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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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11章 抗(あらが)う少女-4

【アイシス視点】


ライズ&セットに戻ってきてから、ずっと枕に顔をうずめている。

動く気にもならない。

先生の治療は、他の部屋でやっている。

私がそこにいたって、できることなんでない。

見ているだけの私は役立たずで、邪魔になるだけ。

「………」

ため息さえ、出ない。

何をしても失敗する、迷惑ばかりを生み出す。そんなのは、言いがかりだと思っていた。

私がそんな風に言われてるだけで、そんなことはないと思っていた。

だけど、違った。

私は、本当に最低なんだ。

何も出来ないし、何の役にも立たない。

セレノアさんの助けがなければ、先生は…。

傷だらけの先生が浮かんで、頭の中があの血の色に染まる。

私の痛みなんかとは、比べ物にならない。

一撃で、私は痛みにうずくまっていたのに。

先生は、逃げ場のない状況で、あの二人を相手に引き下がらなかった。

もう少しで、死んでいたかもしれない。

その原因を作ったのは、私だ。

先生のことは、心配。

何もできないし、何が変わるわけでなくても、隣で先生のことを見ていたい。

でも、どんな顔して先生に会えばいいのか、分からない。

ここまでの失敗をして、こんなに酷い目にあわせて、会わせる顔なんてない。



ノックの音?

あれ? いつの間にか寝てたんだ。

先生を心配する気持ちよりも眠気の方が強いなんて、情けない。

ユイさんが戻ってきたのかな?

「起きてるか?」

「先生!?」

振り返れば、先生がドアのところに立っていた。

頼りない足取りで部屋を歩き、ゆっくりと椅子に腰掛ける。

寝ているままではいられなくて、私もベッドに座りなおした。

「もう大丈夫なんですか?」

「まあ…な」

返事をする声には、いつもの声量がない。

声も満足に出せないのに歩いたりして、なんて無茶を…。

「まだ無理じゃないですか、部屋に戻らないと」

「ああ、目的も果たしたし…な」

「え?」

目的? なんのこと?

「顔を見られて安心した。アイシスが無事で良かった」

先生の穏やかな笑みに、頭の中が真っ白になる。

傷だらけの身体で、足をひきずって、先生は私の心配をして、ここまで来てくれた?

先生の看病もせずに、ただ寝転がっていた自分が情けなくなる。

「すまなかったな。一人で行かせたせいで、辛い思いをさせて…」

「どうして謝るんですか? 先生は何も悪くないのに」

震えそうになる声を、必死に抑えつける。

ちょっとでも気を抜けば、泣き出してしまいそうだった。

「あれは、俺の判断ミスだ。

 それでアイシスを危険に晒したんだから、謝るのは普通だろう?」

「悪いのは、私です。

 結局、動かないといけないときに、何も出来ないなんて…」

私は何も変わってない。

先生に教えてもらったところで、私は私のままなんだ。

「自分に刃を突き立てる癖は、早いうちに直した方がいい。

 手遅れになると、俺みたいになるからな」

あの不器用な笑顔で、先生が笑う。

困ったような、自分に呆れるような、私には、とても複雑に見える笑みだ。

「人は、転ぶ。

 転んだときに誰かに寄りかかるかもしれないし、誰かがいないと立ち上がれないかもしれない。

 アイシスが転んだら、俺が受け止める。

 それじゃ、ダメか?」

いつの間にか、先生はすぐ目の前に立っていた。

声が、はっきりと私の耳に届く。

先生の声は、とても優しい響きで、私の奥まで入り込んできて…。

その優しさに照らされて、無力な自分が浮き彫りになる。

「これまでにも、先生には迷惑ばかりかけて…。

 あれだけ先生に教えてもらったのに…私、肝心なところで何もできなかったっ!!」

大きくなる声を、自分でも止められない。

これだけ後悔があるのに、あのときは、恐くて動けなかった。

防ぐだけで、攻撃しようと思わなかった。

攻撃しようとして反撃されたら…そう思うだけで恐かった。

それは、相手を倒すことよりも、自分のことを大事にしたから。

あれだけ私のことを受け止めて、支えてくれた先生よりも、自分のことを取ったからだ。

「でもな、アイシス」

ふわりと手のひらが髪を揺らす。

暖かい手が、私を落ち着かせるように頭を優しく撫でてくれる。

「俺も、転んでばっかりなんだ。

 だから、俺が転んだときは、今回みたいにアイシスが支えてくれよ」

涙がこぼれた。

自分が殴られたことよりも。

あいつらに負けたことよりも。

先生に怪我をさせたことが、悔しかった。



【ティスト視点】



「よう、話ぐらいはできるか?」

突然半開きになったドアから、ラインさんが顔をのぞかせる。

申し訳ないが、ベッドに寝たままでの返事で、勘弁してもらおう。

「ええ、大丈夫です。今回はありがとうございました」

「礼なんていらねえよ。ちょっと邪魔するぜ」

いきなりドアが全開になり、どさっという鈍い音がする。

「お前らは…」

床には、両の手足を縛られた、リントとフェイの二人が転がっている。

加減の余裕なんてなかったが、どうやらあの程度じゃ死ななかったみたいだな。

「俺たちをどうするつもりだよ!?」

「だとよ、どうする?」

もし、アイシスの無事を確認していなかったら、この場で叩き潰していたが…。

今更になって、昨日の恨みを晴らすつもりもない。

問題は一つだけ。

どれだけ痛めつけても、こいつらは反省をしないということだ。

「俺に任せてもらえますか?」

「ああ、いいぜ」

ラインさんが、どっかりと椅子に座る。

俺も寝ていた身体を起こして、ベッドに腰掛けた。



「アイシスと俺たちに関わるな、そう言ったはずだが…忘れたか?」

「………」

「答えろ」

奴らはだんまりで、俺の顔を見ようともしない。

まったく、馬鹿にされたものだな。

「いい態度じゃねえか、お前ら。

 あれっぽっちじゃ、足りなかったみてえだな」

ラインさんが立ち上がると、途端に奴らが縮み上がる。

以前にシアさんと二人で撃退したときに、どれだけ深い傷を刻み込んだのか分かるな。

「………」

それでも奴らは、頑なに口を閉ざす。

下手な言い訳や出任せの一つぐらい、あってもいいと思うが。

あいつらの表情を見る限り、覚悟を決めた潔さでもなさそうだ。

なんだ? 何を考えてる?

「俺は、尋問なんてまどろっこしい真似が嫌いなんだよ。

 手前らの独断か? それとも…誰かの差し金か?」

ラインさんの声が低さを増す。

聞いただけで身体の芯を揺さぶられるような声音に、空気が固まった。

「話の意味が分からないな。

 気に入らない奴に復讐をするのに、なんで他人が関係する?」

「単独なら、話が早くていい。

 ここでお前らをぶっ殺せば、それで終いだ」

拳を振りかぶりながら、殺意を練り上げられていく。

筋肉がしなり、引き絞った弓矢のように、ラインさんの全身が張り詰めた。

実戦では使いようがない、動かない相手に当てるための渾身の一撃だ。

「遺言があるなら、手早く言えよ」

「ま、待ってくれ」

「この程度の脅しで口を割る馬鹿がどこにいるってんだ!!

 冷静に考えてみろ。わざわざ自分の家で、人間を殺すかよ」

慌てふためく長身に、小さい方が怒鳴りつける。

本人は、冷静でいるつもりなのかもしれないが、それは隠し事をしていますと公言しているようなものだ。

ここまで執拗に俺やアイシスに関わってきた理由が…どうやら、あるみたいだな。

「こいつらが本気で殺すつもりなら、とっくに俺たちは死んでるは…

 …がふぁっ」

最後まで言わせずに、ラインさんの鉄拳が奴を貫く。

くの字に曲がって硬直していた身体が、拳を引き抜かれて、だらしなく伸びた。

拳打で、悶絶ならまだしも、意識を刈り取るなんて芸当ができるのは、俺の知る限りラインさんぐらいだ。

「自分のちんけな物差しに他人を当てはめて利口そうな顔した奴が、俺は一番嫌いなんだよ。

 お前は俺を分かったわけじゃねえ、そう思い込んでるだけだ。

 …で、なんだって?」

次はお前の番というように、ラインさんが拳を向ける。

それだけで、がたがたと奴の身体が震えだした。

「や、ゃ、や、やめ…」

「質問に答えろ」

「り、リンダント卿だっ!!」

裏返った声で、奴が叫ぶ。

聞き取れた名前に、問い返さずにはいられなかった。

「リンダント…って、アイシスの父親か?」

「ああ、依頼主は、あいつのオヤジなんだよっ。

 連れ去った野郎を消して、あいつを生きたままオヤジのところまで運ぶ仕事だ。

 だってよお、多少痛めつけてもかまわないって、こっちは言われてるんだからよ?」

浮かんでいた疑問や驚きが、怒りで塗りつぶされる。

娘を心配した父親の行動…なんて、くだらないことを考えた自分が嫌になるな。

まだ、アイシスを苦しめ足りないのか。

いつまで経っても、どれだけ逃げても、不幸が隣に居座り続ける。

どうすれば、アイシスは解放されるんだ?

「それにさあ、報酬は一生遊んで暮らせるほどの額なんだぜ?」

同情を求めるつもりなのか、こっちの顔色を見ている。

危機感を麻痺させたのは、一生分の金か。

「なあ? 聞かれたことに答えただろ? だから助けてくれよ? な? な?」

「もういい、てめえも黙れ」

「げはぁっ…」

さっきと同じように拳が突き立ち、筋肉が弛緩する。

こうしてみると、本当に死んでいるようにしか見えない。

「気絶…ですよね?」

「当たり前だ、殺す価値もねえよ。さて、こいつらを捨ててこないとな」

荷物を持つような気軽さで、一人ずつ片手で持ち上げる。

大の男二人を軽々と…か、相変わらずだな。

「それと…。

 レジ様とクレア様に事情を話したら、こいつらを城へ渡せとすごい剣幕だったぜ」

「師匠たちが…ですか?」

「ああ、思わず俺が寒くなるくらいの、どぎつい殺気をまき散らしてた」

冗談めかしてラインさんが笑う。

「お前が怪我してるのに自分たちが城から出られないことが、心底気にいらねえんだろうよ。

 動けるなら、明日にでも顔を見せに行って、安心してもらえ」

「いえ、今日にします。歩くだけなら、出来ますから」

「いい返事だ、気をつけて行ってこい」

「はい」

無事を伝えるためだけなら、喜んでいけるが…。

師匠たちには、ガイの話を伝えないといけないからな。

憂鬱な気持ちを抑えて、俺はベッドから立ち上がった。



【アイシス視点】



「おはよ、目が覚めた?」

その声に、ぼんやりとしていた意識が覚醒する。

淡い光が、開けたばかりの目にまぶしい。

「あ、ごめん」

その光が消えて、ようやく椅子に腰掛けるユイさんの顔が見える。

さっきのあったかい感覚は、癒しの魔法だ。

「ごめんね、アイシスちゃんが後になっちゃって…」

「いえ、私はいいですから、先生を…」

「ティストも言ってたよ、自分のことはもう大丈夫だから、アイシスちゃんを見てくれ…って。

 だから、ね?」

「はい」

そう言われてしまうと、断る理由が見つからない。

寝てるままでは申し訳なくて、ベッドの上で身体を起こした。

淡い光を宿した手のひらが、傷口を優しく包む。

その気持ちよさに、思わずため息が漏れそうになった。

眠気が欠片も残っていないし、身体の疲れも取れている。

これも、癒しの魔法の力なのかな。

それとも、昨日の夜に先生にかけてもらった言葉のおかげ?

先生の言葉を聞いてから、すぐに眠ることができた。

「アイシスちゃん、ありがとね」

「何がですか?」

「ティストの応急処置をしてくれたの、アイシスちゃんなんでしょ?」

「先生に言われたことをしただけです。

 不器用で、下手で…そんなの、自分でも分かってます」

情けなくなるくらいに、自分の手は動いてくれなかった。

きっと、ユイさんと比べたら、治療ともいえないものだと思う。

「でも、アイシスちゃんのおかげで、ティストの痛みが少しでも減らせた。

 だから、アイシスちゃんにお礼を言わせて」

その言葉を、素直に受け取れない。

私には、受け取る資格がない。

「あの場にいたのが私じゃなかったら、もっとマシな治療が出来たはずです」

そもそも、先生が怪我をしたのは、私がいたからだ。

私さえいなければ…。

「あのね、アイシスちゃんに聞いて欲しい話があるの」

「なんですか?」

「どんな大怪我を治せる医者でも、その場にいなきゃ何も出来ない。

 だから、誰かと自分を比較するのは、周りに人がいるときだけでいいと思うんだ。

 だって、誰もいなかったら、自分がやるしかないんだから」

「…!」

返す言葉が見つからない。

ユイさんの言うとおりだ。

私が上手いとか下手だなんて、関係ない。

あの場で応急処置が出来たのは、私だけだったんだから。

「なんて、偉そうに言うけどね、あたしも最初は何もできなかったの。

 怪我の治療なんて何していいかも分からないし、血を見るのも恐かった。

 あたしはどうせ下手なんだから、練習しない…って、お母さんに八つ当たりしたら、こう言われたんだ」

 『ユイと二人っきりのときに、ユイの大切な人が怪我をしたら、その人を助けられないのよ? それでもいいの?』って。

 そう聞かれたときには、もうあたしの答えは出てた」

そのときのユイさんの気持ちが、今なら少し分かる。

覚えることに損はない。

応急処置は、自分にだって出来ることなんだから。

「私にも、教えてくれますか?」

「うん、もちろん」

その笑顔は、癒しの魔法と同じくらいに、あったかいものだった。

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