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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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12章 嘆(なげ)く少女-3

【ティスト視点】


「じゃ、片付けようか。アイシスちゃん」

「はい」

食べ終わった皿やグラスを、ユイ直伝の運び方で、アイシスがキッチンまで持って行く。

最初は、危なっかしいところも多かったが、もうユイと並んで歩けるようになった。

ユイが来て、そろそろ一週間…か。

すっかり、二人とも仲良くなったな。

「ふぅ…」

二人が並んで洗い物をしているところを見ながら、コーヒーを楽しむ。

贅沢な話だ。

「ふゎっ…」

午後の日差しが暖かい。

胃の中に納まったユイ特製の昼飯も手伝って、まぶたが重くなってくる。

「コーヒーだけじゃ眠気覚ましにもならないな」

「なら、コーヒーで顔でも洗う?」

「!?」

空いている窓から、カップ目掛けて何かが飛来する。

とっさに風の魔法で展開してそれを受け止め、逃がさないように包み込んだ。

「…水か」

かなりの力で、凝縮された水の魔法だな。

目に見えるのは、このカップにも入そうな大きさなのに、実際はバケツでもまるで足りない量が入ってるはずだ。

「まあ、合格ね」

俺の反応を楽しむような、くすくすという笑い声とともにドアが開いた。

「どう? 傷の具合は」

「シアさん。せめて、怪我の容態を聞いてからやってください」

「あら、完治してるか分からないから一個なのよ?」

俺が浮かばせておいた水の魔法をシアさん引き寄せ、4つに分割してみせる。

…優しさってのは、複雑だな。

「ここ置くぞ」

「すみません、ありがとうございます」

ラインさんは、いつものことだと反応さえせずに、テーブルに荷物を広げている。

この前よりも更に大量の食材が、これでもか…と敷き詰められた。

この人たちは、本当に…どんなときも加減がない。

「お父さんもお母さんも、いらっしゃい」

「おう、邪魔してるぞ」

「いらっしゃい…か。幸せそうな顔しちゃって」

「え? え??」

よっぽど恥ずかしいのか、ユイが赤くなった顔を両手で隠している。

その後ろでは、アイシスがじっとシアさんを見つめていた。

「どうした?」

「…あ、いえ。先生の魔法とずいぶん違う…と思って」

見ていたのは、さっきから浮かべっぱなしの水の魔法か。

持続してるから負荷がかかってるはずなのに、まったく制御が揺らがない。

「シア、いい加減にそいつを捨てろ」

「はーい」

可愛らしく返事をすると、窓へと投げ捨てる。

窓枠を超えたところで霧散し、小さな七色の虹を作った。

「相変わらず、芸が細かいですね」

みやびでしょう?」

かなり複雑な力の制御が必要なはずなのに、平然と笑ってみせる。

俺が教えても、アイシスは魔法のきっかけを掴めていないみたいだが…。

他の人に頼めば、あるいは…。

「んで、確認しとくが…もう治ったんだな?」

「ええ、もう万全です」

「なら、やるか」

「? 何の話ですか?」

「わたしとラインで、ティストちゃんの特訓をしようと思って。

 安心して、レジ様にもクレア様にも許可は頂いてるわ」

「何をどう安心すればいいのか、まったく分からないですね」

二人とも、師匠たちと同等の実力者だ。

以前にも何度か手解きをしてもらったが、まったく通用しなかった。

今でこそ少しは実力差が狭まったかもしれないが、勝てるなんて思いもしない。

「その間、アイシスちゃんには、ユイが教えてあげなさい。

 水の魔法なら、できるでしょう?」

「うん」

「じゃ、行くわよ」

返事をするより前に、二人が外へと向かう。

元より俺の意見を聞いてくれるとは、思っていないが…。

食休みも無しに、地獄に耐えられるかどうかは心配だな。



連れられてやってきたのは、家の裏にある森の中。

訓練をするには動き辛いし、不向きじゃないのか?

「始める前にこれを見て」

差し出された紙切れを受け取る。

これは、ギルドで売られている『リスト』。

アイシスのためにもらってきたものと同じだ。

「人物手配の欄を見て」

「これは…?」

誘拐されたアイシス・リンダントの捜索依頼。

連れ戻した者には、依頼主から多額の報酬が約束されている。

依頼主は、リンダント卿…アイシスの父親か。

「…!」

もう一行下には、貴族の息女を誘拐した罪で、俺が賞金首として指名手配されている。

アイシスの提示額より劣るものの、俺にもそれなりの値がついているな。

ご丁寧に、俺とアイシスの人相書きまでつけている。

これが、どこまで浸透しているのか知らないが、当分の間はロアイスを歩けないな。

「まったく…」

掴んでいた紙の端が、くしゃりと音を立てて潰れる。

握りつぶしても、現実は変わらない。

だが、それ以外に怒りのやり場がなかった。

「まさか、ギルドにまで手を回すとは…」

ファーナの読みどおりだな、敵の熱意を計るには十分だ。

これだけの額を提示したら、ギルドでくすぶっている奴らは目の色を変えるだろう。

「ウチの店で目撃証言が出て、もう連日満員御礼よ」

「飽きもせずに、ご苦労なことだぜ」

シアさんは笑いながら、ラインさんは苦い顔で、それぞれにつぶやく。

「すみません、俺のせいで…」

「別にいいわよ、いざとなったら休業して私たちもここに来ちゃうから」

「休業するなら、俺が我慢してるうちにしろよ」

冗談めかして、二人が笑う。

こんな状況ですら笑顔で乗り切れてしまうのだから、この二人には敵わない。

「…で、ティストちゃんは、どうするつもりかしら?」

「今回の件を…ですか?」

「私たちが黙って終わらせれば、アイシスちゃんは平和に暮らせるわ。

 だけど、心のどこかに父親の影が居着くかもしれない。

 もしかしたら、もう忘れているかもしれないけどね」

 父親を相手にすれば、塞ぎかけた傷口が開くだけかもしれない。

 だけど、良い方向に流れれば、関係を修復、もしくは完全に破壊できるわ」

痛みを隠して自然治癒を待つか、痛みを伴う荒療治か。

どちらも、傷が悪化する可能性があるし、完治の保証もない。

「でも…アイシスに黙って終わらせるって、どうするんですか?」

「店に来た馬鹿を残らず蹴散らして、貴族と直談判だ」

「一番速いわよ? 本人だけ納得させればいいんだから」

過激な発言を実行してしまうだけの力が、この二人にはある。

見ているほうが気持ちよくなってしまう笑顔は、大きな安心をくれた。

そうだな。方法なんて、自分が出来るものを選ぶしかない。

「アイシスと相談します。

 これは、俺が独りで決めていい問題じゃないですから」

俺が選んでしまったら、アイシスは自分の意志を隠して従うだろう。

俺の価値観を押し付けても、意味がない。

それに、考えたくもないが…。

アイシスは父親の元に戻りたいというかもしれない。

なんにしても、必要なのは、アイシスの判断だ。

「俺は、アイシスの決定を出来る限り支えます」

「三日後までに結論を出しとけ。

 手配書は、それまでに何とかしといてやる」

「よろしくお願いします」

俺には手に余る事態だ。

ここは、素直に甘えさせてもらおう。

「さて、結論が出たなら、やりましょうか?」

「やる…って? これは、アイシスを残して話をする口実じゃ?」

「あら? 負けて帰ってきたのに、必要ないの?」

「…!」

そうだった、俺は負けて逃げ帰ったんだ。

本来なら、俺から指導を乞うべきなのに…。

「よろしくお願いします」

「退屈させるなよ?」

拳を握って臨戦態勢に入っただけで、その迫力に押しつぶされそうになる。

現役を引退なんて笑っていたのに、なんて威圧感だ。

「ティストちゃんなら、大丈夫でしょう?」

背後へと流れる声に、気を引き締めなおす。

ラインさんにばかり気を取られていたら、シアさんに翻弄される。

「お願いします」

横へと飛びのき、挟まれている状態を打開する。

二人とも、同じ笑顔を浮かべていた。

持てる力を全て解放する。

全力でも、この二人にはまるで足りないんだから。



【アイシス視点】



冷たいベッドの上に、仰向けで寝転がる。

晩御飯を食べた後なのに、ちっとも暖かくない。

いつも頼りになる毛布も、今日ばかりは役に立たなかった。

暗い天井を見上げていても、いつものように眠気がきてくれない。

先生から聞いた話に、頭の中は全部占領されていた。

私のことを、あの人が探している。

しかも、ギルドまで使って、本気で…。

「………」

意識しなければ、ため息さえ満足につけない。

縁が切れたと、勝手に思い込んでいた。

でも、どうして、今になって…。

考えただけで、息が苦しくなる。

あの人から逃げるために、クリアデルへ行って、辛い思いをして。

それでも、逃げきれなかった。

考えてみれば、当たり前だ。

あの人は、私の親で。

逆らうことなんて、一度として出来なかったんだから。

こんな馬鹿なことに、先生を巻き込んでしまった。

賞金首になんてなったら、どんなに先生が強くても関係ない。

それだけで、表通りを歩けないし、買い物だって出来なくなるはず。

どうして、私は…。

人に迷惑をかけてばかりなんだろう。

「………」

ぼやけた天井を見ないために、目を閉じる。

自分の頬を伝う涙が、ただ、鬱陶しい。

考えさせてくださいなんて、都合のいいことを先生たちに言っても…。

答えなんて、見つからない。



どれだけ、時間が経ったのだろう?

廊下を歩く足音が、私の部屋の前で止まった。

「アイシスちゃん、起きてる?」

無視しようか?

その誘惑を振り払って、ドアへと向かう。

こうしていたって答えは出ないって、さっき分かったはずだ。

「なんですか?」

「なんだか寝付けなくて…少し、付き合ってくれない?」

片手でいつも使っているトレイを持っている。

その上には、湯気の立つマグカップが2つと、ラベルの貼られたビンが乗っていた。

「それ、お酒…ですか?」

「うん、リンゴのお酒なんだけどね、ミルクティーにもあうの」

「ちょっと待ってください」

あわてて、ロウソクに火をつける。

その間に、ユイさんはテーブルでお酒の用意を始めた。

琥珀色の液を注いで、小さなスプーンで優しくかき混ぜる。

完全に馴染ませてから、そっと差し出してくれる。

私はそれを、ベッドに腰掛けて受け取った。

「熱いから気をつけてね」

ほんのりと甘味がついて香りもいいから、とても飲みやすい。

これなら、私でも無理なく飲める。

「どう?」

「美味しいです」

「良かった」

笑って、ユイさんもカップへと口をつけた。

二人で、ミルクティーを楽しむ。

珍しく、ユイさんは黙ったままだった。

「………」

他にすることがないから、すぐにマグカップの中が減っていく。

空にすると気を使わせそうで、ゆっくりと一口ずつ時間をかけた。

どれだけ待っても、ユイさんは何も言わない。

そうしているうちに、カップの底が見えてきた。

「あの…何か、私に用ですか?」

「あたしは、頭も良くないし、助言みたいなことは出来ないけど…。

 相談相手になら、なれるかな…って思って」

「でも、何を話したらいいのか…」

「上手に話す必要なんてないよ。

 思ったことを口に出すだけでいいし、愚痴でもいい。

 そういう気遣いは、あたしには必要ないからね」

年上らしい余裕の笑み。

その頼もしい笑顔が、嬉しかった。

でも…。

解決なんて、そんな都合のいい方法があるわけない。

「どうしようもないんです」

どんなに隠れていても、逃げきれるわけない。

あの人の怒鳴り声が、耳の奥で反響する。

思い出したくない。

なのに、忘れることがてきない記憶か、私を襲う。

「アイシスちゃん?」

真向かいにいるはずなのに、声が遠い。

首を振って、何とか意識を取り戻す。

「貴族を止めることなんて、誰であっても無理です。

 たとえ、先生だって…」

「余計なことを考えると、それが自分に嘘をつく理由になるの。

 誰が…とか、どうやって…とか、それは大事なことじゃない。

 アイシスちゃんが、どうしたいのか? それだけでいいよ」

優しい声が、私を包み込む。

私が落としそうになったカップを受け取って、ユイさんがテーブルに置いてくれた。

「私の…?」

どうしたい?

私は…どうしたい?

「私の気持ち…は…」

クリアデルにも、あの家にも、二度と戻りたくない。

痛いのも、辛いのも、苦しいのも、いやだから。

でも、それだけじゃない。

「私は…」

一緒にいるのは、誰でもいいわけじゃない。

あの場所じゃなければ、どこでもいいわけじゃない。

目頭が熱くなり、涙があふれてくる。

自分でも情けなくなるくらいに、私は泣きじゃくっていた。

恐かった。

以前は、あんな最低な環境でも、生きていられた。

でも、今同じことが起きたら、きっと…無理だ。

幸福な今が壊れることも、不幸な未来が訪れることも…私には、耐えられない。

「私は、今のままが…いいです」

この家にいたい。

初めて出来た私の帰る場所から、離れたくない。

先生とユイさんがいる、この家にいたい。

「うん。なら、後はあたしとティストに任せて」

耳に吐息がかかる距離。

私は、ユイさんに抱きしめられていた。

両腕が背中に回り、少し苦しいくらいの圧迫感がある。

だけど、それが良かった。

その感覚が、私を落ち着かせてくれる。

「今日は、一緒に寝ようか」

「はい」

「こういうのは、行儀悪いんだけどね」

ピッと指を立てて、小さな雫を作り出す。

ジッと鈍い音を立てて、ロウソクを消え、すぐに部屋が暗くなった。

枕をベッドの真ん中に置いて、端に頭をのせる。

すぐ横に、流れる綺麗な髪が広がった。

「おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

一枚の毛布に、小さくなって二人で入る。

さっきまで感じていた寒さが、少しだけ薄れた気がした。

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