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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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11章 抗(あらが)う少女-1

【ティスト視点】


消費量が倍になれば、消耗品の減りも当然早くなる。

そんな当たり前のことに気が付いたのは、買っておいたロウソクが残りわずかになってからだった。

最初は、俺一人で買いに行くつもりだったが…。

おつかいくらいなら私一人でも…とアイシスが提案して、結局、こうして二人で街道を歩いている。

「せっかくだし、他にも何か買ってくるか?」

いくらなんでも、二人でロアイスまで行って、買うのがロウソクだけというのは情けない。

「…少し、見て回ってもいいですか?」

「ああ、もちろん」

「先生は、何か買うんですか?」

「…そうだな」

消耗品で、他に必要なものは一通りあったし、食糧にもまだ余裕がある。

俺が趣向品に手を出したら、アイシスも一緒になって何か買うかもしれないし…な。

「たまには、本屋でも覗いてみるかな」

「先生、本とか読むんですか?」

「ファーナに言わせれば、読んでるうちに入らないような量だろうけどな」

他愛ない話をしながら、ロアイスへと向かう。

アイシスと出会ったころからは、考えられない光景だ。

突然の爆発音に、二人の足が同時に止まる。

なんだ!? 何が起きた?

現状把握のために視野を広げ、思わず息を飲む。

赤黒い壁が、視界を埋めるように広がっていく。

夕暮れ時よりも真っ赤に、草原が染め上げられていた。

離れていても感じる、おびただしい熱。

ここにいるだけでも肌が焼けるのに、身体は震えだすほどに冷えてくる。

濃厚な殺気が、全身にまとわりついて離れない。

「炎の津波!? まさか…」

前大戦の苦い過去が、自然に浮かび上がってくる。

何度もこの身に浴びたものを、間違えるはずない。

目を凝らせば、獄炎の中に人影がぼんやりと浮かび上がっていた。

ここからでも分かる巨躯、間違いない。

レオン・グレイスと双璧をなす、最強の魔族…ガイ・ブラスタだ。

「魔族の王が、こんなところをほっつき歩いてるとはな」

愚痴の間にも、炎は高さを増して迫ってくる。

ガイ・ブラスタが得意の肉弾戦に持ち込むときに、相手を引き寄せる魔法。

直撃すれば、あの業火に骨まで焼かれ、奴の前まで運ばれる。

もし、運よく生きていれば、巨大な拳に潰してもらえる運命が待つ。

「ぁ…」

固まって声も出せないアイシスを上着で包むように抱きかかえ、自分の周囲に風の魔法を展開する。

右手で引き抜いたダガーの切っ先にも魔法の収束を始めるが、明らかに時間が足りない。

あの波が頂点に達するまでが勝負だ。

覆い被さって来たときには、威力が倍増して、防ぎようがない。

「息を止めろ、つらぬくぞ」

驚きながらもアイシスが口を閉じるのを確認し、全力で駆け出す。

視界が炎に埋め尽くされ、アイシスの身体が強張る。

「ッ…」

風の魔法を押しのけて、炎が前髪を焦がす。

呼吸をしたら、内臓まで焼けるな。

「チッ…」

炎の壁を貫き、思わず舌打ちが出る。

紅蓮の壁が連なる、炎の海が俺の前に広がっている。

二段構えか。

「息継ぎ、十秒だ」

「………」

次々と炎が爆発していく中で、アイシスが必死に呼吸を整える。

その間に、右手に集めていた風をより強固に収束させていく。

かろうじて火傷はないが、上着の数箇所は、無残に焼け焦げていた。

出来る限りの力で防いでも、押し切られる…か。

とんでもない力だ。

「行くぞ」

大きく息を吸い込んで、炎の波へと飛び込んだ。



数え切れないほどの波の中を突き進み、元の位置からずいぶんと離された。

敷き詰められていた草原は消え、砂だけがあたりに広がっている。

どうやら、魔族の領地まで、誘い込まれたらしいな。

炎が途切れ、ようやく周囲の温度が下がってきた。

腕の中に抱いたアイシスを下ろし、何とか自分の足で立たせる。

「ロアイスの方角は、向こうだ」

「え?」

「戦いが始まったら、全力で逃げろ」

「あ…」

残念だが、事情を説明している時間はない。

早く来いと俺をあおるように、さっきから魔法が収束されている。

数秒でも待たせたら、また炎の津波に飲まれることになるだろう。

返事が出来ないアイシスを置いて、俺は前に出た。



視界を塞がないように額の汗を拭い、緊張感を最大限に高める。

俺が見上げて視線をあわせるほどの巨漢。

危険な輝きを放つ、隻眼。

頭の中に浮かぶのは、前大戦での血みどろの殺し合いだった。

「くっ…」

あのときの怪我を記憶しているのか、古傷に痛みが走る。

身体が、勝ち目のない相手と戦うことを拒否している。

「ねずみ狩りに来て、思わぬ収穫だ。

 ラステナを滅ぼす前に、貴様を殺せるとは思わなかった」

その一言に、汗が吹き出る。

俺を殺す…いや、それよりも。

ラステナを滅ぼす?

ラステナは、ロアイスと同盟を結んでいる人間の国。

前大戦のときと同じだ。

魔族のブラスタが、人間のラステナに攻め込む。

そして、ラステナがロアイスに助けを求め、戦火が一気に拡大した。

「前大戦を繰り返すのか?」

「他の国は、好きにしろ。

 滅びたければ、まとめてかかってこい」

傲然と言い放つ奴は、己の行動を曲げることはないだろう。

そして、負けるとも微塵も思っていない。

数も質も関係ない、敵は自分が殺す。

奴らしい、分かりやすい思考だ。

「なぜ今になって、もう一度争う?」

「餓えて死ぬなら、戦って死ぬ。

 そして、殺すなら奴ら以外にありえん。それだけだ」

魔族の食糧事情は、それほどに切迫してるのか。

生死に関わるなら、説得は無意味だろう。

「会話は終わりだ。心置きなく死ね」

全力と思っていた殺気が、より濃度を増して纏わりつく。

クレネアの森のレオンと比べても、あっちのほうがまだ可愛げがあるな。

「ッ」

ダガーを引き抜いて、ガイへと一気に走り寄る。

肉弾戦なら、アイシスを巻き込む心配はない。

「おぉっ」

「くっ」

必死に剛腕を避けながら、間合いの中に留まる。

あの拳は、重量級の武器を超えている。

受け流せなければ、骨が折れるだけじゃすまない。

「ッ!!」

狙い目は、地面から足を離す移動の瞬間。

その重心の間隙を突いて、風の魔法を放つ。

「ふんっ!」

鉄槌のように重くしたはずの風を、豪腕が軽々しく吹き飛ばす。

この程度じゃ揺らいでさえくれないか。

「おぉぉっ!」

「チッ!!」

拳が伸びきった瞬間を狙い、一太刀を浴びせる。

小さな刀傷から、わずかな血が漏れた。

ダメだ、この程度じゃ何度繰り返したところで致命傷にはならない。

「!?」

傷口を見ていた一瞬の空隙に、奴の拳が眼前へと迫る。

必死で反応しようとするが、完全に避けるのは絶望的。

両腕をくれてやるわけにはいかない。

左腕だけで、凌ぐ。

「ぐぅっ」

最初に腕に違和感が走り、次に痛みが広がる。

直撃を防いだのに、犠牲にした腕のあちこちから血が噴き出す。

痛みで麻痺した感覚が邪魔をして、傷の数は分からない。

拳圧で、この威力か。

ちっぽけな刀傷と、左腕じゃ比べ物にならない。

「ずいぶんと、のぼせたな。接近戦で俺に勝つ気か?」

「あぁあぁぁあっっ!!」

左右の足に力を込め、相手の顔面に連続で蹴りを叩き込む。

あの太い首でも衝撃を受けきれずに、頭部が激しく揺れた。

「片腕を壊したくらいで、何がそんなに嬉しいんだ?」

「くっくっ…。これだから、やめられねえなっ!!」

拳の軌道を読んで、余裕を持って確実に避ける。

強がったところで、近距離戦が不利だという事実は変わらない。

破壊力じゃ、俺に分はない。

「………」

横目で見て、舌打をなんとかこらえる。

逃げるまでの時間を稼ぐつもりだったが、アイシスは、元の場所からまるで動いていない。

この殺気が渦巻く中を自由に歩けという方が、酷…か。

なら、一緒に逃げるしかない。

「勝負の邪魔なら、そいつから消すぞ」

俺の視線の先を指差し、アイシスに照準を合わせる。

その手のひらからは、禍々しい炎が立ち上っていた。

「ふざけるなぁっ!!」

歯を食いしばって、全身に力を込める。

魔法が収束から発動に変わる前に、全体重を乗せて蹴りを放った。

離れた場所に炎が着弾し、一帯が溶岩と化す。

軽減も出来ない人間に当たれば、骨さえ残らない。

「うぉぉぉっ!!」

力任せに殴りつけ、最後に風の魔法を発動。

奴を中心に竜巻を発生させ、巻き上げた砂岩で視界を奪う。

「こざかしいっ!!」

奴が風を振り払おうと腕を振り上げたところで、風を顔面に集める。

稼げたのは、時間にして数秒だ。

「逃げるぞっ!!」

ダガーを収め、無事な右腕でアイシスを抱き上げる。

そのまま速度を殺すことなく、全力疾走でその場を離れる。

機動力なら、俺に分があるはずだ。

「あ…」

「なっ!?」

アイシスの声に視線を背後へと向け、思わず息を飲む。

奴を中心に、全方位へと炎が吹き上がっていた。

見えないなら、根こそぎ…か。

一点集中じゃないから、威力が下がるだけマシだ。

波が立ち上っている間に、出来る限り距離を稼ぐしかない。

「チッ」

頂点まで上りきった波が、一気に崩れ落ちてくる。

射程からは、逃げ切れていない。

右腕を炎から遠ざけ、覆いかぶさるようにアイシスの身体を抱きしめた。



追いかけてくる奴の姿は見えないし、周囲に気配も感じられない。

「逃げ切れた…か?」

つぶやいた自分の声が、遠くで聞こえる。

耳鳴りが、まだ続いていた。

「アイシス、大丈夫か?」

ようやく顔を上げたアイシスの顔面は蒼白で、満足に返事もできない。

あれだけ強烈な殺気を見たら、当然の反応だろうな。

少し、時間を置くしかないか。

「っ…」

人のことを心配している余裕はないな。

左腕はまるで言うことを聞かないし、肩から足まで左半身に広がった火傷が疼く。

爆風が砂と岩を巻き込んで、全身にある裂傷は数えきれない。

風が吹くだけで、痛みが全身を駆け巡った。

「離れるぞ」

引きずる足に、力が入らない。

足跡が血で濡れ、雨に打たれたように服が重い。

…まずいな、血が流れすぎている。

「?」

怪我をしていない右半身に、アイシスの手が添えられる。

震える指が力なく、俺に触れていた。

「恐いのか?」

「………」

少しの間をあけて、アイシスがゆっくりと首を横に振る。

恐いことは恐いのだろうが、伝えたいことはそれじゃないらしい。

「き、傷を…」

必死に声を絞り出すようにして、アイシスが傷口を指差す。

そうだったな。

一人だったあのときとは、違うんだ。

自分の左腕が動かないからって、血を垂れ流して歩く必要はない。

「応急処置を頼む。

 必要なものはその中に入ってるから、俺の指示通りに動いてくれ」

「はい」

アイシスが荷物を漁る間に、岩陰に腰を下ろす。

戸惑うアイシスに不慣れな指示を出しながら、体力の回復に努めた。

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