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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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13章 兄を慕(した)う少女-1

【ティスト視点】


血が足りないせいでふらつく足を誤魔化して、ライズ&セットへと入る。

部屋の中は、出来たての料理の匂いで満たされていた。

「おはよう」

「おはよ。ごめんね、今日の朝ご飯はちょっと手抜きなんだ」

申し訳なさそうに言うユイには、少し疲れの色が見える。

昨日は、俺とアイシスが戻るまで、ずっと店の前で待っていてくれた。

それから俺の腕を治療してくれて、眠ったのが夜更けすぎだから、ほとんど寝てないはずだ。

「ユイが手を抜いてても、俺が作る朝飯よりずっとうまいよ。ありがとな」

「うん」

食卓には、いつもと違って手づかみで食べられる料理が並んでいる。

何も言っていないのに、俺のことを汲み取ってくれる気遣いが、いつもながらありがたい。

痛みはないが、両手を使って食べるには少し不自由だし、それを見せたらアイシスは気にするだろうから。

「? アイシスは?」

「もうちょっと待ってあげて」

意味深な笑みを浮かべられると、聞くに聞けないな。

「なら、ラインさんとシアさんは?」

「後片付けをしてくるって、二人ともロアイス城に行ってるよ。

 だから、今日もお店はお休み。ここでご飯食べても大丈夫だって」

「そうか、城に…」

今回の件は、申し開きが死ぬほど厄介だ。

貴族への暴行、騎士団への反抗、罪状は重いものばかりだ。

また、大きな迷惑をかけることになったな。

「後で、謝罪と御礼をしないとだな。

 ユイもありがとう。昨日は、本当に助かった」

「うん」

俺たちがここに戻ってきた時には、連中は影も形もなくて、店の中も綺麗に掃除されていた。

まるで、何もなかったかのようにカルナス一家が迎えてくれたおかげで、アイシスもずいぶん安心していた。

「あの、お待たせしました」

厨房の方から、真剣な顔をしたアイシスが、シルバートレイを両手で支えて歩いてくる。

トレイの上には、湯気の立つマグカップが3つ並んでいた。

「…どうぞ」

「ありがとう」

焼きたてパンの香りと混じるコーヒーの匂いが、食欲をそそる。

全員が席について、朝食が始まった。



「あの…お兄ちゃん、ジャム取ってもらえますか?」

「…あ、ああ」

自分のことを呼ばれている気がしなくて、反応が遅れた。

なんだか、ぎこちない感じが余計に恥ずかしいな。

「っと…」

テーブルの端には、たくさんの小皿に、果物を甘く煮詰めてたものが並んでいる。

どれもカルナス一家の特製品で、同じ果物でも甘さを控えたものがあったりと、細やかな気配りがしてある。

「どれがいい?」

「え…と、そこのオレンジので」

「ほら」

「ありがとう…ございます」

一晩経って昨日の熱も冷め、どう接していいか分からないみたいだな。

他人行儀になりすぎないように、でも、失礼のないように…。

その折り合いは、俺も教えてほしいぐらいに難しい。

まあ、お互い様だし、そのうち慣れるしかないだろう。

「お兄ちゃん…か」

「ん?」

「アイシスちゃんが、うらやましいなー。

 あたしも、ティストみたいな優しいお兄ちゃんがほしかった」

上目遣いにそんなことを言われても、俺が照れるだけで、何も出やしない。

「まあ、いい兄になれるように心がけるよ。

 至らない兄貴だが、よろしくな」

「はい」

ためらいがちに、でも、今までよりもずっと穏やかに笑う。

いい笑顔だ。

「ティスト、今日はどうするの?」

「悪いが、昼飯まで眠らせてくれ。日が暮れるまでには、家に帰るよ」

「そっか」

「なら、昼ご飯は楽しみにしててね」

「ああ、よろしく頼む」

「アイシスちゃんも、食べたいものがあったらどんどん言ってね。なんでも作るから」

「はい、ありがとうございます」

いつものようにユイが話の軸になってくれて、にぎやかな朝食を堪能した。

ユイの料理は、やっぱり美味いな。



【アイシス視点】



食器の片付けを手伝い終わって、端にある椅子に腰掛ける。

訓練をする場所もないし、だからって、一人で出歩く気にもなれない。

どうしようかな。

家なら部屋に戻ってぼんやりするところだけど、ここだと、ユイさんの部屋だし…。

「どうしたの?」

「いえ、何もすることがなくて…」

「なら、あたしと何かする?」

「ユイさんと…ですか?」

「…むー」

突然不満げな顔になって、可愛らしくうなる。

え? な、なに? 私のせい?

「あの…ユイさん?」

「ティストがお兄ちゃんなのに、あたしがユイさんって…不公平じゃない?

 なんだか、すごく距離を置かれてる気がする」

そんなこと言われても…。

どう答えればいいのか迷っているうちに、ユイさんの言葉が続いた。

「だからさ、ティストをお兄ちゃんって呼ぶなら、あたしをお姉ちゃんって呼んでくれない?」

我ながら名案…とでも言いだしそうな満足げな顔と、はしゃいだ声。

それが、昨日のお兄ちゃんと同じように、私の奥深くへ踏み込んでくる。

「…えっと、あの…いいんですか?」

「それを決めるのは、アイシスちゃんだよ。

 お願いしてるのは、あたしなんだから」

当然のことのように、そう答えて微笑んでくれる。

本当に、この人たちは…。

涙が出るくらいに、優しすぎる。

「ありがとう…ございます」

気の利いた言葉の一つも言えない自分が、情けない。

でも、そんなことも考えられないくらいに、嬉しかった。

「…で、話を戻すけど、アイシスちゃんは何がしたい?」

「…えっと」

やりたいことなんて、何にも思い浮かばない。

「特に、何も…」

「…はぁ。そういうところ、本当にティストと似てるよね」

「せ…いえ、お兄ちゃんとですか?」

気を抜くと、つい先生と言ってしまう。

慣れた呼び方から変えるのは、意識してても難しい。

「そう。ティストも何がしたいのか聞いても、何も答えてくれないの。

 いつも訓練ばっかり。何か他に楽しいことを見つけてくれるといいんだけど…」

たしかに、お兄ちゃんと一緒に何かするときは、大半が訓練だ。

でも、たしかに疲れるけど、逃げ出したくなるような辛さはない。

最近は、次にどんなことを教えてくれるのか、少し楽しみにしている時だって…。

「あ…」

お兄ちゃんから教えてもらったのに、まだ出来ないことがあった。

私ができるようになるまで、講義の続きは、ずっと聞けない。

「何か思いついた?」

「あの、でも…」

話の流れからすると、とても言い出しにくい。

「あたしに遠慮しないでって言ったの、覚えてる?

 ほら、お姉ちゃんに話してごらんなさい」

そうやって微笑まれたら、黙っているほうが難しい。

なら、ここは正直に頼んでみよう。

「この前みたいに、魔法を教えてもらえませんか?」

「あたしは、いいけど…魔法を覚えて、どうするの?」

「私のために、お兄ちゃんが許可を取って、時間をかけて教えてくれたから…。

 そこまでしてくれたのに、無駄にしたくないだけです」

魔法の使い道なんて、自分でも分からない。

これからも、戦いを続けていくのかだって、分からない。

でも、私に尽くしてくれたお兄ちゃんに、どうしても応えたかった。

「ティストのため…か。それじゃあ、あたしも断れないね」

優しげな微笑みを浮かべたお姉ちゃんが、手近なグラスを手に取る。

テーブルの中央に置くと、水差しから水を注いだ。

「せっかくだから、いつもとやり方を変えてみようか。

 あたしも試してみたいことがあるの」

お姉ちゃんが、私の向かい側から、私の手を優しく握る。

私の手の外側をお姉ちゃんの手が覆った状態で、水の魔法を発動させた。

グラスから、ゆっくりと水が浮かび上がる。

私の手を握っている以外は、いつもと何にも変わらない。

魔法を使う人に触れていることで、同調しやすくなる…とか?

「試してみたいことって…これ、ですか?」

「ううん、これから」

二人の手を包み込むように、水が形を変えた。

「…ッ」

手首まで水に浸っているせいで、体温が奪われていく。

刺すような痛みに耐えて、水をじっと睨む。

今日こそは…。

「よく見ててね。水よ、流れを生み出せ」

お姉ちゃんの声を聞き届けたように、手を覆っていた水が渦を巻く。

川に手を入れたときに似ている感触、すごく緩やかな水の動きだ。

「どう?」

「いつもと、少し違います」

水の流れと同じ方向に、不思議な力の流れを感じる。

その力は小さいけれど力強く、それに押し出されるように水が動いている。

こうして、水の流れのように目で見えるようになると、存在を感じやすいのかもしれない。

きっと、これが魔法の力なんだ。

「干渉できそう?」

「えっと…」

悩んでみても分かるわけがなくて、腕に力が入ってしまう。

単純な腕力じゃないのは分かっているつもりだけど…。

魔法の力なんて、どうやって生み出すのか予想もつかない。

「お店で働いているときに聞いたんだけどね、魔法を使うときの感覚って、人によって全然違うの。

 水と同化しろ、一体になれ…っていう意見もあれば、水を従えろ、操れ…っていう人もいる。

 結局、自分に合うものを探していくしかないんだ」

「はい」

どれも感覚的な話で、さっぱり分からない。

同化するにしても、従えるにしても、やっぱりその力がないと出来ないと思う。

「だから、合うか分からないけど…。あたしのやり方をアイシスちゃんに教えるね」

「どうすればいいですか?」

「魔法が使えたときのことを、できるだけ鮮明に思い描いて」

「使えたときのこと?」

「例えばね、漠然と『動け』じゃなくて、どの場所を、左右のどっちに…って、できるだけ具体的にしていくの。

 そうやって頭の中で考えたことが、魔法として発動してくれる。

 それが、あたしの魔法の使い方」

「…あ」

私はいつも、ほんの少しでいいから動け…と願っていた。

形が変わるでも、波ができるでも、私の力に反応してくれればいい。

私が魔法で水に影響を与える、その事にばかり気を取られて、どう動かしたいのかなんて考えなかった。

なら、もしかして…。

「…やってみます」

お姉ちゃんが水を球の状態に戻して、静止してくれる。

「………」

場所は、球の一番上のところ。

動かす量は、ほんの少し、親指ぐらいの大きさでいい。

お姉ちゃんが見せてくれた力の流れを意識しながら、頭の中で一つずつ決めていく。

「頭の中で出来上がったら、自分の声で呼びかけてみて」

「水よ」

声に、思わず力が入る。

お願い、動いて。

少しの間を置いて、私が見据えたところに波紋が生まれる。

小さく、緩やかで、でも、たしかに形を変えようとしているように見える。

まさか、これ…。

「続けて。集中力を切らさないようにね」

どこか遠くなったお姉ちゃんの声を聞きながら、水中で手を動かす。

人差し指を、力の起点となるべき場所へ向ける。

これが魔法を使うときに正しいことなのかなんて、知らない。

深く考えるよりも前に、手が勝手に動いた。

「水よ」

波の振幅が、だんだんと大きくなっていく。

それにあわせて、自分の身体から、わずかに力が抜けていく。

身体の疲れとはまるで違う、自分の意識が少しずつ削れていく感じ。

これが、魔法を使う感覚なのかな。

「もう一度、呼びかけて」

「水よ、その姿を変えよっ!!」

球の天辺に、私の親指ほどの突起が生まれる。

情けないくらいにちっぽけで、水柱と呼ぶには頼りない。

そんな水と私は、たしかに今、繋がっている。

なんだろう? これ。

今までは、魔法なんて、まるで分からなかったのに…。

今なら、重い荷物を持ち上げるのと同じような感覚で、あの水を動かせる気がする。

「おめでとう。アイシスちゃんの魔法が、芽吹いたね」

私に向けられた優しい言葉に、ようやく実感する。

私にも、ついに使えるようになったんだ。

「ありがとうございます。これもお姉ちゃんのおかげです」

「あ…」

気持ちが緩んだせいなのか、浮かんでいた水球がグラスの中へと落ちる。

少しでも意識を他に向けると、魔法を維持してられないんだ。

「もう一回、もう一回お願いしますっ!」

今の感覚を、忘れないうちに身体に染み込ませておきたい。

「いいよ、何回でも」

にっこりと笑って、お姉ちゃんが水の魔法を浮かべてくれる。

言葉のとおり、お兄ちゃんが起きてくるまで、お姉ちゃんはずっと私に付き合ってくれた。

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