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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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12章 嘆(なげ)く少女-2

【アイシス視点】


暗い廊下でノックをして、中の反応を待つ。

『朝起きたら、ユイの様子を見てくれないか?』

寝る前に先生から頼まれたおかげで、今日はいつもより早起きだ。

昨日、いつまで待ってもユイさんは起きてこなかった。

あんなに笑顔だったのに、やっぱり無理してたのかな。



もう一度、ノックをしてみる。

まだ、寝てるのかな。

「はーい」

元気のいい返事とともに、ドアが開いた。

「おはようございます」

「あ、アイシスちゃん。おはよ」

『ダガーを振り回すだけでも疲れるのに、魔法なんて力を使うことが身体にいいはずがない』

先生の言葉が、頭の中に響く。

だから、この笑顔が本当かどうかなんて、私には分からない。

「あの…大丈夫ですか?」

「心配してくれたんだね、ありがと」

照れ笑いを浮かべて、ユイさんが頬をかく。

なんとなく、この話題を続けるのがまずい気がして、次の話題を探す。

だけど、そんなに都合よく見つかるわけがない。

「もう少しで終わるから、中で待っててくれる?」

「はい」

半開きのドアを閉めて、私は部屋の中へと入った。



ユイさんが鏡に微笑むのを、部屋の隅に立って見守る。

テーブルの上には、ブラシといくつもの小瓶。

化粧のため…かな?

「………」

鼻歌でも聞こえてきそうな上機嫌だ。

「どうして、そんなに楽しそうなんですか?」

「どうして…って言われても…」

「先生のためだから、ですか?」

「…え? な、なんで?」

「なんでもないです。邪魔してすみません」

あんなに反応されたら、なんて言っていいかも分からない。

こんな風に誰かのことを思えば、私も少しは変わるのかな。

「ご、ごめんね。待たせちゃって」

「いえ」

振り返った拍子に、大きなリボンで束ねた艶やかな髪が舞う。

女の私から見ても、あの長い髪は素敵だと思う。

「…はぁ」

自分の髪の感触に、ため息が出る。

こんな髪で同じ女を名乗る資格なんてない。

そういえば、クリアデルのときは、安物のクシを一本持っていたっけ。

でも、ほとんど使っていなかったし、ここに来てからも欲しいなんて思いもしなかった。

「アイシスちゃんも、使ってみない?」

「あの…」

ユイさんと違って髪も短いし、あんまり意味はないかもしれないけど…。

ここで断るのも、なんだか気が引ける。

「…少し借りてもいいですか?」

「うん」

ユイさんが座っていた椅子を開けてもらって、そこへ腰掛ける。

見様見真似で、髪を撫で付ける。

鏡越しに見えるぎこちない姿が、情けない。

「…ッ」

ちょっと痛かった。

髪がもつれてるのかな?

「強くすると傷つけちゃうから気をつけてね」

後ろに立ったユイさんの手のひらが、私の手を包む。

優しく私の手を動かして、髪を梳いてくれる。

「すみません」

「謝ることなんてないの。

 なんだか、妹ができたみたいで嬉しいし…ね」

はにかみながらの笑顔は、なんだかこっちも照れてしまう。

「今度ゆっくり教えてあげるから、今日のところは任せてくれる?」

「はい」

ブラシを受け取ると、嬉しそうに私の髪へと通していく。

こんなに近くに人がいれば、いつもなら落ち着かないはずなのに…。

なぜか、そんな気持ちにならなかった。



【ティスト視点】



家の近くにある森の中。

いつもの訓練を終え、切り株を椅子代わりにしたアイシスが俺を見上げている。

講義なんて形式は慣れないから、妙に緊張するな。

「魔法を開眼する方法で一番多いのは、既に使える者との同調だ。

 人が使っているのを感じとり、その感覚を覚え、真似る。

 これが、基礎であり、魔法を覚える上では最大の難関でもある」

「? どうしてですか?」

「今までにも、魔法を見てきただろう?

 同調しろと言われて、具体的にどうする?」

「どう…って…」

そこで、アイシスが言葉に詰まってしまう。

「意識や感覚の問題だから、どうすればいいのか分からない…ってことだ」

答えを出すと、自分の答えと確認するようにアイシスがゆっくりうなずく。

反応一つを見ていても、理解の度合いが分かって、なかなか面白い。

「じゃあ、どうすれば…」

「俺の場合は、師匠たちに隣でひたすら魔法を使ってもらった」

それ以外にも、魔法を取り入れた実戦形式の訓練もあったが、それは伏せておこう。

同じ事をしたいといわれても、師匠たちのように適度な手加減ができる自信がない。

「同調できるようになれば、私も先生みたいに使えるようになるんですか?」

「そうだな、干渉できるようになるのが、第一歩だ」

「かんしょう?」

「例えば、俺が使った風の魔法に対して、その風向きを変えたり…とかな。

 炎、水、土なら、その形を変えることを練習する。

 そのうち、最初から全て一人で出来るようになって、魔法を習得したことになるわけだ」

自然を操作することと、ガイやセレノアのように何もない場所に炎を生み出すことは、少し違うが…。

一度に説明しても混乱するだけだろうな。

思い出してみれば、師匠たちの説明も、ある程度ごとに区切られていた。

「じゃあ、これで覚えられるのは、風を操る魔法なんですか?」

「そうなる可能性は高いが、断言はできないな」

「クレア師匠は水の魔法の使い手だったが、俺は風だ」

…といっても、あいつのおかげで、風の魔法だって嫌というほど浴びていた…か。

俺が魔法を使えるようになったのは、あのおかげかもしれない。

「まずは、深く考えないで試してみるといい。

 分からなかったら、そのときにまた聞いてくれ」

風の魔法を使って地面の枯れ枝を弾き、左手で受け止める。

発動させる場所、角度、威力、調整しなければならないものは数え切れず、手で拾うほうが数段楽だ。

生えている木々を傷つけないように、落ちている枝だけを選り抜いて魔法を放つ。

使う間隔を狭めれば連射の訓練にもなるし、単純なのに意外と奥が深い。

「………」

困惑顔で、アイシスが枝の行方を目で追いかける。

だが、どうしていいのか分からないという戸惑いが、顔に浮き出ていた。

「難しいだろう?」

「はい。魔法を感じるって、風を感じればいいんですか?」

「いや、むしろ風ではないものを感じるべきだ」

「風ではないもの?」

「俺が魔法で起こした風と、自然に生まれる風は、同じじゃない。

 その違いの根源が、魔法の力と呼ばれるものになるそうだ」

自然を操るような魔法は、ほとんどがそういう扱いをされている。

自然に干渉している魔法の力を理解し、その流れを自分でも動かせるようにする。

それが、魔法の習得につながる。

「先生は、どれくらいで出来ましたか?」

「本格的に魔法の訓練を開始してから十日くらいで、きっかけをつかんだ。

 練習を重ねて、初めて干渉できるようになるまでは、二十日くらいだな」

不安げな顔で、アイシスが黙り込む。

どうしても比べてしまうだろうから、少し長めに言っておけば良かったかもしれないな。

「心配しなくてもいい。

 アイシスが諦めない限り、出来るようになるまではつきあうから」

「ありがとうございます」

アイシスには、もう少し自信を持って欲しい。

俺の隣にいるせいで、あれだけ特殊な環境を抜けてきたんだから。

「案外習得は早いかもしれないぞ。

 最近は、質の高い魔法をたくさん見たことだしな」

「質の…高い?」

「レオンにセレノアにガイ、魔族でも屈指の使い手を見る機会に恵まれただろう?」

「あまり、恵まれたくなかったですけど…」

アイシスが苦笑いしながら、そうつぶやく。

最近は口数も増えてきたし、表情もよく変わるようになった。

会話に関しては悪い見本の俺が言うのもなんだけど、いい傾向だと思う。

「もう少し、風に近づいてもいいですか?」

立ち上がったアイシスが、おっかなびっくり歩き始める。

俺は、慌てて連発していた魔法を止めた。

「…ちょっと待て、風の方向と威力を考えるから」

「? どうしてですか?」

「困るだろう、アイシスが」

「?」

どう言えばいいのか迷った俺の視線が、無意識にアイシスのスカートに向かう。

「…!」

それに気付いたアイシスが、あわててスカートを両手で抑えた。

頬を赤くしたアイシスなんて、今まで見たこともない。

気まずい沈黙を終わらせるために、俺は風の魔法の使い方を必死で考える。

本当に…最近は口数も増えてきたし、表情もよく変わるようになった。

俺の方がどうしていいのか困るほどに。

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