」

「はい」

照れを消して、自分のできる精一杯を、声に込める。

読み出したら、止まらない。

引き込まれていくアイシスの表情を見ながら、俺は何度も読み返した本を言葉にする。

ただの文字であるはずの風景に、人物に、時間に、生命が吹き込まれ、魂が宿る。

物語が熱を帯びていく。

その熱が、心地よく部屋を包んだ。

文章に引き込まれていく。

少しの休みもいれずに、物語は続いていった。



最後のページを繰り、最後の行まで読み終え、余韻を壊さないように静かに背表紙を閉じる。

カーテンの向こうには、薄明かりが見え始めていた。

「ふぁ…」

話の結末に満足したのか、アイシスが目をとろけせる。

俺も眠くなってきた。

アイシスが目元をこすって、ベッドに沈む。

黙って、その背中に毛布をかけた。

「さて…と」

小さな風の魔法で蝋燭の火を消す。

本に夢中になって、一晩を過ごしたのなんて、生まれて初めてかもしれないな。

隣で、小さく笑い、息を飲み、瞳をうるませ、そうして楽しんでいるアイシスを見ているのが、嬉しかった。

書庫からいくつか、本を出してくるか。

アイシスの寝顔を見ていると、そんな気分になる。

今までに味わったことのない満足感に包まれて、瞳を閉じた。

今日は、いい夢が見れそうだ。

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