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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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11章 抗(あらが)う少女-3

【ティスト視点】


顔面に向かって飛んでくる石を、右腕で払う。

威力を逃がすような細やかな力加減もできないから、ただ叩き落すことしかできない。

当たり所を変えているだけで、防御とはいえないな。

「…ッ」

痛みの感覚が麻痺してきたとはいえ、完全に消えるわけじゃない。

右手は指先から二の腕まで赤く染まり、皮膚があちこち破れている。

「どうした? 向かって来ないのかよ?」

「お前ら程度、座ったままで十分だ」

「そうかい。なら、どうにかしてみろよ!」

挑発に乗って突進してくるほど馬鹿じゃないか。

投石なんて安い攻撃、万全なら数秒で打開できるが、この状況ではかなり厄介だ。

使い減りしないし、魔法みたいに疲れないし、致命傷になりにくい。

時間をかけて痛めつけるには、もってこいだな。

「ひひっ、せいぜい逃げ回ってくれよっ!!」

嗜虐性を剥き出しにして、奴らが笑みを浮かべる。

石つぶてを弾くたびに血が飛び散り、自分の腕が磨耗していく。

こんな後手じゃ、我慢比べとも言えないな。

「命乞いでもしてみたらどうだ?

 もしかしたら、助かるかもしれないぜ?」

下卑た笑いを浮かべて、心にもないことを語ってくる。

その顔を見せておいて、俺を生かしておくつもりだなんて、よく言えるもんだ。

「痛いのも、苦しいのも、死ぬのも嫌だが…

 俺の弟子を傷つけた奴に頭を下げるのは、どれよりも嫌なんでね」

「強がったって無駄だぜ。頼みの綱は、もう切れてるんだからな」

不吉な笑い声に、嫌な予感が膨れ上がる。

「どういう意味だ?」

「お前の弟子は、今頃ロアイスの街中でひっくり返ってるぜ。

 ちょっと防御がうまくなったからって、揺さぶったら一撃だ」

「…!」

言うことを聞かない右手を、力任せに動かす。

不出来な握りこぶしから、血が盛大に滴り落ちた。

肉と皮が千切れる音がするのに、痛みはまったく感じない。

後悔もアイシスへの謝意も、この程度の痛みじゃ紛らわすことさえできなかった。

一人で行かせるべきじゃなかった。

間違いなく俺の失態だ。

ごめんな、アイシス。

無事でいてくれよ。

「んだよ、その面はよぉ? てめえの心配のほうが先だろうがっ!」

怒声とともに、交互だった攻撃が同時に、飛んでくる石の数は数倍になる。

身体に当たる石を無視して、動き回る奴らに視線をあわせる。

残された力を防御に残す気なんて、欠片もない。

「そんなにあの女が大事なら、目の前でくびり殺してやればよかったなぁ。

 今から、連れてきてやろうか?」

あからさまな挑発に答えて、怒りが体の奥から噴き上がる。

「逃がすかよ」

体重を預けていた岩から、背中をはがす。

それだけで、気の遠くなるような痛みが走った。

「立てもしねえのに健気に強がって、そんなに死にてえのかよ?

 それとも、本気であんなガキに惚れこんだのかぁ?」

「アイシスは…。あいつは、俺なんだ」

誰かに近づくのが苦手で。

でも、一人が好きなわけではなくて…。

余計な気遣いで、相手との距離を作ってしまったり…。

気を使われると嬉しいのに、どうしていいか分からなくて…。

だから、放っておけない。

どうして欲しいのか、どうすれば嬉しいのか。

俺は、その答えを知っているから。

「自分を大事にして、何が悪い」

「はぁ? 何を言ってやがる?」

「やれやれ。血を流しすぎて、ついに狂ったか」

分からないだろうな。

分かって欲しいとも思わない。

なけなしの力を、全て右手に集める。

後のことを考えるつもりは、欠片もなかった。



【アイシス視点】



街道から草原を抜けて荒野へ。

三人とも、すさまじい速さで駆け抜けていく。

私は、ラインさんの腕に抱かれながら、必死に方向だけを指差していた。

今までに見たこともない速度で、景色が後ろへと流れる。

もう、大分近くまで来ているはずだ。

「どっちだ?」

「え…と…」

方角は、何度も確認してきたのに…。

案内する道が本当に正しいのか、確信が持てない。

どれも、あのときとは違って見えてくる。

どうして、記憶の中にわずかにあるものと、どれも合致してくれない。

考えている間にも、時間は経過していく。

急がないと。

急がないと、先生が…。

あっち?

でも、間違っていたら。

間違っていたら、先生は…。

焦るほどに空回りして、記憶が薄れていく。

なんて、自分は馬鹿なんだろう。

助けを呼ぶために、先生は私を一人で行かせたのに。

その役目すら、満足にこなせないなんて…。

「やられたわね。まさか、ここまでしてるなんて…」

「え?」

「落ち着いて見てみなさい、岩の形がおかしいでしょう?

 魔法か何かで、地形を無理に変えたわね」

「そんなっ!!」

それじゃあ、私の記憶なんて、もう何の役にも立たない。

どうやって、この広い場所で、先生を探しだせば…。

「二手に分かれるぞ」

「見つけたらいつもの合図ね」

「待ってっ!!」

今まで一言も発しなかったユイさんが、背中合わせに走り出そうとした二人を止める。

その視線は、迷いなく一点を見据えていた。

「あっちに、誰かいる。たぶん、ティストも…!?」

色鮮やかな桃色の帯が、空へと吹き上がった。

あれは…。

言葉もなしに、全員が走り出す。

ラインさんの腕の中で、さっきの場所を睨みつけるように目を凝らした。



岩に背を預ける先生は、身動き一つしない。

その岩に腰掛けて、あの人は優雅な笑みを浮かべていた。

「ようやく来たのね」

「セレノアさん!」

やっぱり、あれはセレノアさんの炎だった。

「!? ティスト! ティスト!!」

呼びかけに、先生は答えない。

意識がないの?

「ティストを治療させて! お願いっ!!」

「? いいわよ? 好きにしなさい」

小さな音を立て、腰掛けていたセレノアさんが降り立つ。

場を渡すようにセレノアさんが離れ、ユイさんが先生に駆け寄った。

「っ…ひどい傷」

息を飲むユイさんの邪魔にならないように、先生を覗き込む。

「…っ」

変わり果てたその姿に、声が出なかった。

どれだけの血を流せば、服があんな色に染まるの?

乾きはじめた血は、赤黒く変色して、固まり始めている。

力なく伸ばされた右腕は、皮膚がずたずたに引き裂かれていた。

私と別れたときにはなかった傷だ。

額にも、頬にも、新しい傷。

そこからは、まだ渇いていない血が流れ出していて。

これは、私がつけた傷だ。

先生が受ける必要もないのに、私が押し付けてしまった痛み。

よく分からない感情が込み上げてきて、先生を直視できない。

「ティスト」

そっと、手のひらを先生に当てながら、話しかけている。

優しくて、穏やかな声。

「もう、大丈夫」

まばゆい光が先生の身体を包み、柱のように立ち昇った。

何度か見てきたけど、いつもとは輝きの強さが違う。

「ふぅん、それが癒やしの魔法。

 見事なものね、あれほどの怪我でも治療ができるなんて」

「あなたも見事よ。周囲の風を完全に止めるなんて、楽な技じゃないでしょうに」

「なんてことないわ、こんなの」

言われて、初めて気づいた。

少し離れたところでは砂が舞い上がっているのに、ここには少しもない。

私たちの周りだけ、空気が綺麗なままだった。

「魔族は他人に無関心のはずだけど…。

 ティストちゃんとは、どういう仲なの?」

「べつに、アタシの服を汚したくなかっただけよ。

 後は…そうね、食事の借りもこれで返せたでしょ」

「ふふっ、なんとも魔族らしい物言いね」

「うるさいわね。

 おしゃべりは止めにして、さっさと運んだほうがいいんじゃないの?

 あのままじゃ、死ぬかもしれないでしょう?」

「大丈夫よ、ああ見えても大事なところはしっかり守ってるわ。

 さすがは、ティストちゃんね。

 ユイの処置にも間違いはないし、命に別状はないわ。

 出血量が多いから、帰りはラインに運んでもらうけど」

「そう」

「安心した?」

「べつに、アタシには関係ないって言ってるでしょ?」

二人のやり取りが、遠くで聞こえる。

何もできない私は、ただ黙って、先生のことを見ていた。

癒えていく傷口を見ていると、胸が痛かった。

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