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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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09章 出会う少女-2

【アイシス視点】


「ごめんなさい、巻き込んじゃって…」

「いえ」

それきり会話が途切れて、沈黙が続く。

何を話していいかも分からないし、話題を探す気にもなれない。

「…!」

枝葉が擦れた耳障りな音に、息を止める。

だけど、いつまで経っても、何も出て来ないし、何の気配も感じない。

風…だったのかな?

「ひっ…」

小さく息を呑む声。

振り返ると、あの人は顔面を蒼白にして震えていた。

「え? なに? うそ…でしょ?」

私の言葉なんか聞かないで、木々の奥を睨みつけている。

私も同じ場所を見るけど、枝と葉が邪魔して何も見えない。

「こっちに、なんで…? なんで、こっちに…近づいてくるの?」

途切れ途切れのその言葉に、背筋が凍る。

耳をすませると、たしかに足音が聞こえた。

先生たちにしては、早すぎる。

それに、一人分の足音しかしない。

さっきの人たちとは無関係?

でも、だったらこんな森に入る理由がないと思う。

考えている間にも、相手が近づいてくる。

だんだんと大きくなる足音に、私の心臓が潰れていく。

「…ッ!!」

声にならない悲鳴が、隣から上がる。

見ていた枝葉の影から、一人の女の人が出てきた。

誰?

両側に結わえてある長く綺麗な黒髪が、真っ先に目に飛び込んできた。

「………」

私たちの顔を一度ずつ見て、歩みを続ける。

足の動きと、さっきまで聞いていた足音が一致して、膝が砕けそうになる。

恐い。

近づかれているだけなのに、とても恐い。

何もしないでいられる勇気がなくて、ダガーを鞘から抜く。

いくら力をこめて握り締めても、切っ先の揺れが止まらない。

「ふぅん、アタシとやるつもり?」

冷笑を彩るように、桃色の帯が広がる。

ただ、それに触れるのが恐ろしくて、反射的に後ずさっていた。

「ひぅっ」

それを見て、横にいたこの人は、糸が切れたように倒れる。

気絶? この状況で、私だけ残して?

「………」

相手は一人、強さは未知数。

その事実からは、絶望しか感じない。

私も同じように気絶できたら、どんなにいいだろう?

「さてと…」

ゆっくりと、私を取り囲むように桃色の帯が伸びてくる。

焼けるような熱さを感じて、ようやくあれが炎だと理解した。

魔族の特徴だと言われる、黒く艶やかな髪。

普通の炎では、ありえない色。

魔法の色が変わるほどの、異常な力。

有色の魔族。

使い手の数は、手の指で足りるほどだって言ってたのに、どうして私なんかの前に二人目まで…。

「動かないの? もう間合いの中よ?」

あの後、先生に魔族のことを教えてもらった。

魔族は、基本的に自分より弱い者に興味を持たない。

だけど、戦いを挑まれたら、力量差なんて関係なく確実に決着をつける。

だから、もし出会うことがあれば、敵意を見せないようにすればいい…って。

「………」

私なんかが武器を構えたところで、相手になるわけがない。

なのに、刃を下ろすのが、恐くて耐えられない。

かまえを崩せば、その瞬間に死んでいてもおかしくない。

震える手では、刃を鞘に収めることもできなくて…。

ダガーを地面に落とした。

他に、戦いを放棄する方法を考えつかなかった。

「なぜ、手離すの? 武器なんでしょう?」

「私は、戦えません。弱いですから」

「そう。つまらないわね」

桃色の炎が、私のすぐ横を漂う。

武器を離せば許してくれるなんて、考えが甘かった。

先生は、私にきちんと教えてくれたのに…。

その言いつけを守れなかったんだから、どうなるのも私のせいだ。

覚悟して、目を閉じる。

ううん、そんな格好のいいものじゃない。

恐くて、もう目を開けているのもイヤだった。

私なんて簡単に焼き尽くせる炎が、少しずつ近づいてくるのが分かる。

吸い込む空気は、熱湯よりも熱かった。

あと少し。

もう少しで…私は死ぬ。

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

「え?」

目を開けると、肌を焼く炎よりも近くにあの人が立っていた。

「戦場の最前点って知ってる?」

「最前点? 最前線じゃなく…ですか?」

「そう、最前点よ」

自信満々に言い切られる。

どうやら、間違いじゃないみたいだ。

「それって、場所ですか?」

「会いなさい…って言われたから、たぶん、人だと思うんだけど…」

人? 戦場の最前点?

その言葉を探して、記憶を掘り起こす。

どこかで聞いたような気がする。

その名前を誰かが呼んでいたのを、たしかに覚えている。

でも、どこで…?

「…あっ」

あれは、たしか…クリアデルにいたときの話だ。

「知ってるの?」

「根も葉もない噂話ですけど…。

 前大戦で、魔族を一人で圧倒した少年がいた…って。

 誰の助けも借りず、たった一人で最前線よりも前に出て戦い続ける。

 そんな少年を、戦場の最前点と呼ぶようになった…って」

「ふぅん」

それはそれは楽しそうに鼻をならし、口元が緩む。

さっきまで私を覗き込んでいた冷たい瞳は、好奇に輝いていた。

よほど、感心のある話だったらしい。

「で、そいつは今、どこにいるの?」

「え…あの…分かりません」

居場所どころか、本当にいるのかどうかだって、あやしい。

噂話が大きくなりすぎているだけだったり、作り話の可能性だってある。

「そう」

残念そうに一言漏らして、口をつぐむ。

その顔には、怒り出すような雰囲気はない…良かった。

「…なら、強い人間を知っている?」

「強い…人間」

その言葉で思い浮かんだのは、一人しかいなかった。

「先生なら…」

「どこにいけば、会えるの?」

引き合わせても、いいんだろうか?

でも、それ以外に強い人なんて…。

「今度は知ってるんでしょ? どこ?」

見透かすような笑みには、有無を言わせない力がある。

答えないなんて、許されそうになかった。

「…ここで待ってれば、戻ってくるはずです」

「ふぅん。なら、いいわ。さっきの無礼は忘れてあげる」

あれだけ燃え上がっていた桃色の炎が、一瞬で消え去る。

木々や地面を探しても、焦げ跡はどこにもない。

夢だったと思いたい。

だけど、私の身体に残る熱と、額の汗がそれを否定する。

「あなた、名前は?」

「アイシス・リンダント…です」

「アタシの名前はセレノア、覚えておいてね」

さっきの桃色の炎と一緒に、私の頭の中にその名前が刻まれる。

馬鹿な私でも、この名前だけは、忘れられそうにない。

「さっき、先生って言ってたわね。何か教えてもらってるの?」

「あの…」

なんて答えるのが最善なのか、分からない。

だけど、嘘をついてバレたら、きっと何よりもまずい。

だから、私は正直に答えた。

「戦いを、教えてもらっています」

「ふぅん。どんなふうに?」

「えっと…」

順番も何もなく、思い出せたものから口にする。

一生懸命に空回りする頭を使って、記憶を引きずり出していく。

会話が途切れて無言になることが、ただ恐い。

言葉を選ぶ余裕もなく、先生が早く帰ってきてくれることをひたすら願った。



【ティスト視点】



「先生!」

俺の顔を見るなり、アイシスが大声で叫ぶ。

泣き出しそうなアイシス。

その横には、木の根に身体を預けて目を閉じた精霊族の少女。

そして、知らない顔が一人。

何があったのか、まったく分からないな。

「マナっ!!」

倒れている少女に駆け寄ると、まばゆい光が溢れる。

ユイも使っている癒しの魔法…いや、元は精霊族の使う魔法か。

「アイシス、無事か?」

「あ、えと…はい」

見知らぬ少女を横目で見ながら、歯切れ悪くアイシスが返事をする。

どうやら、名も知らぬ少女とは、あんまり友好的な関係じゃないらしい。

「そっちは?」

「気を失っているだけみたい、大丈夫よ」

「なら、妹を連れて、すぐにこの場を去れ」

「でも…」

視線の先には、何も言わずに俺たちを見ている黒髪の少女。

雰囲気からするにおそらく魔族だろうが、なんでここにいるんだ?

「いいわよ。あんたには興味ないから。さっさと行きさない」

無関心を声に乗せて、キシスを追い払おうとする。

その目は、片時も俺から離れていない。

「俺とアイシスも一緒に、この場から失礼していいか?」

「ダメに決まってるでしょう? わざわざ待ってたんだから」

待ってた? つまり、目的は俺か。

だったら、これ以上巻き込まないようにしないとな。

「こう言ってることだし、早く行ってくれ」

「あなたに感謝します。いつの日か、行動で返しましょう」

「ああ」

生返事で返し、横目にその後姿を見る。

視界からキシスの背中が消え、ようやく目の前の少女に集中した。



少女の顔と、過去の記憶を照合してみる。

以前に、前大戦で会ったのかと思ったが、そうではないみたいだ。

「はじめまして…で、間違いないな?」

「ええ。あなたがアイシスの師匠?」

「ああ、ティスト・レイアだ」

「セレノアよ」

何の前置きもなく、セレノアの手が俺に向かって伸びる。

反射的に後ずさって、間合いを外していた。

攻撃か? なぜだ?

「…ふぅん」

当たらなかったことを残念がるわけでもなく、むしろ、避けた俺を見て笑みを深める。

『攻撃が決まらなかったときに笑顔を見せる奴は、厄介』

数少ない俺の経験則だ。

「何者だ? なんで俺を攻撃する?」

「どうだっていいでしょ、そんなことっ!」

返事になってない言葉を返し、セレノアの指が俺に迫る。

細くて綺麗な指をしているのに、それが危険なものだと全身が教えてくれる。

あれに触れられたら、きっと、ただじゃすまない。

「魔族か?」

「………」

返事の代わりに、今度は左手が突き出される。

答えるつもりはない…か。

「先生、有色の魔族です!」

「なに!?」

一気に距離を取って、もう一度少女をじっくりと観察する。

過酷な訓練をしているようには見えない、細身の身体。

女の年齢はよく分からないが、たぶん、アイシスと俺の間くらいだろう。

その年で、魔法の力が強すぎて、変色したっていうのか?

「まさか…な」

魔法が変色する原因は生まれつきという推論を、俺も支持したくなったな。

まだ成長期の入り口を過ぎたくらいの年齢だろうに、威力で変化したとは思いたくない。

「ゆうしき…って、なにそれ? 蔑称べっしょう?」

眉間に力をいれ、こちらを睨みつける。

世間知らずか? それとも、魔族では知られていないのか?

「勘違いして勝手に怒るな、褒め言葉だ」

「っ!? 褒め言葉?」

「有色の魔族、魔法を操る最高峰の魔族を指した言葉だ。知らないのか?」

「し、知らないわよ、そんなのっ!!」

知らないのが恥ずかしいのか、誤魔化すようにセレノアが突っ込んでくる。

訳が分からない。

ただ、無闇に反撃するわけにもいかなくて、俺は防御に徹する。

間合いに入らないように注意して、ひたすらに距離を取る。

一撃よりも二撃目。

回を重ねるごとに、セレノアの動きが鈍くなっていく。

「???」

まったく、分からないことだらけだ。

これだけの速さで動ける奴が、この程度で疲れるわけがない。

なぜだ?

「…はぁ、はぁ」

荒い呼吸を繰り返し、何かを飲み込もうと喉を動かしている。

俺は攻撃をしていないし、怪我をしていた素振りもない。

それに、この病状には覚えがある。

おそらく、原因は…。

「渇きか? 飢えか?」

「なっ!?」

俺の指摘に、分かりやすい驚きの表情を浮かべる。

「図星だろう? 俺も経験があるから、分かる」

虚脱感に全身が包まれ、手足が鉛のように重くなる。

本来なら戦うどころじゃないはずだ。

俺が足を止めると、あちらも動きを止めた。

「帰るか?」

「負けを認めて? 冗談じゃないわ」

気力を失いかけていた瞳に、覇気が戻る。

やれやれ、いつぞやの精霊族を馬鹿にできないな、俺も説得と挑発を間違えたみたいだ。

「アイシス、ユイが作ってくれたのを出してくれ」

「あ…はい」

俺に指示されて、アイシスが持っていた袋の口を解いた。

気になるのか、セレノアがちらりと横目で確かめている。

「何のつもり?」

「お腹を空かせた動物に食料をあげると、恩返しをしてもらえるそうだ。

 魔族では、そういう伝承はないのか?」

「誰が…動物ですって?」

眉間にしわを寄せて、声を震わせる。

どうやら、皮肉や冗談は通じないらしいな。

「渇きも飢えも、気分のいいものじゃない。

 俺と戦ってる最中に飢え死にされるても困るんでな。

 ほら、まずは水だ」

渡された水筒のふたを開けて、セレノアが一気に中身を飲み干す。

まったく、食物の宝庫と呼ばれる森で飢死なんて、冗談にもなりゃしない。

「ありがと」

空になった水筒を、放り投げて返す。

どうやら、お礼をいうくらいの礼儀は持ち合わせてくれているみたいだ。

「あの、これ…」

おずおずと、アイシスがバスケットを差し出す。

そして、森の中でどこか場違いな夕食が始まった。



最初は出ていた料理への賛辞も少なくなり、今は夢中で食べている。

あまりに空腹だと、食べ物すら受け付けなくなるはずだが…。

どうやら、丈夫な内臓をお持ちのようだ。

「今まで何してたんだ?」

「別になにも」

「なぜ、こんなところにいる?」

「なんとなく」

嘘をつくにも、もう少し考えて欲しいところだが…。

ま、詮索するだけ無駄だな。

「食べ終わったら、そのまま帰らないか?

 そうしてもらえると、こっちも助かる」

そこでようやく、バスケットの中から俺に視線を動かしてくれる。

食べ物を飲みこんでから、セレノアが口を開いた。

「アタシからも質問させてもらうわ。なぜ、そんなに戦いを嫌うの?」

「理由を言えば、おとなしく帰るか?」

「施しを受けて、相手の嫌がることをするほど恩知らずじゃないわ」

いきなり殴りかかってきたときはどうしようかと思ったが、意外に良識とか良心はあるらしいな。

納得させられるような、戦いを嫌う理由…ねえ。

「戦ってもいいことがない。飢えも渇きも癒せないしな。

 戦うことに意味を見出せない」

「じゃあ、戦いを楽しいと思ったことは?」

痛いところをついてくるな。

「楽しいと思ったことは? あるの? ないの?」

「少なからず、あるな」

肌を焦がすような緊張感が、極限の集中力を呼び起こす。

その中で、自分の思うとおりに動き、相手を倒す感覚は、決して嫌いじゃない。

「なら、それでいいじゃない」

バスケットをアイシスに返して、セレノアが立ち上がる。

その瞳には、覇気が満ち足りていた。

「さて、続きをしましょ?」

「食休みもなしで戦闘再開か、元気なことだ」

無闇にアイシスを傷つけなかったし、根が惨忍なわけでもなさそうだ。

相手をして満足するなら、それも一つか。

「アイシスに怪我をさせるのも、木々を傷つけるのもなしだ。いいな?」

「はいはい、分かったわよ」

ふわりと風に乗るような身のこなしで、セレノアが急接近する。

「ぐっ…!?」

振りかぶられたと思ったときには、腹部に鈍痛が広がっていた。

力を逃がすように、後ろに跳び退って距離を取る。

あの華奢な体のどこから、こんな力が生まれてくるんだ?

「ふぅん、これでも倒れないんだ」

セレノアの感心したような反応に、少しだけ後悔する。

わざと負けるってのは、選択肢として考えてなかったな。

「もう少し待ってくれ。全身に痛みが回って、今から倒れるところだ」

「そんなにアタシと戦うのがイヤなわけ?」

苛立ちよりも申し訳なさが見える表情で、セレノアが問いかけてくる。

この反応は予想外だ。

「さっきまでは気が乗らなかったが、少し気が変わった」

「ようやく頭に来たのね。

 ここまでされないと動けないなんて、鈍いんじゃないの?」

「自分が未熟だから当たった攻撃に怒り出すほど、馬鹿じゃない」

「なら、なんで?」

「無礼者になりたくないからだ」

真摯に挑んでくる相手に対して、礼儀を失するな。

師匠たちには、そう教えられてきた。

「ふぅん」

俺の言葉に、セレノアが笑みを深める。

それだけで、さっきまでとは比べ物にならない緊迫感が辺りに広がった。

「…!」

直線的に間合いをつめて、最小限の動作で拳を突き出す。

無手で一番速い、俺の攻撃法。

それを楽に見切って、セレノアがもっと間合いを詰めてくる。

「ッ!」

腕を使って、攻撃を受け流す。

たしかに速い、が…見えないほどでもない。

感覚を研ぎ澄まし、目に見えるものへの反応速度を限界まで高めていく。

一進一退の攻防が、幕を開けた。

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