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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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07章 受け入れる少女-4

【ティスト視点】


「あの、ありがとうございました」

鞘に収めたダガーを両手に持って、アイシスがロウへとおずおずと差し出す。

受け取ったロウは、柄に何度か触れ、鞘を外して刃を睨みつける。

「約束は、守ったようじゃな」

音を立てて刃を鞘に収め、台の上に置いた。

何の報告なしでも、自分の武器がどう扱われたか、かなり正確に把握していることだろう。

「実戦では、使ってませんけど…先生と刃を交えました。

 それで、許してもらえますか?」

アイシスの顔を見た後で、こちらに視線を向けてくる。

細かい説明を求めないことは分かっているから、ただうなずいて答えた。

「まあ、そこらの取るに足らない相手より、いくらかマシじゃからな」

どうやら、遠まわしに俺のことも褒めてもらえたらしい。

「で、どうじゃ? 使い心地のほうは」

「…え…と。軽かったですし、扱いやすく…」

「世辞はいい。不満を言え」

アイシスの言葉を遮って、ロウが自分の聞きたいことだけを追求する。

客との意思疎通を深めるのは、武器のためだけ…か。

実に、ロウらしい。

「べつに、不満なんて…」

「お前さんにとって、その武器はこれ以上ないという一品か?

 お前さんの命、そいつに預けられるか?」

考え込むように、アイシスは黙り込んでしまう。

真剣にダガーを見つめ、それでも口は開かれない。

「握りに不満があるじゃろ?」

「え?」

「違うか?」

「たしかに…できれば、もう少し細い方が握りやすいかもしれないですけど。

 でも、それは、私の手が小さいからで…」

「使い手に合わせるんじゃから、それが大事なことなんじゃろうが。

 長所も短所も関係ない、使い手には事実じゃ。

 その事実に即した武器を作り出すのが、ワシの仕事じゃからの」

手の大きさ、身長、腕力、その他にも俺が知らない細かな計算をいくつも経て、ロウの武器は作られている。

持ち主が最も使いやすい武器を作り出すという誇りを持つロウと武器の間に、妥協は介在しない。

「もし、お前さんが成長したら、それに合わせて武器を育てていけばいいことじゃろう。

 大事なのは、今のお前さんに合わせることじゃ」

「は、はい」

勢いに飲まれるように、こくりとうなずく。

アイシスの反応を満足そうに見て、ロウが椅子の背もたれから背中を離す。

どうやら、熱が入ってきたみたいだ。

「どんな些細な事でもかまわん。思いついたことは全て口に出せ」

やれやれ、いつの間にか、アイシスがあのダガーの持ち主になっているみたいだな。

だが、ロウが認めたなら、それでいいのだろう。

長くなることを覚悟して、壁に寄りかかる。

姿勢を正して生真面目に返事をするアイシスの後ろ姿を眺めながら、ぼんやりと二人の話に耳を傾けた。



「で、いつまでに欲しいんじゃ?」

「あの、えっと…」

「三日後までに仕上がるか?」

どうせなら、用事は一度ですませられるようにしたい。

「今回の分なら、それだけあれば充分じゃ」

暗に次回をほのめかす当たり、熱意があふれているな。

どうやら、アイシスはよほど気に入られたらしい。

「よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げた後に、力をこめてアイシスが袋を持ち上げる。

高めのカウンターに静かに置けなかったのか、鈍い金属音がした。

「あの、御代を…」

「そんな物を出すくらいなら、もっとお前さんの意思を出せ。

 妥協のない、お前さんの武器に対しての意思を」

あれだけの長話をしても、まだ聞き足りないらしい。

飽くなきまでの武器への誠意だな。

「分かったら、その袋をどかせ」

「は、はい」

申し訳なさそうに、アイシスが袋を降ろす。

数少ない客からも金は受け取らない…か。

職人としては最高峰だろうが、これで大丈夫なのかと心配になるな。

「師弟揃って、武器の主としては面白みにかけるの。

 小うるさい注文がない変わりに、肝心な注文もしやせん」

俺たちに視線を交互に送り、ロウが憮然としてつぶやく。

ここで小言を聞くと、また長くなりそうだ。

「よろしく頼む」

「よ、よろしくお願いします」

合図が分かったのか、俺に合わせてアイシスが慌てて頭を下げる。

足早に店から出て行くとき、ふん…と鼻を鳴らすのが聞こえた。



【アイシス視点】



月明かりを頼りに、夜の草原を先生と一緒に歩く。

いつもと変わらない帰り道…のはずなのに。

重い荷物のせいで、家への道が果てしなく遠い。

手に巻きついた紐が、ぎちぎちと食い込む。

さっき持ち替えたばかりの左手も、泣き出しそうなくらいに痛かった。

「…っ、くっ」

この袋の中にあるのがお金で、全部自分のものなんて、笑えない冗談だ。

「手伝うか?」

「いえ…大丈夫です」

報酬が重すぎるから持ってもらうなんて、そこまで甘えられない。

ただでさえ、私は先生の仕事に同行しただけで、何の役にも立っていないんだから。

「これから、どうするつもりだ?」

「何がですか?」

「それを使って、何かするのか?」

これだけのお金があれば、数年は不自由なく暮らせる。

食べ物も、住む所も、服も、自分の望むままに用意ができる。

だけど、具体的に何をするかと聞かれると、何も答えられない。

服や装飾品を買って着飾れば、満足する?

ロアイスに住まいを用意すれば、満足する?

高級な店で飽きるまで食事をすれば、満足する?

どれも、使った後には後悔しか残らないと思う。

それに、どんな大金でもいつか尽きる。

結局、お金を恵んでもらっただけで、何も変わってない。

私が私という弱い人間である以上、それはきっと変わらない。

「今のところ、使い道は分かりません」

「すまなかったな、くだらないことを聞いて」

「いえ」

それきり黙り込んだ先生の横を、静かに歩く。

本当に分からない人だ。

私なんかにも頭をさげてくれて、王族と友好関係があって、騎士団長まで務めた二人が師匠で。

強くて、密命を受けて仕事をして、城に住んでいたらしいのに、今は人里離れたところに住んでいて。

そして、あれほどの憎しみを向けられていた。

知れば知るほどに、この人のことが分からなくなる。

「先生は何者ですか?」

少しの思案の後に、先生がため息をつく。

「難しい質問だな。身分も職もない、人に通用する肩書きはないな。

 アイシスなら、自分のことをどう説明する?」

「…分かりません」

昼間にも、そう問われて答えられなかった。

私も先生と同じで、身分も職もない。

私とつながりのある人間などいないのだから、説明のしようがない。

「互いに、もう少し気の利いた話題を見つけないと…な」

そうつぶやいた先生の笑顔は、とても不器用で、なんだか安心してしまう。

それきり黙って、二人で街道を歩き続けた。

さっきまでと変わらないはずなのに、沈黙がなぜたか暖かなものに感じた。

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