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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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11章 抗(あらが)う少女-2

【ティスト視点】


足に力が入らずに、岩へと倒れこむ。

左肩をぶつけたはずなのに、痛みさえ感じなかった。

「先生っ!!」

「…はぁっ、はぁっ」

歩いているだけなのに、思うように呼吸ができない。

ロアイスは見えているが、気力だけで解決できる距離じゃない。

クレア師匠に厳しく指導されて、目測で距離と到達時間を把握する目を得たのが、裏目に出たな。

あの距離を踏破するだけの力が、もう残っていない。

「くっ…」

眩暈めまいだけでなく、眼前が白く霞んできた。

痺れを超えて、あちこちの感覚が麻痺している。

手も足も、指先を動かしてみても、まるで感触がない。

このまま血が流れて痙攣けいれんが始まれば、自分の意志で立ち上がれなくなる。

「大丈夫…ですか?」

俺の分の荷物を持ったアイシスが、気遣わしげに覗きこんでくる。

その表情も、今の俺の目では、きちんと読み取れない。

「無理…だな」

口を開くのも億劫だ。

とてもじゃないが、歩くことなんてままならない。

「少し休みませんか? 時間が経てば…」

「好転は、ない」

一度体から失われた血は、戻らない。

止血が完全でない現状では、悪化の可能性のほうが高い。

「なら…」

解決案が浮かばないのか、アイシスの言葉はそこで止まってしまう。

動けない俺では、足手まといだ。

「一人で…行け」

「そんな、先生を置いてなんて行けません!」

「行け。ロアイス、ユイたち…連絡、頼む」

考えることはできるのに、言葉にするのが辛くて、単語を並べる。

ここでアイシスに看病されても、共倒れになるだけだ。

だったら、アイシスだけでもロアイスに行って、ユイたちカルナス一家に連絡を取るべきだ。

「分かりました」

しばらくして、ぽつりとそうつぶやく声が聞こえる。

立ち上がり、離れていくアイシスを耳で確認する。

役目を果たさなくなってきた目を閉じて、全身の力を抜いた。



【アイシス視点】



恐い。

歩くのが恐くて、どうしても走ってしまう。

遮蔽物しゃへいぶつのあるところまで走って、休むの繰り返し。

緊張と疲れで、胸が痛い。

心臓なんて、壊れそうなほどに激しく打っている。

肩が重くて、上から誰かに押されてるみたいだ。

「はぁ…はぁ…」

深呼吸を繰り返しても、恐怖は消えない。

魔族に見つかったら、どうしよう?

私一人じゃ、絶対に勝てるわけがない。

昼間じゃなく、せめて、夜みたいに暗ければ…。

「ダメ、急がないと…」

足を止めているうちに、先生が魔族に見つかったり、血が流れすぎている可能性だってある。

先生を助けるには、往復する時間が必要なんだから、私が少しでも減らさないといけない。

先生の場所を間違えないように、方角を何度も確認しながら走る。

絶対に、先生のところへユイさんたちを連れて行く。

私がいなければ、先生の怪我はもっと少なくて済んだかもしれない。

いつもいつも足手まといで、何にもできない私に、唯一できることなんだから。

気持ちだけで足を動かし、呼吸がすぐにあがってしまう。

だけど、どんなに呼吸が荒くなっても、息がつまっても止まれない。

遠くに見えるロアイスは、どれだけ足を動かしても辿り着かなくて。

ただ、私は見えているものを信じて、一直線に突き進んだ。



街の喧騒を聞くと、このまま倒れてしまいたくなる。

その誘惑を振り払って、ライズ&セットを目指す。

喉が渇いたし、足も痛い、もう何もかもが限界だった。

だけど、足を止めるわけにはいかない。

人波が、私を避けてくれる。

指を差されたり、何か言われてるみたいだけど、気にする余裕もない。

普段ならなんでもない距離が、すごく遠い。

引きずる足が、もう言うことを聞いてくれない。

「血だらけじゃねえか? なんで歩けてんだよ?」

「馬鹿が。あれだけ血が出たら、動けるわけないだろ。

 お前の血じゃないよな? これは。

 臆病なお前が、返り血を浴びてるわけもない。

 なら、これは…誰の血なんだろうなぁ?」

勝ち誇ったように、醜い笑顔が浮かぶ。

その邪悪な笑いを見ているだけで、嫌悪感で吐きそうだ。

「どこにいるんだよ? お前の飼い主は?

 ここにいないってことは、その血は、あいつのなんだろう?」

私が否定したって、そんなの聞きやしないだろう。

身動きができない先生のところに、こいつらが行ったら…。

「答えろよ。答えたら、お前だけは見逃してやる」

言わない。

言ったところで、こいつらが約束なんて守るわけがない。

「聞こえてんだろっ! さっさと答えやがれっ!!」

怒声が空気を揺らして、私のところまで届く。

恐い。

でも、絶対に、この口を開けない。

こいつらが行けば、先生は間違いなく殺される。

「いいねえ、いつもの泣き顔がようやく見れたじゃねえか。

 言う気になったか?」

「………」

口を開けることもできなくて、なんとか首を横に振る。

それが、私ができる精一杯の意思表示だった。

「黙るつもりなら、いつものやり方で聞いてやるよ。

 意地を貼って、そのまま死んでもいいぜ」

金属が擦れる音がして、奴らが武器を構える。

こうなったら、ここから先の出来事は、私が一番よく知っている。

連中が飽きるまで、私は、殴られ続けるんだ。

今の私の足じゃ、逃げることもできない。

周りの人たちは、この騒ぎを離れて見ているだけで、助けてくれそうもなかった。

「…っ」

私が…やるしかない。

震える手を抑え付けて、自分のダガーを引き抜いた。



力任せで重いだけの斬撃を、なんとかダガーで凌ぐ。

振りかぶってから振り下ろすまでの一連の動作が、全て目に焼きつく。

練習で受けた先生の攻撃と比べたら、こっちのほうが絶対に遅い。

「おらぁっ!!」

直線的な動きは、受け流すことも避けることも、そんなに難しくない。

先生に習ったとおりの防御の形で、全て対処できる。

「頑張るじゃねえか」

決まったように、順番に攻撃をしかけてくる二人。

一人が攻め終わったときに、もし、そっちを攻撃したら…。

それより、相手が武器を振り上げてるときに攻撃をしかければ…。

攻撃方法は思い浮かぶのに、そのための一歩が踏み出せない。

踏み出そうと思うだけで、足に力が入らなくなる。

どうしよう?

誰か、誰か来てくれればいいのに。

先生のときだって、戦ってる間に騎士団が来た。

騒ぎになれば、誰かが来てくれるはず。

なら、私はそれまで頑張るしかない。



「チィッ」

「はぁ…はぁ…」

息が詰まる。

もう何撃目だろう?

どれだけ時間が経ったのかも分からない。

集中力のなくなってきた私にも、数発の刃が掠めた。

だけど、不思議と痛みは感じない。

肌を伝う血の感触が、少し鬱陶しいくらいだ。

疲れているはずなのに、もうそれも通り越してしまっている。

攻撃が直撃すれば、死ぬ。

そんな危険がずっと横にいるおかげで、感覚が全部壊れている気がする。

「もういい、飽きた」

「ああ、だな」

さっきまで構えていた武器を下ろしていた。

終わった…の?

私が、この二人を退けたの?

「足跡も血の跡もあるんだ、目印は十分だ。

 こんなところで遊んでるよりは、面白いだろ」

「へへっ、そいつはいいや」

「…!」

耳を撫でつけるような声に、全身が凍りつく。

もういい…って。

もういいのは、私で遊ぶことだけだ。

「そんな、ダメっ!!」

「うるっせえよっ!!」

「!?」

踏み出し始めていたから、防御の姿勢が取れない。

何とか相手の刃にダガーを合わせたけど、重い一撃で身体が吹き飛んだ。

「くっ、あっ…」

前も後ろもしたたかに打ちつけたおかげで、息ができない。

「おい、殺すなよ?」

「分かってる、せっかくの儲け話を潰すかよ。

 きちんと生かしておいてやるから、ありがたく思うんだな」

なに? どういう…。

「遊んでないで、狩りに行くぞ」

その言葉で、思考が全て吹き飛ぶ。

その歪んだ笑みを見て、何をするつもりなのか理解ができた。

こいつらは、本当に先生を殺すつもりだ。

「ま…っ…だ…め…」

声が出ない。立ち上がれない。

その間に二人の背中が遠のいていく。

先生は、戦えるような状態じゃない。

止めないと…。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

私が立ち上がったときには、二人とも、もう見えなくなっていた。

追いかけても、無理だ。

ユイさんたちに、知らせなきゃ。

「くっ…」

足を動かすだけで、身体中に激痛が走る。

さっきまでは何ともなかった痛みが、全身を突き刺してくる。

「いそ…が…ないと」

走るたびに、足がもつれて無様に転ぶ。

もう自分の思うように手足を動かしている感覚もない。

ただ、ライズ&セットにつければ、それでいい。



店の中に、倒れこむ。

もう、動けない。

周りの騒ぐ声が、どこか遠くで聞こえる。

ぼんやりとしている私の身体が、抱き起こされた。

「アイシスちゃん!?」

「せ…せいが…」

喉が潰れたみたいに、声が出ない。

口の中が渇いて、呼吸をするのも辛い。

「お母さん、水を!」

まばゆい光が、目の前に広がる。

全身を駆け巡っていた痛みが、少しずつ和らいでいく。

「水よ。これで口をゆすいで、飲んじゃダメだよ」

流し込まれた水を、シアさんの用意してくれた布巾に吐き出す。

その中には、血が混じっていた。

「こいつは、何の騒ぎだ?」

騒ぎを聞きつけたのか、奥のほうからラインさんが顔を出す。

これで全員揃ったんだ、早く、早く話さないと…。

「先生が、先生が…」

ようやく声が出るようになったのに、思考がうまくまとまらない。

焦れば焦るほど、先生の名前しか出てこない。

「ティストが、危ないのね」

「ライン、行けるわね?」

「ああ」

両腕で、私の身体が抱き上げられる。

次の瞬間には、もう店から飛び出していた。

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