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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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09章 出会う少女-1

【ティスト視点】


ほろ酔い気分で、夢見心地。

心行くまでユイの手料理を味わい、酒を飲み、至福の帰り道をアイシスと並んで歩く。

わざわざ明日の朝ご飯まで作って持たせてくれたユイには、本当に感謝だな。

地平線の彼方へと沈みゆく夕日が、俺とアイシスの影を長く伸ばす。

並んで歩く二つの影は、俺たちが二人でいるということを強く実感させてくれた。

街道から外れているから、誰かとすれ違うこともない。

会話も途切れて、無言で歩く静かな帰り道。

だけど、俺はとても満足していた。

「きゃぁあぁああああああああああ」

悲鳴!?

よく響く甲高い声、女の叫び声だ。

「先生…」

不安げな顔で、アイシスが俺の顔を見上げる。

レオンの忠告は、たしかに聞いた。

だが、恐いから見殺し…というのは、さすがに薄情すぎる。

「いいか?」

「先生に任せます」

「なら、ついてきてくれ」

耳だけを頼りに、草原を抜けて街道へと走る。

まずは、声の主が見つけないと、対処のしようがない。

「どこだ?」

街道に出て周囲を見回すが、人影はない。

俺たちのように、街道から外れているのか?

「先生!」

アイシスの指が示すほうへ視線を投げる。

道なき草原を突っ切って、遠ざかっていく黒い影が見えた。

疾駆するその姿に、目を凝らす。

黒一色に統一されて、顔まで隠れている。

その腕に抱かれて、女の子がこちらに手を伸ばしていた。

目尻に光る涙から、助けを求めているのは分かる。

人さらい…か、外道が。

「追うぞ」

「はい」

駆け出した後に振り向き、慌ててアイシスの速度と調節する。

一人ではないんだから、全力で突っ走って、アイシスを置いていくわけにいかない。



辺りを確認して、状況を整理する。

周囲に気配はない。

単独行動らしいな。

何もない草原を、一直線に突き進んでいる。

見える範囲に障害物はないから奴の速度が落ちる望みは薄いし、回り込むことも難しい。

純粋な脚力の勝負。

離されてはいないが、追い付くには倍の速さがいる。

今、アイシスを疲れさせても意味がないな。

「アイシス、許してくれよ」

「え?」

答えを聞いている暇もなく、アイシスを抱き上げる。

足へと力を込め、相手との距離を切り取りに行く。

前を走る背中が、だんだんと近づいてきた。

ロアイスを背にして走り、見つけた時から進路は変わっていない。

目的地は、ラステナか? それとも…。

俺の思考を邪魔するように、南東にある森へと進路が変わる。

その森を南へと抜ければ、魔族の領地は目と鼻の先だ。

『君がどこに住んでいるのか知らないが、魔族の国境に面した道は使わないほうがいい。

 私の相手が満足にできるなら、さほど危険とは思わないがね』

レオンの警告が、もう一度頭をよぎる。

関係ない、今はあの子を助けるほうが先だ。

踏む足に力を込めて、さらに距離をつめる。

森の入り口は、もう目の前に迫っていた。



木々の根が絡みつく足場を、苦もなく抜けていく。

一度も振り返っていないが、俺の存在には気付いてるだろう。

森を使って、振り切るつもりか?

仲間との合流か?

両手がふさがっているから、不意打ちは避けたいところだな。

「周囲を警戒、何か気づいたら教えてくれ」

「はい」

腕の中でアイシスが返事をする。

張り詰めた空気の中、さらに奥へと進んだ。

進路を微妙にずらし、森の中から出ないように走り続けている。

奴の重心は安定しているし、速度も衰えを見せない。

誘い込まれている? …としたら、罠か?

「!?」

不意に横合いから矢が飛び出し、奴の服を地面へと縫い付ける。

連射された矢で両足が縫い付けられ、奴の動きが完全に止まった。

慌てて飛びのき、大木の前でアイシスを下ろす。

射線から発射元を目で追うと、そこには一人の女が立っていた。

その顔には、見覚えがある。

クレネアの森で、レオンと対峙していた…名は、たしか、キシスだったはずだ。

「マナを…その子を離せ」

「お姉ちゃん!」

誘拐されかけている女の子が、初めて笑顔を見せた。

妹を助けるために、種族不可侵を破り、危険を省みずにここまで来たのか。

「聞こえなかったか?」

「………」

こちらの言葉に、反応らしいものを返さない。

無造作に足に突き刺さった矢を抜き取り、その場に落とす。

わずかな血が出ただけで、かすかな声も漏らしたりしない。

その所作の一つ一つが、奴らの特殊な生い立ちを証明している。

自分の常識が通用しないほど、恐い相手はいない。

力量は分からないが、戦えば苦戦は間違いないだろう。

「………」

わずかな揺らぎ、何かを仕掛けてくる気配だ。

重心の動きを察知したのか、先回りするようにダーツが三本、地面に突き立つ。

隙の少ない、いい動きだ。

「もう一度だけ言う。マナを離せ」

分が悪いと判断して、逃げ帰ってくれればいいが…。

相手の表情が隠れていて、反応が全く読めない。

「きゃっ!!」

突然、腕に抱いていたマナを放り出す。

そして、森の中へと走り去っていった。

「逃がすかっ! 二度と同じことはさせない!!」

「止まれ! 目的を履き違えるな!!」

俺の制止も聞かず、キシスが走り出す。

深追いは危険という常識も知らないのか。

一対一で勝てる保証もないのに、仲間がいたら勝率がさらに下がる。

「お願い、お姉ちゃんを止めて!」

「二人を連れて、あれに追い付くのは無理だ」

俺一人なら追いつけるかもしれないが、この場に二人を残していくのは…。

「あのままじゃお姉ちゃんが…お願い…お願いしますっ!!」

涙を浮かべて、何度も頭を懸命に下げてくる。

ここまで関わっておいて見殺しにするのも、寝覚めが悪い。

「追いつけなければ、戻ってくるからな」

「ありがとうっ!」

「悪いが、ここで待っててくれ」

「分かりました」

アイシスの承諾を受けて、気持ちを切り替え、集中力を高める。

それを、一気に足へと乗せ、爆発させた。

森の全てを足場にして、最短距離を全速力で走り抜ける。

地面、木の根、幹、使えるものは、なんでも踏み台にする。

普段よりは幾分早い。

だが、この程度の動きでは、精霊族が森で使う歩法に遠く及ばないだろう。

となれば、脚力でその差を埋めるしかない。



「戦いが始まる前に、会えれば理想なんだが…」

木々の間を注意深く見ていても、二人の背中は見つからない。

森の中での捜索なんて、素人も同然だ。

もし見落としていたら、絶望的だな。

通った痕跡なんて残されているのかも分からないし、俺が気づく保証もない。

目だけではなく、五感を研ぎ澄ませる。

音でも聞こえてくれれば、それを頼りに追う事ができるんだが…。

足音は当然ながら消しているだろうし、戦闘でもなければ物音もしない。

聞こえてきたときには、何か起きてから…だ。

「ん?」

あたりを包み込む森の匂いとは、まったく違う香り。

それは、果物を潰したときに出るような甘い匂いで、俺の進む先に漂っている。

香水…か?

他に手がかりもない、行ってみるか。

速度を少しだけ落として、周囲への警戒を高める。

ダガーを鞘から引き抜いて、匂いを頼りに進んだ。

わずかに差し込んでいた月明かりも途切れ、視界が一気に悪くなる。

だが、その代わりに足音まで聞こえるようになる。

さっきから、数秒に一度は、木々の合間から服が見え隠れしている。

もう少しだ。

「…いたな」

一人だった黒い影が、二人に増えて逃げている。

やはり、待ち伏せてる奴がいて、合流したか。

これで終わりなのか、それとも、まだいるのか?

あまり、考えたくない話だな。

「………」

こちらに一瞥をくれただけで、キシスは前方の敵を追いかけ続ける。

どうやら、話を聞いてくれる雰囲気ではなさそうだ。

強引に引き離すしか、手はないな。

「風よ」

魔法を手のひらに集めながら、念入りに周囲の気配を探る。

発動の瞬間に妨害や不意打ちでもされたら、たまらないからな。

索敵の結果は、他に誰もいない。

自分の感覚を信じて、拳を握る。

前にいるあの二人との間に割り込ませ、引き離す。

木々が途切れた一瞬をついて、魔法を解放する。

奴らとキシスを分断するように、上から風の魔法を振り下ろした。

狙い通り、奴らは追い風に背中を押される形で、飛び出していく。

キシスのほうは風の壁に足を止め、こちらを振り返った。

「ようやく、止まってくれたな」

「なぜ、邪魔を?」

敵が二人に増えても、俺が攻撃をしかけても、動揺は微塵も感じられない。

その精神状態を褒めるべきなのか、危惧するべきなのか、俺には分からない。

「なぜ、危険を冒してまで深追いする?

 目標を達成したなら、領地へと帰ればいいだろう?」

「精霊族の領地に侵入した者は、どんな犠牲を払っても抹殺する。

 それが、私たち精霊族の掟よ」

精霊族にとっての慣習は、人間の法とは比べ物にならないほど、絶対的な力を持つと聞く。

その取り決めを破ろうものなら、どんな些細なことであろうと厳罰や処刑があるはずだ。

「理解できたなら、邪魔しないで」

「だったら、妹と一緒に追いかけてくれ。

 俺は、頼まれてあんたを呼びに来ただけだ。

 人の生き方に口を挟むつもりはない」

人それぞれ、信じるものや大切にするものが違って当然だ。

他人の言葉なんて、そんなに簡単に受け入れられるものじゃない。

「…そうね。

 あの子を助けに来て、あの子を捨て置くなんて、どうかしているように見えるでしょうね」

ふっと息をついて、キシスの表情から戦意が消える。

ただ、その表情は穏やかに見えるが、どことなく雰囲気が違う。

まるで、大事なものが抜け落ちたような雰囲気があった。

「あなたの言うとおり、あの子を連れて帰るわ。

 面倒をかけて、ごめんなさい」

覇気の失せたその表情を見ても、返す言葉が浮かばない。

何をすることもできなくて、急変したキシスの後を追う形で、引き返した。

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