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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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06章 恐れる少女-2

【ティスト視点】


周囲に広げられた相手の魔法は、俺たちを包み込むように輪を描いた。

逃げ出させないためのものなのか、外部からの不意打ちに対してなのか分からないが…。

触れなければ何も感じない時点で、それほどの威力は備えていない。

「虚仮威し(こけおどし)…か」

「これが…ですか?」

生気のない声で、諦めたようにアイシスが俺に問いかけてくる。

圧倒的な魔族の力を前に死を覚悟…そんな考えになるのも分からなくはない。

「顔は知れ渡らないが、噂は広まるからね。

 威嚇するなら見目がよいほうが、広がりやすいだろう?

 おかげで、気をつけないと先ほどの彼女のように、初対面でも、私が誰だか分かってしまうが」

強大な力に魔法が変質し、目に見えるほどの色が加わる。

この色変わりの現象は魔族でしか確認されておらず、確認されたのもほんの一握り。

その名を馳せたものは、手足の指で足りるほどの人数しかいないと言われている。

その威力を身体で確かめようものなら、五体満足ではいられない…という伝承を残して。

生まれつきであるのか、力が一定の境界を越えたときになるのか、種族の血がなせる技なのか。

魔族が持つ人智を超えた力を信じたくない連中だけは、生まれつきや種族の血という説を頑なに主張している。

有色と書いてユウシキと読む、魔族の中でも別格の存在だ。

「………」

恐怖のせいで呼吸さえも整わず、今にも倒れそうになっている。

これ以上、こんなものが視覚を埋め尽くしてるのは、精神的によろしくないな。

「やめるつもりがないなら、こちらで払わせてもらう」

風を巡らせ、周囲にある木々を傷つけないように黒い魔法を一掃する。

消し去ったのを見て微笑むと、それ以上に魔法を放つことはしなかった。

「さすがに、この程度では怯まないか」

「魔族の表現で言うところの、二番煎じ…だったかな?

 今更驚いているなら、もう既に死んでいる」

「違いない」

目を細めて楽しげな笑みを浮かべながら、その視線が俺から外れることはない。

「味の違いを確かめてみるかい?

 魔法に関してなら、ガイより私のほうが味わい深いと思うがね」

双眸そうぼうがゆったりと開かれ、そこに、自分の姿がはっきりと映り込んでいるように見えた。

それが錯覚にしろ現実にしろ、俺が捕捉されたということは変わらない。

「………」

突然、膝が砕けたように、アイシスが立膝の体勢になる。

なんとか立ち上がろうとしているようだが、うまく起き上がれそうにない。

「おや、おびえさせてしまったか。その子は、君の恋人かなにかかい?」

「いや、弟子だ」

俺の返答を聞いて、男は柔和な笑みを浮かべる。

先ほどまでのように余所行きの笑みを貼り付けているのではない、心から楽しそうな笑顔だ。

「そうか、君も次代へ技を継承させるようになったか。

 久しぶりに血が熱くなる」

先ほどまでと立ち方を変えた奴の拳は、硬く握られている。

奴の振る舞いに呼応するように、俺もダガーの柄に手をかけた。

「おやめください」

「分かっている」

冗談だといわんばかりに笑顔を浮かべ、拳を解く。

だが、それを信じてダガーから手を離すことはできない。

「楽しむには、時と場所を考えなければならないのが、とても煩わしい」

ため息をつく奴の瞳は、決して俺から離れていない。

条件が揃えば、すぐにでも戦いに興じると、その目が雄弁に語っていた。

「君の弟子…か。綺麗な瞳をしているね。

 君の教えがどれほどのものなのか、試してみたいものだな」

向けられる好奇の目に晒されるまま、アイシスは何の反応も返さない。

まともに話せるような状態ではないな。

「優れた戦士が優れた師になるという保証はないが、その可能性も低くない。

 君を見る限り、成功した場合には逸材になる可能性もあるようだ。

 果たして、君とこの娘の場合はどうなのか?」

「弟子に手を出すのは、やめてもらおうか。

 それに、数日で余すことなく伝えられるほど、俺も極意を掴んでいるわけじゃない」

「それは、残念だ。

 ロアイス最強と謳われるレジとクレアの技を継承し、拡張した君の技だけでも興味深いのに。

 もう一味が加わったのなら、さぞや極上の味となるだろう。

 まだ下拵したごしらえの最中なら、期待を込めて待たせてもらおう」

「こちらは、もう二度と会わないことを願うね」

魔族は、なぜか戦いを形容する場合に、料理に見立てるような発言が多い。

魔族が食事と同等かそれ以上に戦闘を楽しんでいるから、らしいが…。

生きるための欲求の一つに戦いがあるなんて、想像もつかないな。

「今、何をしているんだい?」

唐突な質問に、とっさの嘘が浮かばない。

あからさまな嘘をついて相手の機嫌を損ねるのは避けたいが、だからといって、本音もまずい。

「森に火の手が上がった原因を見に来たんだ。

 俺の家は、木々に囲まれてるからな、同じ被害にあったら困るんでね」

「丁寧に口を滑らせてくれるのは嬉しいが…。

 私が聞きたいのは、ここに来た理由ではなく、君の日常…私生活のことだ」

わざとらしいくらいの笑みを浮かべて、奴の視線が俺に絡まる。

しょうがない、答えるしかないようだな。

「弟子に教える以外には、べつに何もしていない」

アイシスが来る数日前までは、まさに平坦な生活で、何もしていないの言葉に相応しい。

「そんなことを聞いて、どうするつもりだ?」

「暇なら、私の暇つぶしになってくれるとありがたいのだがね」

「欲しているのは、力のけ口か」

対して力を込めているわけでもないのに、これだけの魔法があふれている。

これだけ圧倒的では、本気を出す機会など皆無だろう。

「君にも必要なものだと思うが?」

「一緒にしないでくれ。俺は、力が有り余っているわけじゃない」

「だからといって…」

言葉の区切りに、漆黒の風が俺に襲い掛かる。

先ほどまでの漂うだけのものとは違い、狙い済ませて俺に注がれている。

「チッ…」

反射的に収束させた風の魔法で受け止めて、相手へと投げ返す。

奴は笑顔を崩さないまま手のひらで受け止めると、こともなく握りつぶした。

「感覚が鈍っているわけでも、無様を晒しているわけでもないようだ」

「どういうつもりだ? こんな場所で戦う気か?」

「魔族の挨拶は、気に入らなかったかい?」

「いい迷惑だ。風習に口を出すつもりはないが、他人に押し付けるな」

「答礼もくれないとは、つまらんな」

その言葉に、両隣にいた女たちが一斉に眉を吊り上げる。

「度が過ぎます」

「そうです、そんなことをしている場合では…」

「分かった、止めておこう」

二人の言葉を遮ってため息をつき、諦めたことを見せ付けるように肩をすくめる。

今回は、歯止め役がいたことに、心から感謝したほうが良さそうだ。

「せっかくだ、君に一つだけ忠告しておこう。

 平穏を求めるなら、外出を控えたほうがいい」

「つまり、外には危険がある…と?」

「私の相手が満足にできるなら、さほど危険とは思わないがね。

 君がどこに住んでいるのか知らないが、魔族の国境に面した道は使わないほうがいい」

「それは、忠告ではなく警告か?」

まるで、そこを使えば命がないと言わんばかりの物言いだ。

「どう取ってもらってもかまわないよ。

 こちらは、国境近辺を徘徊する目障りな者たちを掃討するだけさ」

特に何の感情も含ませず、まるで部屋の掃除をするくらいの気安さで告げる。

そのために、いったいどれだけの血が流されるのか、想像するだけでイヤになるな。

「そいつらは、人間なのか?」

「知らないな」

「だったら、人数は? どの程度の規模なんだ?」

「そんなことに興味はない」

「敵に、そこまで無頓着なのか?」

「敵ではない。部屋の隅や天井裏で駆け回るねずみだ。

 捕まえて殺すだけのねずみに、わざわざ名前をつけ、個々に殲滅する律義者はいないだろう?

 君たちの通貨や金品で食糧を買えるなら、もう少し熱心に観察するが…ね」

前大戦の開始とともに、魔族は通貨を捨てた。

理由は詳しく覚えていないが、金品による取引は魔族とできない…とだけ、教わった覚えがある。

「では、失礼するよ」

言葉の最後が耳に届く前には、姿が霞んで消える。

次いで従者の二人が消え、数十秒の後に鳥のさえずりが森に戻ってきた。

「立てるか?」

「………」

当然ながら、答えは返ってこない。

放心しているのか、ただぼんやりとしているだけだ。

「ほら」

その場に座り込んだアイシスを引き起こして、なんとか立たせる。

体調、環境の二点から調査続行は不可能。

これ以上何か起こる前に、速やかに撤収するべきだな。

アイシスの手を引いて、足早にクレネアの森を抜けた。

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