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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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10章 安らぐ少女-1

【アイシス視点】


以前と同じようにファーナさんに一人ずつの報告をして、今は三人で話をしている。

といっても、話しているのは先生たちだけで、私は聞いているだけだ。

「魔族の王が娘のために盗賊を蹴散らそうとしていたなんて、過保護もいいところだ」

「でも、これで辻褄つじつまはあうわね。

 クレネアの森までレオン・グレイスが足を運んだのは、娘を探すため。

 そして、あなたを魔族との国境側の街道から遠ざけたことで、娘の安全をより高めた。

 有色の魔族に対抗できて、あのあたりに出没する可能性があるといえば、あなたくらいでしょうからね」

さっきからずっとこの調子で、この前のクレネアの森との関連について話している。

言われれば、そうかもしれない…と思うことはできる。

でも、最初から組み立てて言葉の意味や裏を追いかけられるほど、私の頭は良くない。

「にしても…最強と呼ばれる王が自ら出向いてしまうのだから、常識破りね。

 お父様が、魔族への警戒は怠るな…と、厳命するのもうなずけるわね」

「ティルナス卿が?」

「ええ。前大戦の敗戦国だから、当然といえば当然の話だけど…。

 個としての能力の高さも、お父様は評価していたわ」

「? 前大戦は、休戦で終わったはずじゃ?」

口を挟んだ私に対して、なぜか嬉しそうな笑顔が向けられる。

「その通りね。では、前大戦の開戦の理由や経緯は知っているかしら?」

「いえ、あまり…」

前大戦に関してなんて、詳しいことは何も知らない。

クリアデルでも、襲ってくるものは敵としか教わらなかったし、大戦の原因なんて気にしなかった。

「いい機会だから、前大戦のことを聞いておいてもらえるかしら?

 知っていることで、貴女の物事の捉え方や視点が、また変わるはずだから」

「はい」

私が小さくうなずくと、あの人が語り部のように口調を変える。

聞き逃さないように、私は耳を傾けた。



世界は、三つに分かれ、三種族が共存していた。

東の草原に、人間。

西の森林に、精霊族。

南の荒地に、魔族。

昔は、種族間の仲も良くて、平和に暮らしていた。

幸せな人々は、より幸せになるために努力を惜しまない。

川の水を飲み、木を切り倒し、大地に穴を穿ち、全てを自分のために役立てる。

あらゆる自然に、自分の幸せのために『わがまま』を押し付ける。

自分たちの快適な生活を求めた代償は、大きかった。

資源が枯渇し、使えるものが減って、自分たちの首が絞まっていく。

そして、種族の意見が分かれた。

人間は、発展を続けた未来を望む。

新たな物を生み出せば、解決できるとうそぶいて。

魔族は、成長を止めた現在を望む。

不自由に戻るのは不可能だから、現状維持が最善だと断言して。

精霊族は、全てを放棄した過去を望む。

あるべき姿に返ることこそ、摂理に順ずることだと豪語して。

主張ばかりで誰も相手の意見を認めようとしない。

だから、己の正しさを証明するために、精霊族が動いた。

自然の恩恵を受けるべきは、自然を愛する自分たちだけだと宣言する。

食糧の宝庫である森を独占され、他の種族が飢えるのに時間はかからなかった。

前大戦の発端は、魔族の国ブラスタの王が、人間の国ラステナへと足を運んだこと。

魔族が足を運んだ理由は、食糧を分け与えてくれるように交渉するため…と言われている。

でも、攻め込まれたと思ったラステナは、相手の言葉も聞かずに迎撃。

周りの国も、魔族が略奪に失敗したと認識した。

そして、成功すれば大きな見返りがあることも理解した。

後の行動は、早かった。

各種族が同盟を組み、食糧、領土、命、その全てを賭けた奪い合いが始まる。

それが、前大戦と呼ばれる戦争の幕開け。

終結したのは、今より五年前。

魔族の王、レオン・グレイスとガイ・ブラスタの妃が、病により急逝した。

それを悼み、魔族の王、レオン・グレイスが、全ての国に言い放った。

『これ以上、無駄な死を見たくない』

『続けるか、終わりにするか、ここで選べ』

『続ける者がいるなら、その国を滅ぼして終わりにする』

戦闘に長けている国は、それだけで発言力が強い。

ロアイスの王が即座に同意し、他の国も賛成を示した。

そして、『今後、他の種族とは一切関わらない』という種族不可侵を取り決め、大戦は幕を閉じた。



「これが、前大戦のあらすじよ。

 さて、私が魔族を敗戦国と呼んだ意味、分かったかしら?」

休戦だから、勝敗はついていないと思う。

でも、今までの言葉の中に、勝敗を決める要素があるはず。

いったい、どこに…?

「では、質問を変えましょう。前大戦の原因は何かしら?」

「食糧…ですか?」

魔族が飢えて、食糧の交渉に行ったのが発端だったはずだ。

「そう、正解よ。では、大戦が終結して、その原因は解消されたかしら?」

「あ…」

魔族は、食糧不足が原因で戦ったのに、それが解決されていない。

「目的を達成できていないから、敗戦国だと?」

「そういうこと。

 もっとも、私の言葉も、あまり適切ではないかもしれないけどね」

「いえ。意味を聞いた後なら、言いたいことは分かります」

考え方とか、とても難しいけど、分からないわけじゃない。

こうやって教えてくれるなら、私は分かる範囲で覚えていくだけだ。

「今回の一件で暗躍している連中は、調べておくわ。

 盗賊騒ぎは頻発しているから、手間取ると思うけれど…ね」

不安そうな言葉遣いなのに、その目は強い意志に満ちている。

この人は全力を尽くしている、そのことを素直にすごいと思った。



【ティスト視点】



ライズ&セットにある俺の指定席で、のんびりコーヒーを楽しむ。

食事時を過ぎて、店内も落ち着いてきた。

ラインさんは一服、シアさんは常連らしい客と話し込んでいる。

のどかだな。

「はい、お待たせ」

「ありがとう」

ユイが、出来たての手作り菓子をテーブルの上に置く。

自分のカップにコーヒーを注いで、ユイもいつもの席に腰掛けた。

「ふぅ」

菓子を口に放り込み、その甘さを堪能してから、コーヒーを飲む。

ほどよく調和し、互いを引き立てて口の中に溶けていく。

やっぱり、ユイが用意してくれるものは絶品だな。

「いいな、こういう時間」

「うん」

ユイもお菓子に手を伸ばして、こくりとうなずく。

昼下がりを、こんなに穏やかに過ごすなんて、久しぶりだ。

ここ最近は何かしら事件に関わっていたし、家にいれば訓練か家事をしていた。

時には、休息も必要だな。

「さっきから気になってるんだけど、ユイちゃんの隣の子は誰なんだい?」

声の方を横目で見やれば、シアさんと常連らしいおばさんがこっちを見ていた。

どうやら、俺の話らしい。

「ライズ&セットの若旦那に一番近い男だから、よろしくね」

悪戯っぽく笑うシアさんに、隣のユイが思い切りあわてる。

「お、お母さんっ! なにを…」

「間違ってないでしょう? それとも、他に意中の人がいるの?」

「い、いないけど…」

「でしょう?」

「もう、変なこと言わないでっ!!」

真っ赤になるユイをからかうように、シアさんが機嫌よく笑う。

本当に、かなわないなあ、シアさんには。

来客を告げるベルが、大きな音を立てる。

乱暴に開けられたドアから、その雰囲気に似合いの足音が響いた。

「…!」

そこに現れたのは、アイシスをいじめていた二人、たしか、リントとフェイ…だったか。

偶然にしても、間の悪いことだな。

俺を見て、驚いたことに、二人が笑みを浮かべる。

まさか、あれだけ叩きのめしたのに、この二人、懲りてないのか?

「?」

こちらの予想に反して、案内されるよりも前に二人は、勝手に空いていた席に座る。

何のつもりだ? 目的は俺じゃないのか?

…いや、そもそも、ここは飲食店だ。

別に、俺に絡みに来たわけじゃなく、普通に食事に来たのかもしれない。

たぶん、過敏になっている俺のほうが変なんだ。

「いらっしゃいませ。何にいたしましょう?」

「酒だ、さっさと寄こせっ!

 それと…一番美味いと自信を持って出せるものを、二人前持って来いっ!」

「…かしこまりました」

相手の横柄な態度に一瞬の間をあけて、シアさんが頭を下げる。

ボトルとグラスを二つ静かにテーブルへ置き、厨房の奥へと消えていった。

「ティスト」

「アイシスは二階だよな?」

「うん、あたしの部屋で寝てるはず」

「なら、いい」

アイシスに害が及ばないなら、放っておいてもいいだろう。

別に、こちらから絡んで、事態をややこしくする必要もない。



グラスへこぼれるほどに注いだ酒を、奴らは一気に飲み干す。

そして、店内に響くような声で話し始めた。

「そういや、物騒な噂を聞いたぜ。

 クリアデルの前で、女が連れ去られたそうだ」

「へえ、そいつは初耳だ。詳しく聞かせてくれよ」

「数日前の話なんだが、男がふらっとクリアデルの近くに立ち寄ったらしい。

 そのときに、一人の女に見惚れたらしくてな。

 周りにいた奴らをおどして、力ずくで奪っていったらしいぜ」

「そんなに、いい女なのか?」

「いーや、まだガキだ。そういう趣味なんだろうぜ」

「やだねえ、腕力だけあれば、何をやっても許される…ってか。

 で、その馬鹿な男はどうなるんだ? 放っておかれるのか?」

「んなわけないだろう? 奴はクリアデルを敵に回したんだぜ」

毒々しい笑みを浮かべて、男が美味そうに酒の飲み干す。

多少の脚色されてはいるが、間違いなくアイシスと俺の話だ。

こんなところで、宣戦布告…か。

どうやら、前回程度の痛めつけ方じゃ、足りないらしいな。

「ところでよ、戦場の最前点って、知ってるか?」

「!?」

予想していなかった言葉に、思わず視線を送ってしまう。

奴らは、ニタニタと下卑た笑みを浮かべて、こちらの反応を楽しんでいた。

視線を逸らし、カップのコーヒーを飲み干す。

そんなことぐらいじゃ、俺の心は静まってくれなかった。

「せんじょうのさいぜんてん? なんだよそれ? 前線じゃねえのかよ」

「その昔、前大戦を化け物みたいな強さで生き抜いたガキがいたって、うさんくさい話だ。

 なんでも、最前線よりも前に立って、魔族の軍勢を相手に、単身で突撃したんだとよ」

酒をあおり、グラスを叩きつけるように置いた。

そこに、なみなみとワインが注がれる。

「一人で特攻して、それでも生きてるってか? 馬鹿らしい話だな」

「俺もそう思うぜ。なんたって、魔族っていったら、あのガイ・ブラスタがいるからな。

 あれを相手にして、ガキが殺されないわけがねえ」

「だが、それでも生き残ってたんだろう?」

「ああ、人間離れしたその強さは、化け物以外の何者でもない。

 周囲から気味悪がられ、仲間も友人もいないそいつは、常に一人。

 つまり、線になれない哀れな点」

「それで、戦場の最前線じゃなく最前点…って話か?」

「最後には、点であることが災いして、戦場から引き上げる際に力尽きて、野垂れ死んだ…って話だ」

「当たり前だな、どんなに強くても、一人じゃ生きていけねえ。

 人間は群れて生きるもんだ、いい教訓じゃねえか」

「だから、母親はワガママな子供をしつけるときに、こういうらしい。

 『そんなこと言ってると、誰も助けてくれないし、誰からも相手にされない、戦場の最前点になるんだから』…ってな」

「いい話じゃねえか、そんな人間になったら困るだろ」

「ああ。そんな人間になったら、一生の不幸だ。

 誰とも関わらず、誰にも相手にされないなんて、生きている価値がねえよ」

生きている価値がない。

それが、耳の奥で何度も響く。

芝居がかった口調で、男たちの掛け合いは続いていく。

聞き流していたつもりだったのに、一言ずつが喉を焼き、胸を刺す。

こんなにも俺の中に響くのは、これが事実だからだ。

だから、否定できない。

黙らせられない。

嘘なら、聞き流せる。

出任せなら、跳ね返せる。

でも、これは、事実だから…俺には、どうしようもない。

「出て行きなさい。今すぐに、この店から出て行きなさいっ!」

激昂したユイが、店内全てに聞こえるような大声で二人を怒鳴りつける。

こんなに声を荒げたユイを見たのは、いつが最後だったか。

そんな余計なことを考えていると、奴らも不機嫌を顔に滲ませて、立ち上がった。

「俺たちが何を話そうが、お前には関係ないだろうが。

 他人の会話にケチつけてんじゃねえよ」

男たちが動き出すよりも前に、二つの足音が俺たちに近づいてくる。

ラインさんとシアさんが、俺たちの前に割り込むように立ちはだかった。

二人とも険悪な空気なんか歯牙にもかけず、余裕の笑みを浮かべている。

「どうせ、お前のことだから、こいつらを殴るかどうか、考えてるんだろう?

 なら、その権利を俺に寄越せ」

「私も、もらっていいかしら?

 ティストちゃんと違って、溜めておけない性質なの、私たち」

世間話をするような気楽な口調で、自分たちも荒事に巻き込めと言ってくる。

まったく、この人たちは…。

「なんで、店員がしゃしゃり出てくるんだよ?」

「気に入らない奴を殴るのに、理由がいるか?」

「さっき、権利がどうとかって…」

「うるせえよ」

低く太い声が、全てを黙らせる。

豪腕が、二人を軽々と掴みあげた。

「お帰りはこちらへ」

シアさんが呼吸をあわせてドアを開き、ラインさんが正確に二人を放り出す。

「すみません」

「お前があそこまで言われて、黙ってられるかよ。

 それとも何か? 俺があそこまで言われてても、お前は何も感じないのか?」

「…いえ」

そんなわけない。

ラインさんでも、シアさんでも、ユイでも、アイシスでも。

黙っていられるはずがない。

「だったら文句ねえな?」

ダメだ、どう考えても反論なんで出てこない。

「ティストちゃんが、人のために怒るのは分かってるわ。

 だから、ティストちゃんのために誰かが怒ってたら、素直に喜んでおきなさい」

ユイのことを指差して、シアさんが微笑む。

ユイは、目の端に涙を溜め、怒っていた。

俺のために、怒ってくれていた。

「久しぶりに暴れてくるか」

「ユイ、淹れなおすなら私たちのコーヒーもよろしくね」

買出しに行くような気軽さで、二人が出ていく。

まったく、これだからこの家族には、敵わないんだ。



数分後に戻ってきた二人は、とても晴れやかな笑顔で、俺に『この店で一番美味い料理』を食べさせてくれた。

二人の自慢の料理で、さっきの痛みが嘘のように消えていく。

皿が空になるまで、俺は夢中で食べ続ける。

カルナス一家の優しさが、嬉しかった。

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