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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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08章 授かる少女-2

【アイシス視点】


あちらこちらと周りを見ながら、二人の背中を追いかける。

そういえば、料理屋以外のお店には、ほとんど入ったことがない。

出歩く元気もなかったし、何かを買うお金もなかったから。

商品を眺め、手に取って買い物をしている人たちが、窓ガラスの奥に見える。

買うかどうか分からないけど…少しだけ、後で見て回るのも悪くないかもしれない。

「?」

前を行く二人が、急に立ち止まる。

なんだろう?

二人の背中の後ろで、何かが動いていた。

「偶然ってのは、恐いねえ」

「まったくだ。こんなところで、また会うとは…な」

なんで、なんで…?

なんで、また会うの?

あれで、あれで終わりだと思ってたのに。

「なあ…」

「黙れ」

先生が、短い一言で相手の声を遮る。

ただ、それは、逆効果だった。

「黙れだってよ、誰に命令してるんだよっ」

驚いた顔の奴らが、一斉に笑い出した。

私が一番見たくない、最低の笑顔。

その声が私を揺らしているみたいに、体の震えが止まらない。

「話すことはない、失せろ」

「この前は震え上がって動けなかった奴が、今日は吠えるねえ。

 騎士団も店のジジイも、助けてはくれねえぜ?」

まとわりつくような、ねばついた声が気持ち悪い。

体の芯まで染み込んでくるような、イヤな声。

「アイシス」

振り返った先生の目が、私の顔をしっかりと見据える。

奴らがいるっていうのに相手に背を見せて、私の目だけを見ている。

「俺の好きにしていいか?」

先生の言葉に、心臓がはねる。

ここで、私が先生に頼んで、もし、負けたら…。

またあのときのような怪我が、いつ終わるかも分からない苦痛が待っている。

でも…。

だけど…。

「あ、の…」

口を開こうとしても、思うように動かない。

だから…なんとか、首だけを縦に動かした。

「ありがとな」

先生は、あの不器用な笑顔を浮かべる。

なにが、どうして、「ありがとう」なんだろう?

「二人とも動かなくていい。後は、俺に任せてくれ」

先生が奴らへと向かって、悠然と歩き出す。

その背中にも、足取りにも、いつもの自然な雰囲気しか見えない。

「心配しなくても、大丈夫。言ったでしょ? ティストは誰よりも強いの」

自慢げに指を立てて私に教えるユイさんの態度は、わずかな疑いもない。

絶対に負けるわけがないと、先生のことを信頼しきっている顔だった。



ダガーを抜くこともなく、無防備に先生が歩く。

奴らに近づいているのに、まるで警戒しているようには見えない。

本当に…大丈夫なんだろうか?

「おいおい、一人でこの人数を相手にするつもりかよ」

先生は、返事をしない。

その代わりに拳が握られ、ギチギチというイヤな音がした。

「ッ!!」

流れるような動きで体重を乗せる。

先頭に立つ相手の肩に、先生の拳が沈んだ。

「な…あっ…」

倒れるなんて甘いものじゃない、固い地面を跳ねるように転がっていく。

ようやく壁にぶつかって、その動きが止まった。

「え…?」

その場にいた全員が、呆然とその姿を見ていた。

人が…飛ぶ? 拳で殴っただけで?

「な? なにしやが…」

言葉が途切れて、一人の身体が吹き飛ばされる。

声を上げる暇さえなく、また壁に叩きつけられた。

離れて見ているのに、先生の動きが速くてよく見えない。

「こ、このや…」

どうにか剣を抜いても、振りかぶり終わる前に止まる。

先生が相手の手首を抑え付け、強引に地面へと剣を突き立てさせた。

…あんなことも、できるんだ。

剣を持ち上げようと必死にあがく、そいつの肩口を容赦なく拳が貫いた。

豪快に吹き飛び、地面に打ち付けられる。

地面に縫いつけられたように、三人は動かない。

残りは、もう二人しかいない。

先生が強いのは、知ってた。

でも、こんなに圧倒的だったなんて知らない。

先生は、私にダガーを教えてくれた。

でも、先生はこの戦いでダガーを抜いてさえいない。

「な、なんなんだよ、お前? なんなんだよ!! その力はっ!?」

「落ち着けっ!!」

取り乱す長身のリントを、小柄なフェイが制する。

「勝てることをやって勝つ、いつもの話だろうが」

先生の横を二人同時にすり抜け、こっちへと駆けてくる。

まさか、狙いは私たち!?

先生は、背を向けたまま動いていない。

このままじゃ…。

「大丈夫。動かないで。ティストと約束したでしょ?」

いつもと同じ微笑みを浮かべたままで、あの人は動こうとしない。

でも、このままじゃ…。

全力疾走をしてくる二人に、私の身体が震えだす。

こんなに近かったら、もう止められるわけがない。

「うあぁぁああああああぁぁあぁああ」

絶叫をあげながら、二人が遠ざかっていく。

壁にぶつかって、ようやく叫び声が途切れた。

今のは、もしかして…風の魔法?

二人まとめて吹き飛ばせるくらいの?

「ね? 大丈夫でしょ?」

小さくうなずいて、返事をする。

声も出せないくらいに、驚いていた。

数分と掛からないで、一人で五人を全滅させるなんて…。

「さて、と…」

呟いた先生の声が、はっきりと耳まで届く。

ここからは先生の背中しか見えなくて、その表情は分からない。

「くそが、このままで済むと思うなよ」

「それが、返事か」

会話が切れると同時に、無数の足音が力強く響く。

何? だんだんこっちへ近づいてくる?

まさか、まだ他にも仲間が!?

「!?」

足音の主が見えたとき、私の頭の中が真っ白になった。

同じ服を着込み、同じ武器を携え、足並みを揃えて、こちらへと迫って来る集団。

その豪華な装備は、遠目で何度か見た事があった。

「騎士団のおでましか」

まるで動揺を見せないで、先生がつぶやく。

だけど、それ以外の人たちは、慌てた様子で起き上った。

「おい、逃げるぞっ!!」

「ああ、ずらかろうぜ」

立ち上がると、ふらついた足取りで路地裏へと逃げ込む。

あれだけ自分が一番だと言い張ってた奴らが、こんなに簡単に逃げるなんて。

やっぱり、それほどすごい相手なんだ。

騎士団の戦っているところなんて、見たことがないから、実感が沸かない。

「逃がすな、必ず捕らえろ」

「はっ!」

取り巻きの兵士たちが、散り散りに逃げ出した奴らを追いかける。

周りに指示を出した、二対の剣を腰に携えた長身の男だけが、その場に残った。

「まさか、ヴォルグ・ステインが直々に来るとはな」

「貴様が元凶か。ティスト・レイア」

底冷えするような凄惨な目が、全てを睥みつける。

甲冑に身を包んだ男の喉から、どこまでも低い声が響く。

武器は鞘に納められたままなのに、切っ先を喉元に突きつけられているような圧迫感がある。

「勝手に勘違いするな。俺は巻き込まれただけだ」

「言い訳は聞かん。逆らうなら、力ずくで従わせるまでだ」

「やはり、聞く耳は持たない…か」

先生がため息をつく。

やはり…って?

それに、互いに名前を呼び合っていた。

二人は顔見知り? 先生の知り合いは、騎士団にまでいるの?

「やれやれ」

先生が、腰に帯びているダガーに、手をかける。

それは、戦闘の意思表示だ。

「抵抗するか?」

「力で来るなら、俺も力で押し通るまでだ。

 騎士団長に歯向かっただけで罪…なんて話はないんだろうな?」

騎士団長…!? あれが、ロアイスで一番強い存在。

それを相手に、先生は戦うの?

「敗北すれば、当然死罪だ」

相手が双剣を鞘から抜き放つ。

それを見て、先生も今日初めてダガーを解放した。

「うぉぉぉっ」

「ッ!」

相手からの攻撃を見極め、先生がダガーで対処していく。

激しい剣のぶつかり合いに、火花が散って見えた。

速すぎて、目で追いきれない。

さっきまでとは、別次元の動きだ。

「…?」

「もしかして…アイシスちゃん、ティストに形を習った?」

「え? あ、はい」

「やっぱり」

目を細めて、嬉しそうに先生をみつめる。

その笑顔の意味が、私には分からなかった。

「どういう意味ですか?」

「だって、いつもなら避けるのに、今日は全部受け止めてるから」

「………」

意識して見ていると、たしかに、形の中にあった『受け』や『払い』を使っている。

流れるような連続攻撃を、しっかりと一撃ずつ丁寧に受けきっていた。

「もしかしたら、アイシスちゃんにお手本を見せたかったのかも。

 形の意味って、見てみないと分かり辛いらしいし」

「形の意味…ですか?」

「防御って、相手がいないと意味がないでしょ?

 だから、実際に相手の技を止めて見せたほうが、分かりやすいの」

もう一度、目が痛くなるぐらいに集中して、先生の動きを追う。

突きがくれば、それをいなし。

斬りがくれば、受け、時には払う。

どんなに苛烈に攻められても、まるで動じない。

相手にあわせ、変幻自在に構えを変えて、その全てを受けきってしまう。

自分が思い込みや思い違いをしていたところが、少しずつ修正される。

もう覚えたはずの形の本当の姿を、今、ようやく分かった気がした。

「その娘の言っていることは、本当か?」

「………」

先生は答えず、黙々と迫り来る刃を弾き返す。

「貴様ぁ、愚弄するつもりかっ!?」

攻撃が勢いを増し、剣戟の音が大きく、数も多くなる。

二刀の切っ先が追いきれないほどの速さで、激しく動く。

渾身の一撃を受け流して、先生が大きく距離を取った。

「いつまで続けるつもりだ?」

「無論、貴様が死ぬまでだ」

「そうか」

ため息をつくと、先生の姿勢がさっきまでと比べて前傾になる。

あれは、攻撃に移るときのかまえだ。

先生が、初めて攻撃を?

「やめんか、この馬鹿者がっ!!!」

怒号が、耳に痛いくらい反響する。

驚いて一瞬目を閉じ、開いたときには騎士団長が膝をついていた。

「レジ師匠!?」

動揺する先生にかまわず、レジ様は騎士団長を見下ろしていた。

「ヴォルグよ、何をしている?」

「敵を排除しています」

「殺すという意味か? 殺意を込めていたじゃろう?」

「命令を聞かぬものへ、当然の処置を取ったまでです」

「騎士の武器は、守るべき者のための刃じゃ。

 騎士団を束ねる者として、命を奪うためだけに軽々しく剣を振るうな。

 その程度さえを守れぬなら、騎士団長どころか、騎士団にいる資格さえないわ」

一方的に責められて、騎士団長は何も言えなくなっている。

良かった、これで終わったんだ。

「ティスト」

「はい」

「お前もじゃ」

鈍い音がして、先生の体が突然くの字に折れ曲がる。

崩れ落ちる先生の前で、レジ様が肘を突き出していた。

なんで? どうして先生まで!?

「剣を抜くときには、時と場所を選べ」

「お待ちください、レジ様! ティストは…」

「事の発端は、周囲の人間には無関係だ。

 善悪の所在がどこであっても、往来での斬り合いが人々に迷惑なことに変わりない。

 仮に、相手に非があったとして…相手の非を理由に己の落ち度を無視するのなら、度し難い愚か者じゃ。

 相手が悪ければ何をしてもいい。そんな子供の理屈は通らん」

「申し訳ありませんでした」

丁寧に膝をつき、先生が謝罪の礼をする。

「お前の行動には、お前の責任が伴う。忘れたわけではないな?」

「忘れておりません」

「なら、よし」

先生の言葉を聞いて、レジ様の顔に少しだけ穏やかさが混じる。

「この件はワシが預かる。文句はないな?」

「お願い致します」

「異論ありません」

先生と騎士団長が答え、レジ様がおごそかにうなずく。

「では、他と合流して城に戻るぞ」

力強い足音を響かせて、レジ様が歩き出す。

その後ろを騎士団長がついていくのを、ただ黙って見送った。



その場から二人が見えなくなるまで膝をついていた先生が、立ち上がってふらつく。

「くっ…まだ残ってるな」

「ティスト、大丈夫? 治そうか?」

「いや、いい。反省に残しておくよ」

「もう、レジ様は仕事となると厳しいんだから」

「師匠にも立場があるからな、しかたないさ。

 それに、軽率だったのは事実だ。

 形の次は、波状攻撃…なんて思ってたくらいだからな」

冗談めかして、先生が笑う。

一国の騎士団長を相手に、剣技を私に見せるために使うなんて…。

「まあ、目的は達成できたから充分だ」

「目的?」

「これだけやれば、奴らは二度と関わってこないだろ」

そうだった、先生が戦う原因を作ったのは、私なんだ。

それがなければ、騎士団長と戦うことも、レジ様から怒られることもなかった。

「私のせいで、すみませんでした」

「怪我をしたわけでもないし、師匠に叱られたのは俺の落ち度だ。気にしなくていい。

 俺こそ、この前は何もしなくてすまなかったな」

なんで、そんな…。

謝る必要なんてないのに。

私が弱いのも、あいつらに絡まれるのも、先生を信用できなかったのも。

全部、私一人のせいなのに。

先生は、そんな私のために頭を下げてくれる。

それが、胸の奥を熱くする。

「後は、アイシスが嫌なことを早く忘れるだけだ。

 無理しなくていいから、少しずつ…な」

「あ…」

とても優しい先生の声とあの笑顔に、気づけば涙がこぼれていた。

先生がそんなことまで考えてくれているなんて、思ってもみなかった。

先生がそこまで私に気をかけてくれていた…そう思うと、胸がまた熱くなる。

涙が止まらない。

「先生」

「どうした?」

「ありがとうございました」

それだけ伝えて、なんとか口を閉じる。

今開けたら、大声で泣いてしまいそうだった。

返事の代わりに、大きな手のひらがぽんぽんと私の頭を優しく撫でてくれた。

ただ、その優しさが暖かかった。

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