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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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09章 出会う少女-3

【ティスト視点】


小細工なしの拳打の応酬。

放たれる攻撃は、対処できる限界を試されているように、きわどい。

一瞬の迷いも淀みもなく動いて、ようやく回避が可能な軌道。

「………」

互いに無言で放つ一撃には、必殺の威力が込められている。

それが分かっているのに、近距離での打ち合いを止めようとしない。

一瞬でも気を抜けば、取り返しがつかなくなる。

いつ、一撃が当たって致命傷になってもおかしくない。

そんな状況なのに。

笑んでいる。

攻撃を重ねる度に、セレノアの笑みが深くなる。

心底、この戦いを楽しんでいる顔だ。

「ッ!!」

薙ぎ払うような左の回し蹴りを、近距離で放つ。

拳の直線的な動きに慣れすぎて、その変化に対応できない程度の奴なら、間違いなく当たる。

「………」

慌てることもなく、俺の蹴りに向けて靴の裏を合わせてくる。

迎撃するつもりか? この体格差で?

そう思った瞬間に、繰り出した足に怖気がはしる。

このまま足を振りぬけば、無事ではすまない。

そう直感が告げている。

「…ッ!」

蹴りの軌道を地面へと捻じ曲げ、踏み込みへと変える。

今までよりもう一歩、間合いをつめた状態で右拳を振りぬいた。

「…!?」

驚きの表情を浮かべ、それでも紙一重で俺の拳を避けきる。

先読みならまだしも、反射でこれだけの見切りができるなんて、見事としか言いようがないな。

すぐに距離を取ったセレノアは、もう体勢を立て直していた。

「やるわね。

 まさか、あの体勢から蹴り以外がくるなんて、思ってなかったわ」

「俺も、今のが当たらないとは思ってなかった」

さっきから、攻撃がどうしても届かない。

悠然と避けるセレノアとの距離が、無手では縮められそうにない。

慣れない間合いに付き合ってたら、俺のほうが先に余裕がなくなるな。

「怪我も承知の上で、戦うつもりなんだな?」

「なにそれ、馬鹿にしてるの?

 それとも、手加減でもしてたっていうつもり?」

さっきまで上機嫌だった顔が一転、目を鋭く尖らせる。

その反応だけで、どれほど真剣に戦いを楽しんでいたか、よく分かる。

やはり、俺も持てる技の限りを見せるのが、道理だろうな。

「人に合わせて戦うのも面白いが、そんな余裕は持てそうにないからな。

 俺は、こいつを使わせてもらう」

言って、ダガーの柄に手をかける。

「そう、そういうこと」

何がそんなに嬉しいのか、セレノアが不敵に笑う。

まったく、いい笑顔だ。

「ここからが、本気ってこと?」

「いや、さっきまでも全力だった。

 だが、どんなに力を出し切っても、無手は他人の領分だからな。

 俺が技を磨いたのは、これの使い方だ」

「そう、楽しみね」

戦いを、こんなにも純粋に楽しむことができることが…。

こんなにも、素直に嬉しそうな笑顔ができることが…。

ちょっとだけ、うらやましい。

「どんな武器でも、どんな技でも、存分に使うといいわ。

 アタシも、好きにやらせてもらうから」

何気なく上げた手のひらに、力が流れ込んでいく。

まるで、吸い寄せられるように、馬鹿げた量の魔法が収束された。

木々の間から差し込んでいた陽光を感じなくさせるほどの、強烈な光。

セレノアの周りでは、桃色の帯がまとわりつくように浮かんでいた。

あれが、セレノアの有色の魔法…か。

「綺麗だな」

「そんなこと言ってられるのも、今のうちよ」

「俺は、正直な感想を述べただけなんだが…な」

どす黒い魔法しか見ていなかったから、こんな鮮やかな色を見ると不思議な気分になる。

毒々しさのない穏やかな桃色の炎は、とてつもない力を秘めている。

なのに、俺との約束を守ってくれているのか、森には傷一つさえつけていない。

完全に使いこなしているな、魔法の練度なら俺よりも上だ。

「失敗したな。こんな狭苦しいところじゃなくて、もっと広い場所に行っておくべきだった」

「今から移動する?」

「その時間さえ、惜しいだろう?」

「分かってるじゃない」

好戦的な笑みを浮かべるセレノアと、おそらく同じような笑顔を返す。

珍しく、戦いを前にして気分が高揚している。

もう、なんらかの決着がつくまで、止められる気がしなかった。

「………」

最速で踏み出すために、前傾姿勢を取る。

手の内を見せれば、セレノアはそれに対応してくるだろう。

だから、初撃で決着をつける。

「…!?」

研ぎ澄ましていたからこそ知覚できた気配に、視線を向ける。

セレノアも俺の目の動きを追い、そして笑顔が消えた。



俺とセレノアの視線が、木々の間で交錯する先。

そこに、音もなく三つの影が舞い降りた。

「っ!」

アイシスが息を呑み、反射的に後ずさる。

あれだけの印象を叩き込まれたんだ、忘れろというほうが無理だろう。

「レオン・グレイスご一行…か」

まさか、魔族の王が種族不可侵を破って、こんなところまで出張ってくるとは思わなかった。

警告を無視して鉢合わせとは、つくづく俺も運がないな。

「お楽しみのところ、申し訳ないが…。

 私が来たからには、中断してもらおうか」

以前よりも声を低くし、威圧的な態度で語りかけてくる。

その言葉に従って、俺はダガーにかけていた手を、上へとあげた。

セレノアも周囲に展開させていた炎の魔法を、腕の一振りで消している。

服従させるだけの力を持つ、王の言葉だ。

逆らおうものなら、力尽くで説き伏せられること、間違いなしだろう。

「ここにいたのか」

真っ直ぐにセレノアを見たレオンが、柔和な笑みを浮かべて歩み寄る。

それほどに、二人は親密な関係なんだろう。

そして、セレノアはレオンと同じ有色の魔族。

…となると…。

「何のようですか? 父上」

やはり、そういう結論か。

どうりで勝てる気がしないわけだ。

「お前の気まぐれを許すわけにはいかない。帰るぞ、皆が待っている」

「イヤです」

セレノアの拒絶で、空気が凍りつく。

次の瞬間には、吹きだした魔力が二人から立ち上っていた。

「きゃっ…」

アイシスの横に回って、その余波を魔法で打ち消す。

まったく、迷惑な規模の親子喧嘩だ。

「先生…」

「大丈夫だ、心配するな」

不安げなアイシスにしてやれることなんて、気休めの言葉をかけるくらいだ。

もし、二人の敵意がこちらに向けられるとしたら、生きて帰れる可能性はきわめて低い。

「聞き分けのない子をどうしてきたか、お前が一番知っているはずだが?」

「勝利しなければ思い通りにならないと、父上もご存知のはずです」

言葉を交わしながら、二人は臨戦態勢に移行している。

侍女らしき二人は少し距離を取り、直立不動で成り行きを見守っていた。

賢明だな、手馴れているようにすら思える。

「…!」

二人の体が揺らぎ、交錯し、元の位置へと戻る。

泰然と立つレオンに対して、セレノアは苦い表情でふらついた。

やはりレオンに分があるか。

「理解できたかい? 帰るぞ、セレノア」

いつも張り付けていた笑みのまま、レオンが静かに告げる。

だが、セレノアは反抗的な視線を向けたまま、口を開こうとしない。

素直に従う顔じゃないな、あれは。

「セレノアは、どうして帰りたくないんだ?

 家族が心配して迎えに来たんだ。悪いことじゃないだろう?」

俺の言葉に、不機嫌な視線が返ってくる。

どう答えるか考えたのか、短い間の後にセレノアが口を開いた。

「自分なら、親に逆らわない…そう言いたいわけ?」

「俺には、逆らう親がいない。

 だから、ああやって気にかけてくれる親もいない」

「なっ…そういう言い方は、卑怯じゃないっ!!

 こんな暴言を吐いて、そんな話を聞いて、それでも帰らないほどアタシは無神経じゃないわっ!!」

言葉の裏にわずかに見えた、謝罪の言葉。

戻る気になってくれるかもしれないが、とても気分よくとはいかないだろうな。

「親のいない俺には、親子のどっちの意見が正しいのかもわからない。

 だから聞くんだ、本当に帰りたくないのか?

 何か理由があるなら、俺の手でよければ貸してやる」

アイシスから離れ、レオンの濃密な殺気をこの身に浴びる。

魔族の言葉を借りるなら、雑味なしの純粋な殺意って奴だ。

「どこまでもおせっかいなのね」

「恩返しに期待してるからな」

セレノアが、呆れたようにため息をつく。

そして、顔を上げたときには、あの笑みが戻っていた。

「いいわ、今日のところは帰る。でも、続きはそのうちやるからね」

俺のダガーを指差して、不敵に笑う。

やれやれ、アイシスに教えるだけじゃなく、一緒に訓練しないといけないな。

「アイシス、食事を作った人に、『ごちそうさま、美味しかった』と伝えておいて」

「はい」

「じゃあね」

ひらりと手を振り、セレノアが背を向けて歩き出す。

「では、失礼するよ」

他の者たちも、こちらに一礼すると、次々に木々の間に身を滑り込ませていった。

「行っちゃいましたね」

「ああ」

二人で、呆然と立ち尽くす。

あまりに多くのことが起こりすぎて、頭がおいつかない。

それは、きっとアイシスも同じだろう。

「面倒だが、ロアイスに戻るぞ」

「はい」

今回の一件は、ファーナに報告しておいたほうがいいだろう。

魔族の方は、おそらくだが、これで片付いた。

問題は、種族不可侵を破り、誘拐なんて真似をしている奴らだ。

目的、素性、出没地域にねぐらの場所。

俺が雑に考えても問題は山積み、ファーナが詳細に挙げたら倍を超えるだろう。

仕事と頭痛の種以外にも、何か手土産があればいいんだが…な。

報告の文面を考えながら、ロアイスまでの道のりを歩いた。

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